フィクションとノンフィクションのあわいを行く
──7月のプレ稽古では、いわゆる台本通りに作品を立ち上げていく作り方ではない今回のクリエーションに、最初は戸惑いを見せている出演者もいたように感じました。そこからやり取りを重ねて、皆さん慣れてきた感じでしょうか?
菅原 実はまだ即興部分の稽古が本格的に始まっていないので、僕も全体像が見えていないのですが、皆さんドキドキしつつ、楽しんでいると思いますよ。
──最近の松井さんは、カードゲームをベースに誰かに成り変わって会議に参加し、新たなコミュニケーションを築く「なりかわり標本会議」然り、近未来の擬似家族を描く「イエ系」然り、フィクションとノンフィクションのあわいを泳ぐように、役や演技の捉え方が変化していて、今回の「終点 まさゆめ」はそんな松井作品の最新系になりそうです。
松井 そうなったらいいなとは思っています。演劇って今は、体験する面白さみたいなものがどんどん開拓されていて、例えばイマーシブシアターにデートで行こうとか、そういう形で広がっていってるんじゃないかと思います。と同時に今、演劇──特に小劇場は、これまでの客席と舞台を分けた、劇場で観せるスタイルが消えていきそうな感じもしていて。僕自身はどちらもやりたいとは思っていますが、従来の観せ方の良さと参加型の良さの両方を混ぜ合わせた、観る側とやる側、双方向のコミュニケーションの仕方があるんじゃないかと思っています。
──菅原さんも、認知症のおばあさんを探しながら街歩きする“徘徊演劇”や、実際に“認知症の妻を介護する高齢男性”が登場する、フィクションとノンフィクションが入り混じった作品群など、“演じる”をキーワードに創作の幅を広げています。その点で、お二人の目線に近しいものを感じます。
菅原 そうかもしれませんね。僕自身は、今回松井さんの作品に参加させていただくことで、僕が目を背けていたこと、OiBokkeShiでは挑みづらいところに挑戦できると思っています。例えば「役に立たない人を1人選ぶ」というようなことはOiBokkeShiではやりづらいところではありますが、“選ばれない”ために、みんなが自己主張したり、コミカルでありつつも醜いところを見せたりと、理想や願望のために現実的な葛藤する場に向き合えるのが、僕にはワクワクドキドキですね。松井さんもそうかもしれませんが、この稽古場や舞台に立つことが、本当に「まさゆめ」に向かう宇宙船に乗っているような、未知の何かに向かっているような気持ちです。
社会経験が演技に生かされる
──「終点 まさゆめ」の台本は、オーディションキャストのセリフに即興的な部分、アドリブでセリフを足す部分が多く、俳優さんたちのセリフはむしろかっちり書かれています。それは、オーディションキャストは“覚えるのが難しい”からなのか、あるいはオーディションキャストが即興的に演じることに面白さを感じているからなのか、どういった理由からでしょうか?
松井 「終点 まさゆめ」は、実は台本に書かれていない部分がメインで、俳優の方たちにはオーディションキャストの人たちをうまくサポートしてほしいなと思っているんです。つまり、周囲は自分の作風や演技、キャラクターを持っている人たちでしっかりと固めて、内部は柔らかく……どんな風に変化したとしても大丈夫、という形にしておきたい。もちろん俳優の方たちも、オーディションキャストに巻き込まれて台本通りにセリフが言えなくなる場面があると思いますが(笑)、その状況も楽しんでほしいし、そうしてくれる人たちだと思っています。
──稽古を見学させていただいて、もし自分が演じることになったら、アドリブの部分に何も言葉が出てこないんじゃないか、と不安になったのですが(笑)、オーディションキャストの方たちはそんなことはないのでしょうか?
松井 (セリフは)出てくると思いますよ。菅原さんのワークショップでもそうだと思いますけど、セリフの中の抜けているところは、皆さん割とパッと入るし、また自分でセリフを足すことによってセリフの別のところが生き生きしてくる、という感じが僕はしています。どうですか? 普段ワークショップをやっていて。
菅原 そうですね。もちろん得手不得手みたいなものは人によってあるとは思いますが、演劇に対して素人の方、特に高齢の方とやるときは、セリフを決めてしまうとそちらに縛られてうまく言おうとしたり、言えなくて不自由な感じになってしまうんです。でもざっくりした設定を渡すと、それだけでけっこう生き生きと演じてくれることがあります。だから普段は「台本があってもそのまま覚えなくていいですよ、自分の言葉に直していいですよ」みたいな感じでやってはいます。ただ、今回のように本当に設定だけ決めて、即興メインで作品を作るということは僕もまだやったことがなかったので、稽古が本当に楽しみというか、どんな化学反応が起きるのかなと思っています。
松井 例えば「僕は草野球チームの監督をやってまして」ってひと言言うと、相手から「そうなんですか。じゃあ日曜日はいつもやってるんですか?」という感じで返ってきて、「はい、日曜は朝からけっこう行ってますね」という具合に、会話って続けられるんですよね。演技って実は、相手が自分を草野球の監督だと思い始めたら自分も勝手にそう思い始めるもので、自分1人で役を作り込んで「草野球の監督はこうだからこうしなきゃ!」ということではなく、“誰かに見られる”とき、初めてその役になる感じがあるんです。よく俳優が「初日でやっとわかった」と言ったりするのは、観客の視線に触れて初めて、俳優自身が「自分は医者なんだ」「酒屋なんだ」と腑に落ちるから。逆に言うと、それまでは相手役といくら演じていても、自信がないものなんですよ。
──そのお話は、例えば菅原さんがよくお話しされている、認知症の方に「時計屋さんですよね?」と聞かれて介護者が「そうです」と応じて演技が始まる、というお話と、通じるところがある気がします。
菅原 そうですね。介護者が演じるときも、そのような側面があるとは思います。あとやっぱり高齢者の方って、演劇経験がなくても社会では町内会長とかお父さんとかいろいろな役を演じてきているから、ワークショップで急に「先生役で」と言われても、自然と先生の立ち居振る舞いができるんです。逆に高校生とかだと、やっぱり社会経験がそこまでないから難しくて。大人で、ある程度社会経験がある人は、実際に演じたことがない役でもそのような立ち居振る舞いを割り切ってやってくれたりします。そういう意味で、演劇って敷居が低くて、よく「セリフを覚えたり人前に立つなんて私にはできない」と言う人がいますが、実はけっこう身近なものなんじゃないかなと思います。
──7月のプレ稽古で松井さんは、「この作品は、皆さんの人生経験が生きるような作品にしたい」とおっしゃっていました。まさにそのようになりそうですね。
松井 そうですね、皆さんの人生経験と近いことをうまく利用していけば、セリフもスラスラと言えるだろうし、“そういう気分”になって、できるんじゃないかと思います。菅原さんが言ったように、演劇ってハードルが高いと思われたり、自分ではできないと思われがちですが、いいステップでいけば簡単に……とはいかないかもしれないけれど(笑)、その人の良さや表現したいものが出てくるんじゃないかと思います。
菅原 嘘と演技って、やっぱり近いと思っていて。日常生活で嘘をつくのはやっぱりいけないことだから、あまり堂々とはできないじゃないですか。でもそういう能力をみんなちょっとは持っていて、「嘘がうまい」って言ったら世間的には相当信用できなくなっちゃうかもしれないけれど(笑)、ワークショップや演劇の稽古なら堂々と嘘がつける。全然違う役を演じることで、その人の新たな才能や能力が見えることがあります。
松井 そうですね。それとやっぱり、フィクションを纏うことによって、思ってもみなかったことや自分が本当に言いたかったけれど言えなかったことが混ぜられることがあって。例えば普段はルールなんかに縛られたくないと思っている人が、先生役を演じると急にルール第一の人になってしまったり、社長役を演じることでいつもは控えていた、人に対しての思いや恨み、あるいは冗談がぽろっと出てくる、みたいなことはある。役割を演じたり仮面を被ることで本音が出てくるということはあると思います。
──アドリブ部分多めで毎回ドキドキする展開になりそうですが、“新しい演劇の形”への挑戦となりそうです。
菅原 芝居への臨み方が普段とは違いますね。最後に誰が残るかもわからないし、その人たちの会話がどうなるのかもわからないし……。
松井 そうですね。どうなるのかはわからないんですけど、今感じているのは、完成とか完成度を目指してしまうと、最初にあった「自由に何かをやろうとしていた感じ」が消えてしまうんじゃないかということ。そこは大切にしたいです。そして何より、オーディションキャストの方たちを見ているだけでも元気になるんですよ。なぜなら皆さん、なんだか楽しそうだから。今回、そういった面がうまく出せればと思っています。
──リアルとフィクションという言葉の意味が、お二人の作品を見ているとこれまでとは違う言葉として響いてくるようです。
菅原 僕は“向こう側”への憧れがあったのですが、今回松井さんと一緒に行けるんじゃないかなと思っています。本当に、宇宙船に乗っていく感じで。
松井 ただ稽古の進み具合によって、「やっぱりごめん! 今までのなしで、台本配ります!」という可能性もあるかもしれませんが……(笑)。
──そうしたら、プロンプターを舞台の周りに配置して上演、となっているかもしれませんね(笑)。どういう“終点”に着くのか楽しみにしています。
松井 どうなるのか、僕も楽しみです!
プロフィール
松井周(マツイシュウ)
1972年、東京都生まれ。劇作家・演出家・俳優。1996年、青年団に俳優として入団、2007年に劇団サンプルを結成し、作家・演出家としての活動を本格化させる。2011年「自慢の息子」で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。2016年「離陸」で台湾・2016 Kuandu Arts Festivalに、2018年「自慢の息子」でフランスのフェスティバル・ドートンヌ・パリに参加した。2017年「ブリッジ」にてサンプルは劇団として解体、松井の1人ユニットとして再始動。近年の主な活動に「松井周の標本室」、NHK土曜ドラマ「3000万」(共同脚本)など。来年3月に「なりかわり標本会議」(構成)が控える。
菅原直樹(スガワラナオキ)
1983年、栃木県生まれ。青年団に俳優として所属。2014年に「老いと演劇」OiBokkeShiを旗揚げ。2018年、彩の国さいたま芸術劇場「世界ゴールド祭2018」ではさいたまゴールド・シアター出演による「徘徊演劇『よみちにひはくれない』浦和バージョン」を作・演出。2021年9月に英国エンテレキー・アーツの招聘により「徘徊演劇」の英国版を上演。2019年、平成30年度(第69回)芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)、平成30年度(第20回)岡山芸術文化賞準グランプリ、奈義町文化功労賞、2019年度(第1回)福武教育文化賞など受賞歴多数。
菅原直樹 Naoki Sugawara (@sekiseita) | X
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船出を共にするキャストたちが思う「終点 まさゆめ」