「THEATRE for ALL」岡田利規×ノゾエ征爾 対談|多様な観客との出会いで起きる想定以上のこと、それが醍醐味

2月5日にサービスを開始した「THEATRE for ALL」は、バリアフリーと多言語に対応したオンライン型劇場だ。演劇・ダンス・映画・メディア芸術など多彩な演目が並ぶ中、2月11日から14日にかけて上演される「消しゴム山」、昨年上演された「ボクの穴、彼の穴。The Enemy」もラインナップされている。「消しゴム山」を手がけたチェルフィッチュの岡田利規、「ボクの穴、彼の穴。The Enemy」を手がけたノゾエ征爾は、活動のベクトルこそ違えど、これまで言語や世代が異なる多様な観客に出会ってきたという点で共通点が多い。本特集ではそんな2人に、観客に対する意識やクリエーション現場で大事にしていること、そして現在の創作への思いを聞いた。

取材・文 / 熊井玲

THEATRE for ALLとは?

日本で初めて演劇・ダンス・映画・メディア芸術を対象に、日本語字幕、音声ガイド、手話通訳、多言語対応などを施した動画配信プラットフォーム。オリジナル作品を含む映像作品約30作品、ラーニングプログラム約30本を配信予定。

「THEATRE for ALL」で見られる岡田演出作品&ノゾエ演出作品

チェルフィッチュ×金氏徹平「消しゴム山」
配信開始:2月下旬頃 予定
価格:1500円(税込)
※日本語字幕版、英語字幕版、オリジナル版
チェルフィッチュ×金氏徹平「消しゴム森」
配信開始:2月5日(金)〜 ※期間限定
価格:無料
※日本語字幕版、英語字幕版
PARCOプロダクション「ボクの穴、彼の穴。The Enemy」
配信期間:2月5日(金)~18日(木)
価格:3000円(税込)
※バリアフリー日本語字幕版、音声ガイド+バリアフリー日本語字幕版
※UD Castあり。

原作:デビッド・カリ

イラスト:セルジュ・ブロック

訳:松尾スズキ

翻案・脚本・演出:ノゾエ征爾

出演:宮沢氷魚、大鶴佐助

“外”の観客を知って、考えを書き換えた

──「THEATRE for ALL」は、アクセシビリティに特化していることが特徴の動画サービスです。劇場での観劇が難しい方、観劇に何らかのサポートが必要な方に向けて、音声ガイド、バリアフリー字幕、手話通訳などの方法で、作品をより楽しんでいただけるサービスが施されています。岡田さんの作品は海外の方がよく観に来ていますし、ノゾエさんの作品は客席に高齢の方をよく見かけます。お二人は普段、どんな観客を想定してクリエーションされていますか?

岡田利規 「どんな観客を想定するか」ということは、この15年くらいで変わってきました。これは僕にとってものすごく大きな変化で、そのきっかけは海外で公演するようになったことです。それまでは、日本語がわかる、また言葉として日本語がわかるだけじゃなくて日本に住んでいて、日本や東京がどんな場所かということがすでにわかっている、共有しているものが多くある観客をプロトタイプとして想定していました。その“中”にいて、“外”については意識すらしなかったというか。でも今は、日本語がわからないとか、日本のことをまったく知らない人は観客の中に当然いると思いながら作品を作っていて、それは大きな違いです。またそのように、想定する観客のプロトタイプが変わったことは、海外で作品を上演するときだけでなく、例えば子供に観てもらう作品を作るときにも間違いなく役に立ったと思います。

ノゾエ征爾 僕は10年ちょっと前くらいから高齢者施設を回る公演を始めて、その頃から具体的に意識が変わっていったなという感覚があります。それまでは東京の小劇場で、身近な方々や先輩の間でちょっと刺激的なものだとか、自分的に新しいもの、というところに視点があった気がするんですけど、高齢者施設に芝居を持って行ったときに、そんなものは何も求められていないし、響きもしない、という経験をして。僕はどこかで「こんな演劇も届くといいな」と勝手にイメージしていたんですけど「いやいや全然違うぞ」と。たった30分くらいの芝居なんですけど、目の前のおじいちゃん・おばあちゃんが楽しいかどうか、その真実しかなくて、自分の作品に対する視点がとても狭かったなと感じました。もちろんある種のこだわりを持つことが悪いとは思わないのですが、偏っていたと痛感したんです。そこから(観客との)共通言語や共通感覚の範囲について考え直していきましたね。また地方で創作させていただいたり、海外で作品がリーディングされたりという経験が積み重なって、今はもう(観客が)想定しきれない(笑)。でもそうしたときに改めて、「自分の信念はどこにあるんですか」と突きつけられている感じもします。

岡田 今のノゾエさんのお話を聞きながら、具体的に経験したことは違うけれど、ある意味一緒の経験をしてるんだなと思いました。自分が属している“中”があって、でも“外”には全然違うものがある、というのは当たり前のことなんだけど、それを身をもって経験することで、自分の考えを書き換えていくということをしてきたんだなと思いますね。

「消しゴム山」「消しゴム森」で試される“エクストラ音声ガイド”

──岡田さん演出の「消しゴム山」は2019年に「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2019」で初演された作品で、2017年に岡田さんが岩手県陸前高田市を訪れた際、急ピッチで復興作業が進む様子を目にしたことをきっかけに、人とモノの関係に着目して立ち上げられた作品です。さらに「消しゴム山」と対を成す作品として、2020年に石川県の金沢21世紀美術館で上演された美術館版「消しゴム森」、今年オンラインで展開された「消しゴム畑」も制作されました。2月に上演される「消しゴム山」東京公演では、“鑑賞マナーハードル低めの回”を設けたり、手話通訳、字幕などさまざまなバリアフリー策を実施されますが、中でも気になるのが“エクストラ音声ガイド”です。こちらはどんなガイドなのでしょうか。

「消しゴム山」より。(撮影:守屋友樹 / 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局)
「消しゴム森」より。(撮影:木奥惠三 / 写真提供:金沢21世紀美術館)

岡田 まずバリアフリーっていう言葉を、僕はスルッと受け流したくないんですね。そもそも自分が伝えたいと思っていることが届かないということがバリアなのだとしたら、そんなバリアはありまくりというか。こういう文脈の中でのバリアは“障害”というような意味で使われると思うんですけど、僕からすると別に障害だけがバリアじゃないと思うし、そういう意味で特別に考える必要はないと思ってるんです。で、“エクストラ音声ガイド”は何かというと、“舞台で何が行われているか、観ればわかるけれど、わからない人のために言葉で言い換えて情報を補完する”ようなガイドではなく、そもそもそんなガイドには抵抗があるし、そんなことをする必要はないと思うので、舞台上にもセリフにもない、ガイドの中にしかない情報を入れたいと思っています。それならやる意味があると思って、“エクストラ”と付けました。

──本の注釈や歌舞伎の音声ガイドのようなイメージでしょうか。

岡田 ちょっと違いますね。例えば僕は目が見えるけど、そうは言っても可視光線が見えているだけとも言えて、赤や紫の外は見えません。可聴域もあって、イルカが出している音の中に聴こえてないものもある。でも僕は別にそれで困っていないし、見えない、聴こえないものがあるからと言って、それを何かで補完しなくていいと思うんですけど、“エクストラ音声ガイド”はその部分を意識させるもの。こう考えるのが僕の中ではしっくりきますね。

──なるほど、わかりやすいです。ノゾエさんは、先ほどお話にあった高齢者施設を回る世田谷パブリックシアター@ホーム公演や、高齢者を対象とした彩の国さいたま芸術劇場の芸術クラブ活動、ゴールド・アーツ・クラブ公演(参照:数百人で演じる、ゴールド・アーツ・クラブ×ノゾエ征爾「病は気から」開幕)などで、何か取り組みをされましたか?

ノゾエ いえ、してないですね。ただ何かバリアになるようなものがあれば、あらかじめ創作の時点でそれをなるべく排除して、という意識はするようにしています。今回、「THEATRE for ALL」に収蔵される「ボクの穴、彼の穴。The Enemy」の字幕原稿に関わらせていただいたのですが、それが初めてです。

──「ボクの穴、彼の穴。The Enemy」はイタリア人童話作家デビッド・カリの絵本を、松尾スズキさんが初翻訳した作品で、塹壕に残された2人の兵士が妄想に囚われながら孤独と戦う様が描かれます。2016年にノゾエさんの翻案・演出で初演、2020年には宮沢氷魚さん、大鶴佐助さんの顔合わせで再演されました。セリフの応酬が魅力の1つですが、あの作品に字幕を付けるのは大変そうですね(笑)。