シアターコクーン芸術監督・松尾スズキ|上映企画「COCOON Movie!!」から最新作「フリムンシスターズ」まで

コクーンのレガシーを映像で

──「フリムンシスターズ」の開幕直前には、「COCOON Movie!!」が開催されます。過去の上演作品の上映というアイデアは、コロナ以前に松尾さんがご提案されたと伺いました。テレビやパソコンで舞台の映像を観ることも多くなりましたが、劇場で観るとまた全然違いそうですし、今回上映される6作品はなかなか観られない作品ばかりです。

そうですね。先日「八月花形歌舞伎」を観に行ったら、「『女教師(は二度抱かれた)』やるんでしょ!」って急に幸四郎さんから連絡が来て、幸四郎さんから電話がかかってきたのは初めてだったからびっくりしたんですけど、うれしかったな。

──今回の6作品は“芸術監督名作選”ということなので、各作品にレコメンドをお願いいたします。まず「女教師は二度抱かれた」はいかがでしょう?

松尾スズキ
松尾スズキ

僕、これをやる前に病気して休んでて、これが復帰1作目の新作だったんですよね。だから不安はあったんだけど、キャスティングが成立した段階でアイデアがどんどん湧いてきて。新しい局面に進めたなという思いがありました。またそれまでコクーンに書き下ろしたのは「キレイ」だったり「ニンゲン御破産」だったり、すごくスケールが大きなものばかりだったけれど、「女教師」はもう少し狭い範囲で煮詰めたような作品。だからこそ生演奏で作品を盛り立てる、ということがしたかったんだろうと思います。星野(源)くんの音楽がすごく良くて、その曲を別の映画にも使ったくらいでした(笑)。

──2014年の「キレイ」は、ケガレを演じた多部未華子さんがとても印象的でした。

そうですね、多部ちゃんはしょっぱなからバシッとハマった感じがしました。

──多部さんは先日WOWOWで放送された松尾さんプレゼンツの「アクリル演劇祭」(参照:WOWOW「劇場の灯を消すな!Bunkamuraシアターコクーン編」)でも違う空気感を醸し出していましたね。

現場に来るとすごくやる気ない空気を出すんだけど(笑)、本番になるとちゃんと決める。多部ちゃんの不思議な感じがすごく合っていたと思います。……まあ、ケガレをやる人はだいたい不思議な人が多いです。

──「ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン」は、エキゾチックかつミステリアスなストーリー展開と、女性邦楽ユニット・綾音の演奏シーンが非常に印象的でした。

初めて和の楽器を入れてみた作品ですね。日本人に生まれたからには外国の演劇に憧れてなるものか!みたいな意地があって(笑)、外国人には作れない世界を、って探してるんですけどね。

──岡田将生さんの振り切れ具合も、とても良かったです。

岡田くんとは初めて一緒にやったけど、舞台向きな人だなと思いましたね。

──特別上映の「命、ギガ長ス」は、松尾さんがプロデュースする東京成人演劇部の第1弾として昨年上演された二人芝居です。本作で松尾さんは読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞されました(参照:松尾スズキ、読売文学賞贈賞式で「これでのびのびとシリアスなものが書けます」)。コクーンで上演される作品とは規模も作品の傾向もかなり異なる作品かと思います。

芸術監督の権限を利用してねじ込んでみました(笑)。

──安藤玉恵さんとの共演はいかがでしたか?

演劇部というモチベーションでやりたかったので、そこにすごく合うというか。彼女は“ザ・劇研”というようなムードみたいなものをスズナリに持ち込んで、シリアスにやるんだけど、どこか楽しみとしてやっている演劇っていうのかな……そこにすごくマッチングして良かったと思います。

──スズナリで上演された作品が、コクーンでどう見えるのか、サイズ感の違いも気になります。

ああ、それは考えてなかった(笑)。とても巨大な僕の顔と、安玉(安藤)の顔が交互に見られると思います。

──「下谷万年町物語」は、1980年代に初演された唐十郎さんと蜷川幸雄さんの舞台が蜷川さん演出で約30年ぶりに再演されるということで、上演時、大きな話題となりました。松尾さんは実際にご覧になりましたか?

観ました。蜷川さんの色が舞台にあふれていて、ステージ上に池があり、人がバッシャンバッシャン飛び込んで……ケレン味っていうのはこういうものだと見せつけられた印象があります。これがコクーンだなって。

──Bunkamura25周年記念作品として2014年に上演された串田和美さんの「もっと泣いてよフラッパー」には、松尾さんもご出演されました。

自由劇場の先輩たちが作ってきたものの中に入れていただいて、エンタテインメントの勉強になったなと。歌える松(たか子)さんがいて、踊れる秋山さんがいて、楽器ができる俳優さんたちがいて、僕はどれも中途半端なんだけど、非常に刺激になりました。名曲の数々に、本当に酔いしれることができたというか。

──10月のコクーンは、「COCOON Movie!!」でこれまでの足跡を振り返りつつ、松尾さんの新作も観られるということで、とても充実していますね。

そうですね。レガシーって言うのかな、それを見せられる機会があるなら見せるに越したことはないなと思います。

わからない敵と闘っている

──蜷川さんが亡くなったあと、コクーンは芸術監督不在の期間が長くありました。でも今、「フリムンシスターズ」と「COCOON Movie!!」のお話を伺って、この時期にコクーンに芸術監督がいたこと、それが松尾さんであったことに大きな期待と安心を感じます。

「フリムンシスターズ」のセリフにも出てきますけど、芯がないのは不安で、だから芯を求め続けるものなのかなと思います。ただ芸術監督になったら、もっとこう(腕組みして)落ち着いて眺めていられるものなのかなって思っていたのに、自分のさだめとして、安心させてもらえないんだなって(笑)。ずーっと不安の中に放り込まれ続けるさだめなんだって思い知りました。

──何とも言葉がありません……。でも観客としては、劇場でほかのお客さんと一緒に笑ってちょっと息を抜きたいなと思う気持ちもあるので、劇場再開はとてもうれしいです。

そうですよね。歌舞伎を観に行ったときも、ソーシャルディスタンスを逆手にとって笑いにしているシーンがあって。それまでシーンと観ていたおじいちゃんたちもゲラゲラ笑ってるんです。それを観て、「みんな笑いたいんだな」「やり方次第だな」と思いました。もちろん、この状況で公演を打つことは苦しいです。正直「つらい」の一言ですけど、でもそんな中でどれだけ笑いが取れるんだろうっていうチャレンジングな気持ちにもなります。それに「そんな気取るなよ」っていうか、そもそも僕は50人の前でやったのがスタートだったし、その50人、1人も笑ってなかったし(笑)。最初から焼け野原じゃないか、みたいなところはあります。

──先日の「アクリル演劇祭」では、三方をアクリルで囲われた窮屈なボックスの中で、芝居やショー、剣劇が繰り広げられ、大笑いしました。

あれは、チャンバラをアクリルボックスに入ってやったら面白いだろうなと思って(笑)。「アクリル演劇祭」には自分が考えるエンタメというものを詰め込めたなと思っているんです。今後コクーンではショーなどもやっていく予定なので、そういったことにも生きてくると思います。

──ショーも考えていらっしゃるんですね。

ええ。日本ではなかなか実演のショーって観られないけど、パリではキャバレーなどで本格的なショーが観られますよね。ああいうものに手を出したいなって。それがもしかしたら芸術監督になって一番やりたかったことかもしれません。

松尾スズキ

──7月に松尾さんは芸術監督としてステートメント「コロナの荒野を前にして」を劇場公式サイトに発表されました。「人間は、なくても良いものを作らずに、そして、作ったものを享受せずにいられない生き物だとも私は思っている。生きるに必要なものだけで生きていくには、人間の寿命は長すぎるのである」という一節に、松尾さんの演劇に対する姿勢が強く表れているなと。このステートメントのあとに、新作「フリムンシスターズ」が生み出されることに、とても期待が高まります。

なぜかわからないけど、「フリムンシスターズ」は闘うことがテーマになっていたんです。当初はあまり予定に入れてなかったんですけど(笑)、チラシ(のイラスト)もめちゃくちゃ闘ってますよね。よくわからない敵と闘ってるんですよ、今。そういう気分なんですよね。

松尾スズキ(マツオスズキ)
松尾スズキ
1962年生まれ。作家・演出家・俳優・映画監督。1988年に大人計画を旗揚げし、主宰として多数の作品の作・演出を手がける。1997年に「ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~」で第41回岸田國士戯曲賞、2001年に「キレイ─神様と待ち合わせした女─」で第38回ゴールデンアロー賞演劇賞、2008年に「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で第31回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。著書「クワイエットルームにようこそ」「老人賭博」「もう『はい』としか言えない」が芥川龍之介賞の候補作となる。2019年に上演した「命、ギガ長ス」が第71回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。2020年、Bunkamura シアターコクーンの芸術監督に就任した。