ダンスミュージカルに生まれ変わる、音楽座ミュージカル「ホーム」に森彩香・安中淳也が語る思い

音楽座ミュージカル「ホーム」が、11・12月に大阪と東京で上演される。1994年初演の「ホーム」では、血のつながらない一組の家族と、学生運動に身を投じた恋人たちの姿を通じて、昭和から平成を舞台にした物語が展開。初演から約30年となる今年、「ホーム」はダンスミュージカルとして生まれ変わる。

ステージナタリーでは、「ホーム」の過去公演に出演経験があり、音楽座ミュージカルのメンバーとして何度も共演してきた森彩香、安中淳也にインタビューを実施。カンパニーが新たな「ホーム」に向けて動き出した8月初旬、2人に「ホーム」が描き出す普遍性や、新バージョンへの期待を語ってもらった。

取材・文 / 中川朋子撮影 / 藤田亜弓

目に見えない“つながり”が心の支えになることを表現したい

──音楽座ミュージカル「ホーム」は、昭和34年秋、元特攻隊員の山本哲郎がデパートの屋上でアドバルーンを見張っていた最中に、麻生めぐみという若い女性と出会うところから始まります。2人は結婚し、めぐみは子供を出産するものの、ある日彼女は失踪してしまいます。劇中では山本家の物語に、学生運動に身を投じた藤井宏と、その恋人でのちに教師となる坂本いずみの人生も絡めながらストーリーが展開していきます。今回、同作がダンスミュージカルとして装いも新たに上演されますが、カンパニー内では作品についてどんなお話をされましたか?

森彩香 台本の読み合わせをしたばかりなのですが(編集注:取材は8月初旬に行われた)、今回は半分以上のメンバーが「ホーム」に初挑戦するので、新メンバーがこの作品をどう感じたか、そして過去公演にも参加した私たちは今この作品をどう作っていくか、ということを初めて話し合いました。まだまだ固まっていませんが、なぜ今「ホーム」をやるのか?についてみんなで話したのは、「私たちが本質的に求めているものや悩んできたことって、何千年も前から変わっていないんだね」と再発見できる機会にしたいということ。人間は進化しているようで、あまり変化していません。今回は「ホーム」を通じて、その良くも悪くも変わらない人のありようについて考えながら、変わらないものから生まれる新たな挑戦や希望を探っていけたらと思います。

安中淳也 幅広い世代のカンパニーメンバーと作品について語り合う中で、二十代のメンバーが言っていて「なるほど」と思ったのは「初めてブラウン管テレビが家に来た日の感動を味わえた登場人物たちがうらやましい」ということ。僕もその感動は知らないですし、確かに経験してみたかった(笑)。ただ今やブラウン管テレビが過去のものになったように、道具や技術がどんどん進化しても、人間の本質的な営みやつながり、関係性は変わっていない。その変わらないものを大切に描きつつ、今「ホーム」を上演するからこそ見えてくる新しいものを大切に作っていきたいですね。

左から森彩香、安中淳也。

左から森彩香、安中淳也。

──音楽座ミュージカルは、“ワームホールプロジェクト”という創作システムで舞台を作っています。このシステムでは、代表の相川タローさんを柱とした演出チームが中心となり、プロデューサー、俳優、スタッフ、プランナーなど作品に関わる全員が意見を出し合いながら創作を行うそうですね。現段階で、お二人が今回の「ホーム」に向けて準備していることや、「こうしたい」という思いはありますか?

安中 僕は今回で3回目の「ホーム」ですが、よりリアリティを持って舞台に立つために、人間のグレーな部分に向き合いたいと思っているんです。「ホーム」に初参加したときから、「しょうがねえよなあ……父親だもんな」というセリフが好きなのですが、これは哲郎がめぐみに去られ、自分と幼い赤ん坊だけが取り残されたときに言う言葉です。僕はこのセリフをずっと、特攻で出撃し損ね、「死ぬ機会を逃した」と言い訳をしてろくに働かなかった哲郎が、残された子供を前にやり直しを強く決意した瞬間に発したもので、だからこそ感動的だな……と感じていました。だけど昨日、代表の相川がポロッと「哲郎は、95%は現実を受け入れられていないのかも。でも5%だけ親として決心がついたのがこの場面なんじゃないか」と言っていて、感じ方がガラリと変わりました。確かに人間って、そんな簡単に白黒はっきりつけられないですよね。決断したつもりで「わかった!」と言っても、心が100%受け入れているとは限らない。だから哲郎の「しょうがねえよな」はまだ5%の決心だという解釈は、すごくリアルだと思いました。フィクションの物語は、何らかの事件や出来事を通じて、登場人物の感情が大きく動く様子を描いた、“極まった”瞬間の連続で成り立つものが多い。だから良い人はどこまでも良い人、悪い人はどこまでも悪い人というように単純化され、ステレオタイプな描き方になってしまうことがあります。でも今回は人間の、1色で表現できないような、白黒決めきれない面に向き合えたらと思っています。

 すごくわかる! 世の中には“親は自分たちが生んだ子供を愛するものだ”みたいな固定観念がいろいろあるけど、私たちの日常はそういう“当たり前”だけで成り立っているわけではありません。でも現実を作品に落とし込もうとすると捉え方が大雑把になって、実際にはありえない極端な表現をしてしまうことがある。そういう“非リアル”な表現に私たち自身が酔わないようにしたいなと。それに、生きている中で気持ちが100%充実することってあまりないと思いませんか? 最近の私は、口で何を言っていても内心「暑い」「しんどい」と思っていることがほとんどです(笑)。今回の「ホーム」では、“セリフと感情が100%一致していない”というお芝居に勇気を持って挑戦してみたいですし、私たちが日常生活で抱く、誰の中にもある人間らしい心に正直になって取り組みたいですね。

森彩香

森彩香

──2018年版の「ホーム」の台本を読むと、主人公の哲郎が元特攻隊員という設定だったり、哲郎たちの家にあるテレビで東京オリンピックや3億円事件のニュースが流れたりと、具体的に時代を想起させる描写がいろいろあります。同時に劇中には、森羅万象を表す存在“オリジン”が登場したり、アフリカに旅立つキャラクターがいたりと、昭和の日本を舞台にした物語でありながら、話が地球全体に広がるような壮大さも感じます。お二人は、この作品が初演から30年にわたって受け継がれてきた理由はどんなところにあると思いますか?

安中 やはり、普遍的なものが描かれているからでしょうか。簡単に言えば「ホーム」は、血がつながらない家族の姿を通じて、人と人のつながりを描くお話です。哲郎や“娘”の山本広子、広子の“祖母”豊たちの間には、血縁を超えた絆があるし、人はどこにいても誰かと、引いては地球上のすべての生命とのつながりの中で生きているということを描いているんですね。“つながり”はどんな時代でも、誰にとっても切っても切り離せないテーマ。だからこそ長きにわたって上演されてきたのだと思います。

──音楽座ミュージカルの代表作「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」で宇宙人が歌う劇中歌「いつの日にか」には「見えない絆で結ばれた世界」という歌詞がありました。「ホーム」にも同じように、たまたま出会った人間たちの小さな営みが地球規模で誰かとつながっている、というテーマを感じます。これはカンパニーとしても大切にされているメッセージなのですね。

 そうですね。哲郎たちのように戦争を経験した人にとっても、戦争を知らない私たちにとっても、生きるのに精一杯な日々の中、目に見えないつながりに希望を感じ、そのつながりを信じることが背中を押してくれる気がします。私たちは作品を通じて、目に見えないものが心の支えになることを表現したいと思っていますし、自分たち自身も作品に救われることばかり。舞台を通じて表現してきたテーマが100%真実か、正解かどうかは誰にもわかりません。でも答えがないこの世の中で、自分たちが考え、表現したいことに基づいて舞台を作り、届けられることに希望を感じます。

安中 うん。確かに僕らの舞台が“正解”を描けているかはわかりません。それに今この瞬間は間違いなく心から感じていることを話していると思っても、あとで振り返って「あのとき、なんであんなこと言ったんだろう」となることってありますよね(笑)。でも僕は人間の気まぐれさとか、心変わりもいとおしいと思う。自画自賛になってしまいますが、そういう人間のグレーなところを作品に盛り込んでくれる現代表の作品作りに実は心から惚れています。

安中淳也

安中淳也

チキンラーメンをこぼしちゃった…忘れがたい初日

──森さんは2018年公演でめぐみとその娘・広子の2役、安中さんは2010年公演で広子と結婚する長谷川和弘、2018年公演で学生運動に打ち込む宏を演じていました。過去公演の思い出を教えてください。

安中 とにかくがむしゃらだった記憶しかないなあ……役作りにすごく苦労したわけではないけど、かといってうまくいった覚えもなく(笑)、とにかく「やらなきゃ!」と思っていました。森さんはどう?

 私は2018年公演初日のアクシデントが忘れられません。あれは序盤の、舞台でみんながチキンラーメンを食べるシーンでした。お湯を入れたラーメンを運んでくるのが私の役割だったのですが、舞台の段差に足を引っかけて、ラーメンを全部こぼしちゃったんです。その瞬間「ああ、この作品は終わった」と思いました。もう、セットも全部チキンラーメンだらけでしたから!(笑) でもみんなが、こぼれたラーメンを器に入れ直して、そのまま何事もなかったかのように「食べよう食べよう!」とお芝居を続行して。ラーメンを食べ始めたときに、「ああ、また何かが始まった」と思いましたね。

音楽座ミュージカル「ホーム」2010年公演より、安中淳也(右)。©ヒューマンデザイン(撮影:橋本越百)

音楽座ミュージカル「ホーム」2010年公演より、安中淳也(右)。©ヒューマンデザイン(撮影:橋本越百)

音楽座ミュージカル「ホーム」2018年公演より、森彩香。©ヒューマンデザイン(撮影:山之上雅信)

音楽座ミュージカル「ホーム」2018年公演より、森彩香。©ヒューマンデザイン(撮影:山之上雅信)

安中 僕は舞台袖で、青ざめながらその様子を観ていたよ。

 良く言えば、ハプニングごとすべてを受け止めてくれる作品なのかもしれません(笑)。

安中 必ずしも“正解”や“完成”を求めないのも、音楽座ミュージカルの魅力の1つ。今回もがんばっていきましょう!

──「ホーム」に歴史ありですね(笑)。今回は、そんな本作がダンスミュージカルに生まれ変わります。

安中 もともと「ホーム」にはオリジンやそのほかのキャラクターのダンスシーンが多くあったので、さらにダンスに特化したらどんな舞台になるか楽しみです。

 オリジンといえば、昨日カンパニーで話をした際に「今回はオリジンが主役であり、全員がオリジンでもある」という話題が出ました。劇中には哲郎をはじめ、生々しく生きる人間たちと、森羅万象を表すオリジンが登場します。作り手である私たちは「哲郎たちもオリジンも等しい存在だ」というコンセプトで演じていたものの、やはりお客様の目には哲郎とオリジンたちが別々の存在として映っていたかもしれない。だから今回は「すべての存在がオリジン、誰もが森羅万象とつながっている」というコンセプトをより強調して作ることになりそうです。このテーマのもと、「ホーム」をダンスミュージカルとして再構築するというのは、自分の中でも腑に落ちましたし、面白く作っていけそうです。