シアタートラム ネクスト・ジェネレーション パンチェッタ「un」稽古場レポート|“効率化”の先に幸福はあるのか?

世田谷パブリックシアターが実施する“シアタートラム ネクスト・ジェネレーション”は、公募により選出された団体に、シアタートラムでの上演機会を提供する若手アーティストの発掘・育成企画。これまで快快、FUKAIPRODUCE羽衣、てがみ座、tamagoPLIN、KPR/開幕ペナントレース、泥棒対策ライト、to R mansion、悪い芝居などが選ばれている。

世田谷区芸術アワード“飛翔”舞台芸術部門と合同で開催された第13回では、外部審査員の岩松了、マキノノゾミ、小野寺修二も交えた選考の結果、一宮周平が企画・脚本・演出を手がけるパンチェッタ(PANCETTA)が選出された。2013年に活動を開始したパンチェッタは、緻密に作り上げられた、シュールな世界観が持ち味。彼らが今回シアタートラムで上演するのは、“食事”と“排泄”の概念がなくなった近未来を描く「un」だ。ステージナタリーでは「un」の稽古場に潜入。独自のテンポ感や笑いが、どのようなやり取りを経て生まれるのかを探った。なお特集の後半では、一宮によって制作秘話が明かされるほか、パンチェッタ初参加の辻本耕志と原扶貴子が、本作の魅力や楽しみ方を語る。

取材・文 / 櫻井美穂 撮影 / 藤田亜弓

「un」あらすじ

我々人類は長い時間をかけて進化してきた。移動手段を手に入れ、出会ったこともない人とコミュニケーションを取ることができ、自在に栄養を摂取し、安全な住処を持ち……。さらなる発展のため日々を消化しているとも言えよう。今現在も進化し続けているのである。これは、今からそう遠くはない未来、食事と排泄の概念がなくなった人々の話である。

report:「un」稽古場レポート

後列左から佐藤竜、原扶貴子、中前夏来、前列左から辻本耕志、一宮周平、瞳。

10月下旬、パンチェッタの稽古場を訪れると、出演者の佐藤竜、辻本耕志、中前夏来、原扶貴子、瞳、そして団体主宰の一宮周平が稽古に臨んでいた。

稽古前のアップではヨガ、体幹トレーニング、そしてウォーキングと、演劇作品のアップとしては、珍しいラインナップ。ヨガで、瞳が驚きの柔軟性を発揮する傍ら、佐藤と辻本からは「いたた……」という苦悶の声が。続く体幹トレーニングでは、正位置、サイド、リバース、そして三点倒立と、さまざまな体勢でプランクが行われる。ヨガで涼しい顔をしていた中前は、三点倒立でのプランクが苦手なようで、佐藤と共に、壁を使ってチャレンジしていた。目を奪われたのは、ウォーキングだ。出演者たちが一列になり、曲に合わせ、同じテンポでゆっくり歩いていくのだが、全員がまったく同じ動きをすることで、俳優たちの身体性の違いは、かえって浮き彫りになる。それまで俳優たちと共にアップに取り組んでいた一宮は、ウォーキングのみ輪から外れ、俳優たちに「もう少し歩幅を伸ばせる?」「骨盤を落として」と声をかけ、全体の呼吸をさらに合わせていった。

アップのあと、短い休憩をはさみ、稽古が開始された。物語の舞台は、山奥の“遺跡のような場所”だ。アクティングエリアは、稽古場の床に貼られた白いテープにより区切られ、その中には、箱馬やテーブルで遺跡の瓦礫を模した、仮の舞台装置が組み立てられた。「un」の世界観は、排泄の概念がなくなった近未来。にもかかわらず、舞台中央には、誰しもが見覚えのある“個室”が存在している。劇中では、その“個室”をめぐり遺跡に集った人々のやり取りが、おかしみを湛えながら、ゆったりとしたテンポで展開していく。

一宮周平

台本はすでに俳優の頭に入っており、その日はシーンで区切った立ち稽古をしながら、会話のスピードやテンポの調整など、作品の完成度を上げる作業に充てられた。一宮は、作・演出だけではなく男1役として出演もするが、稽古では演出助手の新行内啓太に代役を任せ、演出に専念。一宮の口調は柔らかく、自身も俳優を務めているだけあり、演出意図が具体的でわかりやすい。また稽古場は誰もが発言しやすい空気が作られており、互いに見えている全体像や方向性を細かく確認しながら、作品作りが進められる。演出家と俳優間だけではなく、年齢やキャリアの違う俳優同士も、フランクに声を掛け合い、対等な関係を築いている姿が印象的だった。

左から瞳、中前夏来、辻本耕志、原扶貴子。

佐藤は、医者で、煙に巻くような話しぶりが特徴の男2を、軽妙なセリフ回しで、胡散臭さと頼もしさを両立させた人物像として立ち上げる。辻本の役どころは、どこかのほほんとした登場人物たちの中で、唯一ピリついた空気を持つ男3だ。辻本は持ち前のバランス感覚で場にしっかり溶け込みつつ、スローな劇展開のスパイス的存在として活躍。瞳は、しっかり者の妹・女1を、独特の声色でメルヘンな雰囲気をまといながら表し、中前はぼんやりした姉・女2を、可憐な佇まいと訥々とした口調で演じる。そして、とぼけた性格の女3役を務める原は、豊かな表現力で存在感を発揮。女3が男1に詰め寄るシーンで原は、悲壮感に満ちた芝居でトンチンカンな内容のセリフを発し、そのアンバランスさで周囲の笑いを誘った。

パンチェッタの気負いのない“笑い”の秘密も、稽古場で垣間見えた。原が、パニックになった女3を演じるにあたり、自然な流れで息を荒げた瞬間、一宮は「その息の荒さ、しばらく続けて!」と、演出席から指示を飛ばす。すると女3のパニックになった状態が引き伸ばされ、シーンにシュールなおかしみが加わった。一宮はこのほか、物語上ではツッコミ役に回りがちな辻本に「明らかに普通じゃないことが起こっているので、まずは『え、何をやっているの?』とびっくりしてください」と伝えたり、瞳に「自分のことじゃないのに、めちゃめちゃに泣いてみてください」とオーダーしたりと、場の混沌を助長させる演出で、脚本が持つ不条理さをより加速させていく。俳優たちは、一宮の言葉に「攻めるねえ」とニヤリと笑いつつ、常に試す姿勢で演技を変容させる。稽古は終始、演出家、出演者双方の活気に満ちていた。

一宮周平

舞台上の“個室”を巡る、あるシーンの稽古に差し掛かったとき、稽古場はスタッフの大きな笑いで包まれた。登場人物たちが個室内で“あるもの”に遭遇する場面で、その“におい”に対し、俳優たちが迫真の演技を見せたのだ。一宮が「ちょっと待ってください。……“くさ”すぎないですか?(笑)」と笑いながらツッこむと、俳優たちも思わず破顔。その“あるもの”の具体名には触れられず、ただ「“くさい”という芝居は、もう少し抑えておきましょうね」と声をかけた一宮だったが、再度そのシーンを繰り返した際、俳優たちは、顔をしかめ、やや涙目になり、1度目より強烈に“くささ”を表現。一宮が「なんでどんどんくさくなってるんですか!(笑)」と叫ぶと、佐藤は「マンガ的表現だけど、『モワ〜』っていう擬音が聞こえてきそうだったよね(笑)」とコメント。稽古場には、座組全員の笑い声が響き渡った。

物語の背景にあるのは、効率化が進んだ近未来というSF的世界観だが、概念すらなくなったはずの排泄のため、遺跡に集まってしまった登場人物たちの行動は、明らかに合理的ではない。しかし、そんな世間の“普通”からはみ出してしまった彼らの姿にこそ、人間の間抜けさ、愛おしさが感じられる。稽古で印象的だったのは、一宮が俳優たちの身体や演技体の個性をとことん生かした演出をするところだ。一宮は、俳優がただそこに立ち、存在しているだけで、登場人物の“人間”としての生々しさを際立たせる。舞台上で右往左往する彼らの姿は、非合理的で、多様性があって、温かい。人間の生き方は、この先どこまで変化していくのだろうか。「un」は人類の未来を、たくさんのユーモアと、ひとさじのアイロニーをもって感じさせてくれる。