獅童・菊之助、互いの姿勢に深く共感
──今回の「あらしのよるに」は、澤村國矢さんが二代目澤村精四郎を襲名する演目でもあります。國矢さんは、獅童さんが新しいファン層を開拓した「超歌舞伎」でも、重要な役割を担ってきました。
獅童 國矢さんが大舞台に立つことには、やはり特別な思いがあります。彼の師匠である澤村藤十郎さんの芸養子となり、師の前名を二代目として襲名されるわけですが、技術があって、意欲もある方はこうしたチャンスを掴むべき。歌舞伎界にもいい刺激になってくださると期待しています。
──今年の2月、読売演劇大賞選考委員特別賞を受賞された中村芝のぶさん(七世中村芝翫門下)は国立劇場養成所ご出身。受賞スピーチで「異例の抜擢をしてくださったおかげ」と菊之助さんに感謝を述べられた場面が印象的でした。
菊之助 自分が「抜擢した」なんておこがましいです。師匠の背中を見ながら研鑽を積まれ、歌舞伎や先人たちへの思いを持って精進を積んでいらっしゃるからこそ、お客さまの期待に応える力を発揮されたのだと思います。
獅童 つい先日も、「錦秋十月大歌舞伎」で菊之助さんが「俊寛」をなさったときは(一般家庭出身の)上村吉太朗さんが千鳥という大役をなさって“大抜擢”と話題になりましたよね。こういう菊之助さんの姿勢に、僕自身やはりグッとくるところがあります。もちろん「自分の役割は裏方であり、家と師匠を支えること」というお弟子さんがいらしてもいいんですよ。でも、チャンスがない、未来に希望を持てない、そんな業界では、若い人たちが参入してきてくれませんから。
菊之助 技術と思いを両立させ、本当の意味で精進研鑽を積んだ方々は、一緒に舞台に立っているこちらも「努力せねば」という気持ちにさせてくださいますしね。
獅童 そうです。「お客様の心に届く舞台とは何か?」を突き詰めて考えていくと、座組み全体に熱がある歌舞伎が求められる時代が来ると考えています。今回の「あらしのよるに」の配役を考えてみても、山羊のめいは、(尾上)松也さんや(中村)壱太郎さんという、菊之助さんから見れば後輩の方が演じてきた役。それを先輩格にあたる方が「やります」とおっしゃってくださったわけですから、菊之助さんの中にある男気を感じますし、気持ちよく引き受けてくださる心意気がうれしいです。
菊之助 「あらしのよるに」は、獅童さんが「子供から大人まで幅広い世代に愛される作品を」と考えて作った作品じゃないですか。未来を見据えた視点が感じられますし、私自身、そこに深く共感しています。
“ハマったもの”は世代を越える?
──今作は初演から客席に小さいお子さんをたくさん見かけますし、彼らがまた歌舞伎座に帰ってきてくれたときに、熱気あふれる歌舞伎を目にして、さらに好きになってくれたら……と願っています。お二人は小さい頃、お好きだった作品はありますか?
獅童 ステイホームのとき、自分が子供のときに影響を受けたものを陽喜に片っ端から見せたことがあるんです。「ウルトラマン」とか「ドリフ大爆笑」はやっぱり小さな子供も夢中になるし、最強だと再認識させられました(笑)。
──ヒーローモノとドリフは強いでしょうね!(笑)
獅童 実は志村けんさんとお話させていただいたことがあって、そのときに「コントは子供向けにやっていない」とおっしゃっていたんです。ドリフって公開収録だったじゃないですか。そこでいかにも「お子さま向けにやってますよ」なんてやってしまうと、「子供だましで笑いを取ろうとしてる」と全然笑わないんですって。「あらしのよるに」も座組みの皆さんに「いつも通り、歌舞伎のお客さまを相手にしているときと同じようにやってください」とお願いするんです。
──子供は感受性が鋭いですからね。菊之助さんは、小さな頃に夢中になったものはありますか?
菊之助 父(尾上菊五郎)と尾上辰之助さん(三世尾上松緑)が演じられた、弁天小僧と南郷力丸のコンビが大好きでした。2人の掛け合いがカッコいいんですよ。その映像を今は、息子の(尾上)丑之助がハードディスクから自分で見つけて、繰り返し楽しそうに観ています。
獅童 こういうエピソードも、伝統芸能ならではでステキですよね。だから僕は、世襲制を真っ向から否定するつもりもないんです。ファンの方も、代々長い時間をかけて応援することができる、長いスパンでお互いがコミュニケーションを取りながら楽しめるのも大きな魅力ですから。
──舞台も客席も“いい芝居”を演る / 観ることが目的。時代に踊らされるのではなく、時代を見極めながら、双方が豊かな表現のために視野を広く進むことが重要だと思います。そして「あらしのよるに」は深いテーマ性も大きな魅力です。“違い”でこわばった関係が、相互理解や友情でつながっていく……世界各地で戦争や紛争が起こる今、再演を繰り返す価値も感じます。
獅童 僕の中では、狼と山羊が親友になるこの物語が愛されれば愛されるほど、世界から争いごとが少し減るかも?なんて、けっこう大きなことも考えているんです。「四ノ切」の狐忠信を演じたときに、お客様が泣いてくださるのを見てしみじみ感じたことですが、この物語ができた頃と今では時代も生活スタイルもまったく違うけれども、そこには変わらぬ感動があるわけですよね。そう思ったときに、時代の流れをつかむことも大事ですし、時代を超えていくテーマを据えることが新作にとって重要だと再認識しました。
菊之助 そうですよね。古典は再演を重ねてブラッシュアップされ、後世に残る作品となってきました。役者が変われば別の角度が見えてくるでしょうし、さらなる高みを目指しながら、めいという役を勤めさせていただければと思います。
獅童 何十年後、何百年後……僕がこの世から消えた後も残る作品を目指したいです。
プロフィール
中村獅童(ナカムラシドウ)
1972年、東京都生まれ。1981年に歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」で二代目中村獅童を名乗り初舞台。歌舞伎俳優として活躍する傍ら、2002年に公開された映画「ピンポン」で注目を集める。2015年に絵本を原作とした新作歌舞伎「あらしのよるに」を上演し、再演を重ねる。2016年には、バーチャルシンガーの初音ミクとコラボした超歌舞伎「今昔饗宴千本桜」を発表。
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尾上菊之助(オノエキクノスケ)
1977年、東京都生まれ。1984年に「絵本牛若丸」の牛若丸で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台。1996年に「弁天娘女男白浪」の弁天小僧ほかで五代目尾上菊之助を襲名。古典で幅広い役に挑むほか、2005年「NINAGAWA十二夜」、2017年「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」、2019年に新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」など新作歌舞伎にも積極的に取り組んでいる。
「十二月大歌舞伎」公演をもって、澤村國矢が師匠・澤村藤十郎の芸養子となり、藤十郎の前名となる澤村精四郎の名跡を二代目として襲名する。ここでは二代目澤村精四郎について紹介しよう。
1978年生まれの國矢が初舞台を踏んだのは、1988年。1995年に藤十郎に入門し、同年に初代として國矢を名乗る。以来、古風な顔立ちと、鮮やかなセリフ回しで、時代物、世話物、舞踊劇、そして新作歌舞伎と、どんな役柄も器用に演じこなし、観客から絶大な信頼を得てきた。2016年に獅童がスタートさせた「超歌舞伎」ではメインキャストに大抜擢。ダイナミックな演技で、フィクショナルな作品世界や最新テクノロジーとも調和し、存在感をいかんなく発揮した。また一部公演限定の“リミテッドバージョン”で、本公演で獅童が勤める主演を任された際は、会場だけではなく、生中継時のコメント機能にも「待ってました!」「紀伊国屋!」と大向うがかけられるなど、ファンからもこよなく愛されている。
國矢は、自身のターニングポイントが、2016年初演の超歌舞伎「今昔響宴千本桜」であり、敵役の青龍の精であると語っており、「『超歌舞伎』をきっかけに、獅童さんには本当に良くしていただいて。自分にとっては、尊敬する兄貴のような存在。獅童さんご自身も、役がつかない時代があったということもあり、俳優として舞台の真ん中に立てない悔しさをよく知っていらっしゃる。だからこそ、すごく親身になってくださるんです。今回の襲名も、2年ほど前に獅童さんが『國矢を幹部に』と言ってくださったことがきっかけなんです」と獅童への思いを話す。
また名前については「幹部に昇格することを旦那様(藤十郎)に報告したところ、大変喜んでくださいまして、『幹部になるなら、名前を考えておく』と。最終的にご自身が若い頃に名乗られていた精四郎という名前に決まりました。旦那様は、ご自身の名前を譲るのが初めてで、なんだか恥ずかしい気持ちもあるそうなのですが(笑)、うれしそうになさっています。獅童さんは『名前をいただいたのだから、“紀伊国屋”として、よりがんばっていくようにしなさい』と言ってくださりました」と明かした。
國矢は、「十二月大歌舞伎」にて、第一部「あらしのよるに」でばりい役、第二部「加賀鳶」で数珠玉房吉役を勤める。
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