芸術監督・野村萬斎が語る、22年目の世田谷パブリックシアター|世界的な目線で、“解体・再構築”を重ねる

1997年の開場以来、国内外の気鋭のクリエイターをいち早く起用し、先鋭的な作品作りを行ってきた世田谷パブリックシアター。2002年に野村萬斎が芸術監督に就任してからは、作品のレパートリー化や日本の古典芸能を意識したシリーズ、開場時より作品創造事業と共に行ってきた普及啓発や人材育成を視野に入れたプログラムに力を入れるなど、公共劇場のさまざまな役割や可能性を体現してきた。22年目を迎える2019年度は、まさにその姿勢を打ち出すような幅広い演目がラインナップされた。新シーズンの開幕にどのような意気込みを持って臨むのか、萬斎に話を聞いた。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 平岩享

厚みを増した、2019年度ラインナップ

──世田谷パブリックシアターは2017年に20周年を迎え、つい先日、19年度のラインナップが発表されました。新シーズンへの思いから伺えますか?

野村萬斎

厚みが増している感じがしますね。今年は特に、初演時に高い評価を得た作品の再演や、劇場と関係が深い演出家たちの創作もあり、厚みのあるラインナップになったと思います。

──19年度は4月の世田谷区区民団体が約60組出演する「フリーステージ2019」でスタートし、5月には萬斎さんの人気企画「MANSAI◎解体新書 その弐拾九」を開催。ゲストにダンサーのTAKAHIRO(上野隆博)さん、雅楽師の山田文彦さんが登壇され“ジャパンカルチャー”をテーマにしたトークが行われます。7月にはシリーズからはみ出した“特別版”も予定されていますね。6月には、第4回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、台本・演出のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さんが第51回紀伊國屋演劇賞個人賞、第68回読売文学賞 戯曲・シナリオ賞を受賞した「キネマと恋人」を再演。萬斎さんは「キネマと恋人」はご覧になられましたか?

もちろん観ました。今ノリに乗っているKERAさんがどういうふうに再演してくださるのか。初演はシアタートラムでしたが、再演では私たっての希望で(笑)、パブリックシアターでの上演となります。映画と芝居が合致した中劇場サイズでも耐えうる作品だと思いますので、スケールアップして上演できたら。

──7月の「チック」は、演出の小山ゆうなさんが小田島雄志・翻訳戯曲賞を、また第25回読売演劇大賞では小山さんが優秀演出家賞、美術の乘峯雅寛さんが同優秀スタッフ賞を受賞した注目作です。

世田谷パブリックシアターは大きな作品だけではなく、子供や幅広い世代に発信する芝居を作っていくという姿勢を掲げており、その点で「チック」はとても発信力がある作品となりました。いわゆる児童劇とはまた違って、子供も、親の世代も、それぞれの視点で何か感じていただけることのできる作品ですし、再演でまた1つ階段が上がることを期待したいですね。

──8月には毎年恒例の人気企画「子どもとおとなのための◎読み聞かせ『お話の森』」や「日野皓正 presents “Jazz for Kids”」、コンドルズ公演など家族で楽しめる演目がラインナップされました。

「お話の森」のROLLYさんには初演から、片桐仁さんには昨年2018年からご出演いただいていて、回を重ねることでさらにアイデアが浮かんでくるのがいいですよね。コンドルズ公演には毎回なぜか私も映像で特別出演していて(笑)、楽しませていただいています。

新作にも“世田谷らしさ”が

──秋以降は一転して、新作が多数ラインナップされました。10月は前川知大さん、2020年1月は森新太郎さん、2月は倉持裕さんと、世田谷パブリックシアターでたびたび作品を発表している方たちの作品が並びます。

前川さんはこれまで、「奇ッ怪」シリーズなどを手がけてくださいました。彼はどちらかというと死を見つめる作家ですが、今回も大いに期待していただきたいなと思います。

──森さんは、昨年11月にシアタートラムで上演された「The Silver Tassie 銀杯」の印象がまだ強く残っています。

そうですね。毎回、世田谷ならではの作品を作ってくださっています。演目はまだ発表前ですが、今回も何をやってくださるのか、楽しみにしていてください。

──倉持さんも演目はまだ未定とされています。

倉持さんには以前、現代能楽集シリーズをやっていただき、17年には江戸川乱歩の短編から構成した「お勢登場」を作・演出していただきましたが、今回もその流れを汲んだ作品になりそうです。いずれも世田谷のラインナップらしさが出た顔合わせだなと思います。

──10月には萬斎さんの演出で戯曲リーディングも予定されていますね。

今後を見据えてトライアルしていくことも本企画の目的の1つですので、先の作品の準備を少しずつやろうと思っています。

野村萬斎

──そのほか、10月には三軒茶屋の街を挙げて行われる「世田谷アートタウン2019『三茶 de 大道芸』」、その関連企画として現代サーカスの若手、ラファエル・ボワテルの「When Angels Fall / 地上の天使たち」が、12月は若手の登竜門「シアタートラム ネクスト・ジェネレーション vol.12」に悪い芝居が登場、3月はテクニックの高さとシニカルな世界観が魅力の、ベルギーのダンスカンパニー、ピーピング・トムの新作「マザー」、地域の多様な参加者による「地域の物語 2020」と、地域を巻き込みつつ、新たなジャンルやクリエイターに目を向けた作品が並んでいます。また劇場のもう1つの役割である、普及啓発・人材養成事業にも力が入っていますね。子供や一般の方を対象にしたワークショップや学校、高齢者施設などとの連携プログラム、また観客育成や舞台芸術などの専門家を育成するためのプログラムが実施されます。

世田谷は都や国という単位ではないですが、90万人を超える区民がいます。その中で公共劇場として、芸術によってどんな社会貢献ができるかは、僕が芸術監督に就任したときからの、目標の1つでした。25年前にイギリスに留学したときは、舞台芸術と生活の距離感がヨーロッパは進んでるなと思ったけれど、ようやく日本も追いついてきたのかなと思いますし、世田谷はその中で、多少なりとも確実に存在感を見せられているのではないでしょうか。

クリエイターにとって実験工房的な劇場

──「MANSAI◎解体新書─特別版─」や戯曲リーディングなど、19年度も萬斎さんが手がけられる作品があります。芸術監督としてではなく演出家、俳優としての目線から、世田谷パブリックシアターとシアタートラムはどのような劇場だという印象をお持ちですか?

野村萬斎

いわゆる座長公演的なものが割と少なくて、トライアルなものが多いのではないでしょうか。勉強や実験、試行錯誤ができるような、実験工房的な場所と言いますか。自分が作品を手がけるときも、ほかで観ることができる作品とは違ったものをやりたいなと思いますし、そういうことがやれる仕組みや環境が整っていると思うので、役者も作品も世田谷に集まって来てくれるのではないでしょうか。また、舞台芸術の観客は確かに高齢化傾向にありますが、舞台芸術を活性化していくためにも、世田谷は若い演出家や俳優の登竜門でありたいし、老若男女入り混じった観客の目線で(作品が)淘汰されていかないといけないと思っていて。決まりきったファンの、決まりきった感動のための劇場ではなく、賛否両論が起きるような何かがあるのが世田谷パブリックシアターじゃないか、と思います。

──開場から22年。人間で言えば成人し、より内面的な充実と外部へのつながりを深め、安定期へと向かっている年齢です。それは同時に、マンネリ化と闘いながら、新しさに挑戦することにつながるのではないかと思います。古典芸能の世界に軸足を置きながら、常に新たな挑戦を続けている萬斎さんは、今後の世田谷パブリックシアターの展開についてどのような目線が必要だとお考えですか?

“解体・再構築”と言いますか、今までやってきたことをちょっと疑問に思って新しいことをやってみたり、自己解体して再構築し、本質を考えたり……世田谷パブリックシアターでは常に、そういうことが求められるのかもしれません。「これをやったら大丈夫」というのではなくて、たとえ再演であっても、ある種の危機感や懐疑心を持って、「これを今、どうやってやるか?」を常に問いかけながら形にしていく。それは、例えば古典芸能の役者が古典作品をやるときに、ただ“おきまりのもの”としてやるのではなく、一期一会のものとして演じなければ現代の観客に響かないのと同じで、作品や作品テーマの普遍性や現在性を自分の中で毎回獲得し、作品に臨まないといけないのではないでしょうか。

“世界”標準の目線で

──2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開閉会式で、萬斎さんがチーフ・エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターを務めることが発表されました。開場以来、世田谷パブリックシアターでは常に世界を意識したクリエーションを目指されていますが、今後はより一層、国内外からの注目が集まりそうです。

“世界”という視野を持って考えることは重要だなと思います。例えば2月に上演された「CHIMERICA チャイメリカ」は天安門事件に居合わせたアメリカ人写真家と中国人を軸とした物語でしたが、イギリス人である作家のルーシー・カークウッドさんは、よその国で起こった出来事を全世界的な事件として受け止めることができる方。彼女は、日本の原発事故をモチーフにした「チルドレン」の作家でもありますが、異国のことを他人事としてではなく、身近なこととして捉える目線を持っていて、それはすごいことだなと思います。ニュースを見るのとはまた違った目線で、作品を介して「自分たちはなぜ生きてるんだろう、どういう社会に生きてるんだろう」と、大きな目線で考えてみることも、ときには大切なのではないでしょうか。私はこれまで、“世田谷パブリックシアターを中心に同心円”という発想を語ってきました。それは、世田谷を中心に地域を同心円的に拡がりのある、時代を写す鏡のような劇場にしたいという発想ですが、同心円上にあるためには、円の中心と外側の水平軸がちゃんと保たれていることが重要です。そういった双方向の目線を、作家や演出家、俳優も持っていけたらと思っています。限られた誰かのためだけでなく、みんなで共有できる芝居。それをまずは日本の公共劇場で共有し、海外にもどんどん発信していきたいと思います。

野村萬斎