ステージナタリー Power Push - 中島みゆき「夜会」最新作「橋の下のアルカディア」劇場版

中島みゆき「夜会」がスクリーンに登場 中村 中が語るその魅力

「夜会」の新たな扉を開いた「橋の下のアルカディア」

文 / 田家秀樹

中島みゆきの「夜会」は、一人のアーティストが、原作、脚本、音楽、作詞、作曲、演出、そして主演するという世界に例のない音楽舞台だ。そればかりでなく、美術や照明、舞台セットなども彼女のイメージに沿って作られており、それらを踏まえると一人何役になるのか数えきれない。

中島みゆき 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」より。

更に付け加えれば、通常のコンサートのような会館ではなく、そうした場所では禁じられている火や水などの使用も可能な小劇場的空間で約一ヶ月間公演されるというロングラン形式も他には見られない。ライブハウスなどとも違う至近距離での上演は、今、もっともチケットが取れない舞台としても知られている。

一回目が行われたのは1989年。“言葉の実験劇場”“みゆきの「うた」に手が届く”というキャッチフレーズが使われていた。すでに世の中に出ている曲を、新たな設定の中で歌うとどうなるか。誰もが知っている曲に新たな光を与えることで、それまでのイメージや意味から解放することにならないか。最初は、実験的なコンサートというニュアンスの方が強かった。二回目以降の「夜会」の多くが映像作品として残されているのに対して、一回目が存在しないのは、それが手探りの始まりだったことを物語っている。

「ひとつのことが終わると、やり残したことやもっとやりたいことが次々に出てきて、時間がいくらあっても足りないんです」

彼女は、尽きぬ事のないように見える創作のエネルギーについてそう言ったことがある。「夜会」の歴史はまさにその象徴だろう。90年の二回目からそれぞれの曲をつなぐストーリーが生まれ、91年の三回目VOL.3「KAN(邯鄲)TAN」は中国の故事を元にした書き下ろしのシナリオが登場した。94年のVOL.6「シャングリラ」から物語がオリジナルの書き下ろしになり、95年のVOL.7「2/2」からはストーリーだけでなく楽曲も書き下ろしのオリジナルとなって今に至っている。

中島みゆき 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」より。

今回、劇場版が公開されるのはVOL.18「橋の下のアルカディア」である。これまでの「夜会」の歴史の中でも新たな扉を開いたと激賞されたエポックメイキングな作品だ。

何が新しかったのか。一つは使われる曲が過去最多の46曲という音楽劇という形があった。台詞もほとんどなく曲だけで全てが進行してゆく。そして、出演者は中島みゆきだけでなく、そこに中村 中、石田 匠という男女の歌い手が絡むというスタイルも画期的だった。個性の違う実力派の歌い手の参加が物語をより重層的なものにしていた。演奏するのは音楽監督の瀬尾一三が選び抜いた超一流ミュージシャンの同時生演奏。楽器の生音が、こんなに劇的なのかという発見もあるはずだ。

舞台は、とあるシャッター街の地下道。そこに住む占い師(中島みゆき)とバーの代理ママ(中村 中)とガードマン(石田 匠)。かつて防空壕だったその地下道は、それより前には“暴れ川”と呼ばれた時代があり、その怒りを鎮めるために人柱という犠牲が払われていた。経済成長の下で見捨てられた街で暮らすその三人の過去と記憶。人が人を捨てるという非情な行為は今も変わらず繰り返され、それが三人の因縁を蘇らせてゆく。

彼女が、このプランをスタッフに説明したとき、「再現不可能」とされたシーンが三カ所あったという。時を超えた転生と救済の物語の感動的なフィナーレは、日本の舞台史上でも屈指の仰天シーンではないだろうか。

中島みゆき 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」より。

中島みゆきの作品が映画館で上演されるのはこれが六作目だ。2007年のコンサートツアーのドキュメンタリーからライブシーンだけを編集した『歌旅劇場版』、ロスのスタジオ・ライブとPV集を併せた『歌姫劇場版』、2011年から12年にかけて行われた『夜会VOL.17「2/2」』、その『夜会VOL.17 「2/2」』と『歌旅劇場版』『歌姫劇場版』からの数曲を同時上映した『雛祭り』、さらに2012年から13年のツアーを収録した『「縁会」2012~3』に次ぐ。大画面、大音量での追体験は、実際に客席にいた観客にも新たな発見や感動を呼ぶと、どれも記録的なヒットとなっている。特にステージのセットや衣装にも意味が持たせられている「夜会」は、大画面でのアップで初めて知ることも多いはずだ。

「人間、一度に色んな事を見ることは出来ませんからね。右の方の人を見てると左の人が意味のあることをやっていても見落としてしまいますし。映像は、両方をクロスさせたりも出来る。あの手この手で見せちゃいます」

彼女は「橋の下のアルカディア」の映像編集についてそう言って笑った。

映画館で見る「夜会」の中島みゆき。CDで聞く歌声ともコンサート会場で見る姿とも違う迫真の歌と表情に我を忘れて見入ってしまうに違いない。

夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」 —劇場版— 2016年2月20日(土) 新宿ピカデリー&丸の内ピカデリーほか、全国ロードショー

アーティスト・中島みゆきを語る上で絶対に欠かすことのできない「夜会」。脚本・作詞・作曲・歌、そして主演の5役すべてを中島みゆきが務める魅惑の音楽劇だ。

2014年に東京・赤坂アクトシアターにて上演された夜会VOL.18「橋の下のアルカディア」は、『夜会VOL.15「~夜物語~元祖・今晩屋」』(2008~2009年)以来6年ぶりの新作書き下ろし作品として、大きな注目を集めた。台本と共に生み出された、劇のセリフとなり挿入歌となる「歌」は、「夜会」史上過去最多の46曲を収録。その歌と作品に込められたエネルギーは、観客の心を鷲掴みにし、23公演で3万人を動員した。

スタッフ

構成演出・脚本・作詞作曲:中島みゆき
監督:翁長 裕
音楽監督・編曲:瀬尾一三
ステージプロデュース:竹中良一

キャスト

中島みゆき
中村 中
石田 匠

配給:ローソンHMVエンタテイメント
協力:ヤマハミュージックパブリッシング・ヤマハミュージックアーティスト

田家秀樹(タケヒデキ)

1946年、千葉県船橋市生まれ。1969年、「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。NACK5「J-POPマガジン」、BAYFM「BAYFM・MIND OF MUSIC・今だから音楽」パーソナリテイーを務めるほか、「毎日新聞」「信濃毎日新聞」「B・PASS」などでレギュラー執筆中。主な著書に「ラブソングス/ユーミンとみゆきの愛のかたち」(角川書店)、「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)、「ジャパニーズ・ポップスの巨人たち」(TOKYO・FM出版)ほか。放送作家としては2001年民放祭「ラジオエンターテインメント部門」最優秀賞、2000年・2002年優秀賞受賞。2001年、2002年ギャラクシー賞受賞。