稽古場レポート
自主稽古に余念がないキャストたち
鴻上尚史と石黒賢の対談後、編集部は稽古場を訪問。入室すると、まだ稽古開始10分前であるにもかかわらず、俳優たちはすでに台本を片手に自主稽古を始めている。理学部3年生・江藤麦太役の大内リオン、弦巻寮自治委員会委員長・司馬英雄役の小日向星一、副委員長・本多真純役の駒井蓮の3人は、対談を終えて稽古場入りした鴻上のもとを訪れ、あるシーンのセリフの言い回しについて質問していた。一方、医学部1年生・坂下薫平役の岡本圭人は、びっしりと文字が書かれた赤い手帳を持ちながら、1人黙々と予習復習を行っている。そのメモ書きの多さは、岡本が日々稽古に打ち込んでいることを物語っていた。
この日はまず、弦巻寮玄関前を舞台にした第36場の稽古が実施された。弦巻寮廃寮に強く反対し、籠城を決意した薫平のモノローグに始まって、ガードマンたちを引き連れてやって来た学長補佐の宅間玲一(益岡徹)と、弦巻寮舎監の名倉憲太朗(石黒)、薫平、麦太、司馬、真純がにらみ合うシーンだ。石黒との対談で、鴻上が印象深いシーンに挙げていた場面でもある。
白熱の“ガードマンオーディション”
第36場の稽古に入る前に、鴻上は演出席から立ち上がり、「よーし! これからガードマン役のキャストを選ぶオーディションをするぞ!」とアンサンブルキャストたちに呼びかける。「このシーンに登場するガードマンたちは、弦巻寮に立てこもった学生たちを寮から引きずり出すミッションを課せられている武闘派集団。演じるうえで怖さや威圧感が必要なんだ。今から君たちには、1人ずつ順番に全力疾走を見せてもらう。走る姿がさまになっている順に、第36場でガードマン役を演じてもらおうと思う」と鴻上。するとアンサンブルキャストの1人が「はい! 自分から行きます!」と威勢よく名乗り出て、“ガードマンオーディション”が始まった。ヘルメットを被り、警棒を手にしたアンサンブルキャストたちは、鴻上の前を横切るようにして、アクティングエリアを駆け抜ける。鴻上はアンサンブルキャスト1人ひとりに対して、「いいね! ガラの悪さが出ていると思う」「目的を持って芝居をすることが大切。目的を明確にして走ってみよう」とアドバイスしつつ、最終的にアンサンブルキャストの中から数名をピックアップした。
鴻上は再び演出席を立ち、ガードマン役に選ばれたアンサンブルキャストたちの前へ。「前傾姿勢になって、足踏みをする。どんどん速く! もっと速く!」とその場で足踏みをする鴻上にならって、アンサンブルキャストたちも腕を大きく振り、動きを加速させていく。鴻上は「そうそう! その調子。そして、激しいエネルギーを持ったまま、ゆっくり速度を落としていく。靴のかかとの部分に薄い紙が1枚入るくらいの感覚を持って、何かが起きたらすぐに動けるような状態にしておくんだ」とガードマンの走り方を実演してみせる。自身が登場していないシーンの進捗を確認しながら、その間も岡本は薫平のセリフを小さな声でくり返し読み上げていた。
“19歳の薫平”に変貌する岡本圭人
「前のシーンから続けてやってみよう」という鴻上の指示により、第35場の終わりから第36場にかけての稽古が行われることになった。第35場の終わりでは、サッカー部のエース・茂庭章吾(財津優太郎)が弦巻寮食堂担当主任の日高菊(南沢奈央)に恋心を伝える甘ずっぱいシーンが展開。青春を謳歌する茂庭を見ていた真純が「……恋っていいね」と口にすると、麦太が「恋はいいぞお」と答える。初めは、真純と麦太が茂庭の恋模様を見届けるシーンだったが、「天ちゃん(葛山天)も入っちゃおう!」と鴻上が提案。教育学部1年生・葛山天役の小松準弥が呼ばれ、麦太の「恋はいいぞお」という言葉に天が「うん!」と同意するシーン、テンションが上がった天が真純に対して「恋はいいぞお」と目で訴えかけるシーンが追加された。鴻上は「天ちゃん、『うん!』と言いながら、真純の顔をパッと見てみよう。天ちゃんからアピールされた真純は、天ちゃんに対して少し嫌な顔をしてみようか(笑)」といたずらっぽい笑顔を浮かべながら演出をつけていた。
続いて、薫平によるモノローグのシーンへ。岡本は、薫平の決意を表すように、力強い眼差しで真っすぐ前を見据えながら、1つひとつの言葉をかみ締めるようにセリフを発する。岡本がセリフを言い終わると、鴻上は「ちょっとセリフ回しが司令官っぽくなっているかも。薫平の19歳らしいドキドキ感がほしいな。それから、薫平の心の中に、不安感がベースとしてあるようなイメージでセリフを言ってみよう」とオーダーする。「もう1回やらせてください!」と元気に返事をした岡本は、その後も微調整を重ね、“19歳の薫平”へと変貌していった。
石黒賢&益岡徹が醸し出す、大人の重厚感
第36場のメインとなるのは、学生たちに退去を迫る宅間と、名倉、司馬、真純らが対立するシーン。じりじりと詰め寄る宅間に対し、名倉は学生たちの盾になる形で立ちはだかり、毅然とした態度で宅間の主張を退ける。小日向は、宅間の圧にひるみ、あとずさりしながらも退去を断固拒否する司馬を好演し、駒井は、ハキハキとしたセリフ回しで真純の真面目さを表現した。
益岡が「宅間の『名倉。目を覚ませ』というセリフは、旧知の仲である名倉の目を覚まさせたい、という思いで勢いよく言うべきでしょうか?」と質問すると、鴻上は「強く言うというよりも、宅間が混乱している様子が垣間見えるといいですね。感情をハンドリングできない、人間らしさを出してもらいたい。そのあとのセリフでは、いつも通り冷静な宅間に戻ってみてください」と答え、宅間の感情を紐解いていく。また、宅間が自身の妹であり、名倉の亡き妻でもある加寿子の名前を口に出すシーンについて、鴻上は「『加寿子が悲しむぞ』という宅間のセリフは、もっと卑怯な感じを出してもいいかもしれない。名倉は今よりも少し間を置いて、怒りをにじませながら、宅間に『お帰りください』と言ってみるのはどうだろうか?」と提案する。鴻上の言葉を受けた石黒と益岡はその後、名倉と宅間が抱える複雑な感情を、重厚感の増した芝居と絶妙なセリフの間で立ち上げた。
稽古中、終始、キャスト陣に熱い檄を飛ばしていた鴻上は「よーし! 36場、よくなってきたと思います。では、次のシーンに行ってみよう!」と稽古場を見渡し、キャスト・スタッフを鼓舞する。鴻上の期待に応えるように、カンパニーメンバーの瞳には熱い光が宿っていた。
プロフィール
石黒賢(イシグロケン)
1966年、東京都生まれ。1983年にテレビドラマ「青が散る」でデビュー。以来、数々のテレビドラマや映画に出演。近年の舞台出演作には朗読劇「青空」、舞台「脳内ポイズンベリー」「7本指のピアニスト~泥棒とのエピソード~」ほか。
鴻上尚史(コウカミショウジ)
1958年、愛媛県生まれ。作家、演出家。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。1987年に「朝日のような夕日をつれて」で紀伊國屋演劇賞、1994年に「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞、2010年に「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲賞を受賞。