トリトンやアリオンに感じた“ムズムズ”を表現したら両性具有に
──「ドゥルアンキ」は「太古の世界。英知を用いて新たな神話を築いてゆく」とキャッチコピーにあるように、神話を描く物語です。主人公のウスムガルは、最初に「神でも人間でも 男でも女でもない」と両性具有であることが明かされます。
僕が小学校とか中学校の頃って、「海のトリトン」とか「アリオン」とか「ピグマリオ」とか神話を題材に少年たちが活躍するお話がいくつかあって、けっこうヒットしていたんですよ。一番メジャーなのは「聖闘士星矢」かなあ。その一連の流れが絶えて久しいのでやりたいなと思っていて。
──どれもギリシャ神話がモチーフですね。
それと共通しているのが、主人公の男の子たちが色っぽいこと。聖衣(クロス)は違うけど、「トリトン」も「アリオン」もミニスカートっぽいものを履いて、健康的な太ももを出した男の子が活躍してる。「トリトン」を読んだりアニメで観てたりした当時僕は小学生でしたが、男子でも観ながらムズムズする感じがあるんですよ。作っている富野さん(アニメ「海のトリトン」の監督は富野喜幸、現:由悠季)はそんなこと全然予想してなかったかもしれませんが(笑)。そうやって僕くらいの年齢の子は男子も女子もムズムズしながら楽しんでいるところがあった。そういう性別が揺らいだ存在は、今は棲み分けがはっきりしてきたのか男子の好みは“男の娘”とか、女子の好みはショタとか女装男子とかになって、ラノベとか乙女ゲーとかの文化に吸収されちゃったのかなと。
──トリトンやアリオンに感じた“ムズムズ”を、三浦さんが今表現すると両性具有に。
ええ、両性を兼ね揃えた存在になっちゃいましたね。現代の若者の感覚はわからないんですが、「おじさんが楽しんだものは面白かったよ!」と届けたい気持ちがあるんです。ファッションとかもそうじゃないですか。僕の目から見ると、今のファッションってチェッカーズとか吉川晃司とかの頃に流行ってたものっぽいんですよ(笑)。
──80年代風のファッション、流行ってますよね。
「あれ、若い子がジーパンを上まで上げて裾をズボンに入れてる? ダサいって言われてた時代もあったのに」みたいな(笑)。マンガも同じで、昔流行ってて面白かったものを掘り返して届ければ、きっと面白いって言ってくれるんじゃないかと。そしたら、僕みたいなおじさんたちも若者と一緒に楽しみを共有できる。それに、アンドロギュヌス(両性具有)は今の世の中に合っている気もするんです。「アナと雪の女王」あたりから「マッドマックス 怒りのデス・ロード」とか、自分の意志をはっきりさせる強い女性が描かれた作品は途切れずにあって、もうスタンダードになってきました。そろそろ次の流れが出てくるんじゃないかと思っていて、それに一石を投じられるかも、と。
──ウスムガルは男性と女性、どちらと恋に落ちるんでしょう?
そこなんです! アンドロギュヌスの主人公を描くにあたり、そこもちゃんとやりたいことです。アンドロギュヌスは美しく描くと女性性のほうが強く出て、男性と恋に落ちることが多い。もちろん全部ではありませんが。ただアンドロギュヌスをやり尽くそうと思うと、男との恋も女との恋も描かざるを得ないんです。それをやってこそのアンドロギュヌスだと思うので。
──ということは、「ドゥルアンキ」では恋愛が重要なテーマになる?
それもあります。このアンドロギュヌスを主人公に選んだ時点で、ちゃんと恋愛は描かなきゃと。「ベルセルク」でもまだちゃんと描けてないので、ちょっと自信がなくてビビってるところもあります。
──え、ガッツとキャスカの関係は……?
あの2人はああ見えて、恋愛に至る前の段階が永遠に続いているようなものなので(笑)。
最初の案は異世界タイムスリップだった
──恋愛も描くとのことですが、やはり神話もテーマに?
はい。神話のキャラクターをどう料理するかというのは考えたところです。
──先ほどギリシャ神話がお話に出ましたが、主人公の“ウスムガル”という名は、メソポタミア神話に登場する龍ですね。
「ドゥルアンキ」はアナトリアが舞台のお話なんです。アナトリアというのは小アジアと呼ばれる、ヨーロッパとアジアのちょうど真ん中の地方。
──だからメソポタミア神話のワードも、“オリュンポス”や“パン”といったギリシャ神話のワードも出てくるんですね。
そうです。ウスムくんの時代は、ギリシャ神話の時代。メソポタミア、シュメールの神話はこの世界では古い神話に当たるんです。一口に神話と言っても面白いことに、1つの神話と1つの神話に何百年も差があったりするんですよ。それに神話を描くにあたり、「神様ってなんじゃらほい」っていうのをちょっと真面目に考えてみたんです。例えばイナンナって神様がいるんですが。
──シュメール神話の女神で、姉のエレシュキガルの治める冥界に降りていった「イナンナの冥界下り」というエピソードが知られていますね。
そうそう。イナンナって、要は最初に生まれたセクシーキャラクターなんです(笑)。人類の初期の神様だからいろんな役割が付与されていて、戦闘もするしセクシーおねーちゃんでもあり、豊穣を司ってもいる。イナンナはメソポタミア神話になるとイシュタルという名でセクシーさと戦いを司る部分が増し、ギリシャ神話のアフロディテ、ローマ神話のヴィーナスになると能力をセクシーさにドーンと振る。
──時代や地域が変わると神様の名前が変わり、役割もいろんな側面が強調されていく。
はい、キャラクターは変容していくんですが、本質的なことは残っていく。例えば仮面ライダーやウルトラマンが時代に沿ってどんどん増えていくのと近い。人間ってやってることが昔から変わんないんですよ。「ドゥルアンキ」ではそうやって神様の流れを追っていきたいし、そこにウスムくんが絡んでくることで今までの神話ものとは違うものができるなと。
──「ドゥルアンキ」は実在の神話を描いていくんですか?
神話のエピソードやキャラクターはそのままやって、でも時代がちょっと離れているエピソード同士もくっつけたり。正確に全部描くのではなく、半分フィクション、半分本当くらいの世界を描ければと思っています。史実としても面白いエピソードがある時代なので、歴史ものと神話ものとしても合体できる。
──なるほど、例えば日本でも最古の歴史書とされる古事記がそうであるように、神話時代と歴史時代の境目は曖昧です。創作の余地が多分にあって面白そうですね。
でしょう? 実は構想の段階では、現代の子が神話時代にタイムスリップするという設定で考えていたんです。でもそうこう考えているうちに、世の中に異世界転生ものが溢れかえってきた(笑)。これだといっぱいあるうちの1つになっちゃうと思って、構成を全部作り替えました。だから「ドゥルアンキ」は神話と歴史ものとして直球で描けたらと。
──確かに、神話にタイムスリップだとほぼ異世界ものですからね。タイムスリップものから神話と歴史ものに作り変えたことで、何が一番変わりましたか?
一番かどうかはわからないんですが、タイムスリップや異世界転生ものだと、“主人公が現代の知識で活躍する”という話にならざるを得ないんですよ。僕もそうしようと思いましたし。だけど今やったらちょっと白けられちゃうかなと。だからウスムくんも知識とか知恵で活躍する主人公なんですが、現代の知識をそのまま流用するのではなく、ウスムくん本人が何かすごいアイデアを思い付かなければいけない。技術や装置を思い付くにも、なぜこのアイデアが出てきたのか流れをちゃんと描く必要があるんです。“未知のものを思い付く”ということ自体がちゃんとしたエンターテインメントになる、そこが醍醐味になるのかなと思っています。
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描き込みはねえ、もう病気です