日本映画専門チャンネル「特集 岩井秀人」2ヶ月連続企画記念 岩井秀人×山内ケンジ対談|違う、でも惹かれる。

「夫婦」は再演で本質が見えた

山内 岩井さんの自伝的作品である「て」や「夫婦」は、やっぱり名作ですね。「夫婦」は、再演で岩井さんがお父さん役を演じて、「岩井さんはこういうことがやりたかったんだな」っていうことがよくわかった。本質が見えた感じがします。

岩井 僕はどういうことがやりたかったんでしょうね?

山内ケンジ

山内 やっぱり“本当のこと”ですよね。それと、岩井さんが演じたことで最後、お父さんが悲しいなって感じがした。笑えなかったですね。

岩井 そうなったんですよねえ。(初演で父親を演じた)猪股(俊明)さんのような愛嬌が、僕にはないですからね。

山内 「て」のお父さんは十代の息子からの視点だから、ただただモンスターなんだけど、「夫婦」のお父さんは、大人になった息子からの視点だから、人間だし奥行きがあるし、お父さんもそれだけ年を取ってる。その当たり前のことがより明確になったと思います。

岩井 (うなずく)。

山内 それからオリジナル番組の「ハイバイ、十五周年漂流記。」は本当に面白かったですね。バックステージを追ったドキュメンタリーで。

岩井 そうですね。「この人何してる人だろう」って思いました、自分なんだけど(笑)。

山内 監督の尾野慎太郎さんも気になる。これは本当に観てよかった。そして「おとこたち」は岩井さんの私演劇と取材方式が結実した傑作ですよね。これは今後もまた再演していくんでしょうね。

岩井 「おとこたち」はミュージカルにしていこうと思ってます。最終的に、飛鳥涼さんに曲を作ってもらおうと(笑)。

お客さんが離脱可能な状態にしておく

山内 前に何かで話したことがあると思うんだけど、ハイバイが特徴的なのはやっぱり象徴主義って言うか、何かを象徴させることだと思うんですね。例えば「おとこたち」の登場人物は、二十代から八十代までを、見た目は大して変えずに演じていたり、ハイバイ・ドアにはドアノブしかついてなかったり。岩井さんのそういう“象徴主義”的な原体験ってどこにあるんだろう? 演劇に対する原体験が岩松了さんの「月光のつゝしみ」にあるというのはどこかで読んだんだけど、でも岩松さんの芝居はリアリズムで、リアリティをずらしていく、岩井さんのあの感じは、一体どこで……?

岩井秀人

岩井 戯曲面のルーツは、完全に岩松さんと平田オリザさんなんですけど、演出に関しては1回だけ観た、ベルリナー・アンサンブル「リチャード2世」の東京公演(02年 / シアターコクーン)の影響ですね。東西ドイツ合併によって、東ドイツと西ドイツの俳優を交ぜて上演するというものだったんですけど、西ドイツの俳優はスタニスラフスキー・システムに則って“俳優は役人物になれる”という前提、東ドイツはブレヒトの流れで“役人物になれない”前提で、合同公演は無理なんじゃないかと思ったんです。でも全然大丈夫だった。それに、一貫して役人物になることの“寒さ”が提示され続けていて、例えばリチャード2世が「やっと手に入れたこの王座」みたいなセリフを言いながら、持っている王冠をパヨンパヨンさせてたりするんです。つまり、それが紙のような簡易なものでできた王冠だってことをわかって演じてますよっていう、とても“大人”な作品だったんですね。また「船が来たー!」ってセリフで出てきたのが、小さな紙の先っぽだったり(笑)。同じ頃、蜷川(幸雄)さんだったら、例えば船を出すシーンで、どれだけその船をリアルに見せられるかってことにこだわってたと思うし、大学でもびっしょり汗をかきながら役人物になる演技をやらされてたんですけど、ベルリナー・アンサンブルを観たとき、「俺たち王様の気持ちもわかるぜ、イエーイ!」ってことじゃなくて、「俺たちには関係ない話、でもどこか考えられることがあるなら考えてもいいよ」って立ち位置から演劇をやってみたいなと。その影響は受けていますね。

山内 ほう。

岩井 だから僕の舞台では、例えば浅野和之さんがおばさんの格好をして出てきたりする(編集注:18年に上演された「て」で浅野はお母さん役を演じた)。そうしておけば、例えば熱演やストーリーがキツすぎて受け止められないと思っても、ふっと観たらカツラを被ってる浅野さんがやってるわけですから(笑)、いつでも作品から離脱可能っていうか、観ているお客さんの任意度が高くなると思うんですよね。お客さんには、“ウチらにはその話は関係ないし、でも考えられることがあれば考えてもいいけど、基本的にはバカなことに見えるよ”って立ち位置から観ていてほしい。その思いは、実はずっと変わっていない感じがします。

岩井秀人(イワイヒデト)
1974年東京生まれ。劇作家、演出家、俳優。2003年にハイバイを結成。07年より青年団演出部に所属。東京であり東京でない小金井の持つ“大衆の流行やムーブメントを憧れつつ引いて眺める目線”を武器に、家族、引きこもり、集団と個人、個人の自意識の渦、等々についての描写を続けている。12年にNHK BSプレミアムドラマ「生むと生まれるそれからのこと」で第30回向田邦子賞、13年「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。18年「ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編」(構成・演出)でフェスティバル・ドートンヌ・パリに参加した。作・演出を手がけた音楽劇「世界は一人」が4月14日まで全国6カ所をツアー中。
山内ケンジ(ヤマウチケンジ)
生まれてから長い間CMディレクター&プランナーとして活躍、「NOVA」「コンコルド」「クオーク」「ソフトバンク」など話題のCMを多数手がける。04年から演劇の作・演出を開始、城山羊の会を発足。「トロワグロ」(14年)で第59回岸田國士戯曲賞を受賞。映画監督としては「ミツコ感覚」(11年、ワルシャワ映画祭ノミネート)、「友だちのパパが好き」(15年)に続いて、前記「トロワグロ」を原作とした本作「At the terrace テラスにて」が3本目となる。

3月放送はココを見て!

平原テツ

平原テツ

3月放送には、岩井さんが再演をずっと重ねている、ハイバイの核となるような作品が並びました。なので、ハイバイを観たことがない人にも観てもらいやすいと思います。小さなコミュニティで起きる、特別大きな事件ではないけれど、その人たちにとっては大きい事件みたいなものが描かれます。「ヒッキー・カンクーントルネード」は僕がハイバイに入る前に、一番最初に出演させてもらった作品。で、お母さん役だったんですよ。「男がお母さんってどういうこと?」って、最初は戸惑いしかありませんでしたけど(笑)、岩井さん独特の言い回しが面白いなと思いましたね。「霊感少女ヒドミ」は初めての野外公演で、前日に台風か何かで椅子が飛ばされてたり、公演中も風がビュービュー吹いて髪がバッサバサになったり、野外の洗礼を受けた感じでした(笑)。「女の半生」も見ましたが、ここらへんからちょっと、岩井さんの演出が変わり始めた感じがします。ハイバイの作品は、観てるお客さんが登場人物や物語に思いを入れやすいところがあると思います。なので、ぜひ自分のことを重ね合わせながら観てほしいなと思いますね。

平原テツ(ヒラハラテツ)
1978年福岡生まれ。2009年よりハイバイに所属。現在は岩井が作・演出を手がける音楽劇「世界は一人」に出演中。

菅原永二

菅原永二

初めて岩井くんと出会ったときに「ポンポン」と「霊感少女ヒドミ」が入ったDVDをいただいて、それがとても面白くて、その後に「ヒッキー・カンクーントルネード」「投げられやすい石」を観せてもらいました。「ヒッキー」は岩井くん自身がひきこもっていたときの話で、外に出て最初に、自分の体験を自分で書いて演じる覚悟ってすごいことだなと思いました。作品には当時の岩井くんの生活が描かれていて、悲しいだけじゃなくてひきこもっている中での楽しみとか成長していく姿とか、最後は希望も感じられたので観終わったときに「ああよかった」と思いました。「ヒドミ」の不思議な世界観、岩井くんのクセになるナレーション。「投げられやすい石」のなんとも嫌な気持ちになるコンビニのシーン。そして自意識の果て。
岩井くんは、鋭い観察力と洞察力でもって、誰しもが経験したことのある気まずい空気や違和感や、過去に蓋をして忘れようとしていたイヤーな感覚をゆ~っくりと丁寧に掘り起こしてくれます。穿ってくれます。
3月に放送される作品には僕は出演していないんですけど、この頃から岩井くんには本当に多くの刺激を受けており、こうやって「特集 岩井秀人」として取り上げられるのはとてもうれしいです。クセになる岩井ワールドをぜひご堪能ください。

菅原永二(スガワラエイジ)
1974年東京都生まれ。2011年まで猫のホテルで活動。岩井作品には09年の「て」以来、たびたび参加しており、現在は音楽劇「世界は一人」に出演中。

2019年3月23日(土)放送

22:00~「ヒッキー・カンクーントルネード」(2010年)TV初

「ヒッキー・カンクーントルネード」より。©曳野若菜

作・演出:岩井秀人
出演:岩井秀人、成田亜佑美、坂口辰平、平原テツ、チャン・リーメイ

2003年にハイバイの旗揚げ作品として初演された、岩井の半自伝的作品。ひきこもりの登美男を軸に、母と妹、ひきこもりを外に出す“出張お姉さん”たちのやり取りが描かれる。今回は、岩井自身が登美男役を演じた2010年上演版が放送される。

成田亜佑美

「ほんとに大好きな作品で、大好きな役です」成田亜佑美

最初に「ヒッキー・カンクーントルネード」に参加したのはちょうど10年前のこと。岩井さんはとてつもなく厳しくて、とてつもなく優しいひとだと思ったのを覚えています。この作品を思い出すと、一瞬登場人物全員を岩井さんが演じてる姿が頭をよぎります。多分全員の気持ちを汲んだとても丁寧な演出だったからで、“登美男”が岩井さん自身かもしれないと考えたら苦しくなった。ほんとに大好きな作品で、大好きな役です。

成田亜佑美(ナリタアユミ)
1985年神奈川県出身。マームとジプシーのほかさまざまな舞台に出演。今後は6月にモダンスイマーズ結成20周年記念公演、夏に作・演出藤田貴大作品「めにみえない みみにしたい」に出演。

23:30~「ヒッキー・ソトニデテミターノ」(2018年)TV初

「ヒッキー・ソトニデテミターノ」より。©Jean Couturier

作・演出:岩井秀人
出演:岩井秀人、平原テツ、田村健太郎、チャン・リーメイ、能島瑞穂、高橋周平、藤谷理子、猪股俊明 / 古舘寛治

「ヒッキー・カンクーントルネード」の続編。ひきこもりの登美男が“出張お姉さん”のアシスタントとなり、さまざまなひきこもりたちと対峙する姿が描かれる。2012年に吹越満主演で初演され、18年に岩井主演で再演。今回放送されるのは、その再演版だ。

吹越満

「最初から岩井くんでよかったんじゃないかな」吹越満

当初は「ヒッキー・カンクーントルネード」への出演依頼でした。つまり、過去に岩井さんがやった役を僕にということでした。ので、お断りさせて頂きました。
なんとな! 兼ねてから岩井さんは俳優としても僕の概念を超えた恐ろしいパフォーマーだと思っておりましたから、あれは出来ない、と尻込みしたんですね。そしましたら「カンクーン~」の続編にあたる「ソトニ~」を書いて下さった。な、なんと!! ので、断れなくなりました。
岩井さんがいかにしつこく妥協を許さない表現者か、ということがわかるエピソードですね。
再演は岩井さんが演ることになりましたが、最初からそれでよかったんじゃないかな、と思っています。けど、パリは行きたかったかなぁ、笑。

吹越満(フキコシミツル)
1965年青森生まれ。89年から「フキコシ・ソロ・アクト・ライブ」を継続的に展開。岩井作品には「ヒッキー・ソトニデテミターノ」初演に出演。5月17日に出演映画「うちの執事が言うことには」が公開。

25:40~「霊感少女ヒドミ 香川県庁舎南庭 野外公演完全版」(2014年)TV初

「『霊感少女ヒドミ』香川県庁舎南庭 野外公演完全版」より。 ©青木司

作・演出:岩井秀人
映像:ムーチョ村松
出演:石橋菜津美、富川一人、用松亮、平原テツ

2005年に初演、12年に再演。ヒドミは、恋人のヨシヒロに嫌われまいと奮闘するが、亡霊たちがその恋路を邪魔しに現れて……。再演では映像作家のムーチョ村松が参加し、プロジェクションマッピングを駆使した演出が話題を呼んだ。今回は初の野外公演となった、香川県庁舎南庭野外公演版が登場する。

ムーチョ村松

「僕の感情も巨大にビジュアル化された」ムーチョ村松

当時のことを思い出すに、「ヒドミ」をやろうと岩井君に言われたとき、純粋に楽しそうだな、と思った。そもそも舞台映像は幽霊みたいな存在だなと思っていたし、ワンルームマンションにまつわる男女のアレコレは僕にも経験があるし単純に同じ年、というのもあって他人の作品とは思えなく、楽しかった。香川公演での一番の思い出は、本番の瞬間。ライブで登場人物の感情的なものを、丹下健三の建築にプロジェクションしたとき。僕ら世代はなんか見えないエネルギーみたいなのが、空に描かれるのを夢想して育った世代。ライブでプロジェクションしたときは、登場人物の感情だけでなく、それを受けた僕の感情も巨大にビジュアル化されて……感動的でした。

ムーチョ村松(ムーチョムラマツ)
1974年生まれ。映像作家、トーキョースタイル代表。映像演出を手がける「銀河鉄道999 劇場版公開40周年記念作品 舞台『銀河鉄道999』さよならメーテル~僕の永遠」が4月に東京、5月に大阪で上演される。

27:10~「投げられやすい石」(2011年)TV初

「投げられやすい石」より。©曳野若菜

作・演出:岩井秀人
出演:松井周、内田慈、平原テツ、岩井秀人

美大生時代に天才と言われた男・佐藤と、平凡な友人・山田。数年後に再会した彼らの関係性は、大きく変わっていて……。2008年に初演され、11年に再演された。今回は松井周を迎えた再演版が放送される。

内田慈

「岩井さんの車で河原までドライブしました」内田慈

2008年に新宿ゴールデン街劇場で「投げられやす~い石」として上演したのが初演。11年上演時にタイトルの“~”が無くなりました。「河原のシーンの石を拾いに行こう」と、ある日の稽古がおでかけになって、岩井さんの車で松井周さんと平原テツくんと私の4人で河原までドライブ。少し日が暮れかけてる中、川に石投げて遊ぶ岩井さんと松井さんの後ろ姿が、劇中の佐藤と山田みたいですごくキレイでした。

内田慈(ウチダチカ)
1983年神奈川県生まれ。岩井作品にはほかに「兄弟舟」「おねがい放課後」「その族の名は『家族』」に出演。3月27日から31日に財団、江本純子vol.15「ドレス」に出演。

28:50~「日本映画専門チャンネルID『女の半生』」(2018年)

日本映画専門チャンネルID「女の半生」より。

脚本・監督:岩井秀人
共同監督:ムーチョ村松
出演:岸井ゆきの

岩井秀人が初監督に挑んだ作品。岸井ゆきの演じる女の半生を、120秒に凝縮して展開する。

岸井ゆきの

「岩井さんのオンリーワンな男と女!を」岸井ゆきの

ムーチョさんは小さいカメラを持って動き回って、よーい、どん!と監督がいう。わたしは5歳から25歳を演じたので、公園でランドセルを背負ってソフトクリームを食べながら木を蹴ったり。純粋に、楽しんで出来上がった作品です。岩井さんの描く女性は、いつも嘘がないよな、と思います。正しい正しくないじゃなく。そんな役はもれなく愛おしいわけです。岩井さんのオンリーワンな男と女!を、常に待ち望んでいます!

岸井ゆきの(キシイユキノ)
1992年神奈川県生まれ。岩井作品にはほかに「ヒッキー・ソトニデテミターノ」(12年)に出演。最新主演映画「愛がなんだ」が4月19日にテアトル新宿ほか全国ロードショー。

「『特集 岩井秀人』にゾクゾクします!」本広克行

本広克行

観ているうちに自分が感じているのが絶望なのか、希望なのかもわからなくなる。それが岩井演出の醍醐味です。ハイバイの舞台でも、脚本をお願いしたアニメ作品「フリクリ」でもそうでした。ごく身近な出来事を語りながら、その視線はいつもどこか遠くを見つめている。観ている側も、今ここにいる自分が本当に自分のすべてなんだろうか、と疑いを抱いてしまう。そんな得体の知れない体験を、今回の特集で多くの方が味わってくれると思うと、ゾクゾクします!

本広克行(モトヒロカツユキ)
1965年香川県生まれ。映画監督。4月から5月にかけて東京・大阪で上演される「舞台 PSYCHO-PASS サイコパス Virtue and Vice」と、8月に東京で上演されるPARCO Produce公演「転校生」の演出を手がける。
日本映画専門チャンネル「特集 岩井秀人」
2ヶ月連続企画記念特集
岩井秀人×古舘寛治対談岩井秀人×古舘寛治対談
“本当の人間”を描く、演じる

4月に放送される「て」、「夫婦」、オリジナル番組「ハイバイ、十五周年漂流記。」、「おとこたち」、コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」の詳細はこちら。


2019年4月12日更新