成河・土器屋利行が「ライオン」「SIX」翻訳・訳詞の秘密を明かす 日本語には文字化できない“音”がある

「ライオン」の核となる“pride”のダブルミーニングをどう訳すか

──お話を伺っていると、日本語への翻訳作業には大変な苦労が伴うということがわかるのですが、同時に、翻訳・訳詞をするときに“落としてはいけないメッセージ”や“作品の核”みたいなものにも意識が働くのではないかと想像します。それぞれ、作品のどこをポイントに翻訳されたのでしょうか?

成河 先ほど土器屋さんがおっしゃったように、明晰な頭脳で書かれた戯曲・楽曲は、すごく精巧な言葉遊びが盛り込まれているんです。それは、日本人が抱く“作品のメッセージ性”とは少し違って、もっと具体的で、明確な単語だったりする。その単語が作品の中で機能していきます。「ライオン」の場合は、“pride”です。“ライオンたちの群れ”と“誇り”を意味するプライドがダブルミーニングになっていて、75分の間にあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、最後に1つになる。観客はその様子を観て楽しむんです。一応、今のところ着地はしていますが、ぴったりの日本語を探すのには苦労しましたね!(笑) またそれとは別に、わかりやすく“作品のメッセージ性”をお伝えすると、物語の中で、主人公のベンは、家族の絆によって苦しめられる十代から二十代を送ります。描かれるのは、そんな彼が、絆とは何であるかに気付いていく過程。僕が一番シンパシーを感じるのは、この作品が作為のある物語ではなく、私小説だというところです。ストーリーが進む先に大きな答えや解決があるわけではないということが非常に誠実に、正直に書かれています。最後のモノローグの締めくくりも「I am trying」という、「まあ、やってみまーす」という言葉で終わるんですよ。つらいことや悲しいことがあって、人生を少しわかったような気でいたけど、難しい。でもまあ、やってみまーすっていう(笑)。

成河(撮影:岩田えり)

成河(撮影:岩田えり)

土器屋 あははは。

成河 家族モノの物語を書こうと思えば、いくらでも“お涙ちょうだい”の内容を書けます。でも、淡々とつづられる作者ベンジャミンの葛藤こそが伝えたいことで、そこが伝わらなかったら意味がない。本当はギターも日本語も関係なくて、“淡々とつづられる”というところが大事だと思っています。

土器屋 事前に「ライオン」の台本資料を拝見したのですが、「嵐の越え方」という曲に「It's the way that we weather the storm」というフレーズがあって。直訳だと「嵐を越えていくやり方」なんですけど、「嵐を越えてゆけ」と訳されていましたよね? この日本語訳を見たときに、“pride(誇り)”を、こういう言葉の方向性で伝えるのか!と。

成河 そこはめちゃくちゃ悩みました! ベンは、実はあの歌に苦しめられていくんです。家族の愛や激励、絆が、反転して呪いにもなり得る。それはとても現代的な感覚だし、ベンが呪いからどうはい出て、また家族のもとに戻って行くのか。「ライオン」はその旅路なんです。

音楽が俳優のパフォーマンス部分をも担う「SIX」

──「SIX」の翻訳で大事にされたことは何でしたか?

土器屋 「SIX」では、セリフや歌詞にあふれるほどジョークが詰め込まれているし、韻もたくさん踏んでいるので、翻訳家にとって“嫌なセリフ、嫌な歌詞”がたくさん登場します。言うなれば、表面的な部分に目と耳が奪われてしまう作品。でも、トビーとルーシーが話してくれたことの中で一番心に残っているのは、元王妃6人が過去を語るときに、“昔は彼の妻だった”と、第三者の立場で己の過去を見る形にこだわっているということでした。それを強調するために、一人称、二人称を使うときは気を付けて表現することを心がけましたね。また、フェミニズムと言うと簡単に収められてしまいがちですが、この作品には過去に縛られてはいけないという意識があります。“しがらみに囚われ、縮小化されなくてもいいじゃん”という女性たちの思いが、派手な照明、カッコいい衣裳で、ライブ形式で展開するという。根底には「ライオン」に通じる部分があると思いますね。

土器屋利行

土器屋利行

成河 それがたぶん劇場の本質ですよね。縛られているものから解き放たれるために、我々は劇場に足を運ぶ。愚直にやろうとすると気難しい場になってしまうから、音楽があるっていう。

土器屋 そうだと思います。また、コミュニケーションの内、言葉の割合は30・40%で、残りはジェスチャーや五感、声色や表情だと言われています。なので、翻訳・訳詞も言葉のパーセンテージを超えてはいけないと考えていて。すべてを言葉で説明するのではなく、役者がパフォーマンスするための隙間を残しています。「SIX」に関しては音楽もその隙間を補ってくれるんです。もしこの作品がノリで聴かせるポップソングだけで構成されていたら、物語部分をセリフだけで伝えなければいけないけれど、元王妃たちは曲の中でも誰かに語りかけていると感じる部分がたくさんありました。そこで、“語る訳詞”と“曲に寄せた訳詞”に分けて何度も書き直しました。

俳優が作品の根幹から関わるという選択肢を

成河 建設的な議論として、僕たちは舞台の作り方をもっと編み出していかなきゃいけないよね。僕らは今、英米の作品を日本語上演に向けて作っているけど、カンパニーに必要なポジションは実はたくさん存在し得る。僕は現場に、アクティングまで一緒に考えられる“ジャパニーズ(日本語)コーディネーター”が必要だと思っているんです。ドラマターグとアクティングコーチを掛け合わせたみたいな人。だって、日本語が音に対して文字化できる言葉が少ないのであれば、紙に印刷して渡してもできるわけがないじゃない(笑)! でも我々はできると思い込んじゃっている。そこには齟齬があって、ヘンテコな演技や歌唱が生まれてくる可能性があるっていうことでしょう?

成河(撮影:岩田えり)

成河(撮影:岩田えり)

土器屋 そうですね。だから、それぞれの仕事の領域を杓子定規的に分けるのではなく、その領域をぐにゃぐにゃと渡り歩けるような、意見し合って、助け合える環境があると良いですよね。

成河 僕は演じていく中で疑問があると、本番3週間前でも「翻訳家の方を呼んでください、話がしたい」と言ってしまうんです。でもそれは現実的に難しいし、共演者や周囲に迷惑がかかる。だから翻訳家や言語を見られる人に“居てもらう”環境があるととても助かると思うんですよね。それに、カンパニーの中に半年前から創作に関わっている俳優がいるとか、俳優にも門戸が開かれていると良いなって。結局、最後に矢面に立つのは俳優ですから、土器屋さんと今こうして翻訳・訳詞について話してきたことを、舞台に立つ俳優に付託しないと意味がないんです。一部の俳優が先に創作のスタートを切ることを不公平だと捉えるのではなく、根幹から作品作りに携わるパフォーマーが1人や2人いることが、カンパニーにとって有益であるという意識が浸透してほしいですね。作品と深く関わりたいと考える俳優もきっといると思うので。そういう環境をこれからどう作っていくか……難しいけど、がんばってやっていきましょうよ。ね、梅芸さん!

土器屋 そうですね(笑)。翻訳・訳詞の仕事ってずっとPCの画面しか見ていないから、とっても孤独で。一緒に作っていける環境ができたら素敵だと思います。

成河激推し!マックスの「ライオン」、強い方言をそのまま残す「SIX」…来日版ではあれもこれも楽しんで

──今回の「ライオン」「SIX」では、来日版と日本版が同時期に上演されます。お二人の翻訳・訳詞の創作過程を聞いていると、言語を聴き比べる、パフォーマンスを観比べる面白さにも期待が高まりますが、翻訳・訳詞を担当された立場としては、2バージョン上演についてどのような心境でしょうか?

成河 僕は普通に怖いですよ(笑)。英語がわかる人にはどう訳したかがわかっちゃうから。ただ、「ライオン」に関しては特殊な部分があって、この作品はもともとベンジャミンが繰り返しやっていた作品を、マックスが受け継いで、もう完成された感じがあるんですね。映像資料で観ていた僕でもわかるくらい。なので、今回僕は、マックスが演じていたお芝居そのものを翻訳するということをしてみました。英語の文章を翻訳するだけでなく、マックスのイギリス、アメリカのツアー公演と、ベンジャミンの昔の公演、3つの公演映像から芝居の意図をくみ、「こういう演技ならこんな日本語を話しそうだな」と考えてモノローグを作りました。つまり僕は、マックスの演技やショーを研究し尽くしたんです。その過程で、多分世界一のマックスのファンになりました(笑)。彼は日本ではお目にかかれないような才能の持ち主で、小さい頃から楽器に囲まれて育ち、音楽大学を出て、今はミュージカルもやれるような俳優です。「ライオン」にはマックスにしかできないような、演奏を聴かせるだけの時間もあって、そのくらい特殊なパフォーマンスが観られる。なので、実は僕、マックスの公演を激推ししています。僕は日本のコミュニケーションの形でお客さんとやり取りをしますが、それとは違う、マックスの英語でのショーの素晴らしさをいろいろな人に観ていただきたいなと心から思います。翻訳をした者としては、ただただ怖いですけど、大丈夫。なんでも言いなさいよ!という気持ちです。

土器屋 (笑)。「SIX」では英語の音をライブで楽しんでほしいなと思います。日本語訳ではどうしても、どこかで言葉を抜かざるを得ないし、感触が変わってしまう部分があるけれど、来日版では“音”を存分に楽しめます。来日版の日本語字幕も僕が担当しているのですが、実は日本語の歌詞と全然違う日本語になっています。もちろんジョークや言葉遊びを翻訳することは字幕でも難しいんですが、だからこそ、耳で聴いて、同じ音や韻を探してみてください。英語がわからない方でも、きっと楽しめると思います。字幕はそういうものの補助として機能すれば良いので。また、今回来日する英国ツアーキャストの中には、なまりが強い人もいると思います。「SIX」は方言をそのまま残すような作品で、日本でズーズー弁、九州弁、関西弁のイントネーションが違うように、英語にも地域性がある。それを音に乗せて、クイーン同士のけんかのリズム感とうまく組み合わせている作品なので、日本語でもできるだけその丁々発止を簡潔に見せられるように心がけました。でも原作にはかなわないから(笑)、彼女たちの掛け合いを楽しんでほしいですね。

土器屋利行

土器屋利行

成河 せっかくなんで僕も「SIX」の宣伝をします(笑)。資料映像を拝見していて思ったんですけど、「SIX」って日本的なものにすごく影響を受けているんじゃないかなと。日本のアニメのように、歴史上の人物のキャラクター性をカリカチュアして、コミカルにわかりやすくしながら、芯に食い込んでいく作風だなと感じたんです。日本人が得意な表現方法が、ジョークを交えながらやられているので、文化が輸出されて、それがまた戻ってきたような感覚になったんですよね。海外の人はリアリズムの芝居にもう飽きてしまっていて、日本の表現主義からいろいろなものを取ろうとしているけれど、僕らは逆にリアリズムが何なのかと頭を抱えている。ちょっと面白い文化のシーソーゲームがあるぞと思いました。

土器屋 まさにその通りだと思います。イギリス文化だなと思うのは、ちょっとしたセリフのやり取りがとてもリアルなんですよ。元クイーンだけど、そこらへんのお姉ちゃんがしゃべっているかのような見せ方が、骨身に染みてできているから、派手さやキャラクタライズされた演技を重ねていって、ふと観客が気を抜いた瞬間にリアルなものをポンと投げることができる。そのタイミングがうまく作られています。「SIX」は韓国ですでに上演されていますが、「ライオン」しかり、「SIX」しかり、いろいろな国に広がっていけるような作品を、梅芸さんはよく見つけてくるなと思いますよね。

成河 まあ、そういう作品を引き受ける、クレイジーなパフォーマーをちゃんと抱えているからでしょうね。苦労が大好きな僕たちのような(笑)。

プロフィール

成河(ソンハ)

1981年、東京都生まれ。大学時代に演劇を始める。平成20年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞、2011年に第18回読売演劇大賞・優秀男優賞、2022年に第57回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。近年の主な出演舞台に「髑髏城の七人」Season花、「エリザベート」、「子午線の祀り」、「スリル・ミー」、木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」、「ラビット・ホール」、「ある馬の物語」、「ねじまき鳥クロニクル」、「ピローマン」など。映像作品にNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」など。2025年3・4月にミュージカル「イリュージョニスト」、6・7月に「W3 ワンダースリー」への出演を控える。

土器屋利行(ドキヤトシユキ)

1976年、熊本県生まれ。ロンドン大学インペリアルカレッジ卒業後ミュージカルを学び、帰国後は「マイ・フェア・レディ」、「ミス・サイゴン」、「ラ・カージュ・オ・フォール」、「プリシラ」などに出演。現在はミュージカルやストレートプレイの翻訳・訳詞、通訳、舞台制作などを中心に活動する。近年手がけた主な舞台に、「Be More Chill」(翻訳、訳詞)、ブロードウェイミュージカル「MEAN GIRLS」(共同翻訳)、「レイディマクベス」(翻訳)、「東京ローズ」(訳詞)、「イザボー」(プロデューサー)、「ATTACK on TITAN: The Musical」(NY公演)と「『進撃の巨人』-the Musical-」日本凱旋公演の英語字幕など。