中村勘九郎・中村七之助、新作歌舞伎「福叶神恋噺」&人気作「怪談乳房榎」を引っ提げ、約7年ぶりの博多座へ!「六月博多座大歌舞伎」 (2/2)

「怪談乳房榎」も“頭を空っぽにして観ていただける演目”

──夜の部には、歌舞伎の三大名作の1つである「菅原伝授手習鑑」より「道行詞の甘替みちゆきことばのあまいかい」、そして勘九郎さんが三役を早替りで演じ分ける「怪談乳房榎」が上演されます。「道行詞の甘替」では、菅丞相の悲劇の発端となるカップルの斎世の君(福之助)と苅屋姫(鶴松)、そしてそんな2人を守る舎人桜丸(虎之介)の道行を描いた舞踊劇で、上演は1966年以来となります。

勘九郎 「菅原伝授手習鑑」は、ご当地ものということで選ばせていただきました。また、今年は松竹の創業130周年ということで、歌舞伎座で「菅原伝授手習鑑」の通し狂言が9月に予定されていますが、それに先駆けて……という気持ちもあります(笑)。「道行」自体、約59年ぶりの上演ということなので、お客様に楽しんでいただける作品として、若い3人に新しく構築してもらえればと思っています。

──「怪談乳房榎」は、三遊亭円朝さんの口演をもとにした怪談噺で、上演が途絶えていた中、勘三郎さんが1990年に復活させ、今の勘九郎さんに継承された作品です。

勘九郎 さきほど、七之助が「福叶神恋噺」を“頭を空っぽにして観ていただける演目”と言っていましたが、実は「怪談乳房榎」もそうなんです。ブロードウェイでも、海外のお客様に楽しんでいただけましたし、「歌舞伎って難しそう」と思っていらっしゃる初心者の方にも、歌舞伎ファンの方にも楽しんでいただける作品だと自負しています。ただ本水の中での三役早替りは、体力的に非常にきつく、もしかしたら博多で演じるのはこれが最後かもしれません。なので、見逃さないでいただきたいですね。

──勘九郎さんは、元は武士で、今は絵師の菱川重信、その下男・正助、そして生粋の悪党である蟒三次の三役を演じます。この三役が、激しく入れ替わる本水での大立廻りは大きな見どころですね。

勘九郎 一番大切にしないといけないのは、“早替りのショー”になってはいけないということ。早替りは、グリコに例えると“おまけ”の部分で、大事なのは、三役それぞれの人物の性根をお見せすること、つまりグリコで言うところのキャラメルの部分なんですね。初役で演じたときには、それぞれの役をストレートに演じることで精一杯でしたが、上演を重ねるごとに、三役それぞれの“欠落した部分”が見えてきて。例えば、菱川重信は一見すごく真面目な人ではあるんだけど、元は武士だけれど、絵が好きで絵師になった、というおかしな経歴があるし、それにただの“良い人”だったら簡単に奥さんを寝取られない(笑)。そして正助は、「旦那さまのため、先生さまのため、坊ちゃまのため」と生きている、正直者に見えますが、彼は浪江にそそのかされて、先生を殺す手伝いまでしてしまうわけですから。(正助のことを)最初からあんまり良いやつじゃないよなと思っていたんですけど、「可愛らしいキャラクターではないぞ」とわかってからは、すごく好きになりました。三次は……ただの“クソ野郎”ですね(笑)。彼の欲求は「世の中楽しく暮らしたい、そのためだったらなんでもする」とわかりやすく、もしかすると、この三役の中で、一番人間らしい人なのかもしれないと感じています。彼がどうして落ちぶれてしまったのか、というバックボーンも考えると、カラッと演じる役じゃないなと思っています。

──七之助さんは、重信の弟子となる悪党・磯貝浪江(橋之助)に見初められてしまった悲劇のヒロイン・重信妻お関を演じます。

七之助 出番自体はそこまでないのですが、お関はこのお芝居の肝になる女性。兄がこの作品を初演して以来、ずっと勤めさせていただいているお役でもあるので、自信を持って演じられると思っています。そういえば、橋之助とこういう艶っぽい関係の役を演じるのは、これまであまりなかったので、彼がどんな浪江になるのか楽しみです。私も彼の浪江に合わせて、若々しくしないといけないのかな(笑)。

勘九郎 橋之助は、今回初役で浪江を勤めますが、うちの父が「怪談乳房榎」で菱川重信、正助、蟒三次の三役を演じていたとき、そのバディとして、磯貝浪江を演じていたのは(中村)芝翫のおじ。私たちが父の「怪談乳房榎」に憧れたように、彼も芝翫のおじのカッコいい浪江を観て育ったので、彼に「浪江をやってほしい」とお願いしたとき、「(心底うれしそうな声色で)えっ、本当にいいの……?」って目をキラキラさせていて……あの目の輝きは忘れられません(笑)。彼がいろいろな現場で、自分の課題に向き合いながら闘い、メキメキと実力をつけていている姿は見守ってきましたし、今回はそんな彼に、浪江を追い求めてほしいですね。1つ懸念点があるとすると、浪江は本当に悪いやつなんだけど、あいつ(橋之助)はすごく人が良い、ということ(笑)。にじみ出てしまう橋之助の“人の良さ”を、この公演期間中は封印させないといけないですね。橋之助もすごく気合が入っているし、僕らの世代の新しい「怪談乳房榎」をお見せできるように作っていきたいですね。

左から中村七之助、中村勘九郎。

左から中村七之助、中村勘九郎。

歌舞伎の一番の魅力は、ジャンルが幅広いこと

──改めて、昼夜のラインナップを振り返ると、本当に盛りだくさんの内容ですね。

勘九郎 うちの父は、エンタテインメント性の高い新作と併せて、古典作品も見取狂言として上演することを大事にしていました。今回も、昼夜共にその精神を受け継いだ、バランスの取れた演目立てになっていると自信を持っています。「福叶神恋噺」を目当てに来た方が、「引窓」にすごく感動したり、「怪談乳房榎」を観に来た方が「『道行』ってなんて面白いんだ」と思われるかもしれない。私は、歌舞伎の一番の魅力は、ジャンルが幅広いことだと思っています。だから、そのジャンルをこちらで狭めるのは良くないことだと思っていて、できる限り、見取狂言で「こういうのもありますよ」と提示していけたらと思います。

──橋之助さん、福之助さん、虎之介さん、鶴松さんといった、若手の大役への抜擢も光ります。

勘九郎 (ニヤリと笑って)チケット代を少しでも安くしたかったから、お金がかからない若手を選びました(笑)。それは冗談として、歌舞伎は出演する俳優の年齢の幅が広い、世界的に見ても珍しい演劇です。七十代、八十代の俳優が、14歳、15歳の役を演じたりするわけですが、観に来られるお客様も年代によって、観たときに感じるものも違ってくると思うんですよね。なので、若手が活躍することで、その年代に近い若いお客様が「歳が近いから観てみよう」と思っていただけるとうれしいですし、また「息子・娘と同い年ぐらいの子たちががんばっている」と、親世代の方々にも観に来ていただきたい。彼らに出演を依頼したのは、そういったいろいろな年齢層の方々に観ていただきたいと思ったから、というのも理由の1つです。また、博多はエネルギーにあふれている街ですので、そのエネルギーに負けない肉体を持っている彼らに、大いにがんばってもらいたいですね。

博多座の魅力は使いやすさ&観客の熱気

──最後に、博多座という劇場の魅力を教えてください。

勘九郎 使いやすさでしょうか。お客様に伝わりやすい大きさで、なおかつ歌舞伎のダイナミックさもしっかりと出すことができる。博多座で「怪談乳房榎」をかけるのは初めてなのですが、これまで歌舞伎座、中座(1999年に閉場)、南座、金沢歌劇座、大阪松竹座、御園座と、さまざまな“座”のつく劇場でやってまいりましたが、今回の博多座公演で主要な“座”のつく劇場を制覇したことになります(笑)。舞台機構も場所によって異なりますので、早替りの演出もその都度変えていたのですが、博多座さんはすごくしっかりとした、非常にやりやすい劇場なので、私が習った通りの、“オリジナルバージョン”をお見せできるかと。

七之助 魅力は、お客様の熱気ですね。九州のお客様は、良い芝居にすごく敏感で、ストレートに感情を返してくださるので、その熱に乗っかって私たちも演じられる。やるほうも、観るほうも同じ熱さで会場が盛り上がっていくと、作品が何倍にも面白く感じられるので、来福される方には、ぜひその体験を味わっていただきたいです。

勘九郎 あと、今回博多座さんと相談して、チケット代(A席)を500円下げていただくことをかなえていただきました。そして、上演時間も少し早めに調整し、夜の部が16:00開演で、19:30ごろには終わるように設定しています。やっぱりせっかく博多という街にいるんだから、そのあとにご飯も食べたいでしょうし、ご家族がいらっしゃる方もその時間だったら観に来やすいかなと。

七之助 上演を観に来福されるお客様には、芝居だけではなく、博多の街の雰囲気やおいしい料理もぜひ堪能してほしいですね。

左から中村七之助、中村勘九郎。

左から中村七之助、中村勘九郎。

プロフィール

中村勘九郎(ナカムラカンクロウ)

1981年、東京都生まれ。1986年に歌舞伎座「盛綱陣屋」の小三郎で波野雅行の名で初お目見得。1987年歌舞伎座「門出二人桃太郎」の兄の桃太郎で二代目中村勘太郎を名乗り初舞台。2012年新橋演舞場「春興鏡獅子」の小姓弥生後に獅子の精ほかで六代目中村勘九郎を襲名。

中村七之助(ナカムラシチノスケ)

1983年、東京都生まれ。1986年に歌舞伎座「檻」の祭りの子勘吉で波野隆行の名で初お目見得。1987年歌舞伎座「門出二人桃太郎」の弟の桃太郎で二代目中村七之助を名乗り初舞台。