ディミトリス・パパイオアヌー「THE GREAT TAMER」 PR

平原慎太郎と湯浅永麻が語るディミトリス・パパイオアヌー「THE GREAT TAMER」|イマジネーションと戯れる

これはダンスなのか? 演劇なのか? それともインスタレーションなのか? 2004年のアテネオリンピック開閉会式の演出で注目を集めたギリシャの演出家、振付家、美術家、パフォーマーのディミトリス・パパイオアヌーが、初夏に埼玉と京都で初来日公演を行う。ダンサー・振付家の平原慎太郎と湯浅永麻も、この来日公演を待ち望んでいたひとり。「トレイラー映像を日本一観ている!」と語る平原と、2018年に本作を観て心を奪われたと言う湯浅は、彼の作品のどこにそれほど惹かれているのか。その魅力を語ってもらった。なお、彩の国さいたま芸術劇場のプロデューサー・佐藤まいみがインタビュアーを務める。

文 / 大滝知里 撮影 / 祭貴義道

焦らされて、ニヤニヤしながら観ちゃう

──彩の国さいたま芸術劇場とロームシアター京都で上演される「THE GREAT TAMER(ザ グレート テイマー)」は、世界30都市以上でツアーされている話題作です。そのビジュアル・演出を手がけるディミトリス・パパイオアヌーは、本作が初来日公演となり、日本ではまだあまり知られていないアーティストなんですよね。でも、気鋭のダンサーであり振付家である平原慎太郎さんと湯浅永麻さんが、彼の作品をとても面白がっていると聞いて、ぜひ今回上演される「THE GREAT TAMER」だけでなく、彼自身の魅力についても語っていただければなと。

湯浅永麻 パパイオアヌーの作品を実際にご覧になったことは?

平原慎太郎 観てないの、まだ。

左から湯浅永麻、平原慎太郎。

湯浅 私は昨年11月に、この「THE GREAT TAMER」をアントワープの劇場(デジンゲル・インターナショナル・アーツ・キャンパス)で観ました。上演時間は1時間半くらいなんですが、本当にあっという間に終わっちゃうんですよ。長いと感じるシーンがあっても、それがまったくいやではないし、(体をゆらゆらさせて)こう、たゆたってるような感じ。で、観ていると常にうす笑いを浮かべてしまうんですよね(笑)。

平原 僕、パパイオアヌーの作品のトレイラー映像は、たぶん日本で一番観ていると思いますよ。

一同 あははは!(笑)

平原 映像を観て分析に分析を重ね……だからニヤニヤして観ちゃうっていうのは、わかりますね。「これ何なのかな」っていう疑問より先に、彼の持つ“ビジュアル”が目に飛び込んできやすい。宇宙服の人たちが出てきたかと思えば、次の瞬間には脚に根っこが生えてる人が登場したり。そのイメージが、シュールなんだけど立体化された画みたいなんですよね。実際にはまだ観てないけど!(笑)

湯浅 パパイオアヌーはもともと絵画をやっていた人で、ダンスを始めたのがすごく遅かったらしいです。だからか、画のモチーフはたくさん出てきますよね。

平原 そうですね。

「THE GREAT TAMER」より。©Julian Mommert

湯浅 美術史的には時代が異なる画を引っ張り出してくるんです。レンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」と現代絵画を並べたり。

平原 身体の軌道で画を作るのではなく、時間を操作して絵画や映像のように画作りするんだよね。彼の昔の作品で、水浸しの床の上で、女の人が2つの椅子に竹馬のように乗っているというシーンがあって、最後に椅子が崩れるっていう、オチはそれだけなんですけど、そのシーンにかなり時間をかけるんですよね。ダンサーだと怖いじゃない? 何にもしないということが。

湯浅 そうですね。「THE GREAT TAMER」では、ヨハン・シュトラウスⅡの“美しく青きドナウ”が使われているんだけど、それを長く引き延ばしてみたり、曲が続かなかったり、また聴こえてきたりって、とにかく焦らされるんです。頭の中では次のフレーズを歌ってしまうくらい(笑)。でも、焦らされるというのは期待しているということだから、何も起こらない時間を含めて幸せな気持ちで観ていられるんです。

映像のように時間を編集するダンス

──「THE GREAT TAMER」は、木の板が複雑に重なったステージ上で、刻一刻と変わるようなインスタレーションが展開しますよね。出演するダンサーたちもしばしばその中の1つのオブジェになっています。そういった彼の演出を、ダンサーとして、あるいは作り手としてどのように感じますか?

「THE GREAT TAMER」より。©Julian Mommert

平原 自分の創作との類似点があるとしたら、“変化していく様子を表現する”ことかな。ダンスにはフレーズの時間があって、僕は画が動く時間と身体が動く時間は違うと思ってるんですけど、ダンサーは作品の中で、ある程度自分で変化を表現できるんです。パパイオアヌーの作品はその変化が特に受け入れやすいと言うか、“時間”が編集されているなと感じます。

湯浅 彼の作品に出演したことがある友人から、「ディミトリスは“コントロールフリーク”だ」と聞きました。

平原 どういうこと?

湯浅永麻

湯浅 ライティングからダンサーが置いた手の微妙な角度まで、自分のイメージに克明に近付けるために、かなりの時間をかけてディテールを作り込むんですって。舞台上のダンサーたちは極めてナチュラルに表現しているように観えるんですけど、実際は大変だろうなあと(笑)。

平原 いや相当“自然なように見せている”と思う。「2」(2006年初演)という作品に、数人で巻き戻しのように歩いてみせるシーンがあるんですけど、歩き方や腕を振る角度が全部統一されてて。脚の動きを見ただけでも、「演出が細かそう」って思う(笑)。でも、そのくらい徹底しないと、あの画のような世界は作れないんですよね。

湯浅 彼の作品は本当に絵画から出発しているというのがよくわかりますよね。

平原慎太郎

平原 うん、わかる。音の使い方も不思議で、ただ音楽を使うということではない。(歯がゆそうに)まだ観られていないから実感を持っては言えないんですけど。早く来ないかな……って、もう焦らされている!

湯浅 幸福な時間ですね(笑)。私の場合は、ゆっくりしたものを観るのがすごく好きで。もちろん、彼の作品がずっとゆっくりかと言われたらまったくそうではないんですけど、ゆっくりことを運ぶ演出が多々あるんですよね。昔、イリ・キリアン振付の「LAST TOUCH」(2003年初演)という作品で、数人のダンサーが舞台上に作られた部屋で日常の所作を作中ほぼずっとスロー再生のようにやっていて。それは観るほうにも忍耐が必要だったんですが、速いサイクルで毎日が過ぎていく中で、突然、時間がぐーっと引き伸ばされたものを目にすると、そこにあるドラマ性などに気付くことができるんです。自分で作品を作るときは、観客の反応を心配するあまりせっかちになっちゃうんですが、これからあえて引き伸ばす振付もやってみたいなと思っています。

──パパイオアヌーはアメリカの演出家ロバート・ウィルソンのアシスタントをしていたことがありました。ロバート・ウィルソンと言えば、1980年代に利賀村でも上演された、男女がゆっくりとした動きで、子供にただミルクを飲ませるだけという作品「聾者の視線」が有名ですが、ウィルソンは田中泯や日舞の花柳寿々紫とも親交があったので、時間の感覚については日本的なものに惹かれたのかもしれませんし、パパイオアヌーもその影響を受けている部分があるかもしれません。

平原 美術館では気に入った絵をじっくり時間をかけてすみずみまで見ますが、彼の作品にはその隙間がある。例えば、ゆっくりした振付のシーンでは舞台の手前から奥までがじっくり観られるし、展開が速くなれば見方が変わってくる。「作品の中でいろんなことが起こっているから、自分で探してください」と言われているようにも感じます。