生命力がより輝くほうに
──おばあちゃんが「太極拳」の達人という映画オリジナルの要素を付け加えた理由も気になります。
押切さんと一度だけ面と向かって脚本の打ち合わせをしたことがあったんですが、その中で「カンフーで戦うことはできないですか?」とアイデアをいただきました。ただ、戦う相手は特殊メイクを施したサユリですし、練習期間も必要で。今回はカンフーアクションに耐えられる撮影現場じゃなかったんですね。そこで折衷案として、動きはゆっくりだけど、気の力で影響を及ぼす太極拳だったら実現できるし、面白いと考えました。
──太極拳になったことで、おばあちゃんと孫の則雄の特訓風景により師弟の雰囲気が出ていたように思います。
そうですね。そこは「ベスト・キッド」ってよく言われます(笑)。
──逆に原作の「ここは守りたい」と意識していた部分はありますか?
1つはさっきも言った「人間側の負け戦にはしない」。しっかりと復讐を果たすところですね。原作にある生命力の強さ、その尊さを描きたかった。あとは前半と後半ではっきりと分かれた構成。前半の精神的にもどん底に突き落とすような怖さ、そして後半のおばあちゃんのパワフルさ。これはしっかり原作を踏襲して、お客さんを驚かせたい狙いがありました。1人のキャラクターが完全に変化する面白さですよね。一度観て、二度おいしいみたいな(笑)。2本分の映画を楽しめたと感じてもらえるといいなと思っていました。
──霊に対抗するための「命を濃く」というセリフも印象的でした。
原作を読み終わったとき「ああ、明日の朝から走りこもうかな」みたいな気持ちになったんですよね。結局、走らなかったんですけど(笑)。映画を観たあとにも「ごはんを食べたくなる」とか、「ちょっと運動したくなる」とか、はたまた「セックスしたくなる」みたいな。そういう、生命力がより輝くほうに行動したくなってもらえると、うれしいと思ってました。
試行錯誤した表現は強い力を持つ
──Blu-rayにはメイキングも収録されますが、恐怖シーンの舞台裏についてもお聞きしたいです。そもそも原作のサユリは少女ですが、映画では少女のサユリと、大きいサユリの2人になってますよね。
少女のサユリだけだと、今までのJホラーとあまり変わらないと思ったので、何かもう少しインパクトを付けたかったんです。もう1つの姿として大きなサユリもいて、なぜ、そういう姿になったのか、その原因が終盤にわかってくる。序盤はサユリが2人に見えると思うので、ミステリーとしての面白さも狙ってました。
──確かにサユリは2人いるのか?とも思えて、いい意味で困惑させられました。
実は大きなサユリを演じてくれたのは、お笑い芸人の久保遥さんという方です。全身の特殊メイクなので、毎日、早朝から準備されていて毎回2、3時間くらい掛けていたと思います。寡黙な大きいサユリとはまったく違うキャラクターで、非常に明るいお茶目な方なんですよ。メイキングではきっとお茶目な久保さんの姿も垣間見えるんじゃないかな。
──あのビジュアルからお茶目な様子はまったく想像が付きません! そのサユリが登場するところですが、監督がもっともこだわった描写はどこでしょうか。
1つは、森田想さん演じる長女の径子が、向かいの部屋から出てくるサユリの手と頭を見てしまう、予告編でも使われているシーン。観る人に違和感を覚えさせて、でもその違和感の原因がなんなのか、すぐにはわからないというのを狙ってました。
──扉の向こうから、まずサユリの手が扉の下のほうから出てきて、そして頭も上のほうから出てくる。人体を考えると、現実的にはあり得ない位置関係になってるシーンですね。
まず出てくる手は、実は大きいサユリの手なんです。でも出てくる頭部は少女のサユリ。それぞれ別々にハイスピードで撮り、スローモーションにして、手前にいる普通のスピードで芝居している森田さんと合成してます。最初、脚立に乗った少女の子役の方に頭を出してもらったんですが、長い髪が物理的に揺らぐんですよね。それが、すごく人間的で。そうならないように、助監督に彼女を肩車してもらって、頭だけが不気味にスライドして出てくるような形にしました。
──肩車ですか! メイキングに映ってますかね。
これはですね。えーっと「あ、今メイキングカメラがあればよかったのに!」と言った記憶があるので、撮ってないと思います(笑)。
──それは残念です。あと個人的に一番驚いたのが、住田(近藤華)の霊体だけが家に来たとき、サユリの霊が徐々に近付いてくるところでした。
近付いて来るにしたがって、巨大化もしてくるという、そこが2つ目ですね。ここは新しい表現を目指したところです。大きくなるのは現場だけでは撮れなくて、のちのちグリーンバックを使ったスタジオ撮影をして、合成してます。近藤さんの目の高さよりカメラを下に構えて、仰ぐようにすることで、歩いて来るときに大きく見えるようにしてます。効果的に大きくなるよう、かなり微妙なところを探りながらの撮影でした。
──なるほど。撮った少女のサユリを編集で加工して大きくしているとかではないんですね。
それはないです。なので、大きく見えるように実際に撮ったという感じです。凝ったシーンはやっぱりそれだけの力が描写にあるので、面白いと思っていただける方は多い。試行錯誤して、たどり着く表現なので、そういうものは本当に表現として強い力を持つなあと、今までの経験でも感じます。
ジェットコースターのように楽しんで
──ソフトの発売を控える今の手応えは?
劇場には若い人もたくさん来ていただいて、スマッシュヒットだったので、達成感はあります。霊と対決して人間が勝つ、あるいはエンタテインメント性のあるホラー。そういうホラーもあるとしっかり認識してもらうと、ホラーへの耐性ができて、もっと興味を持ってくれる人も増えるんじゃないかなと思ってます。自分としては“どシリアス”なホラーも作ってみたいですけど、ユーモアのあるホラーは作り続けていきたいですね。
──最後に発売を楽しみにしている方々にメッセージもお願いします。
実は当初の編集では本編が2時間半ぐらいになったんです。それを圧縮して圧縮して108分にまとめたので、かなりテンポがいいはず。何度も観返すと新しい発見があると思います。観返すほど、お気に入りのシーンが見つけられるんじゃないですかね。初めて観る方は、ただただこの映画に乗っかって、ジェットコースターのように楽しんでいただければ。最後は思ってもなかったような場所に連れていくことができるんじゃないかと思ってます。
──ちなみに監督ご自身のお気に入りのシーンは?
私が一番好きなところは……。住田が最初に登場するとき、廊下を早足でタタタタタッと走っていく、あのカットが一番好きです。まあ一瞬なんですけど(笑)。何度でも観られますので、ぜひご堪能いただければと思います。
プロフィール
白石晃士(シライシコウジ)
1973年6月1日生まれ、福岡県出身。自主制作した「風は吹くだろう」で1999年のPFFアワードの準グランプリを獲得し、2004年に「呪霊 THE MOVIE 黒呪霊」で長編映画監督デビューを果たす。フェイクドキュメンタリー形式のホラー作品を数多く手がけ、主な監督作は「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズ、「ノロイ」「オカルト」「ある優しき殺人者の記録」「貞子vs伽椰子」「オカルトの森へようこそ THE MOVIE」など。2024年には「サユリ」がスマッシュヒットを記録したほか、DMM TVのオリジナルドラマとして手がけた「外道の歌」が配信された。2025年は背筋のホラー小説を実写化した映画「近畿地方のある場所について」の公開を控える。