音楽ナタリー PowerPush - ハンバート ハンバート

15年かけてたどり着いた場所

ハンバート ハンバート インタビュー

トイレに入っているときにいちいち指示されるようなもの

──アルバムの出発点について教えてください。先に「FOLK」というタイトルありきだったのか、それとも曲ありきだったのか。

ハンバート ハンバート

佐藤 ほぼ同時だったかな。デビュー15周年だったので、今までやってなかったことをやろうと思い、「今まで2人きりでレコーディングしたことがなかったし、このへんでやっておくのもいいね」って話をして。あと「15周年なんだし、今までやってきた曲の再録やカバーをやるのもアリだよね?」ってことで。もともとやりたかったんですが、こういうきっかけでもないとなかなか実現させづらいものがありますよね。それらを“FOLK”というテーマで括ったら面白いかなと。

──2人きりのレコーディングはどうでした?

佐藤 毎回死にそうになるんですけど、今回はいつにも増して大変だった。

佐野 いつも大変なんですけどね。自宅の隣に借りてる作業部屋で全部をレコーディングしたのが今回初めてでしたからね。

佐藤 それもやりたかったことの1つだったんですよね。まあ、2人のレコーディングなら宅録みたいなやり方でも手に負えるかなと思って。いろんな選択肢があって、昔のレコーディングみたいにマイク1本だけ立ててやろうというプランもあったんですけど、それだとライブと大して変わらなくなるし、それぞれ別に録って緻密にやろうと。結果それがよかった。バラバラだからいくらでも録り直しができて自分が納得するまでやれる。どこかスタジオを借りてってことになると時間の制限もあるし、納得するまで追い込むことはなかなかできないので。

佐野 ベースやドラムを入れてみんなで、せーのでやったものだと全体的によかったテイクを選ぶことになるし、見るべきところが違ってきちゃうんですよね。

佐藤 今回はギターだけだから、1カ所も転ばない完璧なオケをどうしても作りたくなるし、歌に関しても同様で、そこはやたらと大変だったね。今回は遊穂にPro Toolsの使い方をようやく教えて、遊穂のテイクは彼女自身で録ったんです。「ここの作業は俺がやろうか?」とか言っても、「出てってくれ」って言われたりして。鶴の恩返しのように「入ってきちゃダメ」って(笑)。

佐野遊穂

佐野 私が1人ブースにいて、向こうに誰かいる、というようなことがこれまで嫌だと思ったことはなかったんです。でもいざやってみたら、1人で録るのはかなりいいもんだと思えて。トイレに入っているときに、じゃあ水を流してください、紙を何cm巻き取ってください、みたいにいちいち人にやってもらっていたようなものだったんだなって気付いて。自分でやれば気兼ねなくできるのに。

──気持ちの持っていき方も当然違ってきちゃいますよね。1曲あたりかなりテイクを重ねたんですか?

佐野 曲によってですね。歌入れは、多くて1日に2曲ぐらいのペースでした。

──そういうプロセスを経ながら過去の曲と向き合い、何か新たな発見はありました?

佐藤 そもそもCDとして作品となっているものが完成品。でも自分で作った曲なのに、作ったばかりの頃には落としどころがまだわかってなかったこともある。やり慣れていない段階でレコーディングするのがほとんどじゃないですか。だからあとから、こうしたほうがよかった、というような改善ポイントがいろいろ見つかってくる。特にテンポの問題。その曲にふさわしいちょうどいいテンポを見つけるのって意外に時間がかかるんですよね。でもライブで何回もやり続けていくと、どこでやろうとほとんどテンポが変わらなくなって、どのテイクも1秒変わらないぐらいまで同じになる。まあその状態になってから録るなんてことをやっていたらいつまで経っても……。

佐野 アルバムが出ないですからね(笑)。

佐藤 だからこういう機会に完成形に近いだいぶよくなったものを再録できたのはよかったと思いますね。

カバーの楽しさは正解とは無関係に歌えるところ

──オリジナルと比べると佐野さんの歌声はいっそう肝っ玉が据わった感じになっていて。さらに飄々とした味も加わった気がします。一方、佐藤さんの歌声はいい意味で全然変わっていない。こういうところから男と女の成長の違いが読み取れたりして面白いなあと。

佐藤良成

佐藤 俺は見た目も変わんないって最近よく言われるんですが、しめしめって思っていて。おっさん趣味だったし、老け顔のせいもあって昔はよく老けているって言われていたけど、ちょうど今、中身が年齢に追いついてきたんじゃないかと。そういうことなんですかね? 正直わかんないっす(笑)。

佐野 確かに老けないって言われるよね。やっぱり2人で歌っているので、それぞれの違う部分が合わさって何か面白い効果を生み出せたらいいなと常に思ってます。

──2人の現状をはっきりと映し出すアルバムになっているから、ハンバート ハンバートの成長や進歩がよく見えてくるんですよね。あと、ハンバート ハンバートの音楽って気持ちよくって“なごみ系”って言われがちだけど、目を凝らせば、根底にはやけにドロッとしたものが流れていたり、けっこうな毒が盛られていたり、深い闇が広がっていたりするのがわかるんです。このアルバムではそういう点もいっそう明瞭になっているかもしれない。

佐藤 ありがとうございます。

──ところでカバー曲のチョイスのポイントは?

佐藤 ライブでよくやっているものから選びました。なかでも面白くできたという手応えを感じる曲、十八番と言える曲から厳選して。

──青春時代を共に過ごした日本のポップスもいろいろと入っていますよね。

佐藤 タイトル通り70年代の日本のフォークスタンダードも入っていますが、電気グルーヴの「N.O.」や、たまの「さよなら人類」とかフォークとは言えない曲もある。実際、俺らの世代は高田渡や吉田拓郎ではなくて、彼らの音楽がリアルタイムですからね。

──リアルタイムで好きだった曲ということですか。

佐野 そうですね。「さよなら人類」は中学生の頃にヒット曲として聴いてました。

佐藤 俺は小学生だったな。「N.O.」は「自分たちは作れないよなあ」とつくづく思わされる曲ですよね。コードもすごくシンプルでずーっと同じ展開じゃないですか。なんだけど、メロディにほんの少し入る滲みというか、それがすごくいい。今回は何といっても“フォーク”ですから、自分たちの得意なものだけを1枚にまとめればいい、ってことがあって、ここに入っているのはハンバートの基本中の基本みたいなものばかりというか。それって要は俺らの声がハモったときに、ギラッとした何か、倍音が生まれるんですけど、それをうまいこと聴かせられたらOKじゃないかと。デビューして15年、お客さんが聴いてハンバートっぽさを感じるのって要はそこの響きのことなんだなってなんとなくわかってきて。

佐野 そうそう、人に言われて徐々にわかったことなんですよ。

佐藤 そのポイントを全曲入れる必要はないけれど、ここぞというところで出す。そういう意識のもとにアレンジも行ってるんです。「N.O.」に関しては他人の曲なのにその点がバッチリ決まって、やっていてホント気持ちいいんです。

佐野 カバーはやっぱり楽しいんですよ。実の子供は何か憎たらしいけど、孫は無条件にかわいい!みたいな(笑)。

──カバーはその距離感がいいんですね。

佐野遊穂

佐野 そう、距離感なんでしょうね。オリジナルに対してはいつもどっかにつらさがあるんですよ(笑)。

佐藤 遊穂はいつもつらそうになってるね。俺もオリジナルに対してはどうしても厳しくなっちゃう。単純に楽しいだけじゃない。

佐野 基本は楽しいんですけど、がんばらなきゃいけないというか。

佐藤 やっぱりこっちが正解を出さなきゃいけない。自分が作った曲だから、絶えず正解は俺の頭の中にしかないんですよ。レコーディングやライブでその答えを遊穂やエンジニアたちに伝えようとするんだけど、なかなかうまくいかない。

佐野 これが正解です、と態度で示さなければいけない感じが、ね。

佐藤 カバーってあくまでも一例じゃないですか。どこまでいってもバリエーションの1つ。「こういうのも面白くない?」ってふうに提示できるから。

佐野 作者が「こういうものです」と提示している正解とは無関係に歌えるから、自由な気持ちで楽しめるんです。

ハンバート ハンバート ニューアルバム「FOLK」2016年6月8日発売 / SPACE SHOWER MUSIC
初回限定盤 [CD+DVD] 3240円 / DDCB-94011
通常盤 [CD] 2484円 / DDCB-14043
CD収録曲(カッコ内はオリジナルアーティスト)
  1. 横顔しか知らない
  2. N.O.(電気グルーヴ)
  3. 長いこと待っていたんだ
  4. プカプカ(西岡恭蔵)
  5. 夜明け
  6. 生活の柄(高田渡)
  7. 国語
  8. 待ちあわせ
  9. 結婚しようよ(吉田拓郎)
  10. おなじ話
  11. さよなら人類(たま)
  12. ちいさな冒険者
初回限定盤 DVD収録内容
2015年9月19日 東京・日比谷野外大音楽堂ライブ「二人でいくんだ、どこまでも」
  1. いついつまでも
  2. バビロン
  3. コックと作家
  4. さようなら君の街
  5. ロマンスの神様
  6. おかえりなさい
  7. まぶしい人
  8. ぼくのお日さま
  9. おなじ話
  10. アルプス一万尺
  11. ホンマツテントウ虫
  12. アセロラ体操のうた
  13. おいらの船
ハンバート ハンバート
ハンバート ハンバート

1998年に結成の佐藤良成(G, Violin, Vo)と佐野遊穂(Vo, Harmonica)による男女デュオ。2001年にアルバム「for hundreds of children」でCDデビュー。2005年のシングル「おなじ話」が各地のFM局でパワープレイに起用されたのをきっかけに、活動を全国に広げ年間 100本近いライブを行う。海外の伝統音楽ミュージシャンたちとも多数共演。テレビや映画、CMなどへの楽曲提供も多く、2010年からオンエアされた「ニチレイアセロラ」のCMソング「アセロラ体操のうた」が話題になった。2016年6月には、デビュー15周年記念作品として弾き語りアルバム「FOLK」を発表した。フォーク、カントリー、アイリッシュ、日本の童謡などの音楽をルーツとした懐かしく切ない楽曲と、繊細なツインボーカルで支持を集めている。