岡田利規が考える、市民と創造する演劇「階層」
〈映像演劇〉の手法で市民劇を、とPLATからお話をいただいて、面白いなと思いました。映像って必然的に記録になるわけですけど、今回はそれがパフォーマンスの記録にもなるということなので。また〈映像演劇〉という手法は、演劇初心者の人と作品を作るフォーマットとしてなんとなく適しているんじゃないかとも思いました。「階層」という言葉は、レイヤーという意味もあるし、階級という意味でのクラスという意味合いもあると思いますが、最初に考えていた「over the underground」というタイトルよりしっくりくるような気がして、「階層」にしました。
稽古場に来たのは今日が初めてでしたが、2月の頭からリモートだったとはいえリハーサルは始まっていて、その時点でもう手応えはけっこう感じていましたし、オーソドックスな意味で、着実にクリエーションが積み重ねられているなという実感はありました。参加者の人たちには、僕が大事だと思っていることが思っていた以上にちゃんと伝わっていて、「なるほど」と思ってもらえているな、と感じますね。また演じることに興味のある人たちが感じる、素朴なようでいてとても本質的な問題……例えばテキストを使って演じるときに、自分の言葉じゃないからそこにどんな気持ちがあるのかわからない、というようなことが今回も問題になっていて、それってすごく大事な問題だと思うんですよね。そこから問題にして作品を作れているので、僕は楽しいです。
前から思ってはいたけれど、だんだんと意識的になってきたのは、僕にとって劇中劇という形式が腑に落ちるなということ。目の前の観客に直接向けられているわけじゃない演劇のほうが、僕には面白いと思えるんです。今回もある意味、そういう発想で作られているものなんですけど、今回はさらに〈映像演劇〉なので映像でもあって、映像としても面白いと思うんですよね。だって、その映像を観ている人には向けられていない映像って、なかなかないと思うんですよ。という点でも、“誰に向けて作品を作るか”を意識することは、僕がやることのレンジを広げてくれている気がします。
奈落を舞台面から覗き込むというアイデアは、山田くんか僕のどちらかから出てきたものだったと思います。劇場でやるなら奈落を使ったら良いんじゃないか、奈落に別の世界があったら面白いんじゃないか、という感じでどんどんアイデアが展開していったんですね。今日、稽古場で仮設の舞台セットで見え方を確認して、これは面白い体験だなと思いました。みんな、絶対に観たほうが良いと思いますよ(笑)。
プロフィール
岡田利規(オカダトシキ)
1973年、神奈川県生まれ。演劇作家・小説家・チェルフィッチュ主宰。2005年「三月の5日間」で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。同年7月「クーラー」で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005ー次代を担う振付家の発掘ー」最終選考会に出場。2007年にデビュー小説集「わたしたちに許された特別な時間の終わり」を発表し、翌年第2回大江健三郎賞受賞。2012年より岸田國士戯曲賞の審査員を務める。2013年に初の演劇論集「遡行 変形していくための演劇論」、2014年に戯曲集「現在地」を刊行。2016年よりドイツの公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレのレパートリー作品の演出を4シーズンにわたって務め、2020年「The Vacuum Cleaner」が、ドイツの演劇祭シアタートレッフェンの“注目すべき10作品”に選出された。2018年にはタイの小説家、ウティット・へーマムーンの原作を舞台化した「プラータナー:憑依のポートレート」を国内外で上演し、第27回読売演劇大賞 選考委員特別賞を受賞。2020年に刊行した戯曲集「未練の幽霊と怪物 挫波 / 敦賀」が第72回読売文学賞 戯曲・シナリオ賞、第25回鶴屋南北戯曲賞を受賞した。
山田晋平と米川 幸リオンが感じる、市民と創造する演劇「階層」
米川 幸リオン 稽古が始まって1週間経ちますが、今、とても手応えを感じています。僕はクリエーションというのは、演出の岡田さんとコミュニケーションを取れるかどうかが重要だと考えているんですけど、それがすごくうまくいっていて、ここからどんどんさらに面白くなっていくんだろうなと思っています。
山田晋平 ここまでは基本的に岡田さんの演技の基本というか、想像を持って演技する、という方法を俳優の皆さんに共有するワークショップをやる、という時間だったよね。その中で1日だけ、稽古場の一角を撮影スタジオのようにして、プロジェクションされたときに自分がどう見えるかを俳優の人たちに確認してもらったり、映像のフレームの中でどんな動きをすると面白いかを発見するワークをやってみたりしたんです。映像のプロジェクションプランは僕の中ですでに固まっていますが、それがどのくらい面白くて、どれくらい実験的で、観客にとって新しい体験になるかという実感を得たくて、このフレームでどんな遊び方ができるかを試してもらったんですけど、その可能性を感じられたので、こういう時間が稽古の序盤でできたのは良かったと思います。
米川 岡田さんは参加者の方たちに「今回はこういう体験を引き起こしたいんだ」とクリエーションの中でじっくりと説明していて、参加者の方たちも最初は戸惑いがあったかもしれませんが、この1週間で自分がどうやっていけば良いのかを掴み始めたように感じます。
山田 わからないという意味では、僕らも含めてわかってないことが多いですしね(笑)。こういう面白さがあるはずだ、と頭では理解していても、それが経験としてどうなるのかっていうソワソワというかゾワゾワは、〈映像演劇〉をやっていると毎回あることで、むしろそれがないとダメという部分でもあって。だから参加者の人もリオンくんも岡田さんも僕も、想像できないことばかりです。
米川 参加者の方たちは皆さん……聞き上手ですよね。
山田 そうだね!
米川 僕は演出補という立場でもあるので、岡田さんと参加者の方たちが共通言語を作っていくときに、わからないことがあれば間に入るというポジションだと思っていたんですけど、皆さん聞き上手だから、もうちょっと僕がすることがあるかと思っていましたが、あまりない(笑)。
山田 いやいや、これからあると思うよ。岡田さんの演技に対するフィードバックって実は難しいところもあって。もちろん岡田さんは、自分が言ってることをそのまま理解しなくても、その人なりの解釈で演技が発展すれば良い、というスタンスだし、これまでのところみんなも言われたことに反応できていると思うけど、これからあまりにも難しい局面が出てきたら、リオンくんのところに相談に来ると思う。
米川 そうですかね。僕自身、〈映像演劇〉で演じたのは「消しゴム森」(参照:チェルフィッチュ×金氏徹平「消しゴム森」特集)だけで……。
山田 あのときはすごく楽しそうにやってたよね!
米川 楽しかったです! 僕はずっと映画をやってきて、映像にもともと興味があるので。
山田 それは、映画の演技と演劇の演技と、両方の回路から面白いと思っているの?
米川 そうですね。でも演技という点では、〈映像演劇〉であっても演劇の仕方で演技しているんです。「消しゴム森」のときは、目の前の観客にだけ向けて演技するのではないことを、しかも映像で演劇の仕方でやるということに、最初はちょっと戸惑ったんですけど、プレイバックで観たとき、映像というフィルターを1枚挟んでいても、そこでは演劇的な体験が観客に起こるということがわかって、そこからは僕はあまりそこで苦戦することなく演技できるようになりました。ただ、やっぱりみんな1回はその点で戸惑うようです。
山田 プレイバックというのは、撮影にしたものをその場ですぐ投影して演技を確認するってことですけど、演劇ではそれはできないですからね。映画の視点で話すと、映画の面白さってたくさんありますが、表情が非常によく見えるメディアだと思うんですよ。だから、ただ目を伏せるというような演技が映画では有効だけど、演劇ではなかなかビビッドに起こらない。でも〈映像演劇〉では、実はよく起こるんですね。例えばリオンくんが「消しゴム森」でやっていた演技で、最初は自分の前にある謎の物体を見つめているんだけど、次に少し離れた場所に目線をやるんです。すると観客は、そのリオンくんが目線をやった先の空間も感じるようになる。その繊細さが、演劇では持ち得ない何かを発揮しているなと思います。しかも1カット10分程度だったりすると、目線や手の動きなど、どうしても細かいところに観客のフォーカスが合っていく。その小さなことにゾワっとできるのが〈映像演劇〉で起きる面白さじゃないかと思うし、今回もそこまで行きたいよね。
米川 そうですね!
山田 しかも今回は床板1枚挟んで別の世界が広がっているという舞台美術。お客さんは自分の足裏がモゾモゾするような感じを体験してもらえると面白いよね。
米川 今回の舞台セットがどういうしつらえかを聞いたとき、「消しゴム山」や「消しゴム森」と同じ系譜というか、ダイレクトに観客に向けた演劇ではない形になるなと思いました。今回もそういう仕方でしか得られない、特別な体験ができそうだなと思います。
山田 撮影は2週間後。僕の仕事で一番大変なのは、どういう機材を持ち込むか、撮影が始まったらどういうワークフローにするのかなど、撮影するためのシステムを考えることで、逆に撮影してからの編集はそこまで大変ではないんです。だから今がまさに! 大変なタイミングですね(笑)。
米川 ここから2週間、“あとは撮影するだけ”の状態に持っていきます!
プロフィール
山田晋平(ヤマダシンペイ)
1979年生まれ。愛知県豊橋市在住。演劇やコンテンポラリーダンスを中心に舞台芸術の上演内で使用される演出映像の製作を専門とする。近年では、現代美術家とのコラボレーションによるプロジェクションマッピング作品や映像インスタレーションの製作も行うほか、サイトスペシフィックなアートプロジェクトの企画・監修なども行う。2020年に豊橋市駅前エリアの水上ビル(大豊商店街)内に、アトリエ兼住居・冷や水をオープン。地域に対する芸術普及活動も行う。
山田 晋平 (@yamadashimpei) | Instagram
米川 幸リオン(ヨネカワコウリオン)
1993年、三重県生まれ。京都造形芸術大学映画学校俳優コースと映画美学校アクターズコースを卒業。2017年に「三月の5日間」リクリエーションに参加し、「消しゴム山」「消しゴム森」にも出演。そのほか小森はるか+瀬尾夏美「二重のまち / 交代地のうたを編む」、ミヤギフトシ「感光」、など。また、映画製作チーム・伯楽-hakuraku-のメンバーとして活動。