「なむはむだはむ」の影響を受けた音楽劇「世界は一人」
先に「『なむはむだはむ』でのクリエーションは、作家・岩井秀人にとって非常に重要な転機となった」と書いたが、「なむはむだはむ」から生まれたもう1つの重要な作品が音楽劇「世界は一人」(参照:音楽劇「世界は一人」明日開幕、岩井秀人「なんだか相当なものができたよう」)だ。「世界は一人」は、かつて鉄鋼で栄えたある街に生まれた同級生たち、松尾スズキ演じる仲の良い両親に育てられた吾郎、松たか子演じる家庭の温もりを知らない美子(みこ)、瑛太演じる反骨精神の塊のような良平の3人が、子供から大人になり、再会するまでが描かれる。本作は岩井にとって初の音楽劇で、前野が出演・音楽で参加した。上演前の合同取材(参照:「松さんと瑛太くんと同級生?」松尾スズキが戸惑い、岩井秀人「世界は一人」)で岩井は、もともとミュージカルが好きだったと明かし、「歌や音楽って、ある瞬間に起きた、ごく個人的なことも拡大して届ける力がある。そういう視点で考えると、僕が普段書いている家族や身の周りのことも、ミュージカルに広げられる可能性が大いにあるんじゃないかと。その感覚から今回はスタートしました」と話している。
さらに「なむはむだはむ」からの影響として「『なむはむだはむ』は音楽がかかっていたとしても音楽に関係ない身体でいることや、逆に好きなときに音楽に寄っていっても良いという居方ができた。またマエケン(前野)と創作する中で、例えば夜とかタンスとか、人間ではないものの視点から歌が作れることも知って、音楽はすごいなと。今回もそういうことがやってみたい」と語っていた。その後、クリエーションの過程で前野も「松尾さんや松さんが、仕草を加えながら歌っているのを見ながら演奏していると、自分の中でもブワッと何かが芽吹く瞬間があり、岩井さんが書いた歌詞や歌が、観たことがない“音楽の劇”として花開く瞬間が、稽古場で既にありました」(参照:思いが歌になる、岩井×前野×松尾の音楽劇「世界は一人」稽古中)と手応えを語っており、岩井と前野、双方にとって「世界は一人」のクリエーションがとても新鮮なものだったことが伝わってくる。またこうして考えてみると、「なむはむだはむ」から「世界は一人」、「なむはむだはむLIVE!」はすべて同じ線上にある作品と言え、“私演劇”以降の岩井秀人作品を語るうえで、欠かすことができない作品と言えるのではないか。
今回の日本映画専門チャンネルの「特集 岩井秀人」では、岩井の“私演劇”の傑作「て」「ヒッキー・カンクーントルネード」をはじめ、「なむはむだはむ」シリーズの立ち上げからドキュメンタリーを含む最新作、さらに音楽劇までが一挙放送される。変化し続ける作家・岩井秀人の軌跡と“今”を知ることができるまたとない機会となっているので、「特集 岩井秀人」をぜひ2ヶ月連続で見届けてほしい。
岩井さんはギターをかついでやって来ました
前野健太
「世界は一人」という音楽劇で、岩井さんが作・演出、僕が音楽という立場でご一緒しました。
岩井さんが歌詞の断片のようなものをメールで送って来ましたが、すぐに曲はつけなかった気がします。まず一緒に街の音楽スタジオに入りました。タバコの臭いがする、小さなスタジオでした。
岩井さんはギターをかついでやって来ました。演劇のことには詳しくないのですが、演出家がギターをかついでやって来る、というのは普通のことなのでしょうか。岩井さんはギターをアンプにつなげると、買ったばかりだというフジゲンの青いエレキギターを弾き始めました。これがビックリするくらい良い音で。岩井さんの書いた歌詞の断片に私がなんとなくギターのコードを添えて歌ったり、岩井さんが歌ったり、ドラムまで叩いたり、楽器をチェンジしながら歌もチェンジしながら、一緒に歌いながら、あっという間の3時間。結局その3時間で5曲、歌ができてしまいました。もちろん完成という感じではなかったのですが、その後稽古を重ねても、この3時間で出来たメロディは揺らぐことがなかったです。これは岩井さんが書いた歌詞が良かった、というのは大前提ですが、このラフな場を作った岩井さんのアイデアが、音楽を自由なものにしたのではないか、と思っています。
「まずスタジオに入ってみない?」高校生が初めてバンドを組んだときの会話のようです。でもそれが良かった。歌はピチピチと跳ねたし、こういうのが音楽だよなあと気持ち良かったです。きっとこういうことができたのは「なむはむだはむ」での作品作りがあったからこそ、なんだと思いますが、それはどなたかが書いてくれることでしょう。
「世界は一人」で思い出すのは、岩井さんがギターをかついで、スタジオにやって来る姿。その姿が音楽劇の始まりであり、すべてだったと思います。たぶん今日も岩井さんはギターを触っていることでしょう。
- 前野健太(マエノケンタ)
- 1979年、埼玉県生まれ。2000年頃より作詞作曲を始め、都内を中心にライブ活動や自宅録音を精力的に行う。2007年9月に1stアルバム「ロマンスカー」をリリース。2009年には松江哲明監督のライブドキュメンタリー映画「ライブテープ」で主演を務め、同作品は第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞する。2011年12月には同じく松江監督・前野主演による映画「トーキョードリフター」が公開された。2013年には「FUJI ROCK FESTIVAL」、2014年には「SUMMER SONIC」に出演。2016年12月より劇場公開されたみうらじゅん原作、安齋肇監督による映画「変態だ」で主演を務めた。2017年2月に、子供が書いた台本をプロが演劇化するコドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」に岩井秀人、森山未來と共に参加。2018年4月より2021年3月までNHK Eテレ「オドモTV」にレギュラー出演。2018年4月、アルバム「サクラ」をリリースした。
2021年12月
- 「なむはむだはむ」
- 2021年12月14日(火)19:40~、18日(土)25:20~
- 2017年に東京・東京芸術劇場 シアターウエストで上演された「なむはむだはむ」の舞台版。子供たちが書いた物語を、岩井秀人、森山未來、前野健太らが言葉と身体と音楽で表現した。
- 「コドモのひらめき オトナの冒険~“なむはむだはむ”の世界~」
- 2021年12月15日(水)20:00~、18日(土)26:45~
- 2017年に上演された舞台版「なむはむだはむ」の2週間に及ぶ稽古の様子に密着したドキュメンタリー番組。2017年1月に実施された兵庫・城崎国際アートセンターでの滞在制作の様子に迫る。
- 「なむはむ!ドキュメント ~俺としらすと江ノ電と~」
- 2021年12月16日(木)18:30~、18日(土)23:10~
- 2020年に神奈川・鎌倉にて行われた子供たちとのワークショップの様子を追ったドキュメンタリー。ワークショップでのやり取りや子供たちの思いが垣間見られる。テレビ初放送。
- 「なむはむ!ドキュメント ~俺と松戸といぬのゆめ~」
- 2021年12月17日(金)18:45~、18日(土)24:15~
- 2021年4月に千葉・松戸で行われた子供たちのワークショップの様子に迫ったドキュメンタリー。テレビ初放送。
- 「なむはむだはむLIVE!」
- 2021年12月18日(土)21:00~
- 2021年7月に東京・渋谷WWWにて実施された「なむはむだはむLIVE!」。岩井、森山、前野が子供たちが書いた台本をもとに、歌い、踊り、演じる。テレビ初放送。
2022年1月
- 「ヒッキー・カンクーントルネード」
- 2022年1月22日(土)23:40~
- 2003年にハイバイの旗揚げ作品として初演された、岩井の半自伝的作品。放送されるのは、岩井自身が登美男役を演じた2010年上演版。ひきこもりの登美男を軸に、母と妹、ひきこもりを外に出す“出張お兄さん”たちのやり取りが描かれる。
- 「ヒッキー・ソトニデテミターノ」
- 2022年1月22日(土)25:15~
- 「ヒッキー・カンクーントルネード」の続編。2012年に吹越満主演で初演され、2018年に岩井主演で再演された。今回放送されるのは、その再演版。ひきこもりの登美男が“出張お姉さん”のアシスタントとなり、さまざまなひきこもりたちと対峙する姿が描かれる。
- 「て」
- 2022年1月22日(土)27:25~
- 2008年初演、2009年、2013年に再演された、岩井自身の体験をベースとする人気作。祖母の認知症をきっかけに“家族の再生”へ向けたチャレンジが始まるが……。2018年版では浅野和之が母親役を演じた。
- 「夫婦」
- 2022年1月23日(日)5:30~
- 2016年初演。岩井の創作に大きな影響を与えた実父の死を契機に、父と母という、ある“夫婦”の軌跡を描く。今回放送される2018年版では岩井自身が父役を演じた。
- 「世界は一人」(パルコ・プロデュース)
- 2022年1月29日(土)23:40~
- 2019年に東京・東京芸術劇場 プレイハウスにて上演された岩井初の音楽劇。松尾スズキ、松たか子、瑛太演じる“かつての同級生”たちが、大人になって再会するまでを描く。
- 「おとこたち」
- 2022年1月29日(土)26:10~
- 2014年初演、2016年再演。男たち4人の24歳から82歳までを描く。サラリーマンや俳優、アルバイト、派遣社員とそれぞれの人生を歩む彼らだが、人生は思うように進まなくて……。2016年版を放送。
- 「投げられやすい石」
- 2022年1月29日(土)28:25~
- 美大生時代に天才と言われた男・佐藤と、平凡な友人・山田。数年後に再会した彼らの関係性は、大きく変わっていて……。2008年に初演され、2011年、2020年にも上演された。今回放送されるのは、松井周を迎えた2011年上演版。