海外ヒット作の日本初演をいち早く実現したり、企画性が高いオリジナルミュージカルを手がけたりと、毎年多彩な舞台作品を世に送り出している梅田芸術劇場が、2025年に20周年を迎える。20周年の記念ラインナップには、宝塚歌劇団OGが集結するコンサートから、マンガ原作の新作ミュージカルまで、さまざまな作品が登場する。
ステージナタリーでは、その中から“音楽”と“パフォーマンス”が作品世界を雄弁に語るミュージカル2作、「ライオン」と「SIX」に注目。作者のプライベートな心の旅を描いた「ライオン」日本版に出演し、宮野つくりと共同翻訳・訳詞を担う成河と、ヘンリー8世の元王妃6人のグルーヴが場を制する「SIX」の来日版日本語字幕、日本キャスト版翻訳・訳詞を手がけた土器屋利行にオンラインで話を聞いた。2人は、成河が出演し、土器屋が制作助手を担当したミュージカル「エリザベート」で知り合い、それ以来の再会となる。また来日版と日本版が同時期に上演され、その違いを肌で感じることができることもこの2作に共通する魅力の一つ。海外作品を日本版に“変換”するため、今まさに作品と格闘している2人が、翻訳・訳詞の醍醐味を語り合った。
取材・文 / 大滝知里
ミュージカル「ライオン」
「ライオン」は、ベンジャミン・ショイヤーが自身の体験をもとに、自らの脚本・作詞・作曲で創作した一人芝居のミュージカル。2014年にアメリカ・ニューヨークのオフブロードウェイでベンジャミン自身の出演により初演された。その後、アメリカ・イギリスでツアー公演が行われ、ニューヨーク・ドラマ・デスク・アワード最優秀ソロパフォーマンス賞をはじめとするさまざまな演劇賞に輝く。2022年には、高度なギターの演奏技術を持ち、繊細な表現を得意とするマックス・アレクサンダー・テイラー出演版がイギリス・ロンドンでお目見え。同プロダクションも各地で上演され、称賛を浴びた。
劇中では、ベンがチューニングの異なる5本のギターを用い、自身の過去を弾き語りで独白する。数学者である父親と交わした会話、2人をつなげた音楽、過去の恋愛、母親や弟たちとの関係性……それらがさまざまな肌触りの楽曲に乗せて届けられ、観客はベンの“旅路”を共有するのだ。日本公演には前出のマックスと全曲弾き語りのミュージカルは初挑戦となる成河が、Wキャストで出演する。
ミュージカル「SIX」
16世紀イギリスから現代によみがえった6人の元王妃たちが、ガールズバンドを結成。“誰がバンドのリードボーカルを務めるか”を決めるため、彼女たちは、元夫に振り回された人生を観客の前で歌い上げ……。テューダー朝の歴史を新たな側面から描き出すミュージカル「SIX」は、イギリスのケンブリッジ大学の学生だったトビー・マーロウとルーシー・モスが制作した作品。2017年の「エジンバラ・フェスティバル・フリンジ」で注目を集め、2019年にはUKツアーを経て、ロンドンのウエストエンドで披露された。以降、ニューヨークのブロードウェイ、ヨーロッパ各地、オーストラリア、韓国で上演され、世界的なヒット作品となる。「SIX」はローレンス・オリヴィエ賞で5部門にノミネート、トニー賞では2部門を受賞するなど、シアターゴアーからの人気のみならず、作品としても高く評価されている。
日本では、英国ツアーキャストが出演する来日版が2025年1月に東京で、日本キャスト版が1月から3月にかけて3都市で上演される。日本キャスト版では、キャサリン・オブ・アラゴンを鈴木瑛美子とソニン、アン・ブーリンを田村芽実と皆本麻帆、ジェーン・シーモアを原田真絢と遥海、アナ・オブ・クレーヴスをエリアンナと菅谷真理恵、キャサリン・ハワードを鈴木愛理と豊原江理佳、キャサリン・パーを和希そらと斎藤瑠希がそれぞれWキャストで演じる。
いつも大変な思いをする“日本語の着地点”に興味があった成河
──今回は“翻訳・訳詞”というテーマで、別作品に携わるお二人にお話を伺います。成河さんは「ライオン」のベン役をオーディションで射止めたそうですが、翻訳・訳詞も手がけることになったのは、成河さんのご希望だったのでしょうか?
成河 「ライオン」日本版は、ほかの作品と比べると、かなり“手作り”なところからスタートしたんです。オーディションと言っても大勢が応募するようなものではなく、ミュージシャンが何人かと、俳優は僕だけだったんじゃないかな。もともと制作期間が1年くらいあるとは聞いていましたが、合格した時点での確定事項は少なく、細かいことを決める段階から一緒に創作できる環境だったんです。翻訳・訳詞についてはずっと関わりたいと思っていたから、共演者がいない1人ミュージカルという、誰にも迷惑がかからないこの機会にやってみたい!と(笑)。“迷惑がかからない”っていうのは、実はとても大きいことですよね?
土器屋利行 そうだと思います。
成河 歌は1人で歌うことが多いから自分の表現領域だけど、会話劇になると、「僕にはこれが自然な表現だと思う」「いやいや、それは僕にとって不自然なことだよ」と、“感覚は人それぞれで主観的だ”ということを途端に思い知るんです。そこで僕はいつも大変な思いをするので、“日本語の着地点”というものに前から興味がありました。“迷惑がかからない”状況で、プレイヤーとして「ああでもない、こうでもない」と1人で試行錯誤できる。自分の中でも大きな作品になる気がしたので、「翻訳・訳詞もやらせてください」とお願いしました。
土器屋 僕は仕事柄、いろいろな作品をブラウズしますが、「ライオン」はぜひ日本で上演してほしい作品でした。正直、ギター1本で演奏しながら1人で歌って芝居もして……こんなに無謀なことをする人はいないだろうなと思っていたんですが、成河さんが出演、さらには翻訳・訳詞もされると聞いて、「なるほど!」って妙に納得しました(笑)。僕が翻訳をするようになったのも、成河さんと同じような動機で。出演者として活動していた頃に、例えば、踊りながら長いフレーズを歌うのがきつくて、「もっと息をしやすい歌詞にならないかな」と思ったり。でも、全員が納得するような翻訳って存在しないんですよ。成河さんがおっしゃるように、日本語がコンテクストの濃い言語であるのに対して、英語はもっと表層的な部分が強い言語。英語原作の作品で満足度の高い日本語訳を仕上げるためには、時間をかけないといけないんですよね。
成河 「ライオン」の構成は、モノローグを語るシーンと歌を聴かせるシーンが、半々なんです。宮野つくりさんと共同で翻訳・訳詞をしていますが、セリフに関しては、自分のしゃべり言葉にしたかったので、僕もかなり書きました。でも歌は難しいね! とても自分1人で作業するのは無理だったので、彼女が提出してくれたのを、僕が直して、それをまた修正して、と侃侃諤諤で(笑)。でも、2人の視点が入った訳詞になったと思います。今回やってみて、翻訳にはディスカッションが必要なんだなと感じました。
実演の苦労がアドバンテージに…土器屋利行が大切にしていること
──翻訳・訳詞の視点で、「SIX」はどのような特徴がある作品ですか?
土器屋 「SIX」も、実は「ライオン」と同じくらい“無謀”な作品です。と言うのも、この作品には独特のファンダムがあるし、翻訳するにあたって制限や制約が山のようにある。さらに、キャサリン・オブ・アラゴンやアン・ブーリンなど、歴史上の人物が登場するので、学術的に使わなければならない人名とか、ファンたちの期待に応えるために落とせない単語があったりして。
成河 へえ、面白いですね!
土器屋 世界的にヒットする作品は、インテリジェントでクレバーな人が書いているものが多いから、彼らが作る言葉遊びをほかの言語で上演するのは相当難しいと感じます。「SIX」は上演時間が約80分とコンパクトですが、翻訳・訳詞に費やした時間はレギュラーサイズのミュージカル1本と同じくらい。もしくはそれ以上(笑)。でも、ラッキーなことに、梅芸(梅田芸術劇場)さんがオリジナルのクリエイターであるトビー、ルーシーと対話をする場を設けてくださったので、僕が“日本語とは”というレクチャーをしたうえで、1行1行話し合うことができました。そうすると、この作品で“言いたいこと”だと捉えていたフレーズが、実は韻を踏むために必要だっただけ、とわかったりして驚きましたね。翻訳はお客さまのためにあるものですが、僕が同時に大切にしているのはオリジナルのクリエイターが作品に託したメッセージを確実に言語に落とし込むこと。ただ、実演の苦労も知っていますので、俳優にとって歌いにくいフレーズがないように単語を取捨選択していきたいなと。そんな言葉を書けるのはパフォーマンスの知識を持った人だけだと思うので、フフンと勝手に鼻を鳴らしています(笑)。
成河 あははは! 日本語では長母音に何を選ぶかで印象が変わりますから、たまに英語で歌うと「こんなに歌いやすいの?」という驚きと発見がありますよね。それほど、日本語は西洋の楽曲に乗りにくい。でも、近年は日本語独特の歌い方が開発されてきた数十年だったと思います。サザンオールスターズさんをはじめ、歌詞が聴き取れなくても、英語っぽく、歌としてカッコ良く聴こえる方法を、多くのアーティストたちが模索してきました。でもそれは、繰り返し聴くCDや音源があるから、歌詞は後追いで理解することができるわけで、シアターでは通用しない。英語っぽい歌い方で、歌詞を明確に聴き取る方法を我々はまだ発明できていないんですね。
土器屋 そうですね。1つの解決策として今、僕がやっているのは、言葉を詰め込みすぎないことです。楽譜を見て、「歌詞、スカスカじゃないですか?」とよく言われるんですが、音符に対する言葉を少なくする。そうすると、歌いにくさと子音が潰れて聴こえにくくなる問題を避けられます。日本の標準語は、人々が認識しているよりもずっと母音の数が多く、例えば母音がフレーズの真ん中に来るときと、最後に来るときとでは微妙に音が変わるんです。「あ」の音が「a」のほかにも、「e」に近くなったり、「o」のように聞こえたり、日本語の母音は標準語内でも、二重母音を含めて20種類以上存在するらしくて。地方の言葉を入れたらもっとありますよね。ですから、「あ」と書かれている音の範囲内で、本当はもっとさまざまな“鳴り”にシフトできると考えたら、日本語の歌詞も聴きやすく、歌いやすくなるんじゃないかなと。
成河 それ、面白いですね! つまり、「あ」が「a」「e」「o」のどれに近いかを文字化できないことが、翻訳家にとって悩ましいことなんですね? だから他人に渡すときに気苦労がある。「違うんだ、そういうことじゃないんだ」とかさ。
土器屋 なので、自分が翻訳した舞台の歌稽古や稽古場には、可能な限り顔を出したいと思っています。元台本の英語の意味や、こういうふうに歌ってほしいという希望、音符の長さを工夫したほうが良いところとか、文字化できない部分をフォローできるコミュニケーションが取れたら良いなと思うんです。