「わたしは光をにぎっている」|松本穂香が川島小鳥ワールドへ ノスタルジックな銭湯でのひととき

自意識を出すと恥ずかしくなるタイプ(松本)

──本作のテーマを表している場面として、銭湯の閉業を知らされた澪が「しゃんと終わらせましょう。どう終わるかってたぶん大事だから」と言うシーンがあります。このセリフは中川さんが考えたんですか?

中川 僕はずっと背筋の悪い、落ち着きのない子供で、祖母に「しゃんとしなさい」とよく言われました。それって、他人にどう思われるかを気にして振る舞うということではなく「恥ずかしくない自分でいなさい」ということなんだと今は思います。だからこの映画は、自意識の話ではないですが、自尊心の話ではあります。

松本 「しゃべらないことで自分を守ってる」と言われたときの澪は、他人からの見られ方をすごく気にしてますもんね。人との交流や銭湯の閉業、上京してから経験したいろんなことが澪を変えていった。

──お湯に浸かりながら、大きくはないけれど力強い声で「しゃんと終わらせましょう」と言うのは、澪の成長も感じられる美しい場面でした。

松本中川 ありがとうございます。

──美しいと言えば、スタジオジブリの代表取締役プロデューサー・鈴木敏夫さんは本作を観て「この国も捨てたもんじゃない。こんなに美しい日本映画を作る若者がいる」とコメントしています。

中川 まさかの鈴木さんから……ありがたいです。大げさな例えになってしまいますが、今作を「翔べない時代の魔女の宅急便」として創り始めました。今はかつてより都会に夢を持って旅立つ人は減ったと思います。澪も何かを求めて上京したわけではないですが、出会いや別れを経験して成長していくという本質は変わらない。それとは別に、松本さんはジブリのヒロイン感がありますね。

松本 ジブリっぽいというのはたまに言われることがあって。ジブリ大好きなのでうれしいです!

中川 もっと言うと、小津安二郎監督や成瀬巳喜男監督、木下恵介監督など、日本映画とは女性映画の歴史とも言えると思います。その子孫がジブリ作品で描かれている女性たちなのかもしれません。静かだけれど、芯の強い女性像。松本穂香さんという女優さんもその系譜の中にいるのではないでしょうか。

松本 自分ではわからないですけど、ありがとうございます。

──ちなみに松本さんは自意識を出さないタイプですか?

松本 出してもかっこ悪いかなと感じたり、自分が恥ずかしくなるタイプではあります。でもSNSに自撮りとかを載せるのが悪いことではないし、人のを見るとかわいいなと感じるんですけどね。

──自分では積極的に自撮りをしようとは思わないと。

松本 載せたら喜んでくれる方がいるのかなとか、いろいろ思うことはあります。それをきっかけに映画を観てくれるかもしれないし。

中川 うまく活用できている方もいますもんね。ただ、みんながスマホばかりに夢中になっていると、どうしても見たいものだけを見ることになっていくでしょうし、自分自身への関心も肥大化していきそうで怖いです。これは自分自身への戒めなんですが。流れる景色を観ていたら思わぬ発見があるかもしれない。「わたしは光をにぎっている」も、ボケーッと車窓を眺めるような気持ちで観てほしいです。

「わたしは光をにぎっている」

希望がないからこそ、丁寧に生きよう(中川)

──今作では銭湯の廃業に伴う“終わり方”が描かれていますが、中川さんは今後も「終わりがあるからこその豊かさ」を表現していきたいとおっしゃっていますね。

中川 法隆寺だろうがエッフェル塔だろうがいつかはなくなるし、人類にだって終わりはあります。それを必ずしもネガティブに考える必要はなくて、終わりがあるから大切にしていこうと切り替えていきたいと思っています。

松本 それこそ、澪のように丁寧にってことですよね。ネタバレになってしまうから詳しくは言えないですけど、丁寧に向き合ったから澪は大事なものを手にすることができたんだと思います。

中川 そうですね。「どうせ死ぬんだからなんでもいいや」という態度と、「どうせ死ぬからこそ足元の床を磨くように心も磨いて生きていこう」という態度には大きな差があります。自分も含めてどうしても投げやりな方向に行きがちですけど、希望がないからこそ丁寧に生きようと社会全体が考えるように舵取りをしないといけない時期に来てると思うんです。その一翼を担うような物語を作ることは、一生のテーマとして挑んでいきたいと考えています。

鈴木敏夫や谷川俊太郎も称賛 20名のコメント掲載

鈴木敏夫(スタジオジブリ 代表取締役プロデューサー)

この国も捨てたもんじゃない。こんなに美しい日本映画を作る若者がいる。

谷川俊太郎(詩人)

見終わってから、この映画はいつ終わってもいいし、またいつ始まってもいいと思いました。物語よりもひとつひとつの場面に、日々の生の肌触りを感じたから。

岡田惠和(脚本家)

今を生きていくためのヒントがさりげなく散りばめられている。観る人にとって大切な宝物になる映画だと思った。好きです。ふとした瞬間に、松本穂香さん演じる澪のことを思い出します。そんな映画です。

倍賞千恵子(女優)

スクリーンに描かれて行くワンカットワンカットの美しい事、そして、静かに、力強く、忍耐強く、優しく、いつの間にか自分がそこでその景色を見ているような気持になりました。一生懸命やれば、キットそこからまた何かが生まれ始まって行くんですネ。

木皿泉(作家)

負けたからなくなるんじゃない。みんなが、どうでもいいと思うから消えてゆくのだろう。大事なものも、くだらないものも、一切合切が、時の流れとともに手からこぼれ落ちてゆく。それでもなお、その手のひらに残るものを描いた作品です。

YOU(タレント・女優)

じわじわと染み入るようにゆっくりとすすんでゆく誰もが光を握っていて 誰かによってそれに気付く 優しい物語。

川島小鳥(写真家)

自分が生きる上で大切にしたいもの。胸の中にそっとしまってあって、ことばにできなかったようなことが、この映画の中でまぶしく描かれていました。美しい瞬間を、人間のこころ、世界の輝きを見た気がします。

文月悠光(詩人)

私たちは光を引き継ぎ、誰かへ手渡す使命がある。それは、ときに言葉であり、フィルムであり、弾む笑い声や、生きるための水だ。実直に「終わり」を見送り、ささやかな再生まで描き切った力強い名篇。

木村和平(写真家)

消えていく街と、ひらかれていく澪のこころの対比がただただ美しい。そして、本編のゆくえを拡張させる主題歌の存在。この大きな高揚を中川監督は初めから想像できていたのかと思うと、嫉妬します。

中井圭(映画解説者)

不器用に転びながらも一歩ずつ前に進む、松本穂香演じる澪。そっと見守るように引き画で捉えた彼女の静かな成長が、終わりとはじまりが交差し失われゆく街を息づかせる。

青柳文子(モデル・女優)

綺麗な気持ち、なんてあるのかわからないけれど、綺麗な気持ちになりました。心が洗われるとか清々しいとか既にある言葉に当てはまらない、とても潤って、瑞々しく、綺麗な気持ち。観れば、わかると思います。

柴田紗希(モデル)

小さな優しい光がほわっと見えました。本当に懐かしく思えたり、もどかしく伝えづらい切なさを言葉ではなく景色や空気感でものすごく感じる不思議さ。東京の夕方の空を見たとき、あぁ澪は今温かい気持ちで生きられてるかなっと、ふと頭によぎってしまうまるでドキュメンタリーのような映画でした。映画を見た後の私の日常にときどき現れてくれます。

本広克行(映画監督)

感情を削ぎ落した演技、おしつけがましくない物語、時間の切り取り方、空間を映すのではなく描いているのではと思ってからはその世界観に委ねる心地よい時間に変わる、そんな映画。

ふくだももこ(映画監督)

街は生きている。澪は「ここに居なよ」と、街に許された人なんだろう。その佇まいは、子供のようであり、神のようでもあった。街も人々も、すべてがまぶしく美しい、素晴らしい映画でした。

冲方丁(作家)

丁寧に届けられる映像の中に、多種多彩な息づかいが封じ込められている。とんでもない出来事が起こることが物語ではなく、ただ人が、一歩を踏み出すことこそ物語の本当の役割である。それを真正面からごまかさず担う映像作りに心洗われる思いがした。これからも中川監督の作品を追いかけたい。

李炯植(NPO法人 Learning for All 代表理事)

世界や周りの風景は目まぐるしく変わるけれど、僕たちが生きることの本質は昔から変わらないのではないか。今日も丁寧に生きていこう。中川映画は、より良い日本を希求するために必要な想像力だ。

石川光久(プロダクションI.G 代表取締役社長)

今の日本でこれほど純粋な映画作品を創ることは、初恋の人と思いを通わせ生涯添い遂げることより難しいのではないでしょうか。映画の力を信じたくなる、そんな作品です。

市山尚三(東京フィルメックス ディレクター)

田舎から東京に出てきた少女が何もないだだっ広い部屋に入り、通りに面した窓を少し開け、まどろむ。この一見何でもないショットを見た時、これはただならぬ映画に違いない、と確信した。大袈裟な事件は何一つ起きない。恋愛の可能性さえ宙ぶらりんのままだ。それでも世界は取り返しのつかないところへと静かに変貌してゆく。こんな映画を撮りたいと思う人は少なくないだろうが、誰もが撮れるわけではない。中川龍太郎はそこにチャレンジし、見事に成功してみせた。

塩谷歩波(小杉湯番頭兼イラストレーター)

東京は常に新陳代謝を繰り返す町だ。新しい町への期待がある一方、失われる景色への悲しさや怒りは必ず存在する。消えゆく町に広がるあらゆる感情を受け止めつつ、今ある風景を未来につなげるため、息遣いが聞こえるほどの生々しい今を切り取る表現が、東京を生きる私たちに必要なのだ。

宮台真司(社会学者・映画批評家)

この映画には私たちの社会の間違いが静かに描かれている。声高であればポジション取りゲームに埋没してしまう。システムにシンクロしない生き方を、システムにシンクロしない語り口で紹介する本作は、あり得たはずの「街」を僕たちに教えてくれる。