平原慎太郎×浜田純平×山本悠貴×渡辺はるかが問いかける「浜辺のアインシュタイン」 (2/2)

松雪泰子・田中要次が入ることで、作品がさらに変化

──今回は一部の繰り返しを省略したオリジナルバージョンとのことですが、それでも3時間強と見応えのある長さです。動きの面でも、かなり細やかに振りがついていて、ダンサーの皆さんにとってはかなりハードな上演となるのではないでしょうか。

浜田 確かに長いですよね。でも前回通し稽古したときには、意外とあっという間に感じました。

渡辺山本 (大きく頷く)

──同じフレーズの繰り返しは、音に酔うというか、ある種のトランス状態を生み出しますが、皆さんは踊りながらそのような感覚になることはあるのでしょうか。

浜田 まさに昨日ありましたね(笑)。疲労感を感じながら踊っていたら、ある段階から「もっとどんどんいけるな!」と思い始めて、でも終わったらものすごく疲れてしまって。

平原 顔色が白くなってたよね。

渡辺 初めて見た顔をしてました(笑)。私は出番を待っている間のほうがトランス感があって、出て踊っているときは全然ないです。聴いているだけのときは全部同じ音楽の繰り返しに聴こえるんですけど、自分が踊っているときは似通った動きでもやっぱり身体の状態が違うので、全然トランス感は感じないです。

山本 僕はもう常にトランス状態というか(笑)。中途半端なトランス状態にいるとむしろ良くないと思って、ゼロか100かじゃないですが行き切ったほうが良いなと思って自分からそっちに行こうとしています。

渡辺 知らなかった!

平原 僕は昨日の通し稽古を見て、腹を抱えて笑いました。僕から見ると、あるシーンではみんな完全にトランスしているように見えるんです。もちろん冷静ではあるんだと思うけど、日常では考えられない状態で思考して、それを身体が実行して、みんながどんどん上がっていくのがよくわかる。そうなると些細なところでもおかしくなってしまいますね。

「浜辺のアインシュタイン」リハーサルの様子。(撮影:加藤甫)

「浜辺のアインシュタイン」リハーサルの様子。(撮影:加藤甫)

──本作には松雪泰子さん、田中要次さんも出演されます。お二人は劇中のセリフ部分を担当されますが、俳優とダンサー陣は、どのように関わってくるのでしょうか。

平原 最初、俳優さんはちょっと外側にいる存在でいてもらおうと思ったんですけど彼らの表現力がすごくて、特に松雪さんは身体的にも素晴らしいので、けっこう中に入って来てくださって。それはありがたくちょうだいしようと思っています。

──外に、というのは異次元の存在として、という意味ですか?

平原 はい。でも今はフェイマスのフィクサーというような感じになっています。

──俳優陣が入ることでダンサー陣に影響はありましたか?

渡辺 ダンサーも今回、小さなヒントから自分で考えて動かないといけないことがたくさんあるんですが、俳優さんっていつもそれを考えて動いていると思うんですね。俳優さんと合同で稽古したとき、そのことを実感しました。

浜田 お客様に伝える、ということは舞台に立つうえで大前提の作業ですが、ダンサー陣は物語や音楽、舞台美術の中でしっかり生きるという意思が強いと感じます。また松雪さんたちが入ることで、客席と舞台に架け橋ができる感じがあり、「ああ、こういう感じで舞台上の空気が流れていくんだ」という変化を感じました。

山本 僕にとっては大先輩ですが、稽古場にいらっしゃっただけで雰囲気が変わるのを実感して、全体の色や見え方、空気が変わったことを身近で感じられました。

観る人に刺激を与える作品に

──この作品の初演は1976年ですが、46年前にこの作品をオペラとして上演した作り手の心意気や勇気、また本作をオペラとして受け入れた観客の教養の高さや感受性の豊かさに改めて驚きます。

平原 劇場は、観に来る人を常に刺激する場所であってほしいと僕は思っていて。クラブカルチャーや美術館も好きで僕はよく行きますが、そういう場所に比べて今、劇場はカッコいいのかと自問しますし、敷居が高い印象があるのではないかと思います。でも劇場の音響・照明設備は本当に素晴らしいし、舞台に立っている人たちは皆一流で、だから面白くないはずがないんです。また近年、わかりやすさが求められる傾向はありますが、「わからない」と言われても作り手が自分を否定するのではなく、「わからなくてもわかりたい」とか「もう1回観たい」と思われるようなものを一生懸命作ることが大事だと思います。僕自身は、そもそも誰もがすぐにわかるような範囲のものを作るつもりはないし、だからこそ多くの人と話し合い、勉強することを自分に課して、お客さんを刺激するようなものを作りたいと思っていて。今回はそのような機会をいただけてすごくうれしいですし、その務めを果たしたいなと思います。

「浜辺のアインシュタイン」リハーサルの様子。(撮影:加藤甫)

「浜辺のアインシュタイン」リハーサルの様子。(撮影:加藤甫)

──確かにわかりやすい作品がもてはやされる一方で、例えばディミトリス・パパイオアヌー作品のように(参照:平原慎太郎と湯浅永麻が語るディミトリス・パパイオアヌー「THE GREAT TAMER」)、壮大で抽象的な作品に溺れたいというような欲求を持った観客がいることも感じます。本作もそんな壮大な時間の海に身を浸すことで、視覚的情報をただ追いかけるのとは別の、独力で思考を深めていくような時間が体験できそうな予感がします。

浜田 本作は、1976年の初演以来、現実の写鏡のような感じで上演のたびに見え方が変わってきた作品だと思います。お客さんには、音楽であれ視覚的な要素であれ、いろいろな人がいろいろな見方をして楽しんでもらえたら良いな、そうすればさらに作品の可能性が広がっていくだろうなと思います。

山本 友達と観劇に行くと、人によって作品から受け取っているものが全然違っていることがよくあるんですが、受け取り手がそれぞれであるように、表現する側も得意なこと不得意なこと、表現の仕方がそれぞれで。なので演じる側としては、自分が出せる得意なところをうち出しつつ、どういう形で何を受け取ってもらえるかを考えながら本番に臨みたいと思います。

渡辺 今作の演出は平原さんですが、ワントップではないスタイルで創作していることが作品の中にも表れていると感じます。1人のセンスに傾いて作られたものではなく、いろいろな人のセンスの真ん中で立ち上がる作品になると思いますし、だからこそ多くの人の感性に響く部分があると思うので、これまでの上演以上にある意味、観やすいものになっていると思います。

平原 今3人の話を聞いて思ったのは、やっぱり僕はダンスで生きてきたなあということ。時にはしんどいこともありますが、それでもなんとかダンスを続けてこられたのは、ダンスは人にとって“あっても良いもの”だからじゃないかと思います。なのでダンサー自身も、自分たちがやっていることをちゃんと誇れるように、愛せるように、作品を育んでいってほしいし、今回のカンパニーのメンバーには、自分たちが素晴らしいことに加担しているという思いを持って、次のステップを目指していってほしいと思います。

「浜辺のアインシュタイン」リハーサルの様子。(撮影:加藤甫)

「浜辺のアインシュタイン」リハーサルの様子。(撮影:加藤甫)

プロフィール

平原慎太郎(ヒラハラシンタロウ)

1981年、北海道生まれ。OrganWorks主宰。クラシックバレエ、ヒップホップのキャリアを経てコンテンポラリーダンスの専門家としてダンサー、振付家、ステージコンポーザー、ダンス講師として活動。コンドルズ、C/Ompany、談スなどのダンス作品にも参加。演劇や伝統芸能、美術など異ジャンルとのコラボレーションも多数行う。2013年に文化庁新進気鋭芸術家海外研修派遣にてスペインにて研修。2016年にトヨタコレオグラフィーアワードにて次代を担う振付家賞・オーディエンス賞、2017年に日本ダンスフォーラム、ダンスフォーラム賞を受賞。2021年「東京2020オリンピック競技大会」開閉会式の総合振付を担当した。

浜田純平(ハマダジュンペイ)

北海道生まれ。9歳からヒップホップ、ジャズ、コンテンポラリーなどを学び、多数の公演に出演。大学在学時より、本格的にコンテンポラリーダンス作品を制作し始める。「横浜ダンスコレクション2016」にて「若手振付家のための在日フランス大使館賞」を受賞し、2017年にフランスでレジデンスプログラムに参加した。平原慎太郎が主宰するOrganWorksのメンバー。

山本悠貴(ヤマモトユウキ)

1994年、滋賀県生まれ。高校卒業後、大阪の専門学校にて役者を始める。卒業後、劇団スーパーエキセントリックシアター研究生、劇団青年座の研究所を経て現在フリー。

渡辺はるか(ワタナベハルカ)

神奈川県生まれ。5歳よりモダンダンスを岡田香に師事。さまざまな舞踊コンクールの現代舞踊部門にて第1位などを受賞。またコンテンポラリーダンスを鈴木千穂に師事。立教大学現代心理学部映像身体学科を卒業。大学在学中より平原慎太郎主宰のOrganWorksに所属し、作品に出演するほか振付アシスタントとしても活動。自作ソロを発表した「横浜ダンスコレクションEX2016」にてMASDANZA賞、Touchipoint Art Foundation賞、「21MASDANZA」にてベストソロ、オーディエンス賞を受賞。