Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2018 / 安藤洋子&島地保武が語るフォーサイスの魅力|「これもありなんだ」と体感してほしい

ダンサーの身体が変わるほど素晴らしい振付(島地)

──今回バレエ・ロレーヌが踊る「STEPTEXT」はフランクフルトバレエ団時代の「アーティファクト」という作品の一部を作品化したものです。強くて、しかも絶えず危うさが付いて回るような作品だと思うのですが……。

安藤洋子

安藤 私はこの作品の元である、「アーティファクト」という3幕ものの大きな作品を、94年に神奈川県民ホールで初めて観ました。強靭な身体で踊られる作品で。当時のバレエ界に衝撃が走ったのは、固定された中心軸から外れたギリギリのオフバランスを使うってことだったと思うんです。そのスリリングさは、当時の日本人の身体ではできないんじゃないかと言われたくらいで、筋肉とか身体の使い方が普通のクラシックをやってる身体では怪我するくらいの可動域だったり、引き上げだった。でも普通に引き上げちゃうと身体が固まっちゃうから、固めないで引き上げないといけなくて……となると身体を作り直さないといけないくらいのことになってしまって。

──あまりに特殊な振付で、ダンサーはフォーサイスダンサーと呼ばれていましたね。

安藤 ダンサーはすごく大変だと思います。それにこの作品はポワントシューズで踊るんですものね。カッコいい!

島地 フォーサイス作品は、ダンサーの身体が変わるほど振付が素晴らしく、可能性を引き出してくれる。この「STEPTEXT」も、さすがマスターピースだと思いますね。

安定しそうになると遮断する

──「STEPTEXT」の元である「アーティファクト」では、途中から何度も幕が降りてきて、床に当たってドーンと音を立てる、という作品と空間をぶった切る演出がありますよね。流れに任せてしまえばある程度気持ちよくなるはずの展開を、あえて切っていく。先述された、予定調和に安住しないフォーサイス作品の魅力の1つですね。

島地保武

島地 そうだと思いますね。音楽をパッと切って無音で数分間、ただ人が立っている。

──でも止まっている間にも、舞台上には何かが流れ、動き続けているんですよね、舞台空間はゼロではない。

安藤 舞台はある一方向に流れる時間の中で作るものだから、フォーサイスもそこは計算していたと思います。あと人間の感情とか脳、思考や意識ってそんなに単純ではなくて、同時にいろいろなことを考えたり、バッと止まったりしていますよね。そういうことも視野に入っていたと思います。だから安定を求め始めると遮断する。そのことで観客を驚かせたかったんじゃないですかね。サプライズ好きな人ですから(笑)。以前学生にフォーサイス作品の映像を観せたら、やっぱり「ええっ、もったいない! ここで切っちゃうの?」って驚いてましたけど(笑)。

島地 あはははは!(笑) いい具合に作られそうになるとそこをバサッとやりますからね。

安藤 本当にね。そのセンスはすごい。だからダンサーはいつ終わるかわからないんだけど作品が終わってた、ってときもあったよね。

島地 (うなずく)。

安藤 そういう意味でも「STEPTEXT」を今観られるのはとても素敵なことだと思います。今、2018年の現代を生きている私たちが、これを観て何を感じるのか、実際に作品を観る場があるのはうれしいですし、フォーサイスだけでなくマース・カニングハムにしても、当時本当に面白いことをやっていましたから、巨匠たちがその時代に探していたものが何かを、上演を通して観られるのはありがたいです。

「これもありか」と思ってもらえたら

──ダンサーの身体はどんどん変わっていくのに、85年に作られた作品がいまだに踊り継がれていて、それが現在見ても新鮮に感じられるというのはすごいことですね。

安藤 今、フォーサイス作品の振り起こしをするので過去の映像をいろいろ観ているんですが、まだまだ全然カッコいいですね。まったく古くない。むしろやっと時代が追いついたんじゃないかと感じます。特にこの時代のフォーサイスの、規模の大きな作品は、多発的にいろいろなことが同時に起こるので、一度観てすべて把握するのが難しい。

島地 難しいと思います、本当に。考えている暇がないと言うか、フォーサイスは本当に「その瞬間瞬間のことをやらないと危険」という状況を作るので、それに対応しなきゃいけないし、やっぱり人の身体って毎日確実にこれでいいってことがなくて、体調もあるし、その瞬間ごとのコミュニケーションが大切で。

「STEPTEXT」より。©Arno Paul

安藤 バレエは、身体のセンターや芯を探すのが基本なんです。でもフォーサイス作品では、身体の中心を把握したうえで、その芯を分解していく。身体の芯を、線じゃなくて点、つまり“支点と力点”といった物理学的な視点で捉えていくんです。じゃないと、このポーズ(今回の「STEPTEXT」メインビジュアルを指差して)はできません。しかも支点を置く位置は、相手によって刻々と変わっていくので、ダンサーには瞬時に対応する能力が求められる。実に大変なんですが、それだけチャレンジしがいがある作品ですし、そのスリリングさが本番の舞台で出せれば成功だと思いますね。

──最後に、今回初めてフォーサイス作品を観るという人にメッセージをお願いします。

島地 「これはバレエだ」と決めつけず観に来たらいいんじゃないかな。これがきっかけでフォーサイスや身体のこと、また1980年代という時代背景など、いろいろなことが知りたくなる、好奇心を刺激するような作品だと思います。

安藤 なかなかスリリング、すごくカッコいい作品です。昔、私がフォーサイス作品を日本に持って来たいと思ったのは、「フォーサイスってこんなこともやってるんだ? なんだ、これもありなんだ!」って日本の振付家や演出家が刺激と勇気をもらえると思ったからなんです。「これもバレエなんだ、カッコいい!」って思える瞬間がきっとあります。照明も音や映像の使い方も、本当にセンスが素晴らしいですから。

島地 そうですね。気軽に「カッコいいから観に行ってみたら?」って。

安藤 うん。カッコいいから、ぜひ(笑)。

KAAT神奈川芸術劇場にて。左から安藤洋子、島地保武。

バレエ・ロレーヌ公演のココにも注目!

ウィリアム・フォーサイス振付「STEPTEXT」のほか、今回のバレエ・ロレーヌ公演ではマース・カニングハム振付「SOUNDDANCE」とセシリア・ベンゴレア&フランソワ・シェニョー振付「DEVOTED」の2作品が上演される。両作品の注目ポイントを乗越に聞いた。

「DEVOTED」より。©Arno Paul

ベンゴレアとシェニョーは、2014年に「TWERK-ダンス・イン・クラブナイト-」という、ナイトクラブをイメージした作品で1度来日しています。彼らはカテゴリーやジャンルなどのボーダーを越えていくような作品を作る人たちで、「TWERK」も「踊るお姉さんたちかと思ったらお兄さんたちだった」という作品でした。今回上演される「DEVOTED」については“トゥシューズとは何か”について迫っています。ポワント(爪先で立つこと)技術はバレエの美しさの根源ではあるけど、よく考えると不自然で奇妙な技術ですよね。そんなバレエの美しさとグロテスクさの両方をこの作品では多角的に描き出しています。トゥで踊る面白さと、ダンスとしての振りの面白さ、そしてじっくり考えるコンセプトと、人によってさまざまに楽しめる作品です。

「SOUNDDANCE」より。©Laurent Philippe

一方のマース・カニングハムは、言うまでもなくポストモダンダンスの巨匠です。今の日本ではこの時期の作品を観る機会はあまり多くないので、今回の公演は貴重ですね。ダンスの歴史は、この100年の間にさまざまな天才が知性と身体で繰り返してきた実験の累積で、そのうえに現在の表現があるわけですから。特にこの「SOUNDDANCE」が作られた1975年は、ヨーロッパでコンテンポラリーダンス的なものが出始めた頃。ちょうど過渡期の作品で、ポストモダンダンスの今日的な意義が感じられると思います。

こういったタイプの違う3作品を、1つのカンパニーが踊りこなすのがバレエ・ロレーヌ公演の面白いところです。コンテンポラリーダンスの波を起こした巨匠たちがまだ健在なうちに、初期の傑作を踊り継いでいくことは、ヨーロッパなどでも積極的に行われています。日本にもこういうさまざまなコンテンポラリー作品をレパートリーにした公立のバレエ団があればいいですね。

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安藤洋子(アンドウヨウコ)
横浜生まれ。1991年より木佐貫邦子ダンスアンサンブルnéoのメンバーとして公演に参加。97年より本格的に自作自演のソロダンス公演を開始し、同時に山崎広太、笠井叡のダンス作品にも出演。その傍ら、NODA・MAP公演「ローリング・ストーン」(98年)、小澤征爾指揮&ロベール・ルパージュ演出によるオペラ「ファウストの劫罰」(99年)、坂本龍一オペラ「LIFE」(99年)に出演する。2001年にフランクフルトバレエ団に入団。04年のバレエ団解散後もザ・フォーサイス・カンパニーに在籍し、15年にカンパニーが解散するまでフォーサイスと共に新作クリエーションを行った。バレエ団以外の活動としては自身の作・演出・出演作品のほか、イデビアン・クルー「排気口」、小野寺修二作・演出「空白に落ちた男」などへの出演、Noismへの振付提供など。YCAM InterLabとの共同研究開発にも携わっており、メディアテクノロジーを使ったダンスの創作と教育のためのツールを共同研究開発している。また後進の指導にも積極的に取り組み、大学や大学院で講義を持つほか、フォーサイス・メソッドに基づくバレエ・ワークショップなどを定期的に行なっている。
島地保武(シマジヤスタケ)
1978年長野県生まれ。2004年から06年までNoism、06年から15年にはザ・フォーサイス・カンパニーに所属し、メインパートを踊る。13年に酒井はなとのユニットAltneuを結成。資生堂第七次椿会メンバーになり、パフォーマンスに加えインスタレーション作品を展示。近年の作品にNoism2「かさねのいろめ」(15年、演出・振付)、愛知県芸術劇場制作での島地保武×ROY「ありか」(16年~、演出・振付・出演)、KAATキッズ・プログラム「不思議の国のアリス」(17年~、出演)、「短い影」(17年、アレッシオ・シルベストリンとの共作・出演)、谷桃子バレエ団「Sequenza」(17年、演出・振付)など。また17年にはアーツ前橋「アートの秘密」展にインスタレーション作品「正午」と「震える影を床に落とす」を出品した。18年にはNoism2「私を泣かせてください」(演出・振付)、鳥取県文化振興財団制作「夢の破片」(演出・振付)を担当。また辻本知彦(「辻」は一点しんにょうが正式表記)とのユニット「からだ」を始動し第1回公演「あし」を発表。東京総合芸術高等学校非常勤講師も務める。