「六月博多座大歌舞伎」で、中村勘九郎・中村七之助兄弟が約7年ぶりに博多座に帰ってくる。昼の部では、2024年に東京・THEATER MILANO-Zaで上演されたばかりの新作歌舞伎「
取材・文 / 櫻井美穂撮影 / 山本聡子
中村屋兄弟、博多にカムバック!
──6月、中村屋兄弟が博多にやってきます。同じ福岡県では、2019年、2023年に北九州市の小倉城を借景に「平成中村座小倉城公演」が行われましたが、博多座にご出演されるのは約7年ぶり。6月公演にご出演されるのは、約16年ぶりのことです。
中村勘九郎 博多座に帰ってこられるのは、本当にうれしいです! 博多のお客さんは、熱量があって、情にも厚いんです。「平成中村座小倉城公演」のときも、「なんで小倉でやるんだ」「博多座でやってくれ」と文句を言いながら、2回ともしっかり観に来てくださいました(笑)。
中村七之助 全国の公演にも足を運んでくださっていますよね。いつも優しくしてくださっているので、恩返しの気持ちで盛り上げられたらと思います。
──博多座には、過去何度もご出演されていますが、印象深い公演はありますか?
七之助 私は、2008年の「二月花形歌舞伎」ですね。これは、当時の「新春浅草歌舞伎」(編集注:浅草公会堂で行われる、花形歌舞伎俳優を中心とした公演)のメンバーで構成された公演だったんですけど、当時はほとんど無名の俳優だった私たちが「地方の劇場に呼んでいただきたいなあ」と毎年のように言い合っていた中、一番最初に手を上げてくださったのが博多座さんだったんです。ただ、先輩たちから「博多座は集客が難しいよ」と廊下をすれ違うたびに脅され(笑)、メンバー全員で不安を抱えながら、博多での宣伝活動をがんばった結果、初日から降るようにお客様が入ってくださって。忘れられないのが、そのときに開催したお練りですね。劇場前の通りが、あふれんばかりの人だかりになるぐらい、ものすごい数のお客様が詰めかけてくださったんです。確か、当時の博多座の支配人が警察に呼び出されたぐらい想定外のことだったらしいのですが(笑)、本当にうれしくって、素敵な思い出になりました。
勘九郎 思い出深いのは2002年、私たちが初めて博多座に出演した公演ですね。そのときは、父(中村勘三郎)が(中村)芝翫(当時:中村橋之助)のおじと「東海道四谷怪談」を通しでやっていたのですが、(勘三郎演じる)お岩さんが、毒薬と知らずに粉薬を飲んでしまうシーンで、作品の世界にどっぷり入り込んでくださったお客様が「飲まんとよ!(博多弁で「飲まないでください」)」って叫んだんです。それぐらい、博多のお客様は、面白かったり心に響く上演に対して深くのめり込んでくれるんですよね。逆につまらない作品をかけてしまうと、客席が埋まらないのでわかりやすい(笑)。なので、ラインナップは博多のお客様に楽しんでいただけるよう、こだわりました。
若手による「引窓」、“コールアンドレスポンス”が楽しい「お祭り」
──昼の部は、家族の情愛を描いた義太夫狂言の名作「双蝶々曲輪日記」より「引窓」で幕開けし、続いて「平成中村座小倉城公演」でも人気を博した華やかな舞踊「お祭り」、切りは昨年5月に東京・THEATER MILANO-Zaで初演された「
勘九郎 「引窓」は、短い上演時間の中に、親子、夫婦、兄弟の絆や情愛がぎゅっと凝縮された、本当に良い作品ですよね。今回は(中村)橋之助が南与兵衛後に南方十次兵衛、(中村)鶴松が女房お早、(中村)福之助が濡髪長五郎と、若い3人の上演になりますので、私自身も楽しみにしています。
私が出演する「お祭り」は、鳶頭が粋にいなせに踊りを踊るわけですが、“匂い”だったり、醸し出される雰囲気や色気が重要な、とっても難しい踊りです。「待ってました!」という大向うに、私が「待っていたとはありがたい」と返すという、コールアンドレスポンス的な要素もありますので、ぜひ、初めて歌舞伎を見るお客様にも大向うに挑戦していただきたいですね!
「福叶神恋噺」は“観客によって解釈が異なる”作品
──「福叶神恋噺」は、落語「貧乏神」をもとに、小佐田定雄さんが脚本、今井豊茂さんが演出を担う新作歌舞伎です。落語では男性として描かれる貧乏神が、女性に置き換わったことで、「貧乏神」のストーリーに新たな風を吹き込みました。
七之助 この作品は、私たちの想像以上に、お客様の反応がすごく良い作品です。ベースは(落語の)「貧乏神」なのですが、すごく単純で楽しい物語なので、頭を空っぽにして観ていただける演目になりました。実は、初演のときに福岡から観に来てくださったお客様で、「この作品を博多座でやってほしい」と言ってくださった方が何人もいらっしゃって。それならやってみようと、上演が決まりました。
勘九郎 この作品の面白いところは、観る方によって解釈が異なるところだよね。「これは悲劇だった」「いや、恋愛の話でしょ」って、お客様ごとに違う反応を示されていたのが面白かった。
七之助 そうそう。ただただ笑って帰ったお客様もいれば、切なくて泣いたと話すお客様もいらして……観劇いただいた渡辺えりさんは、この作品を悲劇と捉えられていて、「残酷な話ね」と言い残して帰っていかれました(笑)。
──見どころの1つは、七之助さん演じる貧乏神の“おびんちゃん”の可愛さ、健気さです。おびんちゃんと、だらしなくも、愛嬌のある主人公・辰五郎(中村虎之介)とのやり取りに、観客は「そんなやつのために、そこまでやってあげちゃうの!?」と思わずヤキモキしてしまいます。
七之助 客席の反応から「おびんちゃんかわいそう、がんばって」と応援していただいているのは、肌で感じています(笑)。いろいろな解釈がありますが、私は、おびんちゃんは辰五郎との出会いを通して、「人間って浅ましいけど愛嬌があって、“生きている”って面白いな」と気づき、人間に憧れたんだろうなって思っています。(ポスターに目をやって)ポスターでも僕が大きく出させていただいていますが、物語の主人公は虎之介演じる辰五郎ですから。
──辰五郎は典型的なダメ男で、ともすると観客から嫌われてしまいそうな役どころですが、虎之介さんが演じると、その憎めない愛くるしさで、観客もおびんちゃんのように「しょうがないか」と思わずほだされてしまいます。虎之介さんの俳優としての魅力を、お二人はどう感じていらっしゃいますか?
七之助 彼は、物語が面白くなってきたところから、さらに面白さをバン!と引き上げる、“飛べる能力”を持っている男ですよね。
勘九郎 そうだね。“飛ぶ”には、やっぱり独特のスイッチが必要というか……それを先天的に持っているのが虎之介です。
七之助 落語がベースで、テンポ感も重要なお芝居ですので、そういった部分は虎之介と話し合いながら作っています。お客様には、メキメキと力をつけている、虎之介の活躍も楽しみにしていただきたいですね!
──勘九郎さんは、おびんちゃんの兄貴分の貧乏神・すかんぴん役でご出演されます。
勘九郎 本当に汚い見た目なので、お客様に「これは、さっきまで『お祭り』を踊っていた人間と同一人物なのか」と思っていただけるとうれしいですね(笑)。初演版では、客席を花道に見立てて入ったんですけど、私が客席に入ろうとすると、(あまりの汚さから)みんな身体を引いて避けるんです。
猿弥の出演に勘九郎&七之助ワクワク
──そして市川猿弥さんが、本作に“貧乏神元締からっけつ”役でご出演されることが発表されたときには「元締め!?」と話題になりました(参照:「六月博多座大歌舞伎」ビジュアル解禁、市川猿弥の出演も明らかに)。
勘九郎 猿弥さんには、私たちが東京以外で公演を行うときには、毎回出演のオファーを出して、スケジュールが合わなくてフラれていたんです。そうしたら今回、急遽出ていただけることになって。最初は、夜の部「怪談乳房榎」の(物語の終盤のみに出てくる)住職の役の予定だったんですけど、すぐに(「福叶神恋噺」の脚本を担当する)小佐田さんに連絡して「猿弥さんの役を増やして!」とお願いしました。これは、作家が生きているからこそできることだよね(笑)。
七之助 私は、猿弥さんとは公私共に仲良くさせていただいているのですが、出演が決まったときは、「まさか」と本当にびっくりしました(笑)。落語作品を、小佐田さんの脚本で歌舞伎にするという企画は、(2016年歌舞伎座上演の)「廓噺山名屋浦里」が初めてで、私たちはそこから何度か(小佐田が脚本を手がける落語原作のシリーズに)出演させていただいておりますが、そのうちの1つ(2020年歌舞伎座上演の)「心中月夜星野屋」で、猿弥さんと共演したのがすごく思い出深くて。猿弥さんがお母さん、私がその娘という親子役だったのですが、本当に共演していて楽しかったんです。今回もとっても楽しみですし、猿弥さんの存在によって、どのようにこの作品が変化するかも見どころになるんじゃないでしょうか。
──THEATER MILANO-Zaでの初演時には、ホストクラブが多い歌舞伎町に劇場があることから、辰五郎に夢中なお金持ちのお嬢様・おきゃぴ(中村かなめ)による、シャンパンタワーならぬ“味噌汁タワー”の演出がありましたが……。
七之助 今回は博多での上演なので、(歌舞伎町と同様に繁華街である)中洲がイメージになるのかな(笑)。“味噌汁タワー”がどう変化するかは、観てのお楽しみです!
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「怪談乳房榎」も“頭を空っぽにして観ていただける演目”