シネマ歌舞伎「三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」松本幸四郎&市川染五郎 対談|三谷幸喜監修のシネマ歌舞伎化で、作品として進化!

光太夫は、“すごい人に見えないスーパーマン”

「三谷かぶき『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)』風雲児たち」より。

──一方、光太夫もリーダーとして成長していきますね。原作マンガでは最初から頼りになるリーダーですが、舞台ではだんだんと頼もしくなっていく様子が描かれています。

幸四郎 最初は経験豊富で頼もしい(松本白鸚演じる)三五郎という船親司(船の取締役)がいたわけですが、彼が亡くなってしまったことで光太夫が長として成長し、周囲を励まし、突き進んでいく。常に行動し、みんなをまとめ、元気を与えていく人物だと思います。

──これが胸打つ物語になったのは、テーマに「郷愁」が据えられているからだと思いました。総移動距離2万km、故郷への思いを抱き続けて約10年、広大なロシアを移動していったわけですが、これが実話というのが驚きです。

幸四郎 本当に想像できないような厳しい旅だったと思います。商船ですから、乗組員の家族たちもおそらく「荷物を運んだら、すぐに帰ってくるだろう」と思っていたでしょうし。そんなこんなで1人の船頭が、女帝エカテリーナ(市川猿之助)に謁見するところまで行ってしまうんですから……。“すごい人に見えないスーパーマン”という感じですよね。

松本幸四郎

──劇中でも、いかにも大人物というわけではないんですよね。

幸四郎 演じるうえで、そこはポイントだと思いました。「そう見えないけど、考えてみればすごいことだね」となるのが光太夫の魅力というか。

──女帝に謁見する場面では、エカテリーナの側近ポチョムキン(松本白鸚)と対峙する場面もあります。ポチョムキンは政治家で軍人ですから、言葉の中にも相手の心を探ってくるような策士の部分がある。一方“普通の人”光太夫は、ただただ「日本に帰してほしい」というまっすぐな強い思いがある。このコントラストは見応えがありました。

幸四郎 光太夫に政治的な会話はできないですから、ストレートにいく術しかなかったのだと思います。結果、そこがエカテリーナには衝撃的だったんでしょう。条件的なことを言い出すかと思えば、ただ仲間と一緒に「帰りたい」という思いだけ。光太夫の“人間らしさ”が際立つ場面だと思います。

「三谷かぶき『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)』風雲児たち」より。 「三谷かぶき『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)』風雲児たち」より。

馬ぞりから犬ぞりに

「三谷かぶき『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)』風雲児たち」より。

──極寒のシベリアを、そりを引いて10匹以上の(着ぐるみの)シベリアンハスキーがひた走るシーンは笑いと感動の嵐(笑)。お客様も拍手喝采でしたね!

幸四郎 当初、台本上は10頭の馬だったんです。でも2頭しか数がそろいませんということで、急遽、犬ぞりに(笑)。あのときは稽古場に、サンクトペテルブルグの宮殿の場面で登場する、洋装のロシア人たちの立ち居振る舞いの所作指導として元宝塚歌劇団トップ娘役の麻乃佳世さんが入ってくださったんですね。彼女に「ただ犬が走るのもつまらないので、振付していただけませんか」とお願いをして、相談しながらみんなで稽古し、それを三谷さんに見ていただいてOKをいただいた。着ぐるみは暑くて苦しいですし、中に入っている役者たちはみんな大変でした。

──今はコロナでいろいろと困難な状況ですが、想像の中では楽しいことを……最後に「再演するとしたら今度はこうしたい」という部分があれば教えてください。

幸四郎 ……再演しなくても、シネマ歌舞伎なら1日10回でも上映できますよ(笑)。

市川染五郎

一同 (笑)。

──シネマ歌舞伎でご覧になったら、絶対に生でも観たくなりますから! 染五郎さんは、次は光太夫を演じてみたいですか?

染五郎 次も出演させていただけるならば、僕はまた磯吉を演じたいと思います。この舞台は自分にとって大きな経験で、磯吉は大切な役ですから。

──成長された染五郎さんが再挑戦する磯吉もぜひ拝見したいです。幸四郎さんはいかがですか?

幸四郎 どんなにギリギリでも「大丈夫です」と言った自分の責任ですけれど、この舞台は、本気のダッシュじゃないと間に合わない着替えも多く、とてつもなく大変だったんです。歌舞伎では、「本当に走らないと間に合わない早拵え」ってそうないですから。将来、出番が終わって袖にはけると、舞台裏で待っていたカートに乗ってバーンと移動……なんて未来になったらいいですね(笑)。