1989年の開業以来、数々の話題作を発信してきたBunkamuraシアターコクーンが、4月10日から休館する。これは渋谷の新たなランドマークを目指す「Shibuya Upper West Project」の一環として、シアターコクーンを含む複合文化施設・Bunkamuraが2027年度まで休館(オーチャードホールを除く)することによるもので、飛躍のための準備期間ということになる。
……と、頭では理解しつつも、現在のシアターコクーンに対する愛着を、多くの演劇ファンが感じているはずだ。本特集では、そんな現在のシアターコクーンの姿を、同劇場にゆかりの深い写真家・細野晋司の撮り下ろしで留める。さらに芸術監督・松尾スズキをはじめゆかりのアーティストによるメッセージや、休館中に他劇場で展開する自主制作公演、また新たな人材を生み出す養成所「コクーン アクターズ スタジオ」など、シアターコクーンの“これからの挑戦”についても紹介する。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 細野晋司(P1)
写真が語る、34年分の記憶が染み込んだシアターコクーン
休館前日の4月9日まで公演が続くシアターコクーン。今回の撮影は、上演と上演の間で劇場が一瞬だけ“素”の状態に戻ったタイミングで行われた。撮影者は、シアターコクーンで数々の舞台作品を撮影してきた写真家の細野晋司。シアターコクーンを隅々まで知る細野が、劇場の“今”を次々と捉えていった。
シアターコクーン外観。渋谷の喧騒がBunkamura館内に入った途端に消え、シアターコクーンの扉を抜けるとまた別世界が広がっていく。
観客にはおそらくもっともなじみある、客席から観たシアターコクーンの舞台。搬入口を使った演出は、初代芸術監督の串田和美、2代目芸術監督の蜷川幸雄をはじめ多くの演出家たちが好み、作品に取り入れた。
そして出演者しか知らない、舞台上から見たシアターコクーンの客席。さらにスタッフにお願いしてスポットライトを当ててもらうと、誰も出演者はいないのに、舞台が何かを物語り始めた。
劇場スタッフの案内で、劇場の天井部分へ。「最小限の荷物で」と言われ、細野はカメラ1台だけを抱えて細い通路を進んでいく。たどり着いたのは客席のほぼ真上にある、照明機材が複数置かれた小さなスペース。2階席よりも高い場所のため、自然と身体に力が入る。しかし細野は、これまで観たことがないシアターコクーンの姿を収めようと、静かにシャッターを切っていく。ちなみにこのスペースは上演中、照明機材の熱さでかなり高熱になるそうで、複数の扇風機が置かれていた。
楽屋、そして奈落へ。一見すると無機質なコンクリートの壁や床にも、さまざまな作品や人の“跡”が感じられ、味わい深い。
すべての撮影を終えた細野は舞台上に戻り、そこにいたスタッフに「あれはなんですか? これはどうなりますか?」と舞台機構について尋ね始めた。スタッフはそれに快く答えて「こんな幕もあります」「このバトンはこう動きます」「ここの照明も点きます」と、すぐさま動かして見せてくれた。2020年にシアターコクーンでライブ配信された「プレイタイム」(参照:シアターコクーン初のライブ配信、森山未來×黒木華「プレイタイム」まもなく開幕)を観た人なら記憶にあるかもしれないが、舞台機構が動き始めると劇場そのものが息をし始めるようで、細野はスッと舞台の中央に立ち、バトンが降りてくる様子を追いかけたり、舞台の中央に寝転んで天井を見上げたりと、さまざまな角度からシアターコクーンの“今”を収めていった。
スタッフの目線で見るシアターコクーン
ここでは劇場スタッフしか知らないシアターコクーンの“顔”を、それぞれに撮影してもらい、その場所を選んだ理由や思い出を紹介してもらった。観客もキャストも知らない、劇場スタッフの目線で見たシアターコクーンとは?
劇場ロビースタッフ・澤田さん(サントリーパブリシティサービス(株))
──あなたの記憶に残るシアターコクーンの場所とは?
ロビー1階にある1-4扉は舞台横にあり、通常はお客様から見えない扉です。出番の少ない扉ですが、舞台の位置が客席の中央になるセンターステージの公演限定でお客様が通る扉として活躍します。
──なぜその風景を選んだのですか?
センターステージの公演では、普段の状態から舞台形状もお客様動線もがらっと変わります。初めてセンターステージ公演を経験したときの、「同じ劇場なのにこんなに変わるんだ!」という驚きが印象的で、その象徴のようなこの扉を選びました。
元シアターコクーン楽屋受付スタッフ、現シアターコクーンデスク岩下さん
──あなたの記憶に残るシアターコクーンの場所とは?
1つ目はシアターコクーンの楽屋受付です。スタッフ、キャスト、また面会にいらっしゃるお客様など、こちらの受付で対応させていただきます。楽屋の窓口となる場所です。
2つ目は、シアターコクーン舞台下手袖の入口です。
──なぜその風景を選んだのですか?
楽屋受付は、「おはようございます」「お疲れ様でした」とスタッフ・キャストの皆様とあいさつを交わし、たくさんの方とコミュニケーションがとれるこの受付は特等席だと思います!
舞台下手袖は、本番が始まる前の「今から始まるぞ!」という緊張感のある背中、また終演後の皆さんの笑顔! 袖に入る瞬間、袖から出てくるスタッフ・キャストの皆さんの表情や風景が好きです。
劇場運営室・野中さん
──あなたの記憶に残るシアターコクーンの場所とは?
1つ目は客席下奈落。コクーンは舞台だけでなく客席の11列目までも組床となっており、客席を取り払って平土間席、センターステージなどに利用できます。
2つ目は奈落から楽屋への階段。キャストとスタッフが切穴や迫りを使用する際に必ず通る階段です。
3つ目は奈落床面。演出で使用する以外に、舞台面にあると邪魔な資材、空ケース、スタッフの溜まりとなっている。
──なぜその風景を選んだのですか?
客席下奈落は、変則的な客席や、センターステージ(本舞台側にも客席を設ける対面型客席)設営のたびにひたすら人海戦術で、客席撤去→組床解体→仮設床設営→美術セット設営と何度も格闘した場所だから。初めてセンターステージを組んだ作品は蜷川幸雄2000年作品「グリークス」だが、キャストの出入りもこの客席下奈落からできるような美術セットを最初に組んだのは同年の串田和美作品「Voyage」だった。
奈落から楽屋への階段は、本番中、奈落を利用した登退場のきっかけのたびにスタッフとキャストが殺到する薄暗いが濃密な空間への唯一の入り口。2005年蜷川幸雄作品「天保十二年のシェイクスピア」のフィナーレでは白装束で白三角の天冠の主要キャスト全員がここを通って各々が登場する切穴に向かっていった。
奈落床面の黒い線は、ガムテープをコンクリート表面のひびに沿って貼ったときの残骸。水量40tを超える水槽を美術セットに組み込んだ2003年松尾スズキ作品「ニンゲン御破産」で、奈落に敷く防水シートがそれらのひびで痛まないよう、今は亡き舞台監督が率先して貼って回ったもの。当時まったくの新人スタッフだった1人は、今や現在上演中の作品の舞台監督となっている(編集注:取材は3月上旬に行われた)。
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ゆかりのアーティスト&クリエイターが語るシアターコクーン