「卯之吉こそ、中村隼人そのもの」「お兄さんは1回の人生じゃ足りないのでは…」
──せっかくお二人がそろいましたので、改めてお互いの印象を伺えますでしょうか?
幸四郎 前回のお正月に、彼の主演で「大富豪同心」を演出させてもらったじゃないですか。
──大富豪の若旦那、卯之吉が同心となって“はんなり”難事件を解決する、隼人さん主演の人気時代劇シリーズの歌舞伎化でした。
幸四郎 あの卯之吉こそ、僕の中の中村隼人だなってイメージがあります。二枚目でシュッとしているから、おそらく皆さんそんな印象はないと思いますが……僕から見ると卯之吉そのもの。何にも動じない強さがあって、ドンっと構えているところもある。別の言い方をすると、スルーする力があるというか(笑)。
隼人 おそらく鈍感力だと思います!(笑)
──素顔の隼人さんは、意外とのんびりしたところもあるんですね。隼人さんから見た幸四郎さんはいかがでしょう。
隼人 お兄さんはなさりたいことが多すぎて、「1回の人生じゃ足りないんじゃないのかな?」というぐらい、常に忙しくされているじゃないですか。いつも次に実現したいビジョンが頭にあって、それをいろいろな形で体現し、役に落とし込んでいく行動力はとても真似ができません。いわゆる二枚目系統の役者さんなのに、誰よりも笑いを愛し、三枚目もめちゃくちゃクオリティ高く突き詰めていく姿も尊敬しています。ここは僕も、少しでも見習いたいなと思っているところです!
幸四郎 自分が「できる / できない」は二の次に考えて、とにかく気づいたら身体が動いている。とにかく「やっちゃう」んですよね……。
──カッコいい二枚目と面白い三枚目が順繰りに供給されるので、観客もいい意味で翻弄されています(笑)。先輩から後輩へのアドバイスはありますか?
隼人 僕は今32歳ですから、お兄さんが「朧の森に棲む鬼」初演(2007年)を演じていらしたぐらいの年齢ですか?
幸四郎 そうか、(息子の市川)染五郎が生まれたぐらいの年齢ですね。三十代は「どれだけ自分を不安に陥れるか」がテーマでした。つまり、自分で自分の尻を叩き続けるってことです。三十代になると十代、二十代に比べると初めての経験が少なくなるでしょう?
隼人 確かにそうですね。
幸四郎 同じ役を演じるにしても以前と同じでは次につながらない。そういう意味では、自分の中できっちりとやる意味を見つけていかないと先がなくなってしまいます。だから、ただの再現になるんだったら、いっそ新作をやりたいと思っていましたかね。僕はね、年代ごとにテーマを決めているんですよ。
──そうなんですか! 現在の五十代のテーマも教えていただけますか?
幸四郎 以前ほど若さに対して敵意を感じなくなってきましたかね。それでいて、「他人のイスに座りたい」がテーマです(笑)。
──対抗意識はないけれど、「さらに自分の枠を広げて、まだまだ若手には譲らんぞ」みたいなことでしょうか……(笑)。若々しいステキな言葉を頂戴したところで、残念ながら幸四郎さんは夜の部のご準備があるのでここまでです。お忙しい中、ありがとうございました。
幸四郎 ではお先に失礼いたします。
歌舞伎はつくづく、その人の人生が出るもの(隼人)
──隼人さんにはもう少しお付き合いいただいて、今年の振り返りを伺って参ります。「仮名手本忠臣蔵」の勘平、「義経千本桜」の知盛など、通し上演で大役を勤められたことも印象的。ますます充実した年代に突入です。
隼人 2024年は「ヤマトタケル」をはじめ新作歌舞伎と古典を両立した1年だったのですが、2025年はうって変わって古典寄りな1年を過ごしました。2024年も自分の中では精いっぱいできることを消化しながら勤めたつもりではありましたが、2025年はより意味を噛み締めながら、さらに深く役を考えていきたかったので、一つひとつに向き合う時間が持てたと感じています。
──そして2025年を象徴する出来事は、大河ドラマ「べらぼう」出演です。
隼人 1年半をかけて一つの役、一つの人生を全うできることの面白さ、難しさを感じました。
──最終回、隼人さん演じる長谷川平蔵と横浜流星さん演じる蔦屋重三郎の長い友情を感じる場面、感動的でした。最初は「カモ平」の愛称で呼ばれるほどコミカルな描写でしたが、成長するにつれてシケの表現も変化し(笑)、視聴者に愛されるキャラクターとして成長。そしてあのラストシーン……逆算して演技を組み立てたのでしょうか?
隼人 いやいや、「カモ平」時代には最終回の台本はありませんでしたし、そもそも「べらぼう」において平蔵は、物語の中でそう比重の大きな役ではなかったんです。当初はもっと早い段階で登場が終わる予定でしたから。監督さんやプロデューサーさんにいろいろなお話を伺う中で、僕自身も「火付盗賊改方になるまで演じられたらうれしいです」というようなお話をさせていただいて、ありがたくも登場期間が延びていった……という流れだったんです。
──なんと、好演によって役が大きくなっていったのですね。「火付盗賊改方、長谷川平蔵である!」の名乗りが放送された場面はシビれる回として話題を呼びました。歌舞伎俳優である存在感を示されましたね。
隼人 そういう意味で、大河ドラマは視聴者の方の反応も影響していきますし、先の展開が読めない中でどういう芝居をするべきかを考えていく難しさもあって。とても勉強になりました。
──新しい経験を積んだ隼人さんがどんな与兵衛を演じるのか、改めて期待が高まります。
隼人 先ほど幸四郎のお兄さんが「若さに敵意を感じない」とおっしゃっていましたが、少しでも嫉妬いただけるように(笑)、新年早々、思い切りぶつかっていきたいと思います。
──お二人がお互いのハートに火を着けるような、熱い舞台に期待します。
隼人 今月、仁左衛門のおじさまと(中村)勘九郎さんの「俊寛」に出させていただいていますが、歌舞伎はつくづく、その人の人生が出るものだと感じます。与兵衛は一つの目標に定めていた役でもあったんですよ。というのも、僕がまだ大きな役を演じたことがなかった十代の頃、(片岡)秀太郎さんが可愛がってくださって、ご飯に連れて行ってくださったり、楽屋でお話させていただいたりして「絶対に腐っちゃダメだよ。あなたは東京の役者さんだから演じるかはわからないけれど、与兵衛はあなたに合うと思う。隼人くんが演るときはお母さんで出るから、がんばってね」と言ってもらったことがあるんです。その日からいきなり、僕の目標に与兵衛が入った。ですから、秀太郎さんとの約束がかなったと同時に、ご一緒できなかった、間に合わなかった……という悔しさもあって。だからもっと焦って、もっと早く成長して、もっとたくさんの役を経験して、一刻も早く「いろいろな先輩とご一緒しなくてはいけない」と痛感した芝居でもありました。僕の家柄的には、大きな役をいただけることは決して当たり前ではありません。ここを意識しながら、心して一つひとつの舞台に臨みたいです。
プロフィール
松本幸四郎(マツモトコウシロウ)
1973年東京都生まれ。1979年に「侠客春雨傘」にて三代目松本金太郎を襲名して初舞台。1981年に「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。2018年に高麗屋三代襲名披露公演「壽 初春大歌舞伎」にて十代目松本幸四郎を襲名した。1月30日に令和8年「尾上会」に出演。
松本幸四郎オフィシャルブログ「残夢」Powered by Ameba
中村隼人(ナカムラハヤト)
1993年、東京都生まれ。萬屋。中村錦之助の長男。2002年に初代中村隼人を名乗り初舞台。2月は「猿若祭二月大歌舞伎」に出演する。
中村隼人オフィシャルファンクラブ-隼会- (中村隼人オフィシャルファンクラブ-隼会-)




