「荒れ野」桑原裕子&キャスト 座談会|肩の力を抜いて、“停滞”を許す時間を

“あの時間”が、またゆっくりと回り始める……。2017年に初演され、第5回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞(参照:「荒れ野」悲劇喜劇賞受賞に桑原&平田が笑顔「これからの創作の支えに」)、第70回読売文学賞戯曲・シナリオ賞(参照:第70回読売文学賞贈賞式、桑原裕子が感謝語る「思いもよらない作品が書けた」)を受賞した桑原裕子の代表作「荒れ野」が、オリジナルキャストで2年ぶりに再演される。初演時、高い評価を得た作品に、桑原と6人のキャストは今回、どのような気持ちで臨むのか。稽古開始間もない11月中旬、ステージナタリーでは7人の座談会を実施した。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 引地信彦

この作品を、もう1回やれるんだ

──「荒れ野」は、2017年当時、平田満さんが芸術文化アドバイザーを務めていた、愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLATのプロデュース作品として初演されました。この作品をきっかけに、翌2018年4月に桑原さんは平田さんから芸術文化アドバイザーを引き継ぐことになるわけですが(参照:穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース「荒れ野」平田満×桑原裕子)、ハヤカワ「悲劇喜劇」賞や読売文学賞戯曲・シナリオ賞受賞を通じて作品が広く知られることになり、劇場にとっても大事な財産演目となりました。本作が、オリジナルキャストで2年ぶりに再演されます。稽古が始まって3日目の、今の実感を教えていただけますか?

平田満

平田満 稽古初日に読み合わせをしたとき、2年のブランクをまったく感じませんでした。むしろ、発酵食品で言えば“2年熟成”されたと言うか(笑)、それぞれの役と俳優さんがなじんできて、これから細かい部分を詰めていくんですけど、それが一番の楽しみと言いますか(笑)。それぞれ熟成されているから、全体の“旨味”が出てくるんじゃないかなって。そういったところを舞台上で出したいし、お客さんにも観ていただけたらと思っています。

井上加奈子 稽古初日に桑原さんが、「今までのはサラにして、一からやり直しましょう」とおっしゃったんです。確かにそうだなと思いました。私自身、この2年で価値観や感じ方も微妙に変わってきましたし、初演ではあの細やかな台本に、必死に付いていったという感じだったのですが、今回はそれとはちょっと違う居方ができるといいなって。例えば前とは違うものを感じたり、違う景色が見られれば楽しいなと思いますし、読み合わせの時点ですごく面白かったので、「この作品をもう1回できるんだ!」とワクワクしています。

増子倭文江 改めて、芝居は限りがないなって思います。初演が完璧だったとはまったく思っていないのですが、掘るべき場所はたくさんあって、今回台本を読み直したら「え? 私こんなにいろいろやってたんだ! やれるかな」って思ったくらい(笑)。初演では、勢いに乗って感情を発散させるようにバーンと演じていた部分も、今回は60%くらいに抑えて、内面で芝居するということを心がけて、取り組んでいます。

「荒れ野」初演より。(撮影:伊藤華織)

中尾諭介 僕は初演が初舞台で、それから2年、けっこう頭でっかちになっていたと思うんです。ほかの人の演劇やテレビドラマを観ては、「そこはそうじゃなくて……」って、役者さんにケチを付けていたりして(笑)。でも今回の稽古が始まって、自分は何もできてないなって実感して。だからゼロからまたできそうです。

一同 あははは。

多田香織 初日の読み合わせで、改めて「荒れ野」という作品の魅力と言うか、持っている力の深さを感じました。戯曲のいろいろな点に発見がありましたし、桑原さん含め全員が、新たに戯曲を読み解くことに向かっているなという感じがします。

小林勝也 長い間俳優をやっていても、再演ということはなかなかなくて、しかも初演と同じメンバーでもう1回、というのはめったにないこと。その意味で、もっとたくさんの人にこの作品を観てもらえるという喜びと、皆さんおっしゃったように、初演では多少、(初日までの)時間切れを意識して稽古した感があるので、そこを今一度、自分の中で確かめながら稽古する楽しみがありますね。

桑原裕子

桑原裕子 「オリジナルキャストで」ということは、再演が決まったときから願っていたことでした。再演の稽古が始まって全員がそろったときに、「やっぱり面白い人たちだな」ってことを実感して。声質みたいなレベルからして、“味付けが濃い”んです(笑)。また「荒れ野」に関しては初演から、自分の演出家としての臨み方が違っていて、「これをやってください」と渡して再現してもらうような稽古ではなく、「これってどういう気持ちなんだろう?」「これはどういうことなんだろう?」と全員で一緒に考える稽古だったんです。実際、俳優さんたちの言葉から私自身も構築できた部分がすごくありましたし、一緒に旅をして、道を探して来たなという実感があったので、今回はより遠くまで行けるんじゃないかと思います。それはなかなかできない挑戦なので、すごく楽しみです。

──取材の前に稽古の様子を見学させていただきましたが、再演にも関わらず、動きの1つひとつ、目線の1つひとつを問い直しながら稽古されていて驚きました。

桑原 ついつい「前はどうやってましたっけ?」と、思い出し稽古のような行程を、そうしたいわけじゃないのに踏みそうになるんです。でも台本を書いたとき、あるいは台本を初見したときの初期衝動をそれぞれ振り返ると、初演の記憶が邪魔になることがあって。そのあんばいが難しいです。

またわからなくなってきた、もっとわからなくなってきた

──キャストの皆さんは、ご自身の役と2年ぶりに向き合われて、新たに感じたことはありますか? 平田さんは増子さん演じる藍子の夫で、井上さん演じる幼なじみの路子との仲を娘の有季に疑われてしまう、少し不器用な男性・哲央を演じられますが、哲央について新たな発見はありましたか?

平田 まだ“発見”はしてないんですけど、でも微妙な関係性については、新たに見つけられそうだなと。質量的にも非常に大きな芝居だったので、初演では「とにかくこの芝居を成立させなければ」という思いがありましたが、「こちらがいろいろ考えなくても、お客さんに伝わるものは伝わる」と桑原さんがおっしゃっていて、それなら僕ら6人が“その場で生きる”ってことがちゃんとできればいいのかなと。6人それぞれ本当に自由にやっているのにコミュニケーションが成立しているのは面白いし、僕らはそのときどき、例えば何かをやってしまったり、あるいは何もわからないままだったり、そういう瞬間がいっぱいあってもいいのかなと。きっとそのほうがお客さんにとっても、スリリングな時間になると思うんですよね。

「荒れ野」再演の座談会の様子。

──初演を経て、路子、藍子の見え方が変わった部分はありますか?

平田 変わったでしょうね。藍子に関しては、今考え中です。というのも、どこまで哲央が藍子のことをわかっているのか、決められないなと思っていて。路子については……結局わからないままなのかな。芝居の冒頭と最後では、哲央の路子に対する印象はかなり変わっていると思いますが、本質的にどこまでわかっているのかはちょっとわからないなと。その点、藍子についてはよくわかっているつもりだったけど実は……という感じになるのかな、という予感はしています。

──藍子について、増子さんはどんなふうに捉えていらっしゃいますか。

増子 またわからなくなってきたと言うか、もっとわからなくなってきたと言うか……。今日バラちゃん(桑原)も言ってたけど、今回は“見せよう”ということより、“見えてしまう”ことを大事にしていければいいんだなって。そもそも芝居ってそういうものかもしれませんが、表現しようとするよりも、漏れてくるものを丁寧に、“そこにいる、生きている”ということをどう表すかなんじゃないかなと。だから、演出家に求められていることはとても高度で、クオリティも高いのですが、今は何をどうするかということより、何十年にもわたる哲央と藍子の生活が一体どんなものだったろうか、ということを初演以上に考えるようにしています。

──確かに、台本上には書かれていない部分にいろいろなものが詰まっている作品だと感じます。

増子 ですよね。でも「じゃあどうなるのか」というと、まだ全然わからないんだけど。

井上加奈子

井上 私は今回の読み合わせをして、目指すのは前よりちょっと大きな、ゆったりした路子像かなと思っていて。初演では、(舞台となる部屋の)主なので、そういう意味で“どんとした感じ”を持とうとは思ってたんですけど、もっといろんなものを受け入れ、包み込むような大きさを持った感じを目指すのも、アプローチの1つかなと現段階では思っています。そうなれれば、観た方の路子に対する感じ方もぐっと変わってくるんじゃないかな。

──初演から、路子の大きさ、懐の深さのようなものはとても印象的でしたが……。

井上 それがなかなか。井上自体はキリキリしながら演じています!(笑)