愛知県芸術劇場と横浜のダンスハウス・Dance Base Yokohamaが、現代社会に生きるダンスアーティストと共働し、パフォーミングアーツの新境地を目指す「パフォーミングアーツ・セレクション」。2025年は10月30日から11月2日に開催される。2021年のスタート以来、さまざまなアーティストが参加してきた本プロジェクトに、今回は阿目虎南、岩渕貞太、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク、柿崎麻莉子、高橋萌登、三東瑠璃の6組が登場する。国内外への発信や育成など未来に向けた役割を担い、新たなスタートを切る「パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition」の参加6組について、各アーティストのメッセージと、愛知県芸術劇場芸術監督でDance Base Yokohamaのアーティスティックディレクターかつ各作品のプロデュ―サーでもある唐津絵理の言葉で紹介する。
撮影 / 金子愛帆
「パフォーミングアーツ・セレクション」とは?
「パフォーミングアーツ・セレクション」は2021年にスタートしたプログラム。そもそもこの「パフォーミングアーツ・セレクション」はどんな思いからスタートしたものなのか。
このプログラムでは、あえて身体表現であるダンスの概念をもう少し広く捉えたいと思って、パフォーミングアーツという言葉を使っています。シンプルに身体の動きだけで構成されるダンス作品がある一方で、近年では映像的な手法や演劇的要素を取り入れた領域を横断した作品、また身体表現に対してある種の問いを投げかけるような作品も増えてきました。そういった多様なアプローチも含めて上演の対象にしたいと考えています。最初に行ったのは、文化庁のアートキャラバン事業(編集注:コロナ禍を背景に文化への需要喚起と活性化を図るため、また地域における文化芸術の進行を図るために施行された事業)がきっかけです。Dance Base Yokohama(以下DaBY)のオープニング事業として企画した「ダンスの系譜学」(編集注:安藤洋子、酒井はな、中村恩恵を通して西洋のダンスの歴史やダンサーのキャリアにフォーカスしたダンスプロジェクト)などの作品のうちから、2~3作品を組み合わせて、全国の公立劇場7か所で上演する企画が生まれました。この後、この取り組みが評価されて、令和4年度(第73回)芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)をいただいたことも大きな励みとなり、ここでスタートした試みを継続していこうと考えました。
また本プログラムには、唐津が長年、愛知芸術文化センターの学芸員、そして愛知県芸術劇場のプロデューサーとして勤めている中で感じてきた、日本の劇場や舞台芸術環境における課題も反映されていると言う。
たとえば、創作の場が十分に確保できないこと、時間や予算をかけて作品を作っても上演期間が短く、再演の機会が少ないという現状や、現代的な作品の創作や上演は関東圏に集中し、地域では新しい作品に触れる機会が限られているという課題もあります。その中で、DaBYが2020年にオープンし、愛知県芸術劇場と協働することで、作品を安定した創作環境の中で発表することに挑戦してきました。いまは再演を視野に入れながらプロジェクトを設計・発展させることに取り組んでいます。作品の枠組みから考え、DaBYで創作し、愛知県芸術劇場で発表して、その後、声がかかれば国内外にも発信していくという、これまで目標としていたことが実現できるようになってきた、というのがこの3年くらいの状況です。
なお、DaBYで行っている次世代クリエイターのための国際ダンスプロジェクト“Wings”、そして、多彩なジャンルで活躍する世代の異なるダンサーや振付家が愛知県芸術劇場ダンスアーティストとして集い、創造と交流の拠点となるプラットフォーム“constellation(星座)”が始動したことも大きく関係している。
昨年度、文化庁が新たな文化芸術活動基盤強化事業を立ち上げました。これは日本のクリエイターの育成にフォーカスし、海外発信も視野に入れた取り組みに対して3年から5年の継続的な支援を行う画期的な制度です。その申請が通り、DaBYでは「次世代クリエイターのための国際ダンスプロジェクト“Wings”」、愛知県芸術劇場では「世界をつなげる愛知県芸術劇場ダンスプロジェクト“constellation(星座)”」をスタートさせました。これによって、より本格的に海外を目指して発信していく基盤が整い、今年の「パフォーミングアーツ・セレクション」はこれまで以上に国際展開を意識した上演を行っていくことになります。
「パフォーミングアーツ・セレクション2025」6組に共通するもの
では、今回の「パフォーミングアーツ・セレクション Festival Edition」ではどんなことを重視して6組のアーティストに声をかけたのだろうか。
これまでは企画性を重視した上演を行うことが前提としてあり、劇場全体の公演のラインナップを意識したプログラムになっていたと思います。でも今回は、愛知県芸術劇場で地域の方に公演を見ていただくだけではなくて、各作品のその後の海外展開という目標があるため、まず、「今の日本を体現する作品を海外に発信するにはどんなアーティストや作品が相応しいのか」を考えました。また海外展開に対して、経験は少なくとも前向きであることが大前提でした。よってすでにお互いにある程度は理解できていると思われる方々、つまりここ最近ご一緒している方や、DaBYのレジデント・アーティストとしてすでに私たちと活動されている方の中からお声がけさせていただきました。その中で、今回の公演ではスケジュールやタイミングなどから6組の作品を上演します。6組のうち、三東瑠璃さんは愛知県芸術劇場の『constellation』枠、後の5組は『Wings』枠のアーティストとなります。
ちなみに昨年の同企画では、「constellation」で酒井はなさんと島地保武さん、そして「Wings」で鈴木竜さんが新作を発表しました。酒井はなさんが岡田利規さんと協働した『ジゼルのあらすじ』は来年ヨーロッパのフェスティバルでの上演が決定しており、鈴木竜さんの『TAMA』は今年の9月に韓国のACC(National Asian Culture Center)にてすでに海外公演を行い、好評を得ています。
これらのアーティストの皆さんは、それぞれに日本での活動を継続的に行っていて、着実にキャリアを積み重ねられてきた方々です。日本では劇場などから作品を委嘱されることが非常に少なく、自主公演、つまり自助努力で成果を上げてこられました。ただここからさらに海外へ発信していくとなると、アーティスト自身の努力だけでは限界があります。このプロジェクトでは、アーティストの公演支援という助成金的な発想ではなく、制作者や舞台スタッフなども等しく対象とすることで、「プロダクションのチームとして取り組む」という形をとって、舞台芸術環境を総合的にボトムアップすることを目指しています。
また現代ダンスはもともと西洋からの影響が強いジャンルです。それゆえ、日本人が西洋に向けて発信する際に、西洋のメソッドをベースにした作品に関心を持ってもらえる機会は非常に少なく、いわゆる“日本的な”表現や形式の作品が海外から望まれることが多いです。しかし、今はタイムリーにどこにいても情報を得ることができるし、学ぶことができる時代です。だからこそ、多様なスタイルを取り入れながらも、“今の日本に住んでいる”感覚を大切にしながらオリジナリティの高い創作をされているアーティストとご一緒したいなと。今回の『パフォーミングアーツ・セレクション』は、まさにそういった感覚を体現しているアーティストがそろっています。
ここからは6組のアーティストと作品について、アーティスト自身の言葉と共に紹介する。
現在を生きる身体と感覚にフォーカスする、三東瑠璃「満ちる」
三東瑠璃コメント
私が静かに満ちていくように
微かな風が そっと肌をなで
一筋の光が あなたを照らし
鼓動が 皮膚の奥を優しく叩く
いま、この瞬間に
満ちていく
身体は泉
内側から湧きあがる名づけられない感情の波が
静かに押し寄せる
何もせずにただ
ここに在るということ
気配に包まれて
満たされていくことの喜び
それは
言葉になる前の記憶のかけらを
そっと迎え入れるような時間
『満ちる』は 現在を生きる身体と感覚にフォーカスした作品です。観る人の呼吸や身体に静かに寄り添い、ただ“在る”ことの豊かさを提示します。
三東瑠璃「満ちる」
2025年10月30日(木)
愛知県 愛知県芸術劇場 大リハーサル室
演出・振付:三東瑠璃
出演:阪田小波、柴田真梨子、高橋真帆、牧野李砂
音楽・演奏:内田輝
10月30日に愛知県芸術劇場 大リハーサル室で新作「満ちる」を披露する三東。愛知県芸術劇場のダンスアーティストでもある三東は海外での経験も多く、2017年にCo.Ruri Mitoを立ち上げるなどダンサー、振付家として活動している。
唐津絵理コメント
三東さんは今年4月から愛知県芸術劇場のダンスアーティストに就任しており、作品の創作だけではなく、劇場のオープンハウスといった県民向けのイベントや年間を通じたワークショップも行う予定です。新作『満ちる』では、出演者だけでなく、観客も含めたその場にいる人々の呼吸を意識しながら、身体と宇宙が一体となっていくような、身体の根源を追求した作品です。三東さんはこれまでソロでの活動を中心にされてきました。またダンサーとしてはダミアン・ジャレさんや、サシャ・ワルツさん、北村明子さんといった著名な振付家の作品に出演されており、その強靭で繊細な身体性には定評があります。近年はグループでの創作にも力を注がれており、“身体そのものの価値”や“生きている中での感覚”、動きの継続性や時間感覚といったものを大切にして創作されているため、過去から未来へと連なる時間の継続性や輪廻的な死生観を感じさせてくれます。そういった理念的な部分、特に“間”のような余白の部分に日本的な精神性が感じられるのではないでしょうか。またこの作品では、ピアノの原型とされるクラヴィコードという楽器を名古屋在住の内田輝さんがライブで演奏されます。
“現代における身体感覚の再解釈”に取り組む、阿目虎南「R/evolution(s)」
阿目虎南コメント
本作は身体の「生成変化」の探求を進める上で行き着いた「現代における身体感覚の再解釈」をテーマに創作に取り組む。「Revolution」が持つ、「公転」「変革」という二重の面を出発点に創作を開始。身体の即物性に着目し、「公転」という事象から「永続性と断絶」「入れ替わり」「移動」「変容」を身体に投影し、研ぎ澄まされたソリッドな動きを生み出していく。舞踏以外の多様な背景を持つダンサーに独自の舞踏メソッドを共有し、ともに創作することで、舞踏に新たな芽吹きをもたらすことをめざす。そして革新を導く「即物性のドラマ」を生成する。
阿目虎南「R/evolution(s)」
2025年10月31日(金)・11月1日(土)
愛知県芸術劇場 小ホール
演出・振付・美術:阿目虎南
出演:長田萌夏、鶴見香弥、畠中真濃、松倉祐希
阿目は、10月31日と11月1日には愛知県芸術劇場 小ホールで新作「R/evolution(s)」を披露する。大駱駝艦出身の阿目は2019年よりソロ活動をスタートさせ、2021年に燦然CAMPを設立した。
唐津絵理コメント
阿目さんは大駱駝艦に長年所属され、近年は国内外でソロダンス作品も多く発表されています。今回は二十代から三十代になったばかりの、様々なバックグラウンドをもつ女性ダンサー4名をオーディションで選び、新作に挑んでいます。今回、舞踏の新しい形を議論する中で、あえて舞踏経験がない、バレエやコンテンポラリーダンスなどに軸足を置くダンサーとの協働にたどりつきました。『舞踏をこの誕生の地である日本で、どうやって若い人たちに継承していくか、あるときには解体して再構築していくか、また進化させていくのか』という問いを阿目さんと共有しています。というのも、海外では、舞踏が非常に人気を集めている一方で、舞踏の表層的な型だけが模倣されていると感じる場面にも遭遇します。そこで、日本で日本の舞踏の創成期の舞踊家から影響を受けた“正当な継承者”が、次の時代に向けてどう発展させていくのか、その過程も含めて、今の時代の「舞踏」、あるいはもはや舞踏と呼ばなくてもよいかもしれないのですが、そういった新たな作品を、日本の若手のアーティストから海外に発信していけたらと考えました。阿目さんと多様な背景を持つダンサーとの協働が舞踏にどういう変革をもたらしていくのかを楽しみにしています。
小説を原案としたダンス作品に挑む、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク「ダンス作品第3番:志賀直哉『城の崎にて』」
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクコメント
私たちは、城崎での「知る」「集める」「過ごす」を経て、私たちにとっての「城崎にて」を、間違いなく「知り」「集め」「過ごした」と思う。そして、その上で私たちが創る、志賀直哉「城の崎にて」という原案のレイヤー(層)を上被せした「ダンス作品第3番:志賀直哉『城の崎にて』」は、その原案を知る者たちにとって、原案とは全く異なるものとして目に映るかもしれない。ただ、「ダンス作品第3番:志賀直哉『城の崎にて』」は、原作厨を満足させようとするための──小説からダンス作品への──翻案ではない。いや、「城の崎にて」を読めば読むほど、これは、私たち、すなわち「読者たち」を、それぞれにとっての「城崎にて」へと導こうとする地図のようにしか見えなくなってくる。「ダンス作品第3番:志賀直哉『城の崎にて』」には、蜂、鼠、蠑螈(イモリ)は、判然としたかたちでは登場しない。しかし、3人のダンサーが登場する。小説のように、文字を、単語を、言葉を、意味を追う読者の視線は存在しない。しかし、空間があり、そこに流れる音楽があり、そこに表現される「純粋」な範疇を出ない「瞬間」を追う観客の視線が存在する。
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク「ダンス作品第3番:志賀直哉『城の崎にて』」
2025年10月31日(金)・11月1日(土)
愛知県芸術劇場 小ホール
原案:志賀直哉「城の崎にて」(1917年)(参考文献:志賀直哉「城の崎にて」「注釈・城の崎にて」NPO法人 本と温泉[2013年])
振付・演出:小野彩加、中澤陽
出演:児玉北斗、斉藤綾子、立山澄
舞台作家・小野彩加と中澤陽が舞台芸術作品の創作を行なうコレクティブとして2012年に設立された、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク。今回は、愛知県芸術劇場 小ホールにて10月31日と11月1日の2日間にわたり新作を披露する。
唐津絵理コメント
スペースノットブランクの小野彩加さんと中澤陽さんは、普段はテキスト量が非常に多く、セリフ主体の作品も多く手掛けていらっしゃいます。その一方で、“フィジカル・カタルシス”という新しい動きのメカニズムも独自に開発されており、言語表現と身体表現の両面からアプローチしているユニットです。バレエ以降のダンスのメソッドの歴史を振り返ると、多くは自らの表現に最も適した手法を開発することで独自性を築いてきました。“フィジカル・カタルシス”はダンス作品を作るためだけのメソッドとしては作られていない点がユニークです。お二人が作品としてこのメカニズムを提示する場合、それはメカニズムそのものを剝きだしの状態で提示することになっている。この点が非常に面白いと感じていました。そうした背景から、今回は、あえてダンス作品と銘打つ作品を創ることにしました。すでにお二人の中では、様々なタイプのダンス作品を今後展開していく構想があり、ここでは志賀直哉さんの文学作品『城の崎にて』をモチーフにした作品を創作しています。といっても小説のストーリーを再現していくのではなく、城崎で志賀さんが観た風景や足跡をリサーチし、原案にみられる生死をダンス作品へ転化することを試みています。また音楽は、音楽家のmmmさんが本作のために新たに作曲。小説から受けたイメージやリハーサルの様子からオリジナルのサウンドを生み出しています。出演者はバレエの身体言語を自在に操ることのできる児玉北斗さん、斉藤綾子さん、立山澄さんの3名で、皆さんがフィジカル・カタルシスをどう踊るのかも見どころの一つです。観る方によって多様な解釈が可能な、そんな自由度の高い作品になるのではないでしょうか。
子供も楽しいし大人も楽しい、柿崎麻莉子「hopee」
柿崎麻莉子コメント
子どもと一緒に出かけるのは一苦労、かといってずっと家にいるのも大変。劇場や美術館に連れていきたいけれど、一緒に行くと親はゆっくりみていられない。そんな経験から、親子でのびのびと観賞できる作品を作りたいと思いました。
今回上演する「hopee」はダンスを軸にした、スタイリッシュでポップな作品です。鮮やかな遊び心に満ちた公園や、目眩を誘う遊具のイメージを重ね合わせながら創作しました。同時に、子どものように瞬間を楽しむ視点、大人だからこそ持てる意味を解釈する視点。その両方の視点から、それぞれ異なる世界が立ち上がるような作品をめざしました。
何度でも膨らむ期待感と、そのたびに失う寂しさ、そして希望をもつことすら諦めて涙を枯らしている人がいる現実。
子どもたちの純粋なまなざしが舞台に反射して広がり、かつての子ども達が世界の広さを思い出す、そんな作品になることへの期待を込めて。
まとまらないまま遊ぶようなクリエイションを可能にしてくれたチームの皆さん、そしてこの作品のインスピレーションとなってくれた娘に感謝します。
柿崎麻莉子「hopee」
2025年11月1日(土)・2日(日)
愛知県芸術劇場 中リハーサル室
演出・振付・出演:柿崎麻莉子
振付アシスタント:鈴木春香
共同振付・出演:高橋佑紀、吉田渚、Liel Fibak
元新体操選手で、2012年から2014年にBatsheva ensemble Dance Company、2015年から2021年までL-E-V Sharon Eyal|Gai Beharに所属し、世界各国で活動してきた柿崎。11月1・2日に愛知県芸術劇場 中リハーサル室で上演する新作では子供も大人もの楽しめる作品づくりを目指す。
唐津絵理コメント
柿崎さんはコロナ禍で、ちょうどDaBYが立ち上がった頃に出産され、その後も赤ちゃんを連れてきてDaBYで稽古したりと、お子さんがそばにいる環境で作品を作ることも多くありました。一方で、日本における子ども向けの作品は、子どものためにわかりやすくすることに偏りすぎてしまい、大人が楽しめない場合も少なくありません。そんな中で、「見え方は違うかもしれないけど、大人も子どもも、どちらも楽しめる作品を作りたい」という彼女の思いが、作品の出発点です。私も長らく劇場でキッズ向けの企画を行ってきた中で、同様に感じることも多く、非常に共感しています。上演会場として、劇場ではないリハーサル室を選んだのもそういった点を考えてのことなのですが、今後は屋外などいろいろな場所で上演できる作品になったらと思っています。出演は、海外で活躍する実力派のダンサー4人。またイギリス在住の音楽家ICHIさんのものすごく楽しい音楽と、美術の長峰麻貴さんが手がけるカラフルな舞台美術が見どころで、様々なアプローチで楽しんでもらえるような作品になる予定です。もちろん、柿崎さんはバットシェバ・アンサンブルやシャローン・エイヤールのL-E-Vダンスカンパニーなどプロフェッショナルなダンスカンパニーで踊られてきたダンサーです。そのため、ポップでカラフルな楽しい作品でありながらも、ダンスとしても身体性の強い、非常に見応えのある作品になると期待しています。
舞踏の身体観を礎に、岩渕貞太「大いなる午後:the soft machine xxx」
岩渕貞太コメント
「大いなる午後:the soft machine xxx」は、身体を「現代のテクノロジーではまだ実現されていない技術」として探る試みです。
私にとっての身体は、起源や進歩の直線的物語に回収されることなく、すでに技術でありながら形を定めない素体として、時代や文化を横断する痕跡を通り抜けていくものです。
この作品においては、とりわけ舞踏の身体観が示唆を与えてくれました。古代の造形(文字、彫刻、絵画など)、東西の舞踊や武術に潜む身体技法を経由し、複数の動きや記憶、景色を引き出します。それは効率や速度を優先する現代のリズムとは異なり、風や動物、素材や機械といった非人間的なリズムに導かれる祝祭空間(ダンスフロア)として立ち現れます。
宇宙の始まりの暗闇を過ぎ、人類の夜明けもとうに越えて、いま訪れるのはうだるように緩慢な「午後」。そこで再び現れるワイルドネス。古代と未来が同じ地平に並び、歴史の線形を逸脱した「宇宙的な技芸」としての「舞踏体=ソフトマシーン」のダンス。それは野蛮であり、かつエレガントなものとなるでしょう。
岩渕貞太「大いなる午後:the soft machine xxx」
2025年11月1日(土)・2日(日)
メニコン シアターAoi
演出・振付・出演:岩渕貞太
出演:小暮香帆、酒井直之
演劇、日本舞踊、舞踏など、多様な表現を探究心旺盛に学び、独自の表現方法論「網状身体」を追求してきたダンサー、振付家・岩渕貞太。新作では、舞踏の身体観を参照しながら、11月1・2日の2日間に渡って、メニコン シアターAoiで新作を披露する。
唐津絵理コメント
岩渕貞太さんはこれまで多様な舞台経験を重ねてこられたダンサーです。北村明子さんやニブロールなど様々な振付家やカンパニーの作品に出演されており、幅広いスタイルのダンスメソッドに触れてきました。そうした中で、舞踏や武術、老子などから触発された表現方法論「恍惚身体論」を開発・展開されています。中でも、フランスを拠点に活動していた舞踏家・室伏鴻さんへの思いは特に強く、室伏さんが亡くなる直前のツアーにも参加されていました。そうした背景を踏まえつつ、今作では舞踏の精神性を土台としながらも、舞踏のメソッドに縛られない、自由な発想による創作が岩渕さんから生まれることを期待しています。土方巽さんや大野一雄さんといったさまざまな舞踏家の痕跡をたどりつつも、舞踏の身体性をある意味、客観的に再考する作品になるのではないかと思っています。出演は岩渕さんのほか、小暮香帆さん、酒井直之さんの三名。小暮さんは笠井叡さん、岩渕さんもかつて伊藤キムさんの作品に出演されるなど、舞踏の系譜に触れてきた経験をお持ちです。日本のダンスアーティストの多くは、バレエなどの他のジャンルと同様に、舞踏の精神性やテクニックが自然と自身の身体に刻まれている部分があると思います。3人とも非常に柔軟で強靭な肉体を持ち、変幻自在でしなやかな、即興性の高いダンスが魅力です。
先ほどご紹介した阿目さんの作品が、舞踏継承者が多様なバックグラウンドをもつ若手のコンテンポラリーダンサーたちと創作することで舞踏を再解釈するのに対して、岩渕さんは、舞踏を含む多様な経験を経てきた振付家でもあるダンスアーティストたちと対話によって作品を立ち上げます。こうした舞踏を巡る2つのアプローチも大きな見どころのひとつです。また、本作では、ジャズ・ミュージシャンの須川崇志さんとのコラボレーションに加え、6作品の中で唯一、ドラマトゥルクとして丹羽青人さんが参加、また藤谷香子さんの個性的な衣裳など、多彩なクリエイターとの協働による創作プロセスも充実しています。
怪談をテーマに視覚現象の域を超える世界を描く、高橋萌登「仄仄(ほのぼの)」
高橋萌登コメント
かねてより怪談に惹かれてきた私は、その世界観を自らの表現にどう反映できるかを考えてきました。私が怪談に見出すのは、ただ恐怖を煽ったり驚かせたりすることではなく、その奥に潜む悲哀や、心に棲みつく名状しがたい感覚、そして静寂に包まれた温かみです。
本作は、そうした側面に着想を得て、私が一から執筆した詩的物語を軸に構成した作品です。物語には、きいたもの・うずくまっていたもの・みていたもの・こないもの、そして音といった存在が登場します。私は本作を、単純な視覚現象の域を超えるものと考えています。上演という行為を通じて、会いたい人と再びこの場で時間を共にし、思いを馳せる──それもまた、試みていることのひとつです。
空間は刻々と姿を変え、時間と間は独自の呼吸で流れていきます。誰かと共にした記憶、交えたかもしれない瞬間。目や耳を逸らさず、それに触れてみること。目撃者はいつの間にか巻き込まれ、言葉を超えた身体表現を通じて、内に眠る感受性がどこまでひらくのかを静かに試されます。私はこの世界への新たな感じ方を手渡したいのです。
あわいに立ち現れるものたちとの、ささやかな交感のための怪談を描き出します。
高橋萌登「仄仄(ほのぼの)」
2025年11月1日(土)・2日(日)
メニコン シアターAoi
演出・振付・出演・音楽:高橋萌登
出演:大西優里亜、中谷友紀
バレエとストリートダンスのバックグラウンドをベースにして活動しているダンスアーティストの高橋萌登。今回は11月1・2日に、メニコン シアターAoiで怪談をテーマにした新作を披露する。
唐津絵理コメント
ダンスカンパニーMWMWを主宰している高橋さんは、主にバレエとストリートダンスをベースに創作をされていますが、それらを単純にミックスするということではなく、それぞれの身体言語がもつ特徴、例えばバレエであれば浮遊感であるとか、ストリートダンスの持つリズム感やポップさなどを生かした振付に特徴があります。また従来から舞台音楽も自ら手がけていらっしゃいますが、今回は“怪談”をテーマに、初めてテキストの創作(作詩)にも挑戦されました。生きている間に表現できなかったのだけど、本当は言いたかったこと、私たちが気づかないでいたこと、あるいは見えなかったものとの交感を通して、記憶と想像のあわいに触れるような、もう一つの並行世界を体感させるような作品になるのではないかと期待しています。
こうした言葉で表しきれない感情や実感、そして言葉になる前のざわめきを身体で捉えようとすることは、身体表現の得意とするところです。これは高橋さんに限らず、今回参加されている6組のアーティスト全員に共通していることでもあります。“見えないものをどう立ち上げていくのか”。この視点こそが今回の全作品に通底する大きな見どころの一つだと感じています。今は情報が過度にあふれ、不安定な世界情勢のなかで、何が真実なのかも見えづらくなっています。混迷と変動の時代において、身体の感覚というものは、ある意味で唯一信じられるものなのではないでしょうか。作品は現代社会の身体からのメッセージ、時には身体による社会への抵抗とも言えるのではないかと。
ダンスアーティストの方たちは、私たちにはまだ「見えていない透明なもの」、あるいは「見ようともしていないもの」、「声なき声」のような存在を、身体を通じて感じ取り、作品に昇華してくれているのだと思います。そして私たちは、彼らが掬いあげてくれた、「まだ気づいていなかった何か」を、作品を通して目にしている。ダンスは、国籍や年齢やジェンダー、思想を超えて、他者と感じ合えるものだとあらためて感じます。そしてその力は“間(ま)”という日本独特の感覚に象徴されるように、繊細な感受性をもつ日本のアーティストにとって大きな強みになるのではないかと信じています。
「パフォーミングアーツ・セレクション」今後の展開
身体で“今の日本”を捉えるダンスアーティストが揃った「パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition」。プロデューサーの唐津は、これらの作品が国内外の観客にどのように届くといいと思っているのだろうか。
『ダンスはどう観たらよいのかわからない』と言われることが多いですが、現代のダンスは作品によって表現も視点も全く異なります。だからこそ、まずはいろいろな作品を観ていただきたいと思います。今回、フェスティバル形式としたのも、会場をはしごして、複数の作品を同時に体験していただきたいという思いからです。その中で、一つでも何かを感じたり、気になる作品に出会ってもらえたらうれしいです。ダンスは、言語化できないことや、普段は見えていないようなものを身体を通して提示することが多い表現です。ですから、理解しようとすることよりも、自由に想像しながら楽しんでいただくことが、現代のダンスに触れる一番の入口になるのではないかと思います。
また、海外では、日本の身体表現に対して、例えば舞踏とかメディアアートなど、日本が得意とするジャンルの固定的なイメージを持たれている方も多いと感じています。その背景には、若い世代のアーティストたちがなかなか海外で発表する機会を得られていないという現状があるかもしれません。けれど、日本の文化にはもっと多様なものがありますし、日本のダンサーたちは常に時代に合わせて身体を敏感に捉え直しながら、多様な表現を追求してきました。彼らが捉えた世界は、時に海外の人々が思いもしなかったようなことにフォーカスしている場合もあると思います。そういった新しい視点の発見や、日本から発信される身体表現の可能性に、大きな期待を寄せています」
さらに、新たなフェーズに入った「パフォーミングアーツ・セレクション」の今度の展望についても聞いた。
『パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition』は、1月にいわきでスペースノットブランクの小野彩加さん、中澤陽さんの作品と柿崎さんの作品を上演します。その後、来年8月にはエジンバラのフリンジフェスティバルや、11月にはモントリオールで開催されるシナールという舞台芸術ミーティングに行く準備をしています。これまで創作してきたどの作品が、どの地域や芸術祭等に合うかを考えたり、アドバイスを得ながら各所に提案をしていきたいと思っています。また今年の上演作品以外にも『パフォーミングアーツ・セレクション』にはすでにたくさん作品がありますので、それらも含め、今後、国内外での上演の可能性を増やしていきたいと思っています。
なおWingsとconstellationは、アーティストだけのプロジェクトではなく、制作スタッフや舞台スタッフ、さらに批評家なども含めて、創作に関わる方々が共に成長して、最終的には日本の舞台芸術界の土壌を豊かにして、持続可能な環境を築くことを目指したものなので、メンターや海外のディレクターなどにもアドバイスをいただきながら、プロジェクトごとに進化・展開させていきたいと思っています。
プロフィール
唐津絵理(からつえり)
お茶の水女子大学文教育学部舞踊教育学科卒業、同大学院人文科学研究科修了。舞台活動を経て、1993年より日本初の舞踊学芸員として愛知芸術文化センターに勤務。2003年に所属の愛知県文化情報センターで、第1回アサヒビール芸術賞受賞。2010年から2016年にあいちトリエンナーレのキュレーター(パフォーミングアーツ)。2014年より愛知県芸術劇場シニアプロデューサー、2022年よりエグゼクティブプロデューサー、2024年4月に芸術監督就任。7月から常務理事 芸術監督(アーティスティック・ディレクター)。また2020年よりDance Base Yokohamaアーティスティックディレクターも務める。令和4年度(第73回)芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)受賞。
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