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SPAC「アンティゴネ」ニューヨーク公演レポート&宮城聰インタビュー|場所と共鳴した生と死の物語──1万人の観客が見届けた濃密な10日間

国際交流基金は、2018年7月から今年2月の8カ月にわたって「ジャポニスム2018:響きあう魂」(参照:「ジャポニスム2018:響きあう魂」 | 伊藤郁女×森山未來インタビュー&フランス公演レポート / 岩井秀人「ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編」世界初演レポート / 「ジャポニスム2018:響きあう魂」 | 「プラータナー」レポート / タニノクロウ インタビュー / 「マハーバーラタ」「書を捨てよ町へ出よう」レポート)をフランスで実施し、日本文化の多様性に富んだ魅力を紹介してきた。「ジャポニスム2018」に続く試みとして、今年3月から12月までアメリカのニューヨークやワシントンで「Japan 2019」を開催している。

この「Japan 2019」の公式企画として、SPAC「アンティゴネ」のニューヨーク公演が9月25日から10月6日にかけて行われた(参照:宮城聰構成・演出、SPAC「アンティゴネ」ニューヨーク公演スタート)。ニューヨーク・タイムズでも高評価を得たこの作品は、アメリカの観客の目にどのように映ったのだろうか?

ステージナタリーでは、1万人以上を動員し盛況を収めたニューヨーク公演の様子を、現地の観客の声を交えながらレポート。また「アンティゴネ」の構成・演出を手がけた宮城聰のインタビューや、ニューヨーク公演に携わった関係者のコメントも併せて紹介する。

取材・文 / 興野汐里

SPAC「アンティゴネ」ニューヨーク公演レポート

宮城聰の評価を決定付けたニューヨーク公演

会場に詰めかけた約1000人の観客の前に、SPACの俳優29人と宮城聰がずらりと立ち並ぶ。1000人からのスタンディングオベーションを一身に受けるSPACの面々の晴れやかな表情、そしてこの鳴り止まぬ拍手と歓声こそが、SPAC「アンティゴネ」ニューヨーク公演の成功を物語っていた。

SPAC「アンティゴネ」ニューヨーク公演の様子。(Photo by Stephanie Berger)

2017年夏、フランスのアビニョン演劇祭に招聘され、メイン会場となる法王庁中庭で上演されたSPAC「アンティゴネ」。アジア圏の団体で初めて同演劇祭のオープニングを飾ったこの公演では、約2000席の客席が連日満席に。フランスの有力紙ル・モンドでは「美しいスペクタクルが到来した」「我々は至福を味わうことができた」と評された。

アビニョン演劇祭の“顔”となったこの作品が、今秋、アメリカの演劇シーンの中心地であるニューヨークの観客と出会った。ニューヨーク・タイムズで絶賛されるやいなや、チケットは瞬く間に完売。チケット再販売サイトでは一時期、1枚約20万円以上の値が付いたという好評ぶり。また今回のニューヨーク公演では10日の間に、学生向けの教育公演を含めた12ステージが行われ、動員は1万人の大台を突破した。これまでにニューヨークで上演されてきた日本の演劇作品は多数あれど、本作のように1万人の観客の目に触れる大規模な作品は少ない。ク・ナウカ時代からアメリカで公演を行い、SPAC芸術総監督として国内外で功績を残してきた宮城の評価が揺るぎないものになった瞬間だった。

場所に呼ばれた「アンティゴネ」

取材に訪れたのは、公演の中日を過ぎた10月1日。この頃のニューヨークはちょうど秋の入り口に差し掛かっており、そびえ立つマンハッタンの摩天楼の上にはカラリとした秋晴れの空が広がっていて、街行くニューヨーカーたちは皆薄手のコートに身を包んでいた。

「アンティゴネ」ニューヨーク公演の会場となったのは、ブロードウェイから地下鉄で約15~20分ほどの、アッパー・イースト・サイドの一角にあるパーク・アベニュー・アーモリーだ。セントラル・パークの東側に位置するこの地域には、高級アパートメントやコンドミニアム、ブランドショップ、ブティックが軒を連ねており、目まぐるしく開発が進むニューヨークの中でも、古きよき街並みを楽しむことができる場所になっている。

1877年から1881年の間に建てられ、軍事施設として運用されたパーク・アベニュー・アーモリーには、「アンティゴネ」の公演が行われたウェイド・トンプソン・ドリルホールや、ティファニー社の創業者の息子であるルイス・コンフォート・ティファニーがインテリアデザインを手がけた一室、アメリカ陸軍の騎兵連隊・第7連隊の英雄たちの肖像画が飾られた談話室などが今なお残されている。またパーク・アベニュー・アーモリーではSPACのほか、世界の名だたるアーティストがライブを行ったり、インスタレーション作品を発表しており、邦人アーティストでは、2017年に坂本龍一が会場内のスペースで2日間限定のパフォーマンスを開催した。

パーク・アベニュー・アーモリーに「アンティゴネ」が招聘されることになったのは、アビニョン演劇祭で同作に魅せられたピエール・オーディ芸術監督の一声がきっかけだったという。パーク・アベニュー・アーモリーと日本の国際交流基金が2年にわたって協議・準備を重ね、今回のニューヨーク公演が実現したのだ。

SPAC「アンティゴネ」ニューヨーク公演の様子。(Photo by Stephanie Berger)

会場を訪れる一般客には三十代から五十代のミドル層、六十代以上のシニア層、高校・大学生の子供を伴った家族連れのほか、日本人留学生が足を運んでいた。実際に話を聞いてみると、日本やギリシャに興味・関心はあれど、双方の歴史や文化を詳しく知る観客は少ない。これについては、宮城も少々不安を抱いていたようで、「公演を行う際、上演する場所と作品はどのような文脈で結び付いているかを事前にリサーチしていきますが、今回の公演に関してはニューヨークと『アンティゴネ』との関係性が読めない部分がありました」と、現地で行ったインタビューで率直な思いを告白している。

しかし、不思議な巡り合わせもあるものだ。会場入りし、公演準備を進める中で、パーク・アベニュー・アーモリーが持つ元軍事施設という特性と、生と死を描いた「アンティゴネ」の物語が“共鳴”した。宮城はこれを、「パーク・アベニュー・アーモリーという場所に『アンティゴネ』という作品が呼ばれたのかもしれません」と表現し、「劇場に入って稽古をしていくうちに、会場に集まった“南北戦争の死者たちの魂”を俳優たちが感じ取って、パフォーマンスが充実していくのを感じました」と感触を明かす。宮城はプロデューサーとしての視点とクリエイターとしての視点を持ち合わせている稀有な演出家だが、ニューヨーク滞在中の宮城はいつになくアーティスティックな側面を表出させていて、場所と作品が生み出す化学反応に胸を躍らせていた。

水──生と死をつなぐ“柔らかな境目”

パーク・アベニュー・アーモリーの正面玄関を入り、シャンデリアの飾られた木造の廊下を抜けると、ドーム型の高い天井と広々とした空間を持つドリルホールが観客を出迎える。このドリルホールは、柱などで区切られていないスペースとしてニューヨーク最大級の広さを誇る場所で、「アンティゴネ」の上演にあたって、幅40.2m、奥行き15.2mのステージと、約1000人を収容可能な高低差のある客席が設けられた。

薄明かりに照らされたステージには、アビニョン法王庁中庭での公演で使用されたものとほぼ同じ規模の、幅40mに及ぶ水を張った舞台が設置され、舞台奥の演奏スペースには、SPAC作品でおなじみのジャンベやシェケレなどの民族楽器が並ぶ。水を用いた演出は、アビニョン法王庁中庭の広大な空間を生かすために考案されたものだが、この水こそが、日本で言う三途の川やギリシャにおけるアケロン川のような、生と死をつなぐ“柔らかな境目”の役目を担っている。開場中からすでに“死者を迎え、送る儀式”が始まっており、白い衣装をまとった俳優たちが小さな明かりを手に、水を張った舞台の中をゆっくりと歩き回っていた。

上演する環境が変われば、それに応じて舞台機構や演出も変わる。「アンティゴネ」ニューヨーク公演において特筆したいのは、先ほど述べた“水”と、舞台奥の壁に映し出される巨大な“影”だ。巧みに計算された照明の配置により、10~15mほどの大きさに拡大された影は、俳優の動きを雄大に見せるだけではなく、登場人物たちの抱える強い情念を増幅させ、視覚的に観客に伝える役目を果たしている。しかし、背景の壁に映し出されるのは役者たちの影だけではない。パーク・アベニュー・アーモリーに会場入りしてから気付いたことだそうだが、水面に広がる波紋が映し出されることによって、より一層幻想的な空間を作り出すことができたと、宮城はインタビューで述べている。また終演後に話を聞いた観客のほとんどが「影が美しかった」と口をそろえていたことも印象深い。

もう一つ、アビニョン公演と大きく異なるのが音の聴こえ方だ。屋外では俳優の声や楽器の音が散り散りになってしまうことが多いが、今回はドリルホールの巨大な空間にさまざまな音が反響することで、壮大なグルーヴを生み出している。宮城もパーク・アベニュー・アーモリーでの音の響き方に興味を示していて、「南北戦争時代、軍事訓練で兵隊たちが太鼓を叩いていたと聞きました。『アンティゴネ』には打楽器のパートが多いので、当時との結び付きを感じます」と話していた。

SPAC「アンティゴネ」ニューヨーク公演の様子。(Photo by Stephanie Berger)

ニューヨーク公演で着用された衣装も、アビニョン公演を踏まえて改良が重ねられたものの一つ。アビニョン公演は屋外での上演だったため風が強く、白い衣装が自然にはためいているように見せるために、衣装の裾に重しを入れて調整していたという。一方、室内での上演となるニューヨーク公演では、無風であることを想定し、衣装の素材を軽めのものに変更。風が吹いていなくとも、俳優たちの動きによって白い布が美しくたなびくような工夫がなされていて、宮城やスタッフの強いこだわりがうかがえる。