音楽劇「コーカサスの白墨の輪」木下晴香×sara×加藤梨里香×瀬戸山美咲 座談会“この舞台を観て、現実をどう生きるか?” (2/2)

たくさんの知恵が結集した“意外だけど納得”な音楽

──お稽古が始まり、どんな手応えを感じていらっしゃいますか?

木下 前向きなエネルギーがすごくあるんだけど、穏やかな空気も流れている素敵な座組という感じがします。一路(真輝)さんがすごく和やかに、気さくに接してくださるのも大きくて。ドンといてくださるので、安心感があるんです。

一同 (うなずく)

──一路さんは作品全体を包み込む、旅の一座の歌手役。作品の構造とも重なりますね。

木下 そうですね!

瀬戸山 見守ってくださっている感じがします。

加藤 本当にいろいろな畑の人がいるカンパニーで、面白いです。普段、演劇を中心にされている方がいたり、私たちのようにミュージカルの人がいたり……皆さんのお芝居を観ているだけですごく楽しくて、この座組にいられてうれしい!と思います。

sara 本当に皆さん、人間の描き方が豊かで……年齢もキャリアもバラバラというところはこの作品の世界観と似ているなと感じます。そして全員で難しい音楽に取り組んでいて……。今回、お客さんが驚きつつもどんどん物語に入っていけるような音楽になっていると思うので、ぜひそこも楽しみにしていただきたいです。

──音楽のお話、伺いたいです。坂井田裕紀さんが音楽監督を務められますが、どのような楽曲になっているのでしょうか?

瀬戸山 坂井田さんが3組の作曲家の方を選んでくださって、それぞれの方に登場人物に合う曲を作っていただいています。全体的にはビートがしっかりした音楽が多いですが、エレクトロっぽいものもあればファンクっぽいもの、ロックもありますし、静かな曲やアカペラの曲もあります。たとえばナテラがメインで歌う2曲は、今回バンドメンバーとしても出てくださる大林亮三さんに作ってもらいました。ディスコっぽい感じの曲で、ナテラのエネルギーとすごく合っています。それに対してグルーシェやスリカが歌うのは、大地を踏みしめて前に進んでいくようなロックです。

作品全体が1980年代から見た未来のイメージなのですが、音楽面についてもマドンナとかシンディ・ローパーとかを想起させる80'sっぽい曲が多くなりました。ただ……(3人に)歌うのがめちゃくちゃ難しいよね?

瀬戸山美咲

瀬戸山美咲

木下sara加藤 (うなずきつつ)でも楽しいです!

木下 ミュージカルとは全然違いますね。初めて稽古場でみんなで曲を聴いたとき、すごく湧いたのが忘れられなくて(笑)。すごく意外な……斜めからカン!て殴られたような……。

加藤 「本当にこれを歌うの!?」と思いました(笑)。

木下 そう(笑)。今はそれがワクワクにつながっているんですけど、いろいろなカラーの曲がありリプライズも多いので、それぞれにテーマ曲がある感じで、それがこの物語にどんな作用をもたらすのかなって。きっと、驚きつつも楽しんでもらえる音楽なんじゃないかと思います。

木下晴香

木下晴香

sara 私の曲はめちゃくちゃファンキーで(笑)。シンディ・ローパーみたいな感覚の曲なんですけど、ミュージカルだとなかなかこういうテイストの曲を歌うことがないし、私はドンピシャで大好きな感じのテイストなので、すごくうれしかったです。またそれぞれの人物が、原作からは想像できない方向の音楽で描かれているのですが、でも「ああ、そうだよね……」と思わせられる曲なんじゃないかなと。音楽が人間を表現するとこんな感じになるんだ!と楽しんでもらえるんじゃないかなと思います。

加藤 私も最初は驚いたのですが、「ああ、だからこのビジュアルなんだ!」って納得したというか。スリカは1幕のラストに歌うのですが、アンドロイドがこの旋律を歌うんだ!というようなすごく綺麗な曲で、大切な曲だと思うので、大事に歌いたいと思います。

木下 歌い方もミュージカルとは多分違いますよね。音楽劇なので、ミュージカルとは違う表現を見つけたいなと思っています。

加藤 グルーヴ感と言葉と……。

瀬戸山 そうそう、言葉も伝えたいし、音楽としても魅せたいですよね。

──ちなみに舞台美術はどのようになりそうですか?

瀬戸山 グルーシェのロードムービーのイメージと、人類の歩みの果てみたいなイメージを重ねて、途切れた高速道路みたいなイメージになる予定です。

大切なのは“このあと、現実をどう生きるか”

──本作にはたびたび、「人間とは何か」を感じさせるワードやエピソードが登場します。AIが登場したり、ミヘルが受精卵だったりということはもちろん、グルーシェとナテラがミヘルを取り合う有名なシーンでは、子役でもなく、可愛らしい人形でもなく、培養器に入った受精卵を2人が取り合います。台本を読んでそのシーンをイメージしただけでも、人間の滑稽さや恐ろしさを感じたのですが、皆さんはどんなふうに感じていらっしゃいますか?

瀬戸山 母性というものがあるのかどうかわかりませんが……人間が子供を求めるのはどういうことなんだろうと私は常々考えていて。培養器を取り合うことでその問いがより際立てばと思っています。

木下 そうですね。ミヘルが培養器に入った受精卵として描かれることになって、グルーシェはどうやってこの受精卵に思いやエネルギーを傾けていくのだろうと考えていたのですが、子供の姿をした存在が相手だと“赤子に対してグルーシェの母性が育まれていったお話”に見えてしまう可能性があるけれど、今回はそれよりも、彼女の子供への執着とか異様さがより見えてくるのではないかと思います。培養器に語りかけたり、洋服を作ってあげたりとグルーシェが入れ込んでいく姿が滑稽にも見えるかもしれませんし、「母性ってなんだろう」と考えるきっかけにもなるかもしれない。そうなるといいなと思っています。

sara 先ほど瀬戸山さんのお話にもありましたが、AIが人間に対して肯定的だということは私も感じていて。私はChatGPTをよく使うのですが、AIに相談しておきながら的確なことを言われるとキレそうになるんです(笑)。これってヤバいなと思っていて、つまり「あってほしい姿」をAIに押し付けているなと。その延長で、“子供が培養器に入った受精卵”ってどういうことかなと考えると、(生身の)赤ちゃんだったら鼓動や声を感じて感情が湧くかもしれないけれど、“もの”だから、ある意味無限に人間の欲望を掻き立てる可能性がある。人間の姿で生まれてきた赤ちゃんに対してよりも、物を言わない培養器の受精卵に対してのほうが、ナテラがより欲望を掻き立てられて自分の思いを膨らませてしまうかもしれない。それって危ういことだし、ナテラとグルーシェが取り合うのがまだ顔もない、生まれてもいない存在だということは面白いなと思います。

sara

sara

──そしてそんな2人を、アンドロイドのスリカが見つめています。

加藤 スリカはクーデターから逃げている間はずっとナテラ様についています。この感情の起伏が激しいナテラ様の姿をずっとそばで見て、スリカは何を思っているのか……(笑)。俯瞰で観察し、模索していきたいです。

──冒頭でも皆さん、終幕が衝撃だというお話がありました。確かに台本上ではシビアなことも描かれますが、実際の舞台では別の余韻が残りそうにも感じます。皆さんはご覧になった方にどんな余韻を感じてほしいと思われますか?

sara いろいろな受け取り方をする方がいる終幕になると思いますが、改めて思うのは、ものごとには良いとか悪いだけで判断できることはないということ、そして確かなのはAIも人間も今、存在しているということ。ここまで現実と地続きな作品はないんじゃないかと思いますが、これは私たちの物語でもあるとも言えるし、そうではないとも言える。終着点はなく、答えを出す必要はないので、お客さまにはぜひ私たちと一緒に、劇場で時間を過ごしていただけたらと思います。

加藤 劇中でスリカが“この物語はこういう終わり方をしたけれど、大事なのは現実世界をどうしていくかだ”ということを言うんですね。確かにそこが問われているなと。ブレヒトは作品を現実世界に持って帰ってもらうことを考えていたと思いますが、今回瀬戸山さんも客席を巻き込む演出を考えていらっしゃって、そのことがより印象的に伝わるんじゃないかと思います。これからどう生きていくか、ということを少しでも考えてもらえる作品になればと思います。

加藤梨里香

加藤梨里香

木下 終幕まで台本で読んだときは私もずしんとした気持ちになりましたが、梨里香ちゃんも言ったように、この物語の行き着いた先があの終幕だっただけで、「では私たちはこの世の中をどう生きていくことができますか」というメッセージだとも考えられるなと。希望や願い、祈りも込められている終幕なんじゃないかなと思いますし、ブレヒト作品は人間を見つめる作品だと思うので、お客様には客席で目撃したものをきっかけに、日々、少しでも考えてもらえることがあればと思います。今は情報が溢れていて、大きな衝撃を受けたことも数日後にはすぐ忘れてしまいがちですが、それを何度でも思い出せてくれるのが演劇の良さだと思うので、ぜひ劇場に、未来の人間の可能性を観に来ていただけたらと思います。

瀬戸山 改めて、今これを上演する必要性を感じています。親子の愛、男女の愛、家族の愛など“愛”と呼ばれるものが、戦争を支えるものになりかねないということを、作品全体を通して描きたいと思っています。また、私は戦争するたびに人類全体が傷ついていっていると思うので、そこに対する思いを込めて作品を描きたいです。とはいえ、絶望で終わりにはしたくないので、「私たちはまだ、そうでない」という希望を持ち帰っていただきたいですし、本作では人間のどうしようもなさも描くけれど同時に愛すべきところも描いているので、「私たち人間はこういう生き物だけれども、じゃあこれからどう生きるのか」を考えるきっかけにしてもらえたらうれしいです。

プロフィール

瀬戸山美咲(セトヤマミサキ)

東京都生まれ。劇作家、演出家、ミナモザ主宰。2022年より日本劇作家協会会長。近年の主な舞台に「彼女を笑う人がいても」(作)、「楢山節考」(上演台本・演出)、「う蝕」(演出)、ミュージカル「ボニー&クライド」(上演台本・演出)、劇団俳優座「PERFECT」(作・演出)、ミュージカル「ある男」(脚本・演出)、「火の鳥 異形編」(上演台本・演出)など。読売演劇大賞をはじめ受賞歴多数。3月に青年劇場「「行きたい場所をどうぞ」(作)が上演される。

木下晴香(キノシタハルカ)

佐賀県生まれ。2017年にミュージカル「ロミオ&ジュリエット」ジュリエット役でデビュー。近年の主な出演作にミュージカル「モーツァルト!」、ミュージカル「ファントム」、ミュージカル「アナスタシア」、ミュージカル「王家の紋章」、ミュージカル「プロデューサーズ」、ミュージカル「ベートーヴェン」、ミュージカル「ファンレター」、ミュージカル「レ・ミゼラブル」など。ディズニー実写映画「アラジン」でプリンセス・ジャスミン役の吹き替えを担当。第11回岩谷時子賞・奨励賞、第47回菊田一夫演劇賞を受賞。7月から9月にかけてミュージカル「ディア・エヴァン・ハンセン」に出演。

sara(サラ)

兵庫県生まれ。2019年に文学座附属演劇研究所に入所、2021年に初舞台を踏み、2024年に文学座座員に昇格。近年の主な出演作にゆうめい「ハートランド」、ミュージカル「VIOLET」、「オセロー」、「Broadway Musical『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』」、リーディング「NOT TALKING」、サイモン・スティーヴンス ダブルビル「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」など。第33回読売演劇大賞優秀女優賞受賞。

加藤梨里香(カトウリリカ)

神奈川県生まれ。4歳からジュニアミュージカルに出演。2012年から2019年まで劇団ハーベストで活動。近年の主な舞台にミュージカル「十二国記-月の影 影の海-」、ミュージカル「四月は君の嘘」、ミュージカル「レ・ミゼラブル」、ミュージカル「ダブリンの鐘つきカビ人間」、ミュージカル「CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ」、ミュージカル「SMOKE」、ミュージカル「天翔ける風に」、ミュージカル「カラフル」、ミュージカル「ザ・ビューティフル・ゲーム」、「アンチポデス」、ミュージカル「リトルプリンス」など。10月から来年1月にかけてミュージカル「ミス・サイゴン」に出演。