KAAT「三文オペラ」谷賢一×志磨遼平|負けず嫌いであまのじゃくな2人とブレヒトの“取っ組み合い”

ヴァイルはうちの親分(志磨)

──「三文オペラ」の上演にあたって、ブレヒトと“取っ組み合い”をしていく中で、谷さんはブレヒト自身や作品からどんな印象を受けましたか?

 今回、ブレヒトに挑戦するというより、彼に挑発されているんじゃないかという気がしていて。ブレヒトってある種、条理や道理を超えた展開を持ってくる作家なので、理詰めで解けないパズルを無理やり解いているような感覚に近いんですよね。思い付かないようなことが起こったり、それまでと関係ないことをしなきゃいけなかったりする場所が多々あるので、志磨さんみたいな人に力を借りたり、稽古場でいろいろ試して偶発的に生まれたものをそのまま取り入れてみたりする必要がある。せっかく積み上げてきた積み木を、稽古場に入った瞬間に机の上からどかすみたいな作業が多いですね。

──「三文オペラ」は、世界各国のカンパニーがその戯曲の意味を問いながら、ワークインプログレスのような形で上演し続けてきた作品ですもんね。一方で、俳優の皆さんはこの作品をどのような感触で受け取っていらっしゃるのでしょうか。

左から谷賢一、志磨遼平。

 それぞれの登場人物の思考回路や感情の流れは、1場面だけを区切ればちゃんと成立するので、今のところ苦戦している人はいないと思います。ただこれを繋げてやったときに、感情の持っていき方に苦労する人が出てくるかもしれませんね。一度連続したものを作ったうえで、まとまりすぎないためにノイズを入れていかないと、「三文オペラ」ならではの猥雑さと叙事的演劇と言われるものは立体的に出ち上がってこないと思うから、早めに通し稽古をしてみようかなと思っています。

──「三文オペラ」は、ジャズやタンゴ、賛美歌などさまざまな形式の音楽が用いられている、遊び心にあふれた作品です。今回、劇中歌22曲の作詞を手がけてみて、志磨さんはヴァイル自身や彼の音楽にどんな印象を持ちましたか?

志磨 ヴァイルは90年前の時点で、今の僕らが好んでやるような方法をもうすでに試しているんですよね。だから今の僕らは彼らの末裔みたいな存在だと思うんです。言うなれば、ヴァイルはうちの親分って感じかな。

 うちの親分!(笑)

志磨 この人がこういう挑戦的な手法でやってるんだから、子分である僕たちが少々暴れてもきっと許してくれるやろうなと。ヴァイルは、いわゆる高尚なものや格調があるものにものすごく反発した人なので、だったら僕たちも反発してもいいよね?って思うんです。そういうのは得意なんですよ、バンドマンは。反発は僕らの得意技だから、じゃあ存分にやらしてもらいます、という感じで取り組ませていただいています(笑)。

──なるほど(笑)。そういった意味では、演劇学を構造的に学びながらも、古典を古いものにせず、自身のスタイルで古典の面白さを引き出していく演出が谷さんの作品の魅力だと思います。

谷賢一

 はい、反骨精神を持ってやらせていただいています(笑)。

志磨 すごいよね。反骨精神でお金をもらうっていう(笑)。

 それこそブレヒト自身も反骨精神の塊みたいな人で、当時形成され始めてきていた演劇の潮流に待ったをかけて、真逆の演劇を提唱した“クソあまのじゃく野郎”でもあるし、そもそもこの作品に「オペラ」って名前を付けてること自体、世間に対する挑発だと思うんですよね。普段オペラを観ているようなお客さんに対して、「安モノのオペラです」って触れ込みで観せておいて、内容的にはまったくオペラじゃないんだからすごい皮肉じゃないですか? 今でこそブレヒトは20世紀の演劇の革命児みたいに言われることが多いけど、お茶目な人だったんじゃないかと思います。

白井さんは吸血鬼の一種(谷)

──ピーチャム役で出演される白井晃さん自身も、2007年に世田谷パブリックシアターで「三文オペラ」の演出を手がけていらっしゃいます。白井さんとは、今作についてどのようなお話をされているのでしょうか。

 例えば、「こんなふうに直したんですけど、白井さんどう思いますか?」みたいに意見を求めることや、機会は少ないながらも「ぶっちゃけ、ここがわからないんです」と白井さんに聞くこともあるし、単純に俳優と演出家として、「今このシーンでこうやって動いているけど、感触どうですか?」って話をすることもある。1聞けば10返ってくるので、楽してこんなに知識を得ていいんだろうか?って思いますよね(笑)。この間、稽古終わりに10行くらいのメールを送ったんですけど、それが5倍くらいになって返ってきて。

志磨遼平

志磨 へえー!(笑) すげえ。

 いただいたメールには、「今日、谷さんが試したのはこういうことですよね」とか、「私の今の演技はこうなってますけど、こうしたほうが望ましいんでしょうか?」「ト書きにこうあったのでやってみていますが、違ったら言ってください」といったことが書いてあって。ブレヒトやヴァイルに関する知識についても、「もしお邪魔じゃなければ話していいですか?」って教えてくれますし、歩く百科事典がいつも近くにいて、必要なときには「助けようか、賢一くん」って言ってくれる感じ。ものすごく心強い味方ですね。普段、白井さんはなるべくしゃべらないようにしてくれてるんだけど、僕が「ちなみに白井さん……」って聞くと、ダムが決壊したように話してくださるんです(笑)。

志磨 それもう、「OK Google」と同じじゃん!(笑)

 合言葉決めたいね。「OK 晃」とか(笑)。

──白井さんも演劇に対してすごい熱量を持った方ですよね。

 熱量で言ったら僕より多いんじゃないかな。この前、僕が(ポリー役の吉本)実憂と(ルーシー役の峯岸)みなみと稽古しているときに、「白井さんも何かアドバイスあったら遠慮せずお願いします」って言ったら、「えっ! いいんですか」って言って、そのあとすぐ2人に発声の基礎を教えてくれて。白井さんは、ああやって若い人の生き血を吸ってるのかな。あの見た目で60歳っておかしいでしょ!

志磨 えっ、60歳!? 全然見えない。

 白井さんは吸血鬼の一種なんですよ(笑)。

──(笑)。今少しお話が出ましたが、本作には、今回が初舞台となる吉本さんや峯岸さんをはじめ、谷さんが兼ねてよりファンだったという松岡充さんがマクフィス役で出演されます。

左から谷賢一、志磨遼平。

 実憂とみなみの成長の曲線は、ここから先もっと上がっていくんじゃないかと期待しています。「まさか自分がこんな感情を持つとは」「こんな声が出せるとは」っていうところまで引っ張っていかないと、初舞台の人を目覚めさせたとは言えないので、今くらいで収まってもらっちゃ困る。松岡さんは、イメージしてた通りでアツい男だなと。「役についてもっと話したい、掘り下げたい」って松岡さんから声をかけてくれたし、「三文オペラ」の楽曲について、僕と松岡さん、志磨さんの3人で徹底的に話し合ったこともあった。あれはとてもいい時間でしたね。

志磨 ……だからついつい稽古を観に来ちゃうんだよなあ。俳優さんたちが成長して脱皮していく過程を見るのも面白いし、毎日何かしらのヒントが転がっているから、なるべく見逃したくないんです。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「三文オペラ」
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『三文オペラ』

2018年1月23日(火)~2月4日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 ホール

2018年2月10日(土)
北海道 札幌市教育文化会館 大ホール

作:ベルトルト・ブレヒト

音楽:クルト・ヴァイル

演出・上演台本:谷賢一

音楽監督:志磨遼平(ドレスコーズ)

出演:松岡充、吉本実憂、峯岸みなみ、貴城けい、村岡希美、高橋和也、白井晃 / 青柳塁斗、相川忍、今村洋一、小出奈央、小角まや、奈良坂潤紀、西岡未央、野坂弘、早瀬マミ、平川和宏、峰﨑亮介、森山大輔、和田武

あらすじ

マクヒィス(松岡充)は、乞食商会社長ピーチャム(白井晃)の一人娘ポリー(吉本実憂)を見初め、その日のうちに結婚式を挙げる。それを知ったピーチャムとピーチャム夫人(村岡希美)は2人を別れさせるため、マクヒィスの親友である警視総監タイガー・ブラウン(高橋和也)を脅し、彼を逮捕させようと画策。両親の企みをポリーから聞いたマクヒィスは、逃げると称して娼館に立ち寄るが、そこで昔なじみのジェニー(貴城けい)に裏切られ、逮捕されてしまう。牢獄を訪ねてきたポリーと、マクヒィスといい仲になっているブラウンの娘ルーシー(峯岸みなみ)が鉢合わせしたことを利用し、彼はまんまと脱獄するが……。

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谷賢一(タニケンイチ)
1982年福島県生まれ、千葉県柏市育ち。作家・演出家・翻訳家。DULL-COLORED POP主宰、Theatre des Annales代表。明治大学演劇学専攻、ならびにイギリス・University of Kent at Canterbury, Theatre and Drama Study にて演劇学を学んだのち、DULL-COLORED POPを旗揚げ。2013年には「最後の精神分析」で翻訳・演出を務め、第6回小田島雄志翻訳戯曲賞ならびに文化庁芸術祭優秀賞を受賞。また近年では海外演出家とのコラボレーション作品も多く手がけ、15年のシディ・ラルビ・シェルカウイ演出「PLUTO」では上演台本を担当し、同年のアンドリュー・ゴールドバーグ演出「マクベス」には演出補で参加。さらに16年のデヴィッド・ルヴォー演出「ETERNAL CHIKAMATSU」では脚本を手がけている。
志磨遼平(シマリョウヘイ)
1982年和歌山県出身。ミュージシャン・文筆家・俳優。2006年に毛皮のマリーズとしてデビューし、11年まで活動。翌12年にドレスコーズを結成する。14年にバンドを解体し、現在ドレスコーズは志磨のソロプロジェクトとして、メンバーが流動的に出入りする形態で活動中。16年には俳優として、映画「溺れるナイフ」、WOWOW 連続ドラマW「グーグーだって猫である2 -good good the fortune cat-」に出演した。

2018年4月27日更新