TELASA配信記念「WOWOWオリジナルドラマ 向こうの果て」松本まりか×内田英治|16年ぶりの邂逅、憑依型女優が“吹きさらしのボロ雑巾”になるまで

律子はわかり得ない(松本)

──「向こうの果て」は劇団ゴツプロ!による同名舞台を原作にした舞台、ドラマ、小説の連動プロジェクトです。お二人はどのように企画に参加したんでしょうか。

内田 僕はドラマの脚本作りから入ってますね。竹田新(舞台を演出する山野海の脚本家名義)さんと一緒に話し合いながら。まっさらな気持ちでやりたかったので、舞台版はあえて読んでないんです。ドラマを作るときに毎回気にするのはクリフハンガー。次回を見せるために、ラストシーンに引っかかりを作る。そこはすごく意識して一緒に作りました。

松本 私は最初にドラマの脚本を読みましたね。

──オファーの時点で小泉今日子さんが同じ律子を舞台版で演じることは?

松本まりか演じる池松律子。

松本 知ってましたし、もう衝撃的でした。小泉今日子さんが舞台で主演? 私が連ドラの主演? 同じ役で?と、何度も聞き直しました。すごく光栄でうれしかったですけど、もちろんプレッシャーもありました。

──小泉さんとはお話されたんですか?

松本 本当に軽くです。「同じ律子を演じられるのはうれしい」と言ってくださったのがうれしかったですね。けっこうヘビーな作品で。律子役に選んでもらえたのがありがたいと同時に、ものすごい責任を感じました。初主演のプレッシャーと言うより、この役の重さ。生半可な気持ちじゃ律子は演じられないと思っていて。

──情報解禁の際にも「理解するのは前途多難だなと思っています。接する相手によって見せる顔が全然違う」と、律子の捉えどころのなさを語っていますね。お二人ではどんな打ち合わせを?

内田 律子についてはけっこう話したよね。リハーサルでも現場でも。どういう人なのか内面を知るのは、下準備として当然必要でした。

松本 脚本を読んでても本当に難しかったんです。律子はわかり得ない、と。ある意味、自分だけで役を作るようなナンセンスなことはやめよう!と放棄したというか(笑)。私が自分で考えて感じてるものだけではなく監督の意見も聞いて、それを混ぜ合わせて手がかりにして作っていった感じはします。あとは現場に入ってから、と思ってました。

──舞台版のインタビューで小泉今日子さんや演出の山野海さんは律子を「多重人格のようには見せたくない」とおっしゃっていました。

松本まりか演じる池松律子のキャラクタービジュアル。

松本 そこは私も意識していました。「娼婦のような女」「嘘つきな女」といった各話のタイトルは、あまり考えすぎないようにしていて。関わる男にとって顔が違うように見えてるだけであって、律子本人には、そこまで変化している意識はない。その時々の人や場所によって、カメレオンのように色をなじませていくというか。

──演じるうえでも「顔を切り替える」といった意識はなかったんですね。

松本 現場の力が圧倒的にすごかったんです。現場が律子の状態を作ってくれる。セットに入ると、ここにタバコがあるから吸ってみようかなとか、相手役の人はこんな顔でこんな髪型なんだとか、この人のこういうところが好きなんだと自然になじんできて。私こんなところにいるんだ……!と実感してました。

内田 いい役者って自らいい芝居をするんじゃなくて、セットでもロケでも空間に溶け込んでいくんですよね。その世界にいると、場所や相手の芝居に自然と引っ張られる。現場に放り込まれたら、その場が昭和60年になる。彼女はそのリアリティを大切にして、ちゃんとやってくれたと思います。

松本 渋川清彦さん演じるヤクザの山之内一平との共演シーンで「一平ちゃんかっこいい!」っていうセリフがあるんです。そこでも「KEE(※)ちゃんかっこいい!」と、NGを出しちゃったくらい(笑)。本当にかっこいいと思ってしまって。それほど説得力のある方ばかり。相手の役者さんたちによってかなり引き出された部分がありました。
※注:KEEは渋川の旧芸名

内田監督の演出はスパルタ(松本)

左から松本まりか、内田英治。

内田 普段からいろんな作品を観ていて気になるのは、昭和が舞台のはずなのに、役者が昭和じゃないこと。絶対昭和にこういう人はいなかった、と思ってしまう作品が多いんです。でも松本さんも松下(洸平)くんも、ちゃんと昭和の空気感を出してくれた。松本さんは一応、昭和生まれ……?

松本 私、昭和生まれです。ぎりぎり(笑)。

──脚本を読んでいて漠然と律子は「昭和の女」という印象を受けました。松本さんは演じるうえで時代などは意識されました?

松本 そうですね。私、パッションは昭和なんですけど、なんせ30年間、平成で生きてきてるので。昭和は生きることにもうちょっと貪欲だった時代。人の生活って積み重ねじゃないですか。少し生活が楽になったことで、染み付いたしぐさとかがあると思っていて。それが律子を演じるうえですごく邪魔になってたんです。

──なるほど。

松本 かと言って「昭和っぽく」演じるのは違うし。自分の中に染み付いたものをいかに排除できるか。もうちょっと自分自身をむき出しの状態にしたかったんです。だから裸一貫みたいな……?

一同  (笑)

「WOWOWオリジナルドラマ 向こうの果て」

松本 裸の心でいかに現場にいられるか。だから撮影中は不安定で、吹きさらしのボロ雑巾みたいでした(笑)。もちろん内田監督への信頼はあったんですけど、自分は裸で心もとない感じだったんです。

内田 松本さんは不安性なんですよ。不安でしょうがない。これで大丈夫かな?と考えすぎちゃう。

──監督の中に、松本さんを安心させようという気持ちは?

内田 いや、それは特にないですね。というより逆ですかね(笑)。より不安になってほしい。

松本 (笑)。不安でしたよ、ずっと不安。だから撮影が終わってからも、荒れてました(笑)。

内田 映画のスタッフが中心だったので、俳優もほかの部署と同じように「俳優部」として扱う感じでした。ヘタにみんなで持ち上げ合うよりは「お互いプロなんだから」と放っておくのが基本。

松本 監督の演出はけっこうスパルタでしたよ、手厳しいんです(笑)。「一筋の涙をこぼす」というト書きで、「カメラが回ったら、ここで一筋の涙、よろしくね」って(笑)。ちょっと焦りました。「どうしよう、数秒で泣かなきゃ!」みたいな。

──実際に泣けたんでしょうか……?

内田 韓国の役者って泣くのが上手な人が多いんですけど、日本人は下手な人が多いんです。すぐに泣けない人は目薬ですから(笑)。でも松本さんは、今までで一番うまかったかもしれない。

松本 え、私!?

内田英治

内田 「泣いて」と言われて、いくらでも泣ける人はなかなかいなくて。日本の現場だと、泣くことが「気持ち作ります!」みたいな大層なことになっているんです。俳優は技術者でもあるので、「泣いて」と言われて泣くことが普通だと思うんですけどね(笑)。でも彼女はちゃんとポロポロ、大量に涙を出してくれました。

松本 怖かったからですよ(笑)。でも監督がやりたい、観たいものにどう近付くか?という試行錯誤が楽しい現場でした。

──では最後に、ドラマならではの見どころを教えてください。

内田 やっぱり、映画と違って何話もあるので何度もおいしいですよね。あるエピソードから次のエピソードへとつながっていく芝居。ラストに大きな事件がなくても、顔の寄りだけで次を観たいと思わせる回もあります。後半になるに連れて、盛り上がっていく雰囲気は味わってほしいですね。

──毎回「律子は、どんな女でしたか?」というセリフがあると思うんですけど、舞台の脚本より各話で分かれているドラマのほうが際立って読めました。

内田 それに答える役者たちも濃い人たちばかりです。

松本 律子は多重人格じゃないけど、生き延びるために、その環境に染まっていく。自分で変えようと思って変えるんじゃなくて、そこになじまないと生きていけなかった人のような気がします。(現時点では)まだ完成していないので不安ですが、いろんな顔が表現できているんですかね……?

内田 それはドラマを観る人が判断してくれるのかな。

左から松本まりか、内田英治。