7月は歌舞伎座で会いましょう 十三代目市川團十郎、早替りで魅せる!「星合世十三團」の華やかな衣裳13着の秘密に迫る (2/2)

いがみの権太

勘当された不良息子だが、心には秘めた思いが……。

市川團十郎扮するいがみの権太。(撮影:永石勝)

市川團十郎扮するいがみの権太。(撮影:永石勝)

衣裳point!

いわゆる弁慶格子の着物で、着姿をスッキリ見せるため、正方形ではなく少ーしだけ縦長の四角になるよう京都の織本で特別に織ってもらっています。腰に締めている物は通称“白木の三尺”。昔、白木屋という呉服屋さんがあって、柔らかい木綿の三尺を作って売ったのが語源だそうです。三尺の柄は“算盤玉そろばんだま”と言います。

権太の衣裳。よく見ると、格子がちょっと縦長!(撮影:ステージナタリー編集部)

権太の衣裳。よく見ると、格子がちょっと縦長!(撮影:ステージナタリー編集部)

帯部分にも注目。粋でカッコいい“算盤玉”柄。(撮影:ステージナタリー編集部)

帯部分にも注目。粋でカッコいい“算盤玉”柄。(撮影:ステージナタリー編集部)

鮨屋弥左衛門

釣瓶鮨屋を営む権太の父。旧恩があり、敵方に追われた平維盛をかくまっている。

市川團十郎扮する鮨屋弥左衛門。(撮影:永石勝)

市川團十郎扮する鮨屋弥左衛門。(撮影:永石勝)

衣裳point!

典型的な町人、羽織、袴を付けてリーダー格の拵え。年長者なので渋い色合わせですね。紋入れする箇所が丸く染まっていない(石持ち)のは、家柄や身分の低さを表し、町人、百姓に用いられます。

弥助実は三位中将維盛

すし屋の下男に身をやつし、弥助と呼ばれているが、実は平家の御曹司で……。

市川團十郎扮する弥助実は三位中将維盛。(撮影:永石勝)

市川團十郎扮する弥助実は三位中将維盛。(撮影:永石勝)

衣裳point!

優美な色男の着物ですね。木目のように濃淡が付いた柄は“伊予染”と言います。すだれ2枚を重ねて透かした模様で、愛媛県にある一級品のすだれ“伊予簾いよすだれ”が語源。

佐藤忠信

義経に忠義を尽くす家臣。静御前と共に旅をする。

市川團十郎扮する佐藤忠信。(撮影:永石勝)

市川團十郎扮する佐藤忠信。(撮影:永石勝)

衣裳point!

「義経千本桜」鳥居前の拵えで、武勇を表す役などに用いられる“四天よてん”の衣裳です。裾には動くと揺れる金馬簾きんばれん、金糸で縫い取られた家紋は佐藤家の“源氏車”。

佐藤忠信実は源九郎狐

霊力を持つ狐夫婦の皮を使って作られた“初音の鼓”。源九郎狐は忠信の姿を借り、両親の魂の入った鼓を慕って静に付き従っていたのだった……。

市川團十郎扮する佐藤忠信実は源九郎狐。(撮影:永石勝)

市川團十郎扮する佐藤忠信実は源九郎狐。(撮影:永石勝)

衣裳point!

白い生地に白い絹糸を手で依って縫い止めた“毛縫けぬい”は、手間も時間もかけて作られる衣裳。ふさふさとした糸が絡まるので扱いが大変で、着付けも特殊な技術が必要です。同様の手法は帯にも。後ろで結び、尻尾を表現するために片側を長くたらしています。

源九郎狐の衣裳。1つひとつ手作業で縫い付けられている。(撮影:ステージナタリー編集部)

源九郎狐の衣裳。1つひとつ手作業で縫い付けられている。(撮影:ステージナタリー編集部)

横川覚範実は能登守教経

吉野一の荒法師と呼ばれた僧で、実は生きながらえた能登守教経(平教経)。

市川團十郎扮する横川覚範実は能登守教経。(撮影:永石勝)

市川團十郎扮する横川覚範実は能登守教経。(撮影:永石勝)

衣裳point!

強く大きな役なので中には織物の鎧下に鎧も着けて麻の衣を着ています。足袋はトンボ柄。トンボは“勝虫”と呼ばれ、前にしか飛ばない、後退しないことから勝利を呼び込むとして、戦国武将が様々な装束に取り入れ縁起を担いだと言われています。

教経の衣裳。足袋部分にトンボがたくさん。(撮影:ステージナタリー編集部)

教経の衣裳。足袋部分にトンボがたくさん。(撮影:ステージナタリー編集部)

舞台を支える裏方さんの思い

今作で團十郎が着る衣裳の数は13役=13着だけではない。激しい戦闘によって血だらけになる知盛など、状況によって拵えが変化する役はもちろん、一見するとまったく同じだが、宙乗り用のものに着替えることも。衣裳さんいわく「今回はトータル27ポーズの衣裳を次々と変えていく予定です。早替りは床山さんや小道具さんとの連携も必要ですし、お弟子さんとも協力し合ってスピーディーに仕上げていきます」とのこと。團十郎はこの舞台裏の様子を「F1のコックピットのよう」と表現。観客があっと驚く早替りの速度は、チームの結束によって実現されているのだ。

「星合世十三團」の衣裳。

「星合世十三團」の衣裳。

今作の衣裳は古典「義経千本桜」が基本。絹が持つ光沢から素朴な木綿の味わい、さまざまな立場の役に合わせた、色や柄や形を1つにまとめ上げるデザイン性……話を聞きながら衣裳を間近で見させてもらい、つくづくその個性と美しさにうっとりした。「古典のいわゆる決まりものの衣裳をベースに、今作品も構成しています。古典の衣裳はすべての構成が良く考えられていて、色を1つ変えただけで錦絵のようなバランスが崩れて成立しません。すべてが正解で簡単に変えようがない。本当によくできています」と衣裳さんも感嘆の声を漏らす。とはいえ、この作品は早替りが演出の命。作り帯を使用するなど出来るだけ手数が少なく、省くものは省き、スムーズに進行できる工夫と細工が随所に凝らされている。しかし“手を抜いた”ように見えてはすべてが台無し。あたかも全部を一から着せているように“見せる”技術も求められる。この日、お話を伺った松竹衣裳のKさんは、勤続30年目のベテラン衣裳さん。着付ける技術の速さと仕上がりの美しさが、仲間からも「この人はすごい」と太鼓判の方とか! 「秘密を教えてください」と聞くと、「俳優さんとお弟子さんと息を合わせるだけです」と謙虚なお返事。「いやいやきっと秘密が」と食い下がると、Kさんは照れ臭そうに「ちょっとのミスも許されませんし、同じクオリティをひと月保たなくてはいけないので、集中力と平常心を大切にしています。毎日のルーティーンですか? 実はありますが……秘密です(笑)」とのこと。多くを語らず、結果は仕事で。舞台を支える裏方さんの照れ笑いに、グッときた。

玉置玲央が歌舞伎座へ

このコーナーでは、歌舞伎座を訪れたアーティストやクリエイターが、その観劇体験をレポート。今回は、劇団柿喰う客所属で、NHK大河ドラマ「光る君へ」に藤原道兼役で出演した玉置玲央が「六月大歌舞伎」を観劇した。

歌舞伎座正面(撮影:玉置玲央)

歌舞伎座正面(撮影:玉置玲央)

今回、ご縁があって六月大歌舞伎を鑑賞させていただいた訳ですが、歌舞伎座で歌舞伎を鑑賞するのは約15年振りでした。
当時はただただ勉強と見聞を広める為に鑑賞させていただいたもので、ハッキリ申し上げれば右も左も分からないまま“経験”したという状態だったと思います。
そして今回、結論から言えば歌舞伎座に待ち受けていたものは圧倒的な“体験”でした。歳をとり経験を重ねた自分には歌舞伎はもう全く別のものとしてそこに存在していたのです。

歌舞伎座1階のお土産が買えるお店・お土産処木挽町。(撮影:玉置玲央)

歌舞伎座1階のお土産が買えるお店・お土産処木挽町。(撮影:玉置玲央)

歴史と研鑽の上に成り立つ技術や知識、表現が舞台の上には渦巻いていました。15年前の自分にはその尊さが全く分かっていなかった。今だって全てを分かっているとは言い難いですが自分も表現者の端くれ、そこで行われていることがただのお芝居、ただの表現じゃないということは分かっているつもりです。
生き様が板の上に乗っている。それが兎に角、非常に尊い。
何が言いたいのかというと、若い内に歌舞伎を“経験”してそれをなるべく早く“体験”に変えることをオススメしたいのです。
演者が変わり時代が変わり作品が変わり建物が変わっても、歌舞伎は変わらないのです。むしろ自分の中でその尊さは知らず知らずに煌めきを増している。それを知ることが出来たのが自分にとっての大きな収穫でした。
満員の客席の嫋やかな熱気、それと共に浴びる歌舞伎を、歌舞伎座で是非“体験”してみてください。

玉置玲央

玉置玲央

プロフィール

玉置玲央(タマオキレオ)

1985年、東京都生まれ。劇団柿喰う客所属。主な出演作に舞台「リア王」「ジョン王」「パンドラの鐘」「夢の裂け目」「Take Me Out 2018」、テレビドラマ「大奥 Season2」「恋する母たち」、NHK大河ドラマ「光る君へ」、映画「教誨師」。8月から9月にかけて紀伊國屋ホール開場60周年記念公演KOKAMI@network vol.20「朝日のような夕日をつれて2024」に出演。

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