映画「サユリ」押切蓮介×白石晃士のタッグが送る、“霊に立ち向かう”新カオスJホラー

押切蓮介「サユリ」が実写映画化。監督に「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズ、「ノロイ」「貞子vs伽椰子」などのホラー作品で知られる白石晃士を迎え、8月23日に全国公開される。

「サユリ」は夢のマイホームへと引っ越した神木家を軸に描かれるホラーだ。神木一家は家に棲みつく少女の霊・サユリによって次々と不可解な現象に巻き込まれていき、最終的にほぼ皆殺しの状態に。そんな絶望的な状況の中、中学3年生の長男・則雄の前に現れたのは覚醒したおばあちゃんで……。

コミックナタリーでは映画公開を記念して、押切と白石監督の対談をセッティング。人間がいつも霊にやられてしまうという、Jホラーの概念をぶち壊したかった2人が、映像化に込めた思いを語ってくれた。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 入江達也

映画「サユリ」予告編

ようやく理想的なホラー映画が出てきてくれた

押切蓮介 完成映像を観てまず思いましたけど、やっぱりJホラー作品としては明確に新しいものになっていますよね。

白石晃士 今までの日本にはなかったタイプのホラー作品なんじゃないかな、という手応えはありますね。「キャラクターの立った人間が霊的な存在と本気で対決する」というのをしっかりやりたかったんですよ。そういうクライマックスを持っているホラー作品はそんなにはないと思いますし、あったとしても「こうすれば楽しむ人もいるんでしょ?」くらいのノリを感じてしまうところが自分的にはあって。

押切 ああ、わかるなあ……。

白石 そこを正面からちゃんとやる、っていうのが今回の大きなテーマでした。別にそれも海外だったら当たり前の姿勢なんですけど、日本でそれを本気でやってくれる人はなかなかいないですから。

押切 日本人の感性なのか性格なのか、やられっぱなしでも「仕方ない」で終わっちゃう作品ばかりなんですよね。「なんでもっと戦意を表に出さないのか?」という気持ちがずっとあったんですよ。もちろん殴られて気持ちいいタイプの人は一定数いると思うんで、やられ損で終わる映画がダメだと言うつもりはないんですけど、あまりにもそれ一辺倒じゃないかと。殴られたら殴り返したくなる僕らのような人だって一定数いるわけだから。

押切蓮介

押切蓮介

白石 たまには殴り返しにいくお話があっていいじゃないかと。

押切 ようやく理想的な映画が出てきてくれたという感覚ですね。もしこれが自分の原作じゃなくて全然違う人の作品だったら、めちゃくちゃ悔しい思いをするところでした。実際、そういう悪夢を見たことあるんですよ。まったくの他人が作ったハッピーエンドで終わるJホラーをお客さんの立場として観るっていう夢で、汗びっしょりになって目覚めました。

白石 ぶははは、そこで汗びっしょりになるんだ(笑)。押切さんにとっては、その夢がものすごいホラーだったわけですね。

押切 そうそうそう! しかもそれ、自分と同い年くらいのやつが撮った映画だったんですよ!

白石 うひゃひゃひゃ。夢の話ですよね?(笑)

白石晃士監督

白石晃士監督

押切 でも実際、僕たちと同じような疑問を持っているクリエイターは世の中にいっぱいいるはずだと思うんですよ。

白石 そうですね。今回の「サユリ」を観て、夢の中の押切さんのように汗びっしょりになって悔しがる人が出てきてくれたらうれしいですよね。

押切 超絶うれしいですね! 「本当はこういうものを作りたかった」と思う人は絶対にいるはずだし、「やられた!」と思ってもらえたらそんなにうれしいことはないです。クリエイターに限らず、似たようなパターンのホラーに辟易しているお客さんにもぜひ観ていただきたい。

このマンガを映像化するのは私しかいない

押切 原作の「サユリ」を描いたきっかけについては、もういろんなところで話してきていますけど……。

白石 今回の映画化に関する取材だけでも、相当な回数話してますよね(笑)。

押切 そうそう(笑)。そもそもは、母親と一緒に観ていたホラー映画がありましてね。まあバッドエンドで終わるんですけども、それを観た母親が「負け戦だ」と言うんです。そこで「そうか、この映画の中は“戦”だったんだ」という視点を得て、「そういえば今まで観てきたホラー作品は圧倒的に人間側の負け戦が多かったな」と気づいたんですよね。もちろん観客を怖がらせることが目的なのでそれが正解ではあるんですけど、一度疑問視してしまうとそのことが頭から離れないんですよ。

押切蓮介

押切蓮介

白石 うんうん。

押切 それ以来ずっと「人間がオバケに逆襲する映画が観たい」と思ってたんですけど、いつまで待っても誰も撮ってくれない。自分で作るにしても映画を撮るのは現実的じゃないから、「だったらマンガで描いてしまえ」と考えたのがきっかけですね。なので1本の映画を撮ったぐらいの気持ちで描いた作品です。

白石 最初に原作を読ませていただいたときは、本当に自分向きのマンガだなと思いました。“ホラーの前半、逆襲の後半”みたいな構成が私の「カルト」という作品と重なるのもそうですし、「生命力とそれに根差した暴力をもって霊的な存在に対抗する」という精神性にものすごくシンパシーを感じたんです。「これを映像化するなら、日本では私しかいないでしょう」と思った記憶がありますね。「ほかの人がやっちゃダメでしょ」って。

映画「サユリ」より。

映画「サユリ」より。

映画「サユリ」より。

映画「サユリ」より。

押切 うれしい。単行本のあとがきに「自分の中で一番好きな作品になりました」と書いたんですけど、いまだにそうですから。自分で読み返せるマンガってあんまりないんですけど……まあ1冊で完結するから読みやすいっていうのもありますが(笑)、「こういうのが描けて本当によかった」と心から実感できるのはこの作品だけですね。思い描いていたものを実現できたという意味で“夢が叶った作品”なので、それが映画化までされるというのは本当にうれしいです。

白石 私が特に好きなポイントは、物語の後半で超人的な活躍を見せるおばあちゃんの描かれ方なんです。ただの英雄ではなく、ちょっとダーティなところがあるじゃないですか。決して“善”の人ではないですよね。

押切 そうですね。

白石 教科書的な価値観のヒーローとしてではなく、根源的な生命力の価値を知っている人として出てくるのがすごく好きなんです。自分もそういう思いで作っている作品は多いので。

押切 「家族がみんな霊に殺されて、最終的に主人公とあと1人が生き残ってなんとかする」という話にしたいと思ってたんですけど、そこにカタルシスが欲しかったんで、「もうボケたおばあちゃんが覚醒するしか道はねえな」と。

白石 ははは(笑)。

押切 最初はおばあちゃんが何か霊媒的な力を持っている設定にする案もあったんですけど、そうじゃない普通の人が……まあ、あのおばあちゃんもちょっと普通じゃない感じはするんだけど(笑)、あくまでそういう特殊能力を持たない人が、現実的な日常の範囲内でオバケに対抗する方法というのをずっと試行錯誤してたんです。その中で……あのおばあちゃんが言ってることって、全部僕が母親から言われて育ったことなんですよ。

白石 「内であることは外でもあるから、部屋はキレイにしておきなさい」とか?

白石晃士監督

白石晃士監督

押切 そうです。「内での行いが全部外に表れるんだ」と。「お父さんとケンカしたら上司と仲が悪くなるし、お母さんとケンカしたら恋人とうまくいかなくなる」みたいな、ずっとそういうことを言われ続けてきたんです。その思想が生命力となって、オバケにも打ち勝つことができるんじゃないかなという発想でしたね。

白石 個人的に、あのおばあちゃんの覚醒シーンにちょっと近いものを感じるのが「少林サッカー」なんですよ。みんなが一斉に眠っていた力に目覚める瞬間があるじゃないですか。

押切 ありますね(笑)。

白石 あの瞬間がめちゃくちゃ泣けるんです。今回の映画でもああいう……まあ、ああいうコメディ演出にはできないですけど(笑)、あれに近い感触を味わえるものにできたらいいなとは思ってましたね。

押切 おばあちゃんの覚醒シーンは、実際にウルっと来ましたもん。絶対に頼りないと思っていた人が一番頼りがいのある人に変貌するっていうのが、めちゃくちゃ勇気づけられるんですよね。

押切蓮介と白石晃士は両思い

押切 白石監督のことはもちろん昔から知ってましたし、意識もしてたんですよ。というか普通にファンです。「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズとか、全部DVD持ってますから。

白石 よかったらBlu-ray BOXもぜひ(笑)。映像特典でスピンオフとかも入ってますんで。

押切 わかりました(笑)。なので「白石監督が『サユリ』を映画化したいと言っている」という話が来たときは、もしそれが実現できたら願ったり叶ったりだなと。クラスで一番好きな子と付き合えたぐらいの喜びがありました。「マジで? あの子も俺のこと好きだったの?」みたいな。

白石 「両思いじゃねえか」と(笑)。もちろんこちらとしても、原作の「サユリ」で面白いと感じた部分は全部自分がシンパシーを覚えたポイントでもあったので、「その印象を映像化するんだ!」という思いがまずありました。そのうえで、実写作品として耐えうるリアリズムを担保するために、サユリが引きこもりになってしまった原因を深掘りする必要があると考えました。

映画「サユリ」より。

映画「サユリ」より。

映画「サユリ」より。

映画「サユリ」より。

押切 原作には描かれていない、サユリがあんなふうになってしまった背景をすごく丁寧に描いてくれて。僕としては「たぶん思春期をこじらせた女なんだろう」くらいの雰囲気で描いてたんですけど(笑)、「こういう手もあったか!」と思いました。

白石 マンガではそこがふわっとしていてもいいんですけど、実写の場合はそこまでしっかり見せたほうがいいんですよ。

押切 観てるほうも「なんで?」って思うでしょうしね。サユリがオバケになった理由がハッキリして、すごく納得できるものになっていたので非常によかったです。映像化に際してああいうアレンジをしてもらうの、僕はすごくうれしいタイプなんですよ。読者もマンガで感じたモヤモヤを映画で解消できると思いますし、そこはありがとうございます。

白石 いやいや。あとはアレンジの話で言うと、脚本段階で押切さんと「どういうふうにさらに面白くしようか」という話をした中で、霊的な存在と戦う手段としてカンフーを挙げてくださって。

押切 言いましたね。

白石 それを受けて、カンフーだと作品のテイストとちょっと合わないかもしれない、太極拳だったら生命力や気の力と通じているので面白いのではという話をして、そういう方向で脚本を書き直したということがありましたね。

押切 太極拳だったら一般のお年寄りも普通にやってますし、則雄のおばあちゃんがたまたまやっていても不自然じゃないですからね。