“誤解”が作品を豊かにする
──改めて伺いますが、ある作品に取り組むことになったとき、どのシーンでどの舞台美術を使うかといったことや、そもそも舞台美術をいくつ作るかということは、どのように決めていくのですか?
乘峯 作品や演出家の傾向によっても違いますし、盆の機構があるような商業舞台では、各場ごとに舞台美術が変わるということもあります。でも新国立劇場 中劇場のような空間では、何か1つシンボリックな舞台美術があって、その周りが展開していくというようなものが多いと思います。展開のさせ方は、最初のほうの打ち合わせで主に演出家から提案があって、プロデューサーや舞台監督、美術家などの合意があって決まっていきます。
鵜山 そうですね。僕としても、自分が思った通りにやってもらってもあまり面白くないというか、1+1=2にはならないような誤解をしてもらったほうが良いと思っているんですね。その“誤解の肌”が合うかどうかという問題はありますが、ズレがうまく生じるといいなと思っていますし、そこが醍醐味だと思います。その点、島(次郎)さんは奇妙な誤解をされる方でした(笑)。乘峯君は2世代くらい下ではありますが同じ劇団の人なので、実は煙たいと思ってるんじゃないかと思っていますが……(笑)。
乘峯 煙たくはないですけど(笑)、それこそ僕は、鵜山さんが演出され、文学座の江守徹さん、今井朋彦さんも出演した新国立劇場の「コペンハーゲン / COPENHAGEN」(2007年)を観て文学座に入ったんです。なおかつ僕の、文学座附属演劇研究所の卒業公演の演出担当は鵜山さんで、そのときの演出助手が上村聡史さん、そこには亀田(佳明)さんも出演していました。先生と生徒というスタートからなので、煙たいということより、鵜山さんは何を考えているのかな、どうやったら鵜山さんの考えをトレースできるのかなっていうことを毎回考えています。ただ、鵜山さんが今「誤解が生まれるほうが良い」とおっしゃっていたのをうかがって、鵜山さんはあえて誤解が生まれるような投げかけをされていたのかもしれないなと思いました。
鵜山 舞台美術家にもいろいろな方がいますが、僕としては毎回、最初に自分のイメージを美術家に伝えはするんです。でも中には、僕が30分くらいしゃべったところで「ごめん、実はもうプランを考えてきちゃったんだ」ってラフ画を差し出す人もいるんですよ(笑)。乘峯君はマイペースなところもあるし、いい意味で誤解をしてくれるところもある。両方ある感じかな。
三崎 乘峯さんが鵜山さん以外の演出家と仕事されるときも僕は知っていますが、乘峯さんは演出家に寄り添うタイプの方だと思います。そういうときの乘峯さんは、演出家の話を聞きつつも、「そのアイデアを実現するにはこういう案もありますよ」と、割とご自身からプレゼンすることが多いと思います。
乘峯 (笑)。そうですかね。
北条 乘峯くんと仕事しやすいなと感じるのは、乘峯くんは連絡が取りやすいところ。クリエイターの方ってアイデアを考えているときは携帯を切っていたり、出てくれなかったりすることも多いんだけど、乘峯さんはすぐ電話に出てくれるし、問題点をすぐ把握して電話口でアイデアを即答してくれたり、次の日に現場に来てくれることも多いんです。忙しいのにどんなふうに時間をやりくりしてるのかなって思っているのですが……。
三崎 乘峯さんはメールの返信も早いです(笑)。
北条 それって大事なことですよね。
舞台美術は使われてこそ、良さが見えてくる
──交互上演なので、舞台美術の入れ替えも大変そうです。2作品の舞台美術には共通している部分も多いのでしょうか?
乘峯 大きなところは共通していて、その中に「尺には尺を」では壁、「終わりよければすべてよし」では布という要素が入ってくるイメージです。また俳優さんが持つ小道具や身につけるものは2作品で違いますし、机や椅子などはごく限られたものを共通で使用するので、かなり同じ空間にいるイメージになると思います。これは鵜山さんから出てきたアイデアで面白いなと思ったんですけど……今回の演出プランで設定されている年代が、「尺には尺を」のほうが「終わりよければすべてよし」より現代に近くなります。同じセットではあるのですが、演目によってセットも年を取っているような見せ方になっていて、例えば「終わりよければすべてよし」で花園のような場所が、「尺には尺を」ではゴミが散らかった廃れた場所になっているんです。なので、両方観ていただくと、お客様に伝えられるものが多いのではないかと思っています。
三崎 ある日稽古場に行ったら、電子レンジなどの家電が床に転がっていて、でもそれもセットの一部だと言われて驚きました(笑)。
鵜山 どの要素を残していくのかは、まだ吟味しないといけないですねえ。
乘峯・北条 そうですね。
三崎 「ヘンリー六世」のときの舞台美術では、舞台の床面が地層のようになっていましたよね。よく見ると冷蔵庫などがペシャンコの板状になっていて、鵜山さんはそういった蓄積のようなことをシェイクスピア作品の中で意識されているのかなと感じました。
鵜山 そうですね……舞台はいろいろな記憶の蓄積をシュミレーションする場所だという思いがあり、いろいろな現実が土に帰って、そこに人が立つことで時間や記憶が見えてくる、そんなことが表現できたら良いなと思います。
──またお稽古が進む中で、当初考えていたコンセプトや、舞台美術の使い方が変わっていくところもあると思います。そういった場合は、乘峯さんと北条さんの間でやり取りがあるのでしょうか?
北条 それはよくありますね。例えば最初、こんな素材でこんなことをやろうと乘峯さんや大道具会社と話して、仮の道具を入れて稽古を始めていくんですけど、稽古が進むうちに例えば「ここに頭をぶつける演出を入れたい」というような演出が稽古場で浮かんで「じゃあその部分は柔らかめの素材にしよう」とか、「逆にもっとほかの場所にも凹凸を入れたい」とアイデアが膨らんでいくこともあります。そういった稽古場で生まれたアイデアを乘峯さんに伝えて、どうすれば実現できるかを一緒に考えていきますね。
乘峯 今回で言えば、例えば「尺には尺を」では壁にたくさん扉がついているんですけど、その扉がどっち側に開いたほうが良いかは稽古が始まらないと決められない。最初のプランはあくまで机上のものなので、俳優がどう使うかという稽古場からのフィードバックは大きいです。また先ほど僕は“生と死のランドスケープ”と申し上げましたが、舞台美術は風景ではなく建築と同じで使ってもらってなんぼ、というところもあるので、画として綺麗でも俳優さんが有機的に使ってくれないと良さが見えてきません。なので北条さんから電話がかかってきたら、すぐにキャッチしないと!と思っています(笑)。
北条 ただ……稽古場で一番いいアイデアが出てくるのって舞台美術を発注した直後だったりするんですよねえ!(笑) だから発注が済んだ直後に「これって変更できますか」とまた業者に問い合わせたり、「追加の予算が出ますか」って三崎さんに相談したり……。
一同 あははは!
三崎 今日、まさに「終わりよければすべてよし」の巨大な布を使ったシーンの実験をしたんですよ。鵜山さんが「ここではこう見えるようにしたい、次は裏返しになるようにしたい」とおっしゃるのに合わせて北条さんがいろいろ試していましたが、どんな手応えがありましたか?
北条 計算通りいかないなと思ったところもありますが、鵜山さんが布を4点で支えたほうが面白そうだとおっしゃったので、それでいけそうだなと思いました。ただ、見せ方に関してはまだもうちょっと考えていく必要がありそうですね。
それと、この(と舞台美術のイラストを指さして)赤い敷物に誰かがくるまる演出をやりたいと鵜山さんがおっしゃっていたのですが、まだ稽古場では1回もその演出が出てきてなくて……。実はこの不定形な布を、この状態で床に止めておくのはなかなか難しいのですが(笑)、実際にこれにくるまる演出があるのかないのか、これからどうなっていくのか楽しみです。
乘峯 え! そうなんですか? あの布にくるまるにはどうすればいいのかばかり考えてデザインしたのに!(笑)
一同 あははは!
──中劇場という空間についてはどんな印象をお持ちですか?
鵜山 中劇場はつかみどころがない感じがあります。高さもあるし、間口も広いし、客席のワイドもどんどん広くなっていくので、ともすると取り付くしまのない空間になってしまう可能性がある。なので、舞台美術や演出も広がりを感じさせるようなものにしていく必要があるし、客席に広がっていく演出にすると、実はけっこう舞台が近く見える感じがするんです。それは、中劇場から学んだことですね。
北条 日本で今演劇を上演している劇場の中で、僕は中劇場が一番好きなんですよ。なんでもできる空間だなって。多くの劇場は音響の面で不自由なところがたくさんあるのですが、それって劇場の音響設計に由来するところが多いんです。でも中劇場は立ち上げ時の音響設計がしっかりしているんですよね。また劇場のスタッフさんが作品に対して寄り添ってくれるのもいい。この2つが僕にとっては大きいところですね。舞台袖が広いことも、舞台奥が深いこともありがたいです。
乘峯 僕は劇団育ちで、文学座のアトリエって150人くらいのキャパなので、中劇場は隙間が多いという印象があります。ミュージカルだと音や明かりで埋められるところもありますが、演劇の場合は大事なことが隙間から抜けていってしまう感じがあり、さらに張り出しも特徴的なので、ほかの劇場よりも工夫が必要です。また俳優さんがしゃべっている言葉が、単に聴こえるということではなく、お客さんにちゃんと届くにはどうしたらいいのか、ということはいつも心掛けている劇場です。
──三崎さんは本公演についてはもちろん、シェイクスピア歴史劇シリーズに長く携わってきました。今回のダークコメディ交互上演について、現段階ではどんな思いを感じていらっしゃいますか?
三崎 制作的な観点でいうと、まだ稽古は序盤ですが、このカンパニーは14年ずっとシェイクスピアをやってきていることもあり、いくつかのシーンは明日にでもお客さんに観ていただけるくらいの完成度に達しているのではないかなと。鵜山さんはまだまだだとおっしゃるかもしれませんが(笑)、やっぱりこれまでの積み重ねとシェイクスピアのセリフに対する慣れが、大きいのかなと思います。このカンパニーは底力があるなと思いますね。
──共通点も多く、舞台美術のコントラストも楽しみな2作。両作品観ることでどんな体験ができそうですか。
鵜山 そうですね……1作品だと向こう岸の風景だけど、2作品観ると、自分がその風景の中に入って観られると思います。
プロフィール
鵜山仁(ウヤマヒトシ)
1953年、奈良県生まれ。演出家。舞台芸術学院、文学座附属演劇研究所を経て1982年に文学座座員に。1982年に文学座アトリエの会「プラハ1975」で演出家デビュー。1983年に文化庁派遣芸術家在外研修員としてフランス・パリに滞在。2007年から2010年まで新国立劇場演劇芸術監督を務めた。第11・17・23回読売演劇大賞最優秀演出家賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、毎日芸術賞ほか受賞歴多数。2020年に紫綬褒章を受章。11月から12月にかけてこまつ座「連鎖街のひとびと」が控える。
乘峯雅寛(ノリミネマサヒロ)
1979年、埼玉県生まれ。舞台美術家。多摩美術大学卒業後、小劇場で舞台美術活動を始め、2002年に日本舞台美術家協会共催の国際舞台美術展に入選。同年に文学座に所属。文学座アトリエの会「TERRA NOVA」でデビュー後、劇団内外で活動。2007年度より1年間、文化庁新進芸術家海外留学研修員としてイギリスに留学。第18・25・28回読売演劇大賞優秀スタッフ賞、第23回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞、第38回伊藤熹朔賞新人賞、第52回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。
北条孝(ホウジョウタカシ)
舞台監督。1974年に上京後、さまざまな職に就く。1986年、東京バレエ団海外公演にスタッフとして参加。以降、バレエやオペラを中心にスタッフの仕事を続ける。新国立劇場では「ヘンリー六世」をはじめとする鵜山演出のシェイクスピアシリーズに関わり、そのほかに「オレステイア」「赤道の下のマクベス」「城塞」「パーマ屋スミレ」「焼肉ドラゴン」「桜の園」「アジア温泉」「イロアセル」「エネミイ」「舞台は夢~イリュージョン・コミック~」「昔の女」「アルゴス坂の白い家-クリュタイメストラ-」「カエル」「花咲く港」「コペンハーゲン」と多くの作品の舞台監督を務めている。
三崎力(ミサキチカラ)
新国立劇場演劇制作。京都市出身。これまで、パナソニック(現・東京)グローブ座、Bunkamuraシアターコクーン、兵庫県立芸術文化センター、彩の国さいたま芸術劇場で演劇制作に携わる。2009年4月より、現職。