カネコアヤノが語る「全裸監督」|出会いで変わる、感性が広がる。伝説のAV監督・村西とおるの意地と爆発力

感性が広がる瞬間

──5話ではついに村西と森田望智さん演じる恵美(のちの黒木香)が出会います。2人は「SMぽいの好き」という作品で、AVとして異例の大ヒットを生み出しました。

サファイア映像の事務所を初めて訪れた恵美。

村西の包容力がすごいなと思ったのが、恵美が初めて事務所を訪れるシーンです。AVという自分がまったく知らない文化に飛び込んでいく、そこに触れる瞬間。恵美の感性が広がる場面だなと思って、泣けました。それまでもっとも近くにいる肉親との間に超分厚い壁があった人が、初対面の人に「素手でご飯食べていい」とか、「手は洗わなくていい」とか言われて、素手でコロッケを頬張る。あの受け入れられ方をしたら、監督にぞっこんになるし、感性も広がってしまいますよね。すごく好きなシーンです。撮影前の「抱きしめてほしい」って言う瞬間も感動的でした。恵美はお母さんからのというより、人からの愛情が欠けてるじゃないですか。だから村西は抱きしめる。人肌って最強だな、って思うんですよね。

──人肌は安心しますよね。

本当に。小さい頃にお腹痛いときとか、お母さんのところに行って、手をお腹に当ててもらうだけで治るんですよ。胃薬とかよりも、それが一番効くなってずっと思ってて。このシーンはすごくわかりますよね。人がそこにいる、横にいるだけでとても安心してしまいます。

──「祝日」の「お腹が痛くなったら 手当てをしてあげる」という歌詞を思い出しました。カネコさんご自身には、感性が広がった瞬間ってありますか?

私は大学に入ったとき……かな。高校が厳しいところで、朝は校門に先生が10人くらい並んでいて校則から外れている人がいないかチェック、スカートの丈はひざより下、髪なんて染めたら全部切られるし、男の子が腰パンしてたらスズランテープでベルトさせられるような学校でした。すごい違和感の中で過ごした3年間でした。でも大学に入ったら、周りに音楽をやってる人がいっぱいいた。深夜まで遊んだり、すごい汚い部屋で鍋を食べたり、初めて授業をサボったり。普通の学生なんですけど、好きなことをして生きてる人が同じ年齢でたくさんいるのが素晴らしいな、優しい時間だなって思いましたね。私がこのシーンに自分の記憶を重ねるなら、あの時間です。

──恵美の「本当の自分でいたくなった」「ありのままでいたい」という感情には共感できますか?

女優・黒木香のトレードマークとなる脇毛を初めて村西(右)に見せる恵美(左)。

形は違えど、みんなあるんじゃないですかね。私が「なんで音楽をやってるのか」につながりますけど、AV女優も音楽活動も一部の人からしたら笑われることじゃないですか。でもそんなのは知らない。私の場合はしゃべったり、自分の気持ちを伝えたりするのが苦手だから曲にしようって決めました。だから恵美が行き場のない気持ちを性にぶつけようってなるのと一緒かな、と思ったり。「黒木香」という名前を付けられる瞬間もいいですよね。「好きな色はなんだ?」「黒」「じゃあ今日から君は黒木香だ」っていう(笑)。黒木さんは迷いがないし、自己主張のため、自分を守るために脇毛をそらないのもかっこいい。

──そして黒木香のデビュー作「SMぽいの好き」の撮影が始まります。地上波で絶対に見られないハードな描写でした。

あのホラ貝を使うアイデアには爆笑しちゃいました。モザイクがあるなら、音で想像させるって発想が素晴らしいですよね。そして黒木さんも言われた通りに、ちゃんと3回吹くし、撮影が終わって暴走が止まらないのもすごい(笑)。

自分にはこの術しかない

──サファイア映像のメンバーで誰が好きでしたか?

パーティで札束をバラ撒く直前、興奮した様子のトシ。

私、(満島真之介演じる)トシが好きなんですよ。ちょっと適当でおっさん(村西)に対する愛だけがあって「あとはなんでもいいから金を集めろ」みたいな。でもトシがいたからこそ、サファイア映像が成り立ってる部分はありましたよね。

──村西が「ハワイへ行く」と言ったときも、トシは「好きなようにやりゃいいんだよ」と無条件で賛同していました。

川田は会社の将来を考えて切羽詰まってるのに、トシは「おっさんを信じろよ!」っていう適当さで(笑)。それは村西への信頼でしかなくて、すごく愛おしいキャラクターでした。

──カネコさんは川田のような参謀キャラと、トシのように手放しで信頼してくれる存在のどちらに近くにいてほしいですか?

サファイア映像の中心メンバーである(左から)トシ、村西、川田。

うーん、でも2人いるからこそですよね。たぶんトシのようにイエスマンだけだとダメになるし、川田のように「今の君はけっこうやばい」と言ってくれる人がいないとバランスが取れない気がします。だから選べない。「お前のこと信頼してるから」と言ってくれる人だけが近くにいるのは不安です。かと言って、現実的なことだけを言われるのもめっちゃ腹立ちます(笑)。

──実際にご自身の周りを見渡してみると?

えー! 半分ぐらいかな。私も含めみんなが時と場合で川田にもなるし、トシにもなる。例えばライブのときは、みんなトシ(笑)。でも私がちょっと間違ったり、おかしな行動してたりすると、「今のはひどいよ」とちゃんと言ってくれます。根本的な部分ですけど、もし私の音楽をやってる理由が変わっていってしまったときに「お前それでいいのか?」とみんな言ってくれるんじゃないかな、とは信じてます。喧嘩することもあるんですけど、誰かを引き止めたり、怒ったりするのも愛でしかない。私はバンドメンバーがおかしなこと言ったら川田モード、でも普段は一番適当なトシ(笑)。川田は後半、ずっと怒ってるけど、それは監督への愛だし、その才能を信じてるからだと思います。

──ドラマでは、80年代文化やバブルの雰囲気、昭和の風俗が頻繁に登場しました。カネコさんの目から見て、何か新鮮に映ったものはありましたか?

ボディコンを着た女性たちが“ジュリ扇”と呼ばれるカラフルな扇子を持つパーティシーンより。

ちょっとしたお祝い、パーティにすごいお金の使い方をするなって思いました。札束がいっぱい出てくるし、金で物を言わせる、お金でどうにかなってた時代(笑)。池沢が北大神田書店を買収しようとするときも3億円を出してくるし、村西も女優を引き抜くために札束を積んでいく。黒木さんがタレントとしてテレビにいっぱい出ていたのも驚きだし、AV監督がパンツ一丁でテレビに出るって今だったら考えられないじゃないですか。とにかくこれがバブルか、と思いました。

──バブルの匂いは、若い世代からするとやはり新鮮ですよね。では最後に、何か言い残したことがあれば教えてください。

自分が言うのもなんですけど、特に同世代の人に観てほしい。自分がやりたいことを押し通す、どうしても続けるみたいなことに美学がある人が最近は少ない気がしてて。誰かと一緒になって何かをすることに否定的だったり、冷めてたりする部分ってあるじゃないですか。何かを信じる力、信じ合うこと、お互いの愛を信じること、ダチ!みたいな。もちろんバブルは今よりお金があるから状況が違うってことはあるんですけど、「今だからこそ意地でもやったるぞ!」ってなったら、これから面白くなるんじゃないかなと思います。

──監督、キャストの方々は「今の時代だからこそ村西とおるの姿に勇気付けられた」と語っていました。

ああ、本当にそうだと思います。やりたいことをやるために「意地でもやったるぞ」「俺は絶対にやめねえからな」と必死に周りにあらがっていく。それでいいんだよな、って思います。村西さんの姿を見て「俺もなんかやりてー」と思っても間違いじゃないと思う。私は音楽が生きるため、何かを伝えるための術だっただけで、それが写真でもヘアメイクでも絵でもサラリーマンでも、なんでもいい。自分にはこの術しかない、というのをそれぞれが見つけられたら、口をそろえて悪口を言ったり、揚げ足を取ったりしないような、もうちょっといい世の中になるのかもしれないですね。

カネコアヤノ
Netflixオリジナルシリーズ「全裸監督」全8話
全世界で独占配信中
ストーリー

1980年、英語教材のセールスマンとして働く村西とおるは、丁寧な口調で押しまくる強引なトークで売り上げトップにのし上がる。しかし、会社は倒産。妻の浮気現場を目撃し、失意の中にいた村西は、あるとき酒場でチンピラのトシと知り合う。ビニール袋に入ったアダルト雑誌、通称「ビニ本」のマーケットの存在を知った村西は、そこに勝機を見出し、出版社社長・川田の協力を得て、ビニ本の流通販売会社を設立。強引かつ大胆な手腕で、たちまち業界の風雲児となるが、商売敵と警察の暗躍で逮捕されてしまう。ようやく出所すると、世の中はアダルトビデオの時代になっていた。村西は仲間とともに黎明期のAV業界に殴り込むが、再び商売敵の嫌がらせですべての女優に出演を断られるという窮地に。そこへ、厳格な母のもとで本来の自分を押し込めていた女子大生の恵美が現れる。2人の出会いはやがて、AV業界のみならず、社会の常識をも根底からひっくり返していく。

スタッフ / キャスト

総監督:武正晴

監督:河合勇人、内田英治

原作:本橋信宏「全裸監督 村西とおる伝」(太田出版)

脚本:山田能龍、内田英治、仁志光佑、山田佳奈

出演:山田孝之、満島真之介、森田望智、柄本時生、伊藤沙莉、冨手麻妙、後藤剛範、吉田鋼太郎、板尾創路、余貴美子、小雪、國村隼、玉山鉄二、リリー・フランキー、石橋凌ほか

カネコアヤノ
弾き語りとバンド形態でライブ活動を展開するシンガーソングライター。2016年4月に「hug」を発表したのち、同年12月発表のCD「さよーならあなた」、2017年4月発表のCD「ひかれあい」で大胆なバンドサウンドを打ち出し注目を集める。2017年9月には初のアナログ作品「群れたち」、2018年4月にはアルバム「祝祭」をリリース。2019年に入ってからも1月に7インチ「明け方/布と皮膚」、4月にはシングル「愛のままを/セゾン」を次々に発表。そして9月18日に約1年半ぶりとなるニューアルバム「燦々(さんさん)」の発売を控えている。主題歌「光の方へ」を書き下ろした映画「わたしは光をにぎっている」は、11月15日より全国ロードショー。
カネコアヤノ「燦々」
2019年9月18日発売 / 1994
カネコアヤノ「燦々」初回限定盤

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