「コーリング・ユー」は“神の啓示”の演出で
──映画「バグダッド・カフェ」は、名曲「コーリング・ユー」と共に語られることが多いですが、「コーリング・ユー」はミュージカル版でも1幕と2幕に登場します。「コーリング・ユー」の歌唱シーンの演出で意識されたことはありましたか?
小山 「コーリング・ユー」は扱いがとても難しい曲で、コーラスのメンバーも含め、かなり稽古しました。俳優たちもつかみどころがなく不安になる瞬間があるようですが、そのつかみどころのなさこそがこの曲の魅力でもあります。映画ではジャスミンとブレンダがまるで神の啓示のようにその曲に導かれるイメージがあったので、音楽と光に導かれるイメージを皆で共有しました。
テルソン 「コーリング・ユー」も含め、ボーカルアレンジは本当に素晴らしかったですよ。「友だち」という楽曲も素敵にアレンジされていましたね。
小山 ありがとうございます。テルソンさんは、ミュージカルを作るとき、脚本家や演出家とまずはどのようなことを話していらっしゃるんですか?
テルソン 創作の起点では、あまり話さないかもしれません。でも、たとえば演出家でもあるリー・ブルーワーは、これまでも作品を一緒に手がけてきて、私にとっての重要人物でもあるのですが、ミュージカル「バグダッド・カフェ」でリーが担当した歌詞の中に「ブレンダ、ブレンダ」があります。実はその曲の歌詞にはジョークがたくさん盛り込まれていて、歌詞の「home on the gas range」は、アメリカの民謡「Home on the Range」(「峠の我が家」)をもじったものなんです。というのも、「峠の我が家」はアメリカ西部の“カウボーイ感”がある曲調ですし、「gas range」はカフェのキッチンを思わせる。アメリカの文化を知らないとピンと来ないような、細かな言葉遊びがたくさんあるんですね。それを訳すのもなかなか大変だったんじゃないかなと思いますが、拝見した初日公演ではどのような歌詞になったのかわからなかったので、いつか、日本のプロダクションを日本語の歌詞の翻訳字幕付きで、意味を理解しながら観てみたいですね。
ささやかだけれど大切なことに気付かせてくれる
──映画「バグダッド・カフェ」の誕生から30年以上経ち、今回は、ミュージカルとして再会できる素敵な機会となります。改めて、この作品が持つ魅力をどのような部分に感じますか?
テルソン 私たちはとても複雑な世界に生きていて、私の国・アメリカの政治も今は大変なことになっています。ジャスミンとブレンダのように、トランプ大統領とヒラリー・クリントンが一緒にマジックショーをやることはおそらくないと思いますが、この作品を観ると、そんなあり得ないことにも「もしかしたら」と希望を持てるような気になるかもしれません。自分とは全く異なる相手の中に第一印象とは違う美しさを見出せるかもしれない、というようなね。でもそんな難しいことを考えなくても、ただ音楽を、パフォーマンスを楽しんで、作品の世界を体験していただくだけでも、きっと楽しんでいただけると思いますよ。
──テルソンさんは映画や舞台の音楽、ご自身の音楽活動、演奏家とさまざまな作品に携わっていますが、ミュージカル作品に楽曲を書き下ろすことの面白みをどのような部分に感じていますか?
テルソン ミュージカルの良さは、音楽を使ってストーリーを語れる機会である、ということです。私にとって、真に作曲家の仕事とは、音楽が言わんとしていることを伝えるということ。物語や言葉、伝えようとしていることを理解し、感じてもらうために音楽はあるのだと思っています。そのために、いろいろな手法を駆使して音を組み合わせていくと、まるで化学者のような気分になるときもありますが(笑)、一方で、必ずしも音楽的な訓練を受けていない観客たちが、音楽的には何が起こっているかわからなかったとしても、音楽を通して何かが“伝わってくる”と感じ取れることが大事だと思います。
──ミュージカル「バグダッド・カフェ」は東京公演が11月23日まで行われ、その後、愛知、大阪、富山を巡ります。作品を通して観客にどのようなことを感じてもらいたいと考えていますか?
小山 テルソンさんが作曲された「友だち」のナンバーが象徴しているように、楽曲の中に込められたメッセージがとてもシンプルで、ささやかだけれど大切なことに気付かせてくれるような作品になっています。ミュージカル版を演出して、原作の映画が持つ普遍性を再確認しましたし、今回のミュージカル版では、キャストの皆さんが個性豊かで達者な方ばかり。劇中では1人ひとりに見せ場があるように台本が書かれていますが、その見せ場が意外にも、その俳優さんの新たな一面を引き出してくれていると、私自身が稽古場で感じたので、ぜひそこも含めて楽しんでいただきたいです。
プロフィール
ボブ・テルソン
1949年、フランスのカンヌ生まれ。アメリカ・ニューヨークのブルックリンで育ち、5歳のときにピアノを始める。ハーバード大学にて音楽学士号取得。ミュージカル「The Gospel at Collonus」(1983年)、ガブリエル・ガルシア・マルケスによる同名小説をミュージカル化した「予告された殺人の記録」(1995年)で音楽を担当したほか、トワイラ・サープ振付のバレエ音楽の作曲を担う。そのほか、アメリカ、フランス、ドイツ、アルゼンチン映画のサウンドトラックも手がけている。2024年、自身の音楽による新作ミュージカル「バントゥ」を発表した。
小山ゆうな(コヤマユウナ)
1976年生まれ、ドイツ・ハンブルク出身。早稲田大学第一文学部演劇専修卒業。ドイツにて演出を学び、劇団NLT演出部を経て、雷ストレンジャーズを主宰。2018年に「チック」で小田島雄志・翻訳戯曲賞、読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。近年手がけた舞台作品に、ミュージカル「GIRLFRIEND」(翻訳・演出)、「ワタシタチはモノガタリ」(演出)、ミュージカル「梨泰院クラス」(演出)、漫才ミュージカル「なにわシーサー’s」(演出)、「ブロードウェイ・バウンド」(演出)など。2026年2月に「プレゼント・ラフター」(演出)、7・8月にミュージカル「ディア・エヴァン・ハンセン」(翻訳・演出)が控える。




