作品を進化させる、遺伝子工学的なメソッド
──先ほど話に出たクライマックスですが、超高速の戦闘シーンと、ミンメイの歌唱シーンが交互にカットバックされていきます。ここは板野さんと密にディスカッションをされたのでは?
ディスカッションというよりは、戦闘シーンは板野さんを信頼していますから、「あとは編集と音楽の入れ方でなんとかなるから大丈夫です」という言い方でしたね。自分としてはのびのび作ってほしいと思ったんですが、その当時はうまい言葉がなくって……なにせ、監督のメソッドがなかったので(笑)。
──ちなみに「愛おぼ」の際には、スタッフさんにはどのようにシーンの説明をされていたんですか?
画にしてしまうことですね。画コンテ、そしてイメージボードは相当な量を描きました。とにかくテレビの画作りよりスケールを大きくするには、スタッフには画で説明するしかないと考えていました。ただ、画コンテはあくまで設計図なんです。意図を説明するものですから、「このとおり描いてくださいね」ではなくて、「これを上回ってほしい」なんです(笑)。映像の世界ではよく「脚本や画コンテは作品の設計図」という話を聞きますが、僕は設計図にも2種類あると思ったんですよ。
──種類があるんですか?
僕が「愛おぼ」のずっとあとになって考えたことですけどね。機械工学的な設計図と遺伝子工学的な設計図です。機械工学的な場合は図の通り作らないと、ものは動きません。けれど、遺伝子工学的なものなら、柔軟性がある。
──生物は環境に適応して進化する、みたいなことですかね……。
そういうことです。機械だったら1mmずれただけで動かないのに、生物なら多少の「ずれ」が許される。スタッフが自由に考えた「ずれ」によって、新たな進化をする。だから生物のような設計をしたいと思ったんです。意図さえ変更されなければ、それぞれが違うパートを仕上げてきても、編集で合体変形できるだろう、と(笑)。これが先ほどお話しした「演出をデザイン」することなんですね。自分が変形合体を得意としているが故の「デザイン論」を持ち込んだわけです。
──河森さん流のメソッドでいけば、監督には編集力が求められる。
問われますね。ただ編集力にも2種類あって、カット対カットでそれを気持ちよくつなぐ力と、全体の構成を組み立てる力。僕は後者を頼りに考えました。
──「愛おぼ」の構成で、どういうことを重視しましたか?
そもそもテレビ版は、自分の中で「まねをしないこと」を徹底していたんです。他作品でうまくいっている手をほとんど封印したんですね。パンは3回しないとか、キャラのカットインを避けるとか……封印してみたら、まあ手間が掛かることがわかるんですよ(笑)。でも、実際に独自の方法でやってみないと、何が成功で、何が失敗なのかがわからない。
──そこで成功例がわかったわけですね。
映画はもともと難しいものだと認識していたので、テレビでうまくいった手をメインに使おう、と。ただし歌と戦闘の両方を描き、その戦闘中にも三角関係のドラマが進むという構成に関しては、おそらく過去に例のない映画だから……という組み立てでした。
「愛・おぼえていますか」を聴いて、すべてが解決した
──そのうちの1つ、歌の存在ですが、太古の人々に流行った“当たり前のラブソング”が発掘されて、それが地球を救う武器になる……というアイデアは、どこから来たものなのでしょうか。
やはり劇場でかけるには、ハリウッド映画との徹底的な差別化をしたいと思ったんですよ。戦闘シーンに勇壮な音楽をかけるロジックと一線を画すにはどうしたらいいか、と考えたときに、ミンメイの設定も考えたらラブソングだろう、と。しかもごく当たり前のラブソングが戦いを止めるということなら、戦意高揚のプロパガンダではなく、「文化が解決する」という物語になるだろう……という流れですね。
──その重要になる歌「愛・おぼえていますか」は作詞・安井かずみさん、作曲・加藤和彦さんという、当時の歌謡曲におけるゴールデンコンビに発注されますが、どのように頼まれたんですか?
そうですね、50万年続いている大宇宙戦争があって……と大まかなストーリーを説明して、その中で「過去の記憶が連綿と伝わっているような感じが出たら」と伝えました。そこで送られてきたのが「愛・おぼえていますか」ですから、「こりゃすごい」しかありませんでしたね(笑)。
──とはいえメロディはともかく、歌詞の部分も安井さんに委ねられたのは、なかなか勇気のいることじゃないかと思ったんですが。
でも概要は伝えているわけで、どんなワードを使うのか、お任せしているだけなので……。先ほどの遺伝子工学的な理論と同じですよ(笑)。達成目標の遺伝子を渡して、受け取った回答をどう使うか、という。
──なるほど! では、この歌ができたことで、クライマックスの演出が変わったところはあったのでしょうか。
そうですね、クライマックスあたりに至っては、もう本当にほぼ白紙の状態だったんです。コンテもシナリオも、どうやっても尺が縮まらなくて悩んでいたんですよ。実は中盤以降、何度も何度もストーリーを分岐させては悩み、ということを繰り返していたんです。捨てた要素も相当ありますから。そんなところで曲を聴いて、ミンメイの振り付け動作を撮影しているときに、画がひらめいたんです。輝がミンメイに歌を歌うよう説得するクローズドなシーンから、一気に宇宙空間へ舞台が転換し、ミンメイが歌う。その目前では大戦争が起こっている……という形が思い浮かんだんです。
──まさに舞台劇的な演出を感じたシーンです。
このままだと普通のSF作品になっちゃう、普通の戦争ものになっちゃう、と焦っていたところにあの曲が現れたので、本当に助かりました。
「やっちゃえ感」が生んだリン・ミンメイ、そして「愛おぼ」
──飯島真理さんの歌も透明感があって、ミンメイのキャラクターと一体化して強烈に焼き付いています。「マクロス」が今でも愛されているのは、愛らしいキャラクターが理由の1つだと思うんです。
キャストさんたちの演技の力に加えて、作画の力も大きいですよね。美樹本(晴彦=キャラクターデザイン・作画監督)くんや、平野(俊弘=作画監督)さんも含め、表情まで細やかに表現できる方たちだったので。特に劇場版では、記号的な表情ではなく、ストーリーの中でキャラが何を考えているかというニュアンスまで拾ってもらえたから、大画面でも画が持つし、セリフを減らしても大丈夫だったんですよね。
──わかります。今でも「ミンメイがいいか、未沙がいいか」という論争があるくらいですから……。
考えてみると、大元は美樹本くんがテレビ版のときに、中華料理店でマイクを持って歌っているチャイナドレスの女の子を描いてくれたが故に、このストーリーが生まれたんですから、不思議ですよね。
──それも、独自の遺伝子工学的なメソッドだからこそ、だと思います。
あとは若かったことも大きいのかな。テレビ版が21~22歳、劇場版が23~24歳でしたから。しかも自分たちが現場の経験をろくに持っていないから、どれだけ大変かも知らずに「このチャイナドレスの子を歌手にしちゃおう!」って決めてしまったわけですからね(笑)。
──そういう「やっちゃえ感」が作品を面白くするところがあると思うんですけれどね。
僕もそう思いますよ。日本全体においても「やっちゃえ感」が少なくなってきていることが、落ち込んでいる1つの要因だと感じることがありますし。もちろん「やっちゃえ」だけでは大変なことも起こりますが、作品作りにおいてはそういった冒険も必要だと思います。
──そう考えると、河森さんの遺伝子工学的なメソッドは、とても創造的なマネジメントとして有効ですよね。
ただ、ここまでお話ししてきたことは、ずいぶんあとになってから明文化できたことなんですよ。劇場版のときには、こんなこと言えなかった(笑)。ただ、指示を外れてはいけないものと、設計図から飛躍して考えることで世界が広がるもの、その目的を混同しなければ、有用だと思います。1人ひとりの多様性、あとは生物まで含めた多様性とかって考えていくと、自由な発想をするべき場面はたくさんあるはずなので。
──今度の大阪万博でプロデューサーを務められる、生物の多様性を考えるシグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」にもつながるお話ですね。これはどのようなパビリオンなのでしょう。
XR(クロスリアリティ)という、VRとパススルーカメラを使って30人で現実と仮想空間の間を行き来しつつ同時に冒険できる「超時空シアター」をデザインしています。主観と客観を行ったり来たりしながら、いのちの流れを表現するという、自分としてもまったく新しいチャレンジだったので、お越しの際はぜひ体験していただきたいですね。
──最後に、今回の「4K ULTRA HD ver.」を劇場でご覧になる方に、一言メッセージをお願いします。
「愛おぼ」をご覧になってきた方には、劇場で初めて観たときの感覚が40年を超えてよみがえる体験ができると思います。まだ観たことのない、おそらく自分を含めた当時のスタッフと同じように若い皆さんには、手描きでどこまでできるのかという挑戦も含めて、歌と映像が怒涛のように絡み合っていく体験になるので、そういう「デカルチャー」を感じていただきたいと思います!
プロフィール
河森正治(カワモリショウジ)
1960年2月20日生まれ、富山県出身。大学在学中からメカデザイナーとして活動し、1982年、テレビアニメ「超時空要塞マクロス」では主役メカであるVF-1バルキリーをデザインしたほか、設定監修、脚本、絵コンテで参加。1984年、その劇場版「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」で監督デビューし、現在も続く「マクロス」シリーズに携わり続ける。そのほかメカデザイナーとして「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」「エウレカセブン」シリーズ、原作者・監督として「アクエリオン」シリーズなど数多くの作品を手がけた。また、工業製品や広告モデルのデザイン、イベントの展示演出などマルチに活躍し、総合的な役職として「ビジョンクリエイター」を名乗る。2025年の大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを担う。