岩井秀人の軌跡をたどる日本映画専門チャンネル「特集 岩井秀人」|前野健太が語る「岩井秀人と音楽」|すべては同じ線上に…「なむはむだはむ」から「世界は一人」まで

12月から1月にかけて、日本映画専門チャンネルにて「特集 岩井秀人」が放送される。番組では、岩井秀人×森山未來×前野健太による舞台版「なむはむだはむ」の立ち上げから「なむはむだはむLIVE!」まで、「なむはむだはむ」シリーズが一挙放送されるほか、「ヒッキー・カンクーントルネード」から音楽劇「世界は一人」まで、岩井の代表作の数々が放送される。

ステージナタリーでは放送を記念し、岩井の足跡を振り返る特集を掲載。特集後半では、「なむはむだはむ」「世界は一人」にも携わっている前野が“岩井と音楽”についてメッセージを寄せた。

文 / 熊井玲

何でもするし何にでもなる、「なむはむだはむ」のクリエーション

「なむはむだはむLIVE!」より。©日本映画放送/なむはむだはむ 「なむはむだはむLIVE!」より。©日本映画放送/なむはむだはむ

「好きなことやって生きていってください! 僕たちも好きなことやってるんでー!」

7月10日に行われた「なむはむだはむLIVE!」(参照:「好きなことやって生きていってください!」、一夜限りの「なむはむだはむLIVE!」開催)のラストで、岩井秀人が客席に向かって叫んだ言葉だ。この言葉はまさに、彼の本心から出た言葉だったと思う。

「なむはむだはむ」は、岩井、森山未來、前野健太の3人が“子供が書いた台本を大人の手で作品に昇華する”シリーズで、これまでに舞台版とテレビ版(NHKの「オドモTV」内「オドモのがたり」)が制作された。そのライブ版「なむはむだはむLIVE!」は、今年7月に東京・渋谷WWWにて1夜限定で実施され、会場での観覧のほか、日本映画NETとLINE LIVEで生配信された。

「なむはむだはむ」はもともと、東京芸術劇場芸術監督の野田秀樹が持っていた「子供の書いたものを大人が作品にする」アイデアを、岩井が引き継ぐ形でスタートした企画だ。舞台版上演の前年、2016年には東京と城崎で子供を巻き込んでワークショップが行われ(参照:岩井×森山×前野「なむはむだはむ」城崎でWIP開催「いいセッションだった」)、子供たちが書き上げた奇想天外な物語を、大人たちが舞台作品として再構築した……と書くと、クリエイターが数名集まって、各自の得意ジャンルを生かして作品を立ち上げる“いわゆるコラボレーション企画”に聞こえるかもしれないが、3人が選んだのはジャンルの垣根を超えて“全員が何でもするし何にでもなる”方法で、森山が歌うこともあれば前野が踊ることもあり、岩井が楽器を演奏することもある、“何でもあり”の創作環境だった。そしてこの「なむはむだはむ」でのクリエーションは、作家・岩井秀人にとって非常に重要な転機となった。

“子供が書いた台本”をモチーフに

「なむはむだはむ」が始動する以前の岩井は、2012年にNHK BSプレミアムドラマ「生むと生まれるそれからのこと」で第30回向田邦子賞、2013年に「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞し、劇団では代表作「て」や「ヒッキー・カンクーントルネード」の全国ツアーを行うなど、自身の実体験をベースにした“私演劇”的作風で注目を集めていた。が、本人としては「(創作の)モチーフであった父が2015年に亡くなって、そのことを台本に書いてしまったので(「夫婦」)、これからもまた自分の身の周りのことだけを書き続けていくのはすごくいびつなような気がして」(参照:コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」谷川俊太郎×岩井秀人)いた時期だったそうで、自分の外に何らかのモチーフを探そうとしていた。ちょうどその頃に上演されたのが、俳優たち自身のエピソードをもとに岩井が構成・演出した「ワレワレのモロモロ 東京編」であり(編集注:「ワレワレのモロモロ」の原型となったのは、2012年に岩井が四国学院の大学生たちと立ち上げた公演で、2016年に上演されたのはその“俳優版”)、同じ頃に「なむはむだはむ」も始動した。日本映画専門チャンネル「特集 岩井秀人」では、その「なむはむだはむ」の原型である舞台版の映像と、上演までの道のりを追った「コドモのひらめき オトナの冒険~“なむはむだはむ”の世界~」が放送される。試行錯誤の中、彼らがどんなふうに“お話”を“台本”として捉え直していったか、その足跡をぜひ追ってほしい。

演劇から音楽に“はみ出した”

「なむはむだはむLIVE!」より。©日本映画放送/なむはむだはむ

その後、「なむはむだはむ」はNHKの「オドモTV」内の1コーナー「オドモのがたり」として、より洗練された形となり(参照:「オドモTV」前野健太が岩井秀人と森山未來に「2人共大好きです」)、2021年3月の放送終了まで、テレビ版ならではのアプローチを続けた。そして7月、今度は“ライブ版”が誕生したのである。ライブ版実施の経緯について岩井は「これまでは僕や(森山)未來くんの主戦場的な場所でやってきましたけど、今回はマエケン(前野)のところにお邪魔しようかなと。子供の原作を読んで『歌にしよう!』と思うものも多いし、僕は演劇、マエケンは音楽、未來くんは……ちょっと幅広すぎてよくわかんないけど(笑)、一応ジャンルの違いはありつつも、そこからはみ出しがちな人たちなので」(参照:学校では評価されにくいようなオモシロが発掘される場所にしたい…岩井秀人が語る「なむはむだはむLIVE!」)と語っている。“はみ出しがち”という点で、岩井はかつてバンド活動をやっていた時期があり、「なむはむだはむ」のもう1人のメンバーである種石幸也はその頃からの縁だそうだし、動きが魅力の森山も「ヘドウィグ・アンド・ザ・アングリーインチ」や劇団☆新感線「髑髏城の七人」など数々の舞台で迫力ある歌声を披露している。何より「なむはむだはむ」の稽古場では、3人がそれぞれに台本に目をやりながらギターをつま弾いていたり、身体を動かしていたりするので、「なむはむだはむ」ライブ版が誕生したのも自然な流れだった。なおこのライブ版の前に、彼らは鎌倉と松戸でワークショップを行っていて(「なむはむ!ドキュメント ~俺としらすと江ノ電と~」「なむはむ!ドキュメント ~俺と松戸といぬのゆめ~」)、その様子も今回放送されるので、ぜひチェックしてほしい。

大人が見せる本気のステージ「なむはむだはむLIVE!」

「なむはむだはむLIVE!」より。©日本映画放送/なむはむだはむ 「なむはむだはむLIVE!」より。©日本映画放送/なむはむだはむ

果たして7月10日。緊急事態宣言下で行われた「なむはむだはむLIVE!」は、感染症対策に十二分な配慮を行なったうえで、有観客で実施された。ライブ会場には3人それぞれのファンであろう大人たちに加え、親子連れ、中には乳幼児の姿も。そんな和やかなムードの中、3人が姿を現し、マイクの前で吐息をつきながら身体のどこかを押さえるポーズを取る。そのテンポが少しずつ速くなると、舞台奥のスクリーンに子供の字で「もっきんはつらい」と映し出され、それが叩かれる木琴のことを表現しているとわかると、観客からどっと笑いが起きた。続けてロック風、フォーク風、ヘヴィメタ風など多彩な音楽に乗せて、透明人間の話、映画館にやって来た恐竜の話、モールにやってきた家族の話などさまざまな物語が繰り広げられる。3人は歌と演奏、動きを入れ替わり立ち替わり披露して、観客を大いに沸かせた。

「なむはむだはむLIVE!」が、これまでの「なむはむだはむ」シリーズと大きく違うのは、舞台上のスクリーンに“子供が書いた台本”が映し出されたことではないだろうか。これまでは“子供が書いた台本”とパフォーマンスが共存することはなかったが、「なむはむだはむLIVE!」ではパフォーマンス中も子供の字で物語が映し出されるので、“台本”とパフォーマンスの距離感がより明確になった。さらに台本そのものの面白さと、パフォーマンスとしての遊びや挑戦を同時に楽しむことができるようになり、「なむはむだはむ」のコンセプトがより見えやすくなった。