穂の国とよはし芸術劇場PLATで生まれる岡田利規と市民の新たな〈映像演劇〉「階層」

穂の国とよはし芸術劇場PLATが主催するシリーズ「市民と創造する演劇」の最新作「階層」が3月に上演される。「市民と創造する演劇」はオーディションにより選ばれた市民とプロの作り手が演劇を立ち上げる企画。今回はチェルフィッチュの岡田利規が作・演出を手がけ、〈映像演劇〉の手法を活用した作品を立ち上げる。2月1日からPLATの稽古場で始まったクリエーションには、14人の市民が参加。ステージナタリーではその稽古の様子をレポートするほか、岡田の作品に対する思い、さらに本作の映像を担当する山田晋平と出演・演出補を務める米川 幸リオンのメッセージを紹介する。

取材・文・撮影 / 熊井玲

隔離期間を終えて、いよいよ岡田が稽古に“リアル”合流!

稽古開始から1週間経った2月上旬。その日、海外から帰国し隔離期間を終えた岡田利規が、初めて稽古に“リアルに”合流した。それまでのリモート稽古で、画面越しに岡田と対面していた参加者は、岡田の姿を見つけると、少しはにかんだ笑顔であいさつを交わす。稽古場の中央に五角形に並べられた机に、参加者14人と、本作の演出補でもある米川 幸リオン、そして岡田が席に着いた。稽古の冒頭で、制作スタッフが「今日から岡田さんが合流です!」と岡田を改めて紹介し、岡田が「つらい隔離を終えて、やっとリアル稽古場に来られました(笑)」と小さく会釈すると、参加者は笑顔と拍手で応えた。

稽古は台本の読み合わせからスタート。リモート稽古ですでにやり取りを重ねてきたからか、冒頭シーンのセリフを割り振られた参加者は、その人なりのアプローチでスッとセリフを読み始めた。参加者が読んでいる間、岡田はじっとその人を見つめている。そして1ブロック読み終わると、まずは読んだ本人に「どうでした?」と感触を聞きながら、「読みながらテキストの内容を理解して、その内容を観客に届けるように言ってみてください」「テキストの中に書かれている“実体を持つもの”をイメージして読んでみてもらえますか」とさまざまな要素を加えていく。

市民と創造する演劇「階層」~チェルフィッチュの〈映像演劇〉の手法による~の稽古の様子。

市民と創造する演劇「階層」~チェルフィッチュの〈映像演劇〉の手法による~の稽古の様子。

市民と創造する演劇「階層」~チェルフィッチュの〈映像演劇〉の手法による~の稽古の様子。

市民と創造する演劇「階層」~チェルフィッチュの〈映像演劇〉の手法による~の稽古の様子。

作品の前半では、“上の階”の人たちと異なる価値観を持った、“下の階”の人たちによる、“下の階”のための演劇が描かれる。岡田は“下の階”の人たちがある種の仲間意識を持つように見えることが大切だ、と参加者たちにイメージを伝えていく。参加者たちは、岡田の言葉を自分の言葉に変換して岡田のイメージを咀嚼しつつ、わからないところは率直に「わからない」と伝えながら、ディスカッションを重ねていった。

チェルフィッチュの〈映像演劇〉「風景、世界、アクシデント、すべてこの部屋の外側の出来事」豊橋公演より。(提供:穂の国とよはし芸術劇場)

チェルフィッチュの〈映像演劇〉「風景、世界、アクシデント、すべてこの部屋の外側の出来事」豊橋公演より。(提供:穂の国とよはし芸術劇場)

“階層”を意識させる〈映像演劇〉とは

実は岡田は、稽古が始まる数時間前に舞台映像作家の山田晋平や米川らと共に稽古場を訪れ、稽古場に仮設された舞台セットで映像の見え方を確認していた。今回用いられる〈映像演劇〉とは、岡田と山田が取り組み始めた新しい形式の演劇で、スクリーンなどに等身大の役者の映像を映し出し、演劇を“展示”すると共に、どのような場所であっても演劇の“上演”場所にすることができる。今回は、2つの“階層”から成る舞台美術のうち、“下の階”、つまり奈落に設置されたスクリーンに映像を映し出し、観客は“上の階”、つまり舞台面の隙間から奈落を覗き込むようにしてそれを観る形になる。映像には真横から人を観るのとは異なるバランス、異なる印象の俳優が映りこむ。岡田らは参加者が考えた3分程度の実験映像数点を稽古場のスクリーンに映し出しながら、どんな動きが効果的に見えるかを検証した。映像では、参加者が空間を自由に歩き回ったり、寝転がったり、床を這ったりとさまざまな動きが試されていたが、岡田の琴線に触れたのは、人物同士が身体を正面に向けたまま対話しているもの。そのイメージをさらに追求すべく、米川がすぐカメラの前に立って、その場で見え方の実験が重ねられた。

市民と創造する演劇「階層」~チェルフィッチュの〈映像演劇〉の手法による~の稽古場より、仮設されたスクリーン。

市民と創造する演劇「階層」~チェルフィッチュの〈映像演劇〉の手法による~の稽古場より、仮設されたスクリーン。

岡田はその映像から受けたイメージを、参加者にも伝える。「隣にいる相手に話しかけるとき、演劇ではよくあるように、あえて前を向いて話す、ある種の不自然さが大切です。映像では、役者は同じ“下の階”にいる想定の、目の前の観客に向けて演じているんだけど、それを実際の観客が“上”から覗き込んだとき、ある種の疎外感が生じる。そこが面白いなと思っています」。さらにテキストが進むにつれ、“下”にいる人たちが“上”の人たちの存在を、実は意識している、ということが明らかになる。参加者は、“上”をどのように意識すれば良いかをそれぞれに考え、ほかの人の読み方、考え方を参考にしつつ、試行錯誤を続けた。

撮影は…「ものすごい緊張感です!」

稽古の中で岡田は、「この『これ』がイメージしているものはなんだと思いますか?」「『なにも難しくない選択だった』と言うセリフには、実は“簡単ではなかった”と言う意味合いが込められていて……」とセリフを自ら細かく紐解き、参加者の理解を深めようとしていた。参加者たちは、深くうなずいたり、細かくメモを取ったりしながら、作品のイメージを共有していった。

休憩を挟みながら約3時間が経過。準備されたテキストを一通り当たったところで稽古が一段落し、稽古場に和やかな空気が流れた。岡田が約2週間後に迫る撮影について、「一発撮りが良いんじゃないかと提案したら、山田さんに止められました(笑)」と話すと、参加者からホッとした笑いがこぼれる。さらに参加者から「撮影中は静かにしてないといけませんか?」「緊張しますか?」とさまざまな質問が挙がると、岡田はその1つひとつに「静かにしてないといけませんね」「ものすごい緊張感ですよ!」と答えてしばしの談笑タイムが続き、その日の稽古は終了となった。