ダミアン・ジャレと名和晃平が紡ぐ「Planet[wanderer]」素材とダンサーの“対峙”から生まれる唯一無二の世界 (2/2)

流星塵や隕石がより集まってできた“Planet”

──「Planet[wanderer]」では、闇の中、それぞれの場所に“在る”人々が、似た動きを繰り返しながらもがく姿が描かれます。肌を覆う黒い砂によってダンサーは性別や人種も不明の存在となり、荒涼とした閉塞的な世界を彷徨います。その感覚は、コロナ禍に“たとえどこへ移動しても、地球にいる以上、絶対に安全な場所はないのだ”と感じた思いと重なるように思いました。

名和 「Planet[wanderer]」はまさに、コロナ禍の2021年に初演した作品です。当時、人々の間にヒステリックに恐怖が広がっていく様子を見て、それに囚われるのではなく、冷静にその先を見て乗り越えるような表現を提示するスタンスが重要だなと思いました。

ジャレ 名和さんがおっしゃるようなアプローチは、私もすべての仕事において意識しています。

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

──身体の扱い方については、「VESSEL」が肉感的、「Mist」にも身体の“生感”があったのに対して、「Planet[wanderer]」ではダンサーの肌が黒くてキラキラ光る砂に覆われていることもあってか、身体がより物質的に捉えられている印象を受けました。

名和 砂にグリッターという光る素材を混ぜて、煌めくようにしています。僕の彫刻に「Particle」というシリーズがあり、それは炭化ケイ素という1粒1粒が光を反射する素材を使って、物質が光のパーティクル(微粒子)でできていることを見せる作品群です。これが「Planet[wanderer]」の舞台コンセプトのインスピレーションの一つになっています。地球を含めた惑星もまた、流星塵や隕石が寄り集まってできたものです。“Planet”とはそうした概念としての惑星であり、ゆえに本作の舞台は、地球とも別の惑星ともつかない場所なのです。

ジャレ 惑星という概念を扱う以上、重力という概念を扱わざるを得ません。地球の重力は9.8 m/s²ですが、普段は重力を感じることはありません。でもダンサーにとって、重力との向き合い方は根源的な課題となります。「Planet[wanderer]」の片足を地面に固定して重力に抵抗する動きは、いろいろな形で重力を表現する可能性を生み出しています。また最終シーンでは水中での重力関係にも挑みます。名和さんがいうように、ダンサーは神秘的な動きを繰り広げるのですがそもそもダンサーたちは別の惑星からやってきた存在なのかもしれません。私たちは普通に暮らしていると自分たちが宇宙的な存在であることを忘れて生活してしまいます。でも私たちは宇宙的な方法で時間との関わり合いを持って生活していて、宇宙の法則のもとに私たちの生活はあります。

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

興味があるダンサーは、重力の感覚を理解するダンサー

──先ほど名和さんは元々身体に対する関心をお持ちだったとお話しくださいましたが、ジャレさんとのクリエーションを重ねる中で改めて、舞台や身体の面白さを感じている部分はありますか?

名和 表現が拡張されるところが面白く、ダミアンをはじめとしたダンサーたちにはいつも素晴らしい感動をもらっています。僕は学生時代にスポーツをやっていたこともあり、身体性やその拡張の可能性に興味や憧れを抱いてきました。ダンサーというのは、常に身体を動ける状態にしておく、アクティブな状態でいるという存在で、その身体の可動域、立ち方、歩き方、佇まいもすべてパフォーマンスの一部だと思っています。いわば、日常生活における人間の身体を超えた動きができる人たちであり、そうした存在そのものを美しく感じます。

ダミアン・ジャレ

ダミアン・ジャレ

名和晃平

名和晃平

──ジャレさんは多彩なアーティストとお仕事されてきました。ジャレさんが思ういいダンサー、面白いダンサーとはどんな人たちですか?

ジャレ (少し考えてから)私たちは、「ここが脳で、これが身体で、脳は前頭葉から神経系につながっている」というふうに考えがちなんですね。でも肉体には驚くべき知性と記憶が備わっていて、優れたダンサーとは心と身体を対立させるのではなくて、一体となって調和させる人だと考えます。私にとって重要なのは、制御よりも身を委ねることで、普遍的な法則を理解してそれに乗ることができる人、制御不可能なものを制御しようとするよりも、重力の感覚を理解する人、そういうダンサーに興味があります。

──ポスターにも登場している湯浅永麻さんをはじめ、本作には驚くような身体性で、表現の可能性を広げるダンサーが多数登場します。

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

ジャレ 今回出演している8人の素晴らしいダンサーは、それぞれ異なる身体性を持っていますが、同時に知性と感受性も兼ね備えています。いい踊りをするとき、ダンサーはすべての細胞を働かしています。いいダンサーとは、筋肉や意思の力、あるいはその人が何をするかといったことではなく、ダンサーが何を感じているのか、その体験そのものを感じさせてくれる人であり、身体を超越して観る人にそれを体感させることができるダンサーなんじゃないかなと思います。

クリエーションの焦点の一つとしての「Planet[wanderer]」

──お話を伺って、「Planet」が「VESSEL」「Mist」とのつながりはもちろん、最新作「Mirage」への導入としても重要な作品であることが伝わってきました。

名和 これらは1つひとつが個別の作品というわけではなく、すべてつながり合っています。ですので、観れば観るほど全体のコンセプトが循環していくことを感じていただけると思います。その中でも、「Planet[wanderer]」は一連のクリエーションの1つの焦点ともいうべき重要な作品なので、ぜひ多くの方にご覧いただきたいなと思います。

「VESSEL」「Mist」「Planet[wanderer]」、そして今年は「Mirage」をジュネーブで発表するなど、僕たちはずっと新作の舞台を作り続けてきましたし、これからも協働を続けていくでしょう。ヨーロッパでの発表がメインとなっている中で、このたび「Planet[wanderer]」を日本で公演することができて本当にうれしく思いますし、いずれ新作の「Mirage」も……と期待しながら今回の初日を迎えたいと思います。

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

「Planet[wanderer]」より。 ©Rahi Rezvani

ジャレ 「Planet[wanderer]」はそもそも日本で創作予定でしたが、コロナ禍によって出国ができないなど、本当に大変なプロセスがあり、多くの障害に直面してなんとか上演できた作品ですので、ついに日本にお届けできることになって私もうれしいです。“wanderer”という語にも示されているように、“Planet”つまり惑星は彷徨うという性質を持ったものだと思います。「Mirage」ではそれをさらに追求して、私たちが経験する絶え間ない変容について語っています。「Mirage」の後に「Planet[wanderer]」を観ると、そういった人間の要素がつながって見えてくるのではないかと思います。

名和 そうですね。「VESSEL」「Mist」「Planet[wanderer]」という三部作の枠組みで捉えるのはもちろん、今年生まれた「Mirage」と「Planet[wanderer]」をセットとして考えるのも面白いでしょう。例えば「Mirage」には天から流星塵が降り注ぐようなシーンがあり、「Planet[wanderer]」の冒頭ともつながるのですが、「Planet[wanderer]」は闇であるのに対して、「Mirage」には惑星の色を反映した色彩が満ちています。「Planet[wanderer]」では、どこに行くべきかわからずに彷徨う人々を描きましたが、それに続く「Mirage」では、惑星それぞれが別の惑星の種になるような変容が描かれています。

──お二人のクリエーションが、今後も続くことを願っております!

左から名和晃平、ダミアン・ジャレ。

左から名和晃平、ダミアン・ジャレ。

プロフィール

ダミアン・ジャレ

振付家、ダンサー。ダンスをはじめ視覚芸術、音楽、映画、舞台、ファッションなど多岐にわたって活動する。名和晃平との協働作品に「VESSEL」、映像作品「Mist」、「Planet[wanderer]」、「Mirage」など。またルカ・グァダニーノ監督によるリメイク版「サスペリア」、ポール・トーマス・アンダーソン監督「ANIMA」にて振付を担当。2022年、フランス芸術文化勲章オフィシエ章を受章。

名和晃平(ナワコウヘイ)

1975年、大阪府生まれ。彫刻家。京都を拠点に活動。2011年、東京都現代美術館で個展「名和晃平-シンセシス」を開催。2023年、フランス・セーヌ川のセガン島に屋外彫刻作品「Ether (Equality)」を恒久設置。平成23年度(2011年)京都市芸術新人賞ほか受賞歴多数。京都芸術大学教授。