日本映画専門チャンネル「特集 岩井秀人」2ヶ月連続企画記念 岩井秀人×山内ケンジ対談|違う、でも惹かれる。

現実的な世界観をベースに、人間の心の機微を大胆な筆致で描き出す、ハイバイ・岩井秀人と城山羊の会・山内ケンジ。共通する出演者も多く、互いの作品をよく観合ってはいるが、「自分たちは現代口語演劇の極北と極南」と口をそろえる。

ステージナタリーでは、日本映画専門チャンネルの2ヶ月連続企画「特集 岩井秀人」の放送を記念して、岩井と山内の対談を実施。プライベートを除いては、意外にも初対談となる2人に、お互いのこと、俳優のこと、映像と演劇のことなど広く語ってもらった。また放送をより楽しんでもらうため、3月に放送される5作品から、ゆかりの人たちによるコメントも紹介。これを読めば、きっと全作品が観たくなるはず。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 引地信彦

実はフィクション時代も好き(山内)

岩井秀人 最初に観た山内さんの作品は何だったかなあ、アゴラ(こまばアゴラ劇場)か三鷹(三鷹市芸術文化センター 星のホール)だったと思うんですけど。

山内ケンジ アゴラでやった、深浦加奈子さんの遺作「新しい橋~le pont neuf~」(2008年)だと思いますよ。古舘(寛治)さんが出ていたから、それで観に来てくれたんじゃないかな。

岩井 ああ、そうですね。

山内 古舘さんが石橋けいの脇を舐めるっていうシーンがあって、そのシーンのことを岩井さんがやたらと言ってたなと(笑)。

岩井 「そういう演劇、初めて観ました」って話した記憶があります(笑)。そのあと、「あの山の稜線が崩れてゆく」(12年)とか、いろいろ観てますね。山内さんの作品はすごく現実的な空気で始まるんだけど、誰にも気付かれないところでおかしな方向へヌルッと入っていく。でもそれがフィクションの世界じゃなく、すべて現実の中でなされているのが面白いなと思っていて。例えばある男が、数人で話してるときと、女の人と2人きりになったときとでは、全然“違う部分”で話してる様子とか、現実の見方として面白いですね。あとから(吉田)大八さんに、「山内さんは演劇の人じゃないんだよ。CM界でとんでもないことをたくさんしでかして、今のCM業界の文脈を作った人なんだよ」と聞いて、「だからか」と納得しました。

左から山内ケンジ、岩井秀人。

山内 (笑)。僕がハイバイを最初に観たのは、「ナナイロニ」(05年)ですね。志賀廣太郎さんに「ハイバイは面白いよ」と言われて観に行ったんですけど、それはミュージカルでした。(初期の岩井作品でおなじみの)演劇講座のシーンもあって。

岩井 品川幸雄(編集注:過激な持論を展開する演劇講師のキャラクター)が出てくるやつですね(笑)。

山内 フィクションと現実の狭間みたいな作品で、それが面白かったかと言うと、キョトンって感じだったんですね。それで、しばらく何本か……。

岩井 休んで(笑)。

山内ケンジ

山内 次に観たのが「ポンポン お前の自意識に小刻みに振りたくなるんだポンポン」の再演(07年)でした。それは本当に面白くて、あんなに笑ったことはなかったんじゃないかなってくらい笑った。そこからずっと観ています。岸田國士戯曲賞を受賞した「ある女」はどっちかと言うと岩井さんの“取材モノ”の側面がある作品だと思うんだけど、でもやっぱり岩井さんと言えば「ヒッキー(・カンクーントルネード)」「て」などの圧倒的“私演劇”の人っていうことになる。でも、実はそれ以前に「おいでおいでぷす」「兄弟舟」などフィクションの時代がありますよね。特に「兄弟舟」は面白くて、黒澤明の「醉いどれ天使」みたいだって思ったけど、別に観てたわけじゃないんでしょ?

岩井 観てないですね。あれは完全に俳優への興味からです。永井若葉っていう俳優があまりにも面白くて、俳優って普通カツラや衣装でその役っぽくなるものだけど、若葉はどんな役をやらせても常に若葉なんです(笑)。その若葉が、パンチパーマでヤクザっぽい言葉遣いをする、「自分はヤクザだ」と思いたい女の人を演じるんですけど、「お前がヤクザなわけないだろ」って若者が絡んでくる。でも若葉は自分がヤクザだって思ってるから、因縁が続いていくっていう。

山内 あれはよかったよねー(笑)。

岩井 あははは。

山内 でも徐々に私演劇のほうに重心が傾いていって、その完成度がどんどん高くなっていき、フィクションものは毎年お正月にやっている「工場見学会」でしか今、観られなくなっていて。

岩井 山内さん、毎年観てくれてるんですよね(笑)。

山内 岩井さんの書くフィクションが好きだから。でもそういう意味でも、最新作の「世界は一人」は画期的だったと思います。「て」と「夫婦」の再演(18年)で、「私演劇的な流れは一段落」と語っていたのは知ってたから新しい作品になるのだろうと思っていたけど、フィクションと私演劇が混ざっていて、これからどうなるのかなっていう期待がすごくあります。

惹かれるのは、余計なことをしない、面白い俳優(岩井)

山内 城山羊の会の出演者は、ハイバイに出入りしている人たちや青年団、無隣館の人が多いんです。ハイバイを“クビ”になってる人も、岩井さんの基準には達しなかったのかもしれないけど、レベルがすごく高い。

岩井秀人

岩井 惹かれるのは、余計なことをしないのにすごく面白い人。役者さんって渡されたセリフと関係ないところで面白いことをやろうとするんですよね、特に面白い人は。でも岸井ゆきのさんとか古舘さん、吹越(満)さんは、僕がこのセリフのここを面白くしてほしいと思っているところを、さらに面白くしてくれるんです。笑いだけじゃなくて、例えば「そんなに深い感情でそのセリフを言ってくれるんだ」みたいな、より人間らしいものを提示してくれる。その人たちの、そういう選択の仕方が好きなんだと思います。

山内 僕はいつも俳優を決めてから脚本を書くので、「この人なら書けそうかどうか」がキャスティングの基準ですね。だから「いいな」って思うと相当追いかけるんですよ。その人が出ている舞台を、その人を観るためだけにいろいろ観に行って、だんだんと「もっとこうしたら面白いのに」って思う感覚が溜まってくるとオファーする。基本的に書きたい話があって書くわけではないので、「この人とあの人を組み合わせると面白いんじゃないか」とか、そういうことからなんですよね。だから岩井さんの私演劇とは、組み立てが全然違うと思います。

“映像と演劇”問題

山内 今回放映される10作品は、日本映画専門チャンネルステーションID「女の半生」とオリジナル番組「ハイバイ、十五周年漂流記。」も含め、全部観ました。「投げられやすい石」は初演も再演も観てますよ。あの頃の作品は、本当に観るもの観るものすごかった。

岩井 初演もですか? 新宿のゴールデン街劇場ですよ? 40人くらいのキャパで……。

山内ケンジ

山内 むしろ初演のほうが好きです(笑)。空間がすごく狭いから役者がはけられなくて、はけた記号として役者が後ろを向くだけっていう演出で(笑)。

岩井 そうそう、壁のほうを向いて立ってるだけ。何かに反省してるみたいな感じでした(笑)。

山内 「霊感少女ヒドミ」は初演を観てなくて、再演を観ましたね。でも作品として最初に観たのは、小指値(現・快快)がやったバージョンでした。

岩井 あれ、名作でしたよね!

山内 うん、面白かった。ハイバイの再演版には、城山羊の会にも関わってくれている、映像作家のムーチョ(村松)がプロジェクションマッピングで参加しています。そう言えば、それより前にアトリエ春風舎で、上演中に撮影をやってた作品がありましたよね?

岩井 「金子の半生」ですかね? 杉田協士が上演中に舞台上でカメラを回して撮った……。

山内 それだ。公開収録を客席で観たんですけど、あれはどこかで上映したの? 実は映像としての完成版を観てないんですよ。

岩井 「こまばアゴラ映画祭」(11年)のときに上映しましたね。

山内 あれもよかったですよね。まず話が面白かったし、杉田さんのカメラワークがうまいなって。完全にセリフをわかってるから、振り方がすっごいなっていう。

岩井 あははは。確かにあれは面白かったですね。

山内 演劇を映像として撮るっていう意味ですごく新しい試みだったと思います。誰もが一度はやってみたいなって思うけど(上演中の舞台にカメラマンを立たせることは)できないから、一生懸命カメラの台数を増やしたり、いろんなレンズを使って臨場感が出せるようにがんばるわけだけど、ワイドレンズであそこまで近くで撮影できるっていうのがさ、もう。

岩井秀人

岩井 なんせ舞台上にカメラマンがいますからね(笑)。でも振り返ると、旗揚げのときからやってみたいと思ってたんですよね。1本丸々作品を上演して、それを最初から最後まで1人のカメラマンが撮るっていう。

山内 最近ナショナル・シアター・ライブで、やっぱり「舞台上で撮影しているんじゃないかな?」って思うような作品があったけれど、岩井さんのほうが全然早いですよ!(笑)

岩井山内 あははは。

岩井 「女の半生」は、2年前くらいに初めて撮った映像作品で、ゆくゆくは映画を撮りたいと思ってるので、その試作みたいなつもりでやらせてもらったんですけど、実際にやってみて、いろいろ考えることがありましたね。やっぱりもう演劇の勝手を知っちゃってる部分があるし……。

山内 映像は表現の幅がものすごく狭いと思いますよ。観る人も、映画の場合は“頭を悪くして観る”じゃないですか。

岩井 テレビに近いっていうか。

山内 そう。逆に演劇の観客は、「え? そんなことまで聞くの?」っていうくらいに細かい。城山羊の会は、休止っていうと大げさですけど、今年は演劇をやらないと思っているんです。単純に演劇をやっていると、映画の制作が止まってしまう。その繰り返しだったので。

岩井 ハイバイも今年、公演しないですけどね(笑)。でも「At the terrace テラスにて」(編集注:2016年制作。山内の第59回岸田國士戯曲賞受賞作「トロワグロ」を完全映画化した作品)みたいに、演劇にしたものを映画にするってこともできる気がしますけど……。

山内 うーん、でも自分としては、演劇と映画を分けてやりたいと思ってるんですよね。

岩井 ああ、それはわかります。


2019年4月12日更新