画家・富山妙子をめぐるドキュメンタリー映画「自由光州」「はじけ鳳仙花」リバイバル上映

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リバイバル上映企画「画家 富山妙子と2本のドキュメンタリー映画」が、明日4月26日から東京・ポレポレ東中野で開催される。本イベントでは画家・富山妙子と2人の映画監督によって作られた映像作品がHDデジタルリマスター化され、スクリーンにかけられる。

「画家 富山妙子と2本のドキュメンタリー映画」ポスタービジュアル

「画家 富山妙子と2本のドキュメンタリー映画」ポスタービジュアル

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富山は1921年に兵庫・神戸市で生まれ、子供時代を旧満州国の大連とハルビンで過ごした。第2次世界大戦後は炭鉱、第三世界、韓国、戦争責任をテーマに油彩や版画を製作し、2021年、老衰のため99歳で死去。2024年には第8回横浜トリエンナーレで作品が展示された。

「自由光州 ―1980年 5月―」場面写真

「自由光州 ―1980年 5月―」場面写真[拡大]

「自由光州 ―1980年 5月―」場面写真

「自由光州 ―1980年 5月―」場面写真[拡大]

今回ラインナップされたのは、1980年代に映画製作会社・幻燈社が手がけた「自由光州 ―1980年 5月―」「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」の2本。「自由光州 ―1980年 5月―」は、1980年に韓国で起こった光州事件の直後、富山が制作した作品を中心に構成された映画だ。事件に対して富山は即座に反応し、版画作品「倒れた者への祈祷 1980年5月・光州」で巡回展を実行した。その思いが映画プロデューサー・監督の前田勝弘を動かし、1981年に映像作品として発表された。音楽は作曲家・ピアニストの高橋悠治が音楽を手がけた担った。

「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」場面写真

「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」場面写真[拡大]

「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」場面写真

「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」場面写真[拡大]

「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」は、富山の心から生涯消えることのなかった朝鮮人強制連行をモチーフにしたリトグラフ「引き裂かれた者たち」と自伝的論集「はじけ!鳳仙花―美と生への問い」をめぐる作品。水俣病に関連する映画を数多く監督した土本典昭が、富山が持つ“暗いリトグラフと美しい世界の両立”に迫った。本作はリトグラフそのものの魅力を映し出すとともに、土本と富山のやり取りに焦点を当てている。

上映期間中は関係者による舞台挨拶、トークイベントも行われる。今回の企画のプロデューサーであり、幻燈社の社員であった小松原時夫は上映にあたって「表層を捉えるのでなく、今を生きる私たちに問いかけてくる“力”を感じ取っていただきたいと思います」とコメントした。

リバイバル上映企画「画家 富山妙子と2本のドキュメンタリー映画」予告編

画家 富山妙子と2本のドキュメンタリー映画

2025年4月26日(土)~未定 東京都 ポレポレ東中野
<上映作品>
「自由光州 ―1980年 5月―」
「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」

トークイベント“筑豊炭鉱と富山妙子”

2025年4月26日(土)11:50の回上映後
<登壇者>
岡村幸宣(原爆の図 丸木美術館 学芸員・専務理事) / 小松原時夫(本作配給)

トークイベント“富山妙子 なぜ、世界で今 再評価されているのか ―韓国・延世大で展覧会を共催した経験を踏まえて―”

2025年4月27日(日)11:50の回上映後
<登壇者>
真鍋祐子(東京大学東洋文化研究所教授) / 小松原時夫(本作配給)

トークイベント“本作、制作当時の幻燈社と監督前田勝弘”

2025年4月29日(火・祝)11:50の回上映後
<登壇者>
杉本信昭(映画監督) / 小松原時夫(本作配給)

トークイベント“横浜美術館と富山妙子の出会い、そしてこれから”

2025年5月3日(土)11:50の回上映後
<登壇者>
日比野民蓉(横浜美術館学芸員) / 小松原時夫(本作配給)

舞台挨拶

2025年5月4日(日)11:50の回上映後
<登壇者>
小松原時夫(本作配給)

トークイベント“光州という文脈から考える富山妙子”

2025年5月5日(月・祝)11:50の回上映後
<登壇者>
山本浩貴(文化研究者、実践女子大学文学部美学美術史学科准教授) / 小松原時夫(本作配給)

小松原時夫 コメント

今回、「自由光州 ―1980年 5月―」と「はじけ鳳仙花―わが筑豊わが朝鮮―」、この2作品をHDデジタルリマスターにして上映する経緯をご説明します。
幻燈社とは1970年代後半に前田勝弘プロデューサーと東陽一監督が立ち上げた独立プロダクションです。
私は、1980年中頃まで社員でおりました。幻燈社は東監督の作品を8本、他にも数本の劇映画やドキュメンタリー映画を製作しています。
特にドキュメンタリー映画は、今のように、上映する映画館もなく、公会堂や市民会館での上映と16mmプリントの販売が主な収入源でした。2作品とも完成後、数回の上映のみでいつしか忘れさられていったと言うのが現状です。
当時の独立プロで映画を作り続けるのは、経済的に難しく困難を極めました。
前田は、映画製作で作った借金に苦しむ中、1997年硬膜下血腫で倒れ療養に励んでおりましたが2003年に亡くなりました。享年63。
生前の前田は、「映画を作ったら多くの人に見てもらいたい。そしてその映画を肴にして酒を飲む。それが一番、作り手として幸せだ。」と言っていました。
私は、前田からこの2本の映画を託され、いつか劇場公開することを考えていました。
幻燈社の社員でいた頃は20代でした。その私も70歳になります。そこで、デジタルリマスター版を製作して公開することを決意した次第です。
1980年代は、前田勝弘40代、土本典昭50代、富山妙子60代です。
共に考え、時代を切り取った秀作のドキュメンタリー映画です。
表層を捉えるのでなく、今を生きる私たちに問いかけてくる“力”を感じ取っていただきたいと思います。
ぜひ劇場でご覧ください。

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読者の反応

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Hoffman Nickisha @DartanianS54174

@eiga_natalie 兄貴が最近ハマったネットパーソナリティ @haharrystk
面白い考え方で、多くのことを教えてくれるって、
夏休み中に家族みんなで旅行すると兄貴が計画しています。
楽しみだね〜

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