「メアリ・スチュアート」 PR

世田谷パブリックシアター「メアリ・スチュアート」座談会 / 「終わりのない」レポート|メアリの中にもエリザベスの中にも、私たちと通じるものがある

「終わりのない」公演レポート

10月から11月にかけて世田谷パブリックシアターにて、前川知大作・演出「終わりのない」が上演された。世田谷パブリックシアターと前川は、「奇ッ怪」シリーズでこれまでに度々タッグを組んでいる。その最新作「終わりのない」では、ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」を原典に、“日常と宇宙をつなげる旅”が繰り広げられた。ここではその公演の様子をレポートする。

開演の報せからしばらくして、舞台上方の暗闇の中にゆっくりと、“何か”が浮かび上がった。その“何か”は、一筋の明かりを浴びながら、同じ位置のままゆっくりと様相を変え続ける。やがて暗闇に目が慣れてくると、それが宙でゆっくりもがいている人の姿であることがわかった。呼吸音が響く闇の中で、背面から落ち続けている人の姿。水中なのか、空なのか、穴なのか、その人は一体、どこへ向かって落ちているのか。時間にして数秒のはずだが、永遠を感じる一瞬だった。

物語は18歳の青年・悠理を中心に展開する。両親や友達と湖畔のキャンプ場で過ごしていた悠理は、9歳のときに海で溺れ、死にかけたエピソードを客席に向かって語り始める。その頃まで、悠理には困ったときに頭の中に聞こえてくる“ひらめき”の力があった。しかし成長と共にその力は弱まっていたと悠理は語る。

そんな思い出に浸っていると、いつの間にか悠理の意識は32世紀の宇宙船の中へ。目を覚ました悠理に、宇宙船の乗組員たちは、彼らの仲間である悠理 / ユーリが一度死んでいること、ユーリは現在、再生された身体に脳のデータを移行中であり、今まさにその最中であることを告げる。しかし彼には、本来持ち得ないはずの21世紀の地球の記憶が残っており、それがデータ転送時のバグだと判断した乗組員たちは、宇宙空間にユーリを放り出し、殺処分することにする。

宇宙に放り出され、死んだはずの悠理。しかし目を覚ますたびに悠理は、ほかの惑星やキャンプ場、宇宙船など、さまざまな時空間にたどり着き、その記憶の旅には永遠に終わりがないのだった。

脚本・演出を手がける前川知大は、本作のパンフレットにて、本作の原典であるホメロスの「オデュッセイア」に惹かれた理由の1つとして、ホメロスにまつわるさまざまな“謎”を挙げている。さらに神々と人間が入り乱れる「イリアス」と、その登場人物の1人を軸にした「オデュッセイア」の間に“人間の意識の目覚め”があるという、アメリカの心理学者ジュリアン・ジェインズによる仮説への興味を示し、「今回は(ジュリアン・ジェインズの)『神々の沈黙』を副読本として、オデュッセウスの冒険を人類の成長の記録に、同時に一人の少年の成長に重ねた」と語っている。

実際、物語には意識がまだ確立していない人間たちが暮らすイプノスの島という惑星が登場する。劇中でイプノスの人たちは「まだ意識が確立していない。ほとんど無意識のレベルで生きてる」存在で、「個であり、全体」と評される。さらに彼らは「頭の中に神様を飼ってる。その声を彼らは、自分の意思と区別しない」人たちだと聞いたユーリは、「それ、『ひらめき』だ」と共感するのだった。

何度も死にかけ、覚醒のたびに異世界へ。途方もない旅の果てにユーリは、また21世紀のキャンプ場にやって来る。そこでユーリ / 悠理が得たこととは……。

ユーリ / 悠理役の山田裕貴は、18歳の青年が抱える焦燥や混乱、倦怠、混乱を等身大の演技で魅せる。また彼を見守る父、世界的なダイバー・士郎 / シロウ役の仲村トオルと母である理論物理学者の楊 / ヨウ役の村岡希美、また悠理にとって忘れられない存在である杏 / アン役の奈緒、幼馴染のりさ / リサ役の清水葉月ほか、イキウメの劇団員たちはそれぞれの時空間に生きる登場人物たちを生き生きと立ち上げ、一見すると難解な物語に温かさと奥行きを与えた。

またハリウッド映画さながらの壮大な劇空間を、円をモチーフにしたシンプルな空間作りで表現した土岐研一の舞台美術、次々と変わる時空間を抑えた色数で表現した佐藤啓の照明が印象深かった。

なお山田は本作にて、令和元年度(第74回)文化庁芸術祭賞 新人賞を受賞した。