木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」木ノ下裕一×糸井幸之介|宇宙の縮尺で見れば、天体の移動と人間の苦悩に大差はない

ストーリーを見せたいわけではない

──糸井さんのオリジナル作品では、瞬間瞬間の感情を歌に乗せた多彩なシーンが、オムニバス形式で展開されます。今回は1つの物語をベースに作品が構成されますが、お二人は今回、ストーリーをどのように組み立てていこうと考えていらっしゃいますか?

左から木ノ下裕一、糸井幸之介。

木ノ下 糸井さんの作品を拝見していて思うのは、糸井さんはストーリーに引っ張られない強さがあると思うんですね。普通はある作品を再構成するときに、もとのお話の起承転結を踏襲しようとか外そうと考えるけど、そう考えている時点でもうストーリーを意識してる思考回路だと思うんです。でも糸井さんはそこがまったく自由。例えば“承”だけ取り出して新たなドラマを作り出し、それが結果的に“起転結”にも関係してくるというような作り方ができる。物語との距離が絶妙なんです。ドラマに対してフラットなのかな?

──なるほど。ただ過去の糸井作品では、1つの作品に収められた各シーンのつながりがそこまで強く感じられなかったのですが、「網島」以降はシーン全体にかかるブリッジが強くなったと言うか、作品全体の構成力が強まった印象があります。

糸井 そこはやっぱり、木ノ下さんと作業させてもらった影響ですね。以前はストーリーなんて正直どうでもよかったのに、最近は人の芝居を観ていてもストーリーばかり追ってしまって、お話好きになったのかな……?

木ノ下 あははは(笑)。

糸井 とは言え、「合邦」はストーリーだけ取り出すと支離滅裂なお話なので、特にストーリーを見せたいっていうことはないです。どちらかと言うと、作品を観るときの拠りどころとしてストーリーを使いたい。小さなストーリーがいくつもつながって、大きなストーリーができると思うので。

弱まっていく青春の炎を掲げて

──17年の「心中天の網島-リクリエーション版-」では、初演であまり描かれなかった、主人公を取り囲む人たちの目線が濃く描かれました。そのことによってドラマとしての厚みが増し、さらに結果として現代的な色合いが強まったと思います。今回のキャストにはその「網島」にも出演した伊東沙保さん、武谷公雄さん、西田夏奈子さんや、玉手御前役の内田慈さんなど、これまでに糸井作品や木ノ下作品に関わったことがある俳優たちがそろいました。

左から木ノ下裕一、糸井幸之介。

糸井 今回、僕が青春時代を共に小劇場で過ごしてきた人たち、そして僕を含め、青春の炎みたいなものが弱まっていく世代に入ってきた人たちが、多数出演してくれるんです。そんな僕たち世代の小劇場俳優にとって、慈さんは“青春の象徴”という感じがあって(笑)。だからこの作品で、みんなと青春をきちっと終わらせたいという思いがあります。

木ノ下 “日想観”的ですね(笑)。

糸井 そうそう(笑)。だから「合邦」とは何も関係ないですけど、ぼんやりと青春の炎が薄らぎ、闇へと沈んでいく玉手御前のイメージに、慈さんがぴったりだなと思ったんです。

──俊徳丸役の田川さんはオーディションで選ばれました。

木ノ下 僕らがこれまで出会ったことがない俳優さんと出会いたい、俊徳丸役にいろいろな可能性を見てみたいという思いがあって。“俊徳丸はこうだろう”という想像の範囲を超えるキャラクターの人がいいなと思って、オーディションしました。田川くんの決定打になったのは、彼の魅力が未知数だったということです。

──近年の木ノ下歌舞伎作品では、「勧進帳」にしろ「心中天の網島」にしろ、主役を置きつつも群像劇化の傾向がありますね。

木ノ下 そうですね。と言うのも、歌舞伎では主役以外の役にあまり焦点を当てませんし、でもそこにこそドラマがあるはずだ、というのが現代人の発想ではないでしょうか。だから歌舞伎では玉手や合邦の掘り下げに注力するところ、現代演劇の僕らが入り込んでいく余地は“周辺”にこそある。その点で、僕たちの歌舞伎の現代演劇化は群像劇化傾向にあると思います。あと、これは僕の好みかもしれませんが、「みんながいるからこそ寂しい」というお芝居が好きなんでしょうね、きっと。大勢の中にいるからこそ浮かび上がってくる孤独とか、立ち上がってくる哀しみに惹かれるのだと思います。

劇場との協働で広がった可能性

──本作は木ノ下歌舞伎とロームシアター京都による共同制作企画「レパートリーの創造」シリーズの第2弾です。また主催であるロームシアター京都のほか、愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLATと神奈川・KAAT神奈川芸術劇場が共同製作として名を連ねています。劇場と協働することで、クリエーションの可能性が広がった部分はありますか?

木ノ下 可能性はやっぱり広がりました。例えばこれだけ関連イベントができるのはやっぱり劇場と協働しているから(参照:木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」スピンオフ企画で上映会や講座を実施 / 木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」スピンオフ企画に安藤礼二、亀有碧)。ちょっと多すぎてしんどいなってところは正直ありますが(笑)、でもやっぱりありがたいです! あと、公演が終わったあとにもワークショップを予定していて、単なる公演の事前パブリシティではない。作品全体をお客さんと共有しながら、「もっと興味を持ってくれるなら、こんな大きくて長期的な楽しみ方もありますよ」とお客さんに提示する活動は、木ノ下歌舞伎がやりたかったことでもありましたし、こういう活動は劇場にとっても実があることだと思うんですよね。という意味で、ロームシアター京都とはやりたいことが一致している。また自分たちの主催公演と違って、劇場がある意味、僕らにとっての監査機関ですから(笑)、例えば台本の進捗状況など僕らにも緊張感が生まれる。多方面で尽力してくださるロームシアター京都、レジデンスで合宿させてくれたPLAT、首都圏での稽古場を提供してくれたKAATと、この3劇場の協力がなかったら、今回のような状況で作品は作れなかったですね。

一番孤独なのは誰か?

──木ノ下さんは以前、糸井作品の核が“孤独”にあり、その死の影を負った孤独の深さが人を惹きつけるのだとおっしゃっていました。「合邦」が多数の伝説や説話から成る作品だからかもしれませんが、玉手御前というキャラクターは、1人の人間の思考回路として考えると、一貫性や主体性があるようでなく、その不安定さ、つかみどころのなさが、彼女が抱える闇をブラックホール的に深めているように感じます。お二人は玉手の抱える闇についてはどのようにとらえていらっしゃいますか?

糸井 それは逆にお聞きしたいくらい(笑)。謎ですね。すごいものを抱えていそうな雰囲気がしつつも、ペラッペラのような気もするし、よくわからない。自分の作風として、孤独を描くことはこれまでさんざんやってきましたが、今回はその玉手のとらえどころのなさと、私のちょっとマンネリ化した(笑)孤独の描き方にじっくり向き合って、ブラックホールの先に突破口が見えればいいなと思います。

木ノ下 玉手が孤独というのは誰しもが思うことなので、僕はむしろ玉手を孤独ととらえていいのか?と思っています。例えば多くの人に惜しまれながら島送りになった人や、無人島に漂着しちゃった人は、案外孤独ではないかもしれないですよね。海の向こうには待ってる人がいるって思えるわけですから。玉手にしても、みんなから疎まれているうちは孤独だったでしょうが、誤解が晴れれば最後は清らかな人だったと称賛される。僕はむしろ、玉手の周りにいる人たちの孤独のほうが気になります。俊徳丸とその許嫁の浅香姫は若くて情熱があるカップルだけど、互いにすごく通じ合っていたかというとそういうわけではなさそうだし、玉手の両親である合邦道心とおとくは、いろんなことを乗り越えてきた夫婦ならではのうらぶれた孤独を抱えている。また俊徳丸の兄・次郎丸の孤独は計り知れないですよね。私生児であるがゆえに、自分は兄なのに跡を継げないわけです。実はこの作品のテーマには、登場人物たちが全員、生まれた時にある程度、決定付けられたものを持っているということがあって。玉手は寅の年寅の月寅の日寅の刻に生まれていなければその血に病気を治す効力はなかったわけだし、浅香姫は生まれた時にもう俊徳丸の許嫁に決まっていたし……というように、彼らは生まれた時からすでに宿命を背負わされた人たちなんです。その点で、今回の上演では「一番の孤独は玉手じゃなかった」というような解釈の転換ができたら面白いなと思っています。

左から糸井幸之介、木ノ下裕一。

※初出時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」
2019年2月10日(日)・11日(月・祝)
京都府 ロームシアター京都 サウスホール
2019年2月15日(金)・16日(土)
愛知県 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
2019年3月14日(木)~17日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」

作:菅専助、若竹笛躬

監修・補綴・上演台本:木ノ下裕一

上演台本・演出・音楽:糸井幸之介

音楽監修:manzo

振付:北尾亘

出演:内田慈、田川隼嗣、土居志央梨、大石将弘、伊東沙保、金子岳憲、西田夏奈子、武谷公雄、石田迪子、飛田大輔、山森大輔

大名・高安家の跡取りである俊徳丸は、異母兄弟の次郎丸から疎まれ、継母の玉手御前からは許されぬ恋心を寄せられている。ある日業病にかかり盲目になった俊徳丸は、許嫁の浅香姫を置いて失踪。大坂・四天王寺で浮浪者同然の暮らしをしている。そんな俊徳丸のもとを、玉手が訪れた。彼女は、実は誰にも明かせない秘密を抱えていて……。1773年に大坂で初演された菅専助作の浄瑠璃作品である本作は、民間伝承の「しんとく丸伝説」をベースに、能「弱法師」や説教節「しんとく丸」「愛護の若」などの要素が盛り込まれている。

木ノ下裕一(キノシタユウイチ)
1985年和歌山県生まれ。2006年に古典演目上演の補綴・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げ。代表作に「黒塚」「東海道四谷怪談—通し上演—」「三人吉三」「心中天の網島」「義経千本桜—渡海屋・大物浦—」など。また渋谷・コクーン歌舞伎「切られの与三」の補綴を務めたほか古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動を展開している。「三人吉三」再演にて読売演劇大賞2015年上半期作品賞にノミネート、16年上演の「勧進帳」にて平成28年度文化庁芸術祭新人賞を受賞。平成29年度芸術文化特別奨励制度奨励者。
木ノ下歌舞伎(キノシタカブキ)
木ノ下裕一により、2006年に旗揚げ。歴史的な文脈を踏まえつつ、現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信している。演出家を固定しないスタイルで、京都を中心に活動を展開。主な上演作品に「義経千本桜」「黒塚」「東海道四谷怪談―通し上演―」など。「三人吉三」にて読売演劇大賞 2015年上半期作品賞にノミネートされた。 18年には「ジャポニスム2018:響きあう魂」の公式企画として、パリにて「勧進帳」を上演した。
糸井幸之介(イトイユキノスケ)
1977年東京生まれ。劇作家・演出家・音楽家。2004年に深井順子により旗揚げされたFUKAIPRODUCE羽衣の座付作家となる。芝居と音楽を融合させた作風を“妙ージカル”と名付け、全作品の作・演出・音楽を手がけている。世田谷区芸術アワード“飛翔” 2008年度舞台芸術部門受賞。FUKAIPRODUCE 羽衣「瞬間光年」が第62回岸田國士戯曲賞の最終候補作にノミネート。多摩美術大学講師。公益財団法人セゾン文化財団シニア・フェロー。木ノ下歌舞伎には「心中天の網島」に続き2作目の参加となる。

2019年1月15日更新