アドリブシーンの日本語字幕は…
──パラブラでは、映画・映像だけでなく、舞台芸術における鑑賞サポートも行っています。舞台芸術の分野では、日本語字幕・音声ガイド・多言語字幕・舞台手話の制作、アプリ・UDCast LIVE(編集注:2022年にリリースされた貸出専用アプリ。リアルタイムで進行するライブ作品に、字幕を提供するためのツール)の運用などを手がけていますが、パラブラのお二人から見て、映画・映像と舞台芸術における鑑賞サポートの仕方の違いはどのようなところにあると感じますか?
岡田 どちらも“作品性”“当事者性”“同時性”のバランスを重視することは変わりません。映画・映像の分野では、日本語字幕・音声ガイド・多言語字幕・手話映像の制作、アプリ・UDCast MOVIE(編集注:2016年にリリースされた無料アプリ。映画や映像に合わせて自動的に字幕や手話、音声ガイドの再生等を行うツール。自分の機器にアプリをインストールして使用することが可能)の運用を行っています。舞台芸術の分野ではリアルタイム性も重視し、演劇作品の進行に合わせて日本語字幕のページ送りをするオペレーターや、客席後方や別室でナレーションを行うスタッフを配置しています。
小嶋 日本語字幕を利用する場合、今はタブレットが主なのですが、タブレットで日本語字幕を確認しながら舞台を観ると、どうしても視線移動が発生してしまうんです。なので、それを考慮して言葉をなるべくまとめて表示したり、物語の冒頭で登場人物の見分けがつかない状況のときは、“帽子を被った女性”といったふうに話者名に情報を追加した形で説明するようにしています。
松居 演劇だとアドリブがあるので、上演回によってセリフが変わり得ると思うのですが、そういった場合はどう対応しているんですか?
岡田 基本的には台本に合わせて字幕を作成しておき、フリーゾーンのところはその場で文字を打つこともあります。さすがにすべての文字を現場で打つことは難しいのですが、「当日、俳優がこんなセリフを言っていました」というご報告を後日お客様にお送りすることもありますよ。
松居 わー! そういった工夫をされているんですね。演劇の文化にしっかりと寄り添って日本語字幕・音声ガイドを制作していただいてありがたいですし、本当に大変なお仕事だと思います。
──松居さんは、映画、ドラマ、MVをはじめとする映像、そして演劇、どちらも手がけていらっしゃいますが、映像作品を作る際と演劇を作る際で意識していること、捉え方の違いなどがあれば教えてください。
松居 映画は決め込むけど、演劇は決め込まない。そこが大きな違いだと思います。映画の場合は、ロケ地から俳優の芝居、カメラアングルまで、すべてをガチガチに決め込んで撮っているのに、何も決まっていないかのように見せる。一方で演劇は、お客さんの想像力に委ねながら、カンパニーとお客さんとで一緒に作品を作っているイメージですね。
鑑賞サポートが当たり前になる世界へ
──「きみがすきな日と」には、ゴジゲンメンバーより、松居さん、9月に東迎昂史郎から改名したうぇるとん東さん、本折最強さとしさん、善雄善雄さんが出演するほか、ゴジゲン作品初参加となる多田香織さん、大関れいかさんが出演します。“キュートなコメディ“と銘打たれた本作がどのような作品になるのか、今から非常に楽しみです。
松居 「きみがすきな日と」は、閉店が決まった商店街で行われる最後のお祭りを描いた、ちょっぴり切ない劇になる予定です。“キュート”ということに関して言うと、ゴリラやブタ、ミミズク、イルカなどのパペットが登場します。僕は今回、ゴリラのパペットを操演するのですが、そのシーンに日本語字幕を付ける際、発言者はゴリラになるのか、または松居になるのか、どちらなのでしょうか?(笑)
小嶋 ゴリラがしゃべっているという設定であれば、話者はゴリラになると思います(笑)。
──日本語字幕もキュートなものになりそうですね(笑)。松居さんは演劇ではコメディ、映像では青春ものを得意とされている印象があるのですが、作品の性質によって日本語字幕を付ける際のニュアンスが難しい、というケースはあるのでしょうか?
小嶋 そうですね。作品ごとに配慮する点が異なります。たとえば、映画「ミーツ・ザ・ワールド」では、杉咲花さん演じる主人公の三ツ橋由嘉里が、独特なワードを用いながら、早口で“腐女子トーク”を繰り広げるのですが、日本語字幕を読み切れるように長さを調整しつつ、専門用語にはルビを振るなどの対応を行いました。
岡田 コメディ作品だと、音声ガイドは作品の特色が伝わりやすい印象がありますね。声色やセリフのテンポや間もそのまま伝わるので。
小嶋 日本語字幕では会話のテンポやボケ・ツッコミを伝えるために、表示時間やタイミングを細かく調整しています。ただ、ツッコミの日本語字幕を早く出しすぎるとボケが台無しになってしまうので、タイミングが難しいこともあります(笑)。
作品の性質で思い出したのですが、熱心に“推し活”をされているお客様が多い演劇作品で、日本語字幕タブレットを導入したことがあって。字幕があるからこそ生の会場の雰囲気に自然に溶け込めると思うのですが、盛り上がったときには字幕を超えて伝わる空気感もあり、演劇が持つ力、グルーヴ感を改めて感じました。
岡田 お芝居の最後にスタンディングオベーションが起きたとき、タブレットユーザーの方も立ち上がって拍手をした際に、三脚で支えていたタブレットが倒れてしまったことがありました。ユーザーの方は「倒してしまってすみません!」とおっしゃっていたのですが、私たちとしてはほっこりしたところもあって……。
松居 なんと! 心温まるアクシデントですね。
小嶋 あと、松居監督が副音声キャストとして参加した、映画「リライト」の副音声上映に字幕を付けたところ、ユーザーの方々からとても喜んでいただいたということもありました。やっぱりファンの方は、スタッフ・キャストの方々がどんな思いを込めて作品を作ったのか知りたいと思うので、本編だけでなく、コメンタリー音声に字幕を付けるといった取り組みも積極的に実施したいと考えています。
岡田 うれしかったことで言うと、松居監督がご自身のSNSで映画関係者へのお礼をつづる中にパラブラの名前も挙げてくださったことに、とても感動しました。日本語字幕・音声ガイド制作も、映画製作の一環として捉えてくださっているのがすごくうれしくて。今後、もっと日本語字幕・音声ガイドの文化が浸透して、鑑賞サポートが当たり前に導入される世界になったらうれしいなと思っています。
松居 いえいえ、こちらこそありがとうございます! 映画も演劇も、俳優と現場スタッフに焦点が当てられがちですが、仕上げや宣伝、日本語字幕・音声ガイド制作のように、お客様に作品を届けるために動いてくださっている方がたくさんいることを、皆さんに知ってもらいたくて。僕も、パラブラさんのモニター検討会に参加させていただき、「日本語字幕・音声ガイド制作はなんてクリエイティブな現場なんだろう!」と感動したので、映像においても演劇においても、鑑賞サポートがもっと普及すると良いなと思います。
プロフィール
松居大悟(マツイダイゴ)
1985年、福岡県生まれ。ゴジゲン主宰。2008年にゴジゲンを旗揚げして以降、すべての作品の作・演出を手がける。映画「アフロ田中」(2012年)で長編映画初監督。その後、映画「ワンダフルワールドエンド」(2015年)がベルリン国際映画祭に出品される。映画「私たちのハァハァ」(2015年)、映画「アイスと雨音」(2018年)、映画「くれなずめ」(2021年)、テレビドラマ・映画「バイプレイヤーズ」シリーズ(2017~2021年)などを手がけたほか、映画「ちょっと思い出しただけ」(2022年)で東京国際映画祭 観客賞・スペシャルメンション、映画「リライト」(2025年)でヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭 観客賞を受賞した。監督作「ミーツ・ザ・ワールド」が公開中。
小嶋あずみ(コジマアズミ)
文化芸術のバリアフリーコンサルティングを行うPalabra株式会社(パラブラ)所属。字幕制作を担当している。
岡田詩野(オカダシノ)
文化芸術のバリアフリーコンサルティングを行うPalabra株式会社(パラブラ)所属。営業および制作進行を担当している。



