野沢尚の名作が舞台に!石黒賢・鴻上尚史が語る「反乱のボヤージュ」、奮闘する岡本圭人らを追った稽古場レポートも

第52回芸術選奨文部科学大臣賞(放送部門)を受賞した故・野沢尚の小説「反乱のボヤージュ」(集英社)が初舞台化される。2000年から2001年にかけて「小説すばる」で連載された「反乱のボヤージュ」は、架空の名門大学・首都大学にある弦巻寮を舞台に、寮の取り壊しを阻止するために大人たちと闘う学生たちの葛藤と成長、寮の舎監と学生たちの心の交流を描いた青春群像劇だ。舞台版の脚本・演出を手がけるのは、「反乱のボヤージュ」を“伝説の名作”と評する鴻上尚史。物語の軸となる舎監・名倉憲太朗役を石黒賢、学生寮暮らしの医学部1年生・坂下薫平役を岡本圭人が務める。

ステージナタリーでは、石黒と鴻上にインタビューを実施。原作が持つ魅力、舞台版を通して観客に伝えたいことなどを聞いた。また特集の後半では、鴻上がキャスト陣に檄を飛ばす熱い稽古の様子をレポートする。

取材・文 / 櫻井美穂文 / 熊井玲(P1)、興野汐里(P2)撮影 / 藤田亜弓

石黒賢×鴻上尚史 対談

名倉にシンパシーを感じる

──「反乱のボヤージュ」は、2000年から2001年にかけて「小説すばる」で連載された野沢尚さんの小説で、名門大学の学生寮を舞台に、廃寮を考える大学側から送り込まれた舎監と、寮の存続を願う学生たちとのやり取りを描いた作品です。2001年には野沢さん自身の脚本でテレビドラマ化もされていますが、連載終了から約四半世紀、今回戯曲として書き直す中で、鴻上さんは原作の面白さをどんなところに感じましたか?

鴻上尚史 本作の主人公の1人、名倉憲太朗が直面していた学生運動の世代は、制服や校則を全部なくそうとか、学生たちのアクションが大きな盛り上がりを見せていた時代で、でもその後に“揺り戻し”があり、僕はまさにその“揺り戻しの中の世代”。まあ僕自身は中学校時代からブラック校則と闘い続けていたのだけれど(笑)、ほとんどの学生は「そんなに熱くならなくていいんじゃないの?」という冷笑的な人たちでした。その構図は、令和を生きる今の人たちにとっても、実は普遍的に感じられるのではないかと思います。

左から鴻上尚史、石黒賢。

左から鴻上尚史、石黒賢。

──熱のあるシーンが多いですが、執筆中に胸が熱くなったりは……?

鴻上 いえ、作り手が熱くなりすぎると暴走してしまうので(笑)、僕は冷静な頭で、どうやったらお客さんに熱くなっていただけるかを考えながら執筆しました。また、「反乱のボヤージュ」という作品自体、演劇という媒体にぴったりだと思うんですよ。小説や映像以上に、お客様に直接熱を感じていただけるという点で、舞台は一番生々しいメディアなので。舞台化にあたり難しかった点があるとすれば、出る人数に制限があること(笑)。本当はもっとアンサンブルの人数を増やしたかったのですが、プロデューサーと話し合い、増やせるギリギリのラインを攻めてもらいました。

──石黒さんが演じられるのは、元・警視庁第二機動隊員で、学生運動の時代は学生たちを制圧する側だったというバックグラウンドを持つ名倉憲太朗です。舎監として弦巻寮に派遣されてきた名倉は、最初は寮生たちから大学側のスパイと疑われますが、自分の正義に則り、寮生を守り、また彼らの成長を促す重要な役どころです。悩める学生たちから無理やり話を聞き出そうとしたり、自分の考えを押し付けたりするのではなく、名倉は「一緒にイモを食いませんか」と焚き火を前に学生たちに語りかけて、彼らの心を自然とほぐしていきます。

石黒賢 名倉の、「若者達にとって意味ある男になりたいと思うようになった」というセリフが非常に印象的だなと感じています。名倉ほど思い切れてはいませんが、僕自身、年齢もキャリアも重ねたことで、“必要なら若い人たちの支えになりたい”という気持ちが芽生えてきたので、名倉のスタイルにもシンパシーを感じます。僕たちが若い頃、先輩たちがお芝居の作り方や役の構築の仕方を他愛もない会話の中でしてくれたのですが、それが今になって「あれはこういうことだったのか!」と腑に落ちることも多くて。しかも「役者っていうのは……」なんて大上段な語り口じゃなく、本当にさりげなく教えてくれたのがカッコよかったんです。だから僕も、もし何か若い人たちに聞かれることがあったらそのように伝えられたらと思います。

石黒賢

石黒賢

──“背中で見せる”芝居になりそうでしょうか?

石黒 (ニヤリと笑って)いや、この人(名倉)は、意外とちゃんと口にするタイプなんですよ(笑)。

鴻上 そうそう。寡黙なふりをしてね(笑)。意外という点では、石黒さんって“優しくて温厚”なパブリックイメージがあると思うんですけど、スポーツマンだから身体がしっかりしていて、“元・警視庁第二機動隊”という役柄にも説得力があります。しかも今、筋トレもやってるんですよね?

石黒 大したことはやっていません。ただ、名倉を演じるにあたって身体が大きく見えたほうがよいかなと思い、普段やっているトレーニングから筋肉を大きくするトレーニングに変えたんです。

鴻上 石黒さんは、本当に役や作品に対してプロの仕事をなさるよね。髪を刈り上げにして稽古場に現れた日は、「あ、名倉だ!」と思いましたね(笑)。

石黒 あははは!

──刈り上げは、石黒さんからのご提案ですか?

鴻上 もちろん! 石黒さんが、役作りをしっかり考えられた結果です。おしゃれな石黒さんに、僕からはそんな恐ろしいこと言えません(笑)。

石黒 俳優はいろいろなことを手がかりに役をつかみますが、ヘアスタイルや衣裳を変えることで歩き方や立ち方も変わります。僕は童顔なので、名倉の近寄りがたい感を出すには髪を短くしたほうがよいかなと思い、鴻上さんにご相談したんです。そうしたら「やってみてください」と言っていただいて。まあ短くしたからといって急に貫禄が出るものではないですが(笑)、警察官上がりの名倉が、自分を律している感じや清潔感が出るとよいかなと思いました。

岡本圭人の、修正力の速さと理解度の高さ

──稽古が進む中で、お好きなシーンや印象が強まったシーンはありますか?

鴻上 クライマックスの稽古はこれからで(取材は4月中旬に行われた)、全体を通したらきっと最後のシーンが一番好きになると思うんですけど、ここまでの稽古では益岡(徹)さん演じる宅間学長補佐と名倉が対峙するシーンがすごく良かったです。

──宅間は弦巻寮と敵対する大学側の人間で、名倉を弦巻寮に送り込んだ人物でもあります。

鴻上 そのシーンの構図も素敵なんです。宅間と名倉という大人2人が本気で戦っている姿を、学生たちが戦々恐々としながら見ているんですけど、益岡さんはすっとぼけたタヌキのような芝居をしつつ、大事なところはカッコよく締める……まさにベテランの味ですね!

鴻上尚史

鴻上尚史

石黒 僕は、名倉と薫平(岡本圭人)のシーンも好きですが、名倉と久慈(加藤虎ノ介)が対峙するシーンもいいなと思っています。特に久慈とのシーンで、久慈から「“あの時代”を無傷で生き残ったことは、あんたの勲章か?」と問われた名倉は、学生たちにも見せなかった心中を吐露するんですけど、警察官同士で年齢も近い2人だからこそお互いにリスペクトがあって、思い合っていることがわかるシーン。やっていて楽しかったです。ただ自分が気持ちよく演じてはダメなので、そうならないようにやりたいなと意識しています。

──岡本さん演じる薫平は学生寮暮らしの医学部1年生で、物語の語り手として若い観客の方が一番に感情移入する役でもあるかと思います。寮生の間で名倉に対する警戒心が高まる中、最初に名倉に心を開く役でもありますが、岡本さんの印象はいかがですか?

石黒 稽古が始まったばかりのころは、台本にある“19歳の薫平”よりも芝居が大きい印象でしたが、鴻上さんの演出により、だんだんと台本に書かれている大きさに収まっていき、その修正能力の速さや理解度の高さが素晴らしいなと感じています。稽古が始まって10日ほどですが、岡本さんは日に日に薫平になっていっていて、すごく芝居の勘がいいな、と。

石黒賢

石黒賢

鴻上 岡本さんにとって大変なのは、19歳の薫平を32歳で演じることに加えて、薫平の先輩・江藤麦太役を、同じ事務所の後輩である19歳の大内リオンが演じていることだよね。役の上ではリオンが圭人に対して「薫平!」って先輩として振る舞い、圭人もリオンに対して「おはようございます!」と後輩として接するんだけど、圭人は責任感が強くて真面目だから、役を離れたところでは「リオンの面倒を見なきゃ」「失礼なことをしていないか、しっかり見ていないと!」と本当に一生懸命で(笑)。でも実は不器用なところや葛藤もあって、今回は本当に石黒さんの胸を借りがいがある役だと思うよ。

──岡本さんはじめキャストには若い方も多いですが、石黒さんにアドバイスを求めてくる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

石黒 聞かれたら答えるようにはしていますが、自分からはなるべく言わないようにしています。

鴻上 いやあ、それはすごく大事なことですよね。世の中には、聞かれてもいないのに若い人にアドバイスをしまくるおじさんもいますけど(笑)、悩む前に正解を聞いてしまうと自分で考えることができなくなり、成長できなくなってしまう。その点、石黒さんはじっと見守っているんです。僕の好きな俳優さんに共通するところですね(笑)。

世代を超えて届く作品

──世代や状況が異なる他者への理解と歩み寄りを描いた本作。観る方によって感じ方も変わると思いますが、観客の方にはどんなことを感じてほしいと思われますか?

鴻上 僕は小劇場から始めた人間だから、若いお客さんが観に来てくれるのはやっぱりうれしい。この公演ですごく良いなと思っているのは、チケット代に幅があって若い方も観に来られる値段設定になっていることなんです。芝居が終わった後、顔を上気させながらロビーに出てきた若い人たちの顔が見られたら幸せですね。

鴻上尚史

鴻上尚史

石黒 大学生役の若いキャストがたくさん出ていますから、若いお客さんにも自分が投影できるキャラクターが1人はいるのではないでしょうか。また、我々の年代の方たちも、自分が熱くなっていた時代をきっと思い出すはずです。「こんなにくたびれちゃったけど、もうひとがんばりしてみようかな」って思ったり、自分の人生を振り返る時間になったり……。本当に、さまざまな年代の人たちに届く作品だと思います。あとやっぱり男性の方にもぜひ多く足を運んでいただきたいですね。

鴻上 そうだね。ご夫婦やカップルで観に来ていただいて、薫平と(薫平が思いを寄せる薩川)あゆみのように、男は熱くなって、女性はそんな男を見て「かわいい」と思っていただけたら(笑)。また、さまざまな社会問題が包括されていますが、エンタテインメント作品として楽しんでいただけるような構成になっていますので、ぜひ気楽に観に来てほしいですね。