最終年は、さらに視野を広げて「人間讃歌」
──そしていよいよ2025年度は「人間讃歌」です。
岡野 2023年、2024年はここまでお話ししてきた通り、「開館50周年記念事業」を冠するプログラムの数をある程度絞っていたのですが、2025年度に関してはすべてのプログラムを「開館50周年記念事業」とすることにしました。
森岡 音楽では、7月に神戸で行われるフルートの国際コンクールに先がけ、エマニュエル・パユ プロデュースKOBE国際音楽祭 2025 オープニングコンサートを行います。また9月は神戸市混声合唱団 秋の定期演奏会「人間の顔~戦後80年に捧ぐ」、11月は「ベートーヴェン・ダブルビル『ミサ・ソレムニス』『第九』」を予定しています。今年は戦後80年ですが、「人間の顔」は戦時下、ナチスドイツ占領下のフランスで秘密裏に書かれたプーランクの非常に骨太なアカペラ作品です。「ベートーヴェン・ダブルビル」は、日本でも人気の「第九」と、同時期に書かれた宗教作品「ミサ・ソレムニス」を2日間連続公演するという企画で、音楽業界的にはびっくり仰天なチャレンジプログラムとなっています(笑)。
──「ベートーヴェン・ダブルビル」は、2日ともご覧になる方も多いのではないかと思います。2作品を観ることで、どんな体験になりそうでしょうか?
森岡 こちらは、古典に精通している音楽監督の鈴木秀美氏が長年温めてきた企画であるというところがポイントです。「ミサ・ソレムニス」と「第九」は同時期に作られた作品で、鈴木氏いわく「第九」を聴いていると「あ、ここは『ミサ・ソレムニス』のあの部分だな」ということが見えてくるんだそうです。クラシックファンはどうも「第九」ばかり聴いて「ミサ・ソレムニス」をあまり聴かない傾向があるんですけど、「ミサ・ソレムニス」も素晴らしい楽曲ですし、同じ音楽家が同時期に作り出した作品ですから、連続演奏することで浮き彫りになるものが多いのではないかと思います。ちなみに、ベートーヴェン自身が「第九」の演奏に関わったときも、同じ演奏会で「ミサ・ソレムニス」の楽曲を何曲かやっているんです。なので、ベートーヴェン自身も「2曲を一緒にやってほしい」という思いがあったんじゃないかと思いますし、2日間連続上演という形はこれまた、楽団と合唱団を両方持っている神戸文化ホールだからこそできる企画だと思いますので、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。
岡野 演劇・ダンスでは、笠井叡さんを中心とするポスト舞踏派、藤田貴大さん作・演出の「めにみえない みみにしたい」などさまざまな作品を予定していますが、やはりプロデュース公演の「流々転々 KOBE1942-1946」が大きな軸となります。これは、開館50周年記念事業の計画がふわっと出たときから私の中で温めていた企画で、俳人・西東三鬼の小説「神戸・続神戸」を原作として、戦中戦後の神戸トアロードにあるホテルを舞台に、風変わりな登場人物たちが織り成す人間ドラマなんです。
これは私の感覚なんですけど……神戸って、盆地の京都のようにわーっと何かが集中する感じではなく、山から海に風が流れていくから風通しがいいというか、根を張らない感じがするんです。多様性があると同時にディープではない、いい意味でのドライさのある人間関係というか。そんな神戸らしさが描かれた本作を、神戸文化ホールでぜひやってみたいと考えていたときに、公演で偶然神戸にいらしていた小野寺修二さんとお話する機会があって。この企画についてもお話ししたところ、とても面白がってくださり、小野寺さんに演出をお願いすることになりました。そこから具体的にキャスティングを考えていったのですが、以前から小野寺さんの作品に出演したいと思われていた鈴木浩介さんや、宝塚歌劇団出身の美弥るりかさんが出演してくださることになりました。クリエーション自体はこれからですが、現段階ですでにいろいろな出会いが重なっているなと感じますし、それがこの作品の“足場”になっていると思います。上演台本はサファリ・P / トリコ・Aの山口茜さんが書いてくださるのですが、山口さんも小野寺さんも、神戸からすると異邦人。そんなお二人には神戸をフィールドワークしていただいて、作品を単に「神戸っていい街ですね」というものにするのではなく、“風通しがいい”というような、神戸の“ありよう”を捉えた希望につながるものにしていただきたい、“今の神戸”を落とし込んでいただきたいと思っています。
──小野寺さんの作品は、演劇的な色合いが強い作品とダンス寄りの作品と大きく2つの軸があると思いますが、今回はどのような作品になりそうでしょうか?
岡野 演劇寄りになると思います。山口さんの上演台本があり、セリフも当然ありますので。また今回、関西ゆかりのキャストをオーディションで選出していて、小野寺さんの作品ですから身体が動く人ということは大切にしつつ、お芝居をやっている人もかなり出演します。
土壌は耕した、ここからが新たなスタート
──お二人のお話を伺っていると、偶然ではなく必然の連続で、開館50周年記念事業ラインナップが構成されていることが伝わってきました。
岡野 振り返るとそんな感じもしますね。
森岡 そうですね。「神戸で創る」ということを最初に掲げたことによって、本当に「神戸で創る」を実践したプログラムになったなと。そしてそのことを、私たちスタッフだけでなく、お客さんにも知ってもらえた部分があるのではないかと思います。お客様のアンケートを見ても、多くの人が「オペラを初めて観ました」「コンテンポラリーダンスを初めて観ました」と書いていらっしゃって、初めて観た作品が神戸で生み出されたものだったらうれしいです。
──さきほど岡野さんは、「多様性があると同時にディープではない、いい意味でのドライさのある人間関係」が神戸の特徴だとおっしゃいました。神戸という土地で作品をプロデュースしていくにあたり、お二人が大事にしていることはありますか?
岡野 神戸って割とシャイな人が多い印象があります。海外からの文化も入ってくるし外国人との交流も多く、そういう点ではオープンなところだという印象はあるのですが、相手と程よい距離を保ちながら、自分たちの心地よい居方を考えていくところがあるんじゃないかなと。と同時に、プライドみたいなものも高くて、ともするとシャイな部分が“内輪で盛り上がっているだけ”になりかねないことがあるので、神戸に人を呼び込んで、その力で神戸の中に滞留しているものを外にも発信することが神戸文化の創造、発信みたいなものになるのではないかと思っています。
森岡 私は中学高校時代に神戸のミッションスクールに通っていたのですが、私にとって神戸は“ハイカラ趣味”という印象です。だからこそ「ファルスタッフ」が神戸の人に受け入れられたのかなと思いますし、「ベートーヴェン・ダブルビル」のような見せ方もきっと楽しんでもらえるのではないかと思います。
──神戸文化ホールは、「神戸からの創造・発信を行う」「地域社会の絆をつなぐ」「人々に活力を与える」「学び、トライできる場となる」という4つの運営方針を掲げています。その多くはすでに実現され、開館50周年記念事業を通して劇場の存在感もアピールしたと思いますが、ホールの今後について、お二人はどんな思いをお持ちですか?
岡野 神戸の文化発信は以前から望んでいたことでしたし、劇場の存在感が示せたのだとしたらうれしいです。私個人としては……このバトンをいい形で次につなげていきたいと思っていて。開館50周年記念事業を通して、土を耕し、種をまき、小さな花を咲かせるところまでできたと思うので、今後その花をどんな色合いにしていくか、どんな花畑にしていくかは、次に渡していけたらと思っています。
森岡 個人のキャリアとしては岡野さんの思いと同じところがありますが、個人を離れて神戸文化ホールの今後を考えると、この3年間はスターターだと思っていて。みんなで初めてのチャレンジに取り組んできたので、それを踏まえてここから先、どう進んでいくのか。私としては、とにかく強い力で矢を放ち続けるので、その矢がどんどん遠くへ飛んでいってほしいと願っています。
プロフィール
岡野亜紀子(オカノアキコ)
1988年から1994年まで新神戸オリエンタル劇場に勤務。1994年より神戸アートビレッジセンター準備室に参加し、1996年に開館した神戸アートビレッジセンター(KAVC)に勤務。2009年退職後は、文化律灘合同会社による指定管理参画プロジェクトに参加し、神戸市立灘区民ホールで勤務。2017年より(公財)神戸市民文化振興財団に転じ、その後、神戸文化ホールのチーフプロデューサーに就任。現在、(公財)神戸市民文化振興財団文化ホール事業部長、公益財団法人姫路市文化国際交流財団演劇アドバイザー、西宮市フレンテホールディレクター。
森岡めぐみ(モリオカメグミ)
1989年に住友生命いずみホールの開館準備室に入り、レセプション・マネージャ-、営業、広報、情報誌編集長、事業制作、資金調達、補助金応募、海外交渉、貸館、経営戦略などホール業務全般に従事。2021年より(公財)神戸市民文化振興財団事業部に転じ、音楽事業部長。神戸市室内管弦楽団、神戸市混声合唱団の運営、神戸国際フルートコンクール事業、KOBE国際音楽祭事業等に携わる。日本クラシック音楽事業協会「新版 クラシックコンサート制作の基礎知識」では「広報・宣伝」を執筆。日本音楽芸術マネジメント学会理事。
開館当初の面影を残す神戸文化ホールは、改めて見るとレトロかわいさでいっぱい。来館の際は、ぜひ劇場の中をぐるりと眺めてみてほしい。
ここでは神戸文化ホール50周年記念公演の最終年、“人間讃歌”を象徴する「ベートーヴェン・ダブルビル」の指揮を務める鈴木秀美、「流々転々 KOBE1942-1946」を演出する小野寺修二からのメッセージを紹介する。
鈴木秀美が語る「ベートーヴェン・ダブルビル」
──鈴木さんの、神戸文化ホールに対する印象や思い出を教えてください。
文化ホールの思い出、それは「神戸室内合奏団(現室内管弦楽団の前身)」ができた時に遡ります。1981年に始まった合奏団メンバーの多くは県外・関東から集まっていました。ソリストとして名の知れた奏者も含むメンバーが、まだその頃比較的新しい存在だった文化ホールに集まってリハーサル・コンサートをしたのは懐かしい思い出です。
──「ベートーヴェン・ダブルビル」はどんなステージなりそうですか?
「ベートーヴェン・ダブルビル」は、聴衆・奏者どちらにとっても刺激的な経験になるものと信じています。リハーサル期間は2曲が混ざった状態になって、作曲当時のベートーヴェンの脳裡と似たことになるともいえるでしょう。そして聴衆の皆様には、是非とも先にミサをお聴きになり、それがまだ耳の底に残っている状態で翌日の《第九》をお聴き下さるよう、めったにできない経験に「お誘い」したいと思っております。
プロフィール
鈴木秀美(スズキヒデミ)
1957年、兵庫県神戸市生まれ。チェロ奏者、指揮者として活動する傍ら、文筆や録音ディレクター、後進の指導に積極的に関わる。サントリー音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金金賞ほか受賞歴多数。古楽団体でメンバーや主席奏者を務めた。現在、神戸市室内管弦楽団音楽監督、山形交響楽団首席客演指揮者、東京音楽大学チェロ科客員教授を務める。神戸市室内管弦楽団(設立当時は神戸室内合奏団)の創立メンバー(副指揮者・首席奏者)でもある。
小野寺修二が語る「流々転々 KOBE1942-1946」
──小野寺さんの神戸に対する印象や思い出を教えてください。
神戸はこれまで、滞在制作させていただく機会も多く、大変身近に感じている場所です。滞在制作した作品が忘れ難い作品だったこともあり、良い思い出しかありません。ただ今回、作品を創作するにあたってリサーチとして、在住の方にインタビューする機会がありました。調べれば調べるほど知らなかった多面性がどんどん出てくる。奥が深いなあと改めて感じました。その中で印象的だったのがが、「ちょうど良い」という言葉。人への距離感、物事に対しての姿勢、商店のあり方などなど。たまたま複数の方から出てきたのですが、言い得ているなと僕自身感じています。
──「流々転々 KOBE1942-1946」はどんな作品になりそうですか?お客さんの観劇のヒントになるようなメッセージをお願いします。
夢かうつつか。本当にそのホテルはあったのか。いろいろな人生が行き交い通り過ぎていく物語で、格好良くもあり郷愁を誘うとも言える。神戸の風通し良いようであり来るもの拒まず去るもの追わずという姿勢は、そうありたい粋で理想の生き方でもあります。僕自身、身体表現から始め、王道の演劇と違うところからスタートしているのですが、今回役者さんやダンサーさん、マイムの人など様々な出自の方に出演いただきます。僕の思う「神戸らしさ=粋」を形にしたいと思います。是非ご期待ください。
プロフィール
小野寺修二(オノデラシュウジ)
1966年、北海道生まれ。演出家。日本マイム研究所にてマイムを学び、1995年から2006年にパフォーマンスシアター水と油にて活動。その後、文化庁新進芸術家海外留学制度研修員として1年間フランスに滞在し帰国後、カンパニーデラシネラを立ち上げる。音楽劇や演劇での振付も多数。第3回日本ダンスフォーラム賞、第18回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞。近年の主な演出作に東京芸術祭2022 野外劇「嵐が丘」「気配」「the sun」など。