「横浜ダンスコレクション2019」 エラ・ホチルド(振付家)×大巻伸嗣(現代美術家)「Futuristic Space」|人間は退化しているのではないか? 数千年後の未来を描きながら現在を問う

若手振付家の発掘と育成、コンテンポラリーダンスの発展を目指し、1996年にスタートした「横浜ダンスコレクション」。24回目の開催となる今回は、「METHOD / SPACE / PRESENCE」をキーワードに国内外の振付家が多数参加する。そのオープニングを飾るのが、イスラエル出身の振付家・ダンサー、エラ・ホチルドの新作「Futuristic Space」だ。今回エラは、横浜に縁が深い現代美術家・大巻伸嗣の「Liminal Air」とコラボレートし、大災害が起きた数千年後の未来を描いた作品を立ち上げる。1月上旬、横浜・赤レンガ倉庫に集合した2人は、顔を合わせるなり英語で談笑を繰り広げ、取材中も互いの発言に幾度となくうなずき合っていた。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌

ポストアポカリプスの世界を想像する

──エラさんが書かれた、「Futuristic Space」のシノプシスを拝見しました。数千年後の未来を舞台に、大災害で生き残った人たちの“バランス”が崩壊していく様を3部構成で描き出します。ストーリー性を強く感じる内容ですが、クリエーションの原点にはどのような思いがあったのでしょうか?

エラ・ホチルド 人間がサバイバルモード……つまり戦争しなければいけないような状況に置かれたとき、どのように行動するのかという疑問からスタートしました。例えば100万年後の未来について、サバイバルの状況はどのようになっているか、興味を持ったんですね。多くの作家や科学者、アーティストがアポカリプスとかポストアポカリプスという時代に興味を持って、研究したり作品として描いたりしていますが、私もそこに興味があり、いろいろなものを読んだり研究してみたりしたんです。それで、多くの場合、人間はそのような状況に置かれたとき、大災害などのアポカリプス的な状況より前にあった文化や生活環境に、再び自分たちを結び付けようとする傾向にあることに気付いて。今作「Futuristic Space」でも、そういった状況に置かれた人たちが、大災害以前の文化や時間を模倣しようとするのですが、そのときにさまざまなズレが生じます。例えば災害によって感情は破壊されているんだけど、喜びとか笑いといった過去にあった感情を真似てみる、というようなことですね。それを今回は描きたいと思っていて、そこでキーワードになるのが時間やタイミングだと思っています。

──今回、大巻さんが本作に参加されることになったのは、エラさんが大巻さんの「Liminal Air」をご覧になったことがきっかけと伺いました。どのようなところに惹かれたのでしょう。

エラ・ホチルド

ホチルド 赤レンガ倉庫の方から「日本のアーティストと共同制作してみないか」と機会をいただき、いろいろな作家の作品を拝見したんです。その中で惹かれたのが、大巻さんの作品でした。それは、大巻さんの作品に永遠の感情を起こさせる何かがあったからです。永遠に時間が続く感覚、そして静謐さや自然を感じさせる作品だなと。また同時に抽象的な感覚も感じさせる作品で、自分の表現したい世界観とすごくマッチすると思いました。そのあと日本を再訪したときに、大分の日田(水郷ひた芸術文化祭2018 大巻伸嗣「SUIKYO」)で大巻さんの別の作品を拝見することができ、そうした感覚をより強く持ちました。時間の感覚を強く感じると共に、作品の中で世界が完結していて、作品を通して自分自身と向き合える──つまり私が考えるナラティブなストーリーはほかにどこにも行き場がなく、今ここで起こっていることなのだという感覚を、大巻さんの作品は持たせてくれると感じ、それはとても重要な感覚だと思ったんです。

大巻伸嗣 エラさんが僕の作品を選んだことは、非常に理解できます。と言うのも、「Liminal Air」という作品は、東日本大震災以降、物質的な価値や時間的、存在的な価値をどう捉え直すかということを考えて作った作品だからです。あの1枚の布が持っている時間は、普段私たちが感じる時間感覚とは全然違っていて、別の時間軸の中に存在しているように見えるんですね。つまり、私たちはそれぞれの時間を生きているんだけど、同時にもっと違う次元の、永遠と続く時間もここには存在している。その感覚を、今、エラさんは「自然」と表現したのだと思うけれど、人が死のうが生きようが、何を作ろうが壊そうが、何をしようともせずとも、ずっと変わらないもう1つの時間が根底には続いていて、それが自然の時間なのだと僕は思うんです。そういった自然をどう捉えるかということから、あの「Liminal Air」という作品は始まっているので、それを僕の説明なしに読み取った彼女の嗅覚はすごいなと感じますし、シノプシスを読んだときに、今回のストーリーに合うんじゃないかなと思いました。

舞台の光と闇の中に、オーディエンスも同居する

──「Liminal Air」は1枚の大きな布が空気の動きによって揺らめく、時間と物質、存在のあり方を見つめるインスタレーションです。波のうねりにも雲の動きにも感じる布の揺らめきをじっと見つめていると、“永遠”とか“悠久”といった言葉が浮かんできます。

大巻 あの作品には実は“崩壊”のプログラムが組み込まれていて、それが永遠を感じさせるんですね。同じことをただずっと繰り返すわけじゃないから見ていられる。また「Futuristic Space」には多種多様な人が出てきますが、その人たちがあるストーリーの中で動いているのと同時に、地球とか世界とか宇宙が持っている時間の中で生きているという意識を、僕の作品と合わせて見てもらえたらいいなって思っています。

──実際に、「Liminal Air」は「Futuristic Space」にどのように関わってくるのでしょうか?

大巻伸嗣

大巻 私たちの作品にとって今回一番重要なのは、光と影、つまり光と闇なんです。闇の空間の中に観客がいて、彼らは体温とかざわめき、視線を持っている。舞台には数名の出演者だけではなく、闇のような存在としてオーディエンスがいるわけです。そのことが、例えばインターネットが浸透した現在の世界につながっていく。エラが描いた「Futuristic Space」は世界のあり方を問うような作品だと思うので、そういう意味ではオーディエンスは単なるオーディエンスではなく、同じ舞台に存在するもう1人の出演者なんじゃないかと僕は捉えています。そして闇ではうごめきとなり、光が当たれば存在となる観客同様、「Liminal Air」の布も光の加減によって存在感を表します。まあ、もっと大きな布で会場全体を包み込み、観客がすっぽりその下に入り込めるような空間が作れればというアイデアもありましたが、それを実現するには天井が10mくらいないと難しいので……(笑)。

ホチルド そうですね、それはまたの機会に(笑)。ただ、大巻さんがおっしゃったように、作品について考えれば考えるほどよりストーリーが重要になってくるというか、観客の方々には作品の内側に入っていただき、出演者と同じ空間、同じ感情をより深く共有してもらいたいと思うようになって、そういう空間作りができればと思います。

2019年1月31日(木)~2月17日(日)
神奈川県 横浜赤レンガ倉庫1号館、
横浜にぎわい座 のげシャーレ
エラ・ホチルド「Futuristic Space」
2019年1月31日(木)~2月3日(日)
神奈川県 横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール

振付・演出:エラ・ホチルド

美術:大巻伸嗣

音楽:ゲルション・ヴァイセルフィレル

出演:大宮大奨、笹本龍史、鈴木竜、湯浅永麻、ミハル・サイファン

エラ・ホチルド
イスラエル、アイン・ヴェレド生まれ。イスラエルを代表するダンスカンパニーであるインバル・ピント&アヴシャロム・ポラック・ダンスカンパニーとバットシェバ舞踊団でダンサーとして活躍。現在は振付家・ダンサーとして活動を展開している。2013年にベストパフォーマンスダンサーとしてDudu Dotan賞を受賞。15年にはベストコレオグラファーとしてOphirシアター賞にノミネート、16年にテルアビブ市より有望なクリエイターに贈られるRosenblumパフォーミングアーツ賞と文化賞を受賞。日本ではミュージカル「100万回生きたねこ」(13年)のクリエーションに参加したほか、森山未來との共同振付作品「JUDAS, CHRIST WITH SOY ユダ、キリスト ウィズ ソイ~太宰治『駈込み訴え』より~」を上演している。
大巻伸嗣(オオマキシンジ)
1971年岐阜県生まれ。東京都在住。トーキョーワンダーウォール2000に「Opened Eyes Closed Eyes」で入選以来、「Echoes」シリーズ、「Liminal Air」「Memorial Rebirth」など展示空間を非日常的な世界に生まれ変わらせ、鑑賞者の身体的な感覚を呼び覚ますようなダイナミックなインスタレーション作品やパブリックアートを発表している。