新国立劇場 演劇芸術監督・宮田慶子インタビュー|8年間でプロデュース64公演、そのすべてに込めた思い

2010年秋に新国立劇場 演劇芸術監督に就任し、18年8月に8年に及ぶ任期を終える宮田慶子。知性と感性、そしてエンタテインメントへの愛から、64演目ものプロデュースを手がけ、自身も演出家としてその多くに携わった。本特集では、宮田の8年間の軌跡を振り返りつつ、芸術監督として最後の演出作「消えていくなら朝」に込めた思いをたっぷりと聞いた。なお本特集の後半には、宮田がプロデュースした64演目の概要をチラシと共に掲載している。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌

この8年は劇場の成長期

──8年間の任期を振り返られて、芸術監督就任当時と現在で、劇場に変化を感じるのはどんなところですか?

宮田慶子

新国立劇場は今年で開場20周年を迎えましたので、この8年間は開場以来のいろいろな試行錯誤が具体的に結実してきた、ある意味、成長期と言いますか、そういう時期だったのかなと思います。そういう意味ではさまざまなことが実り始めた感じがしますね。8年前に比べると、例えばお客様に見えるところでは、劇場全体のウェブサイトなどがとても充実しましたし、小劇場の前にある(上演中の演目タイトルが書かれた)フラッグも毎公演掲げるようにしました。あれ、実は私の代から始めたんですけど(笑)、劇場で今、何が上演されているのか、道路を通過しただけの人にもわかりやすくしたいと思って。営業も制作も施設全体がいろいろ工夫して、お客様により愛していただける劇場になるために、と努力してきたことが実ってきた感じがします。おかげさまで劇場の動員数も増えましたし、平日の昼間など公演の有無にかかわらず劇場周辺を歩いていらっしゃる人が増えたと思います。

──この取材の前に、劇場のロビーでくつろぐ人たちを何人も見かけました。傍らに公演チラシを置き、それをチラチラと見ながらお弁当を食べていて。

代々の芸術監督が“敷居を低くしたい、皆様に愛される劇場にしたい”と考えてきたことが、具体的な変化として表れてきたかなと思います。特にここは演劇とバレエとオペラが一緒になっている、世界にも稀に見る劇場なので、バレエやオペラの陰に隠れちゃうんじゃなくて、「演劇がここにあるぞ」ということを世に知らしめたいなとずっと思っていたんです。それがだいぶ知られるようになったかなとは思っています。

芸術監督の一番の仕事はレパートリー作り

──宮田さんご自身にとって、この8年間はどのような歳月でしたか?

宮田慶子

長かったですね(笑)。就任した当初は、まだ一期の期間が3年だったんですよ。それが途中で4年に延びて、なおかつ二期やることになったので、3年のつもりが8年に。でもこれだけ長く居させていただいて、私なりの特色を打ち出すことができたのかな。個人的には劇場内のスタッフと仲良くなれてよかったなと思ってます(笑)。制作部、技術部、営業部などさまざまな部署がありますが、年中会議して情報共有したりしているおかげで、今、どのスタッフとも気軽に話せるくらいそれぞれの人柄がわかる付き合いになりましたから、風通しはよくなったんじゃないかな。ただもちろん、単純に疲れはしました(笑)。日によっては私、誰よりも長くここにいたと思います。朝10時に劇場に来て、午前中は会議や打ち合わせがあって、そのあと稽古があって、また打ち合わせで、ここを出るのが夜の10時ってこともあったので。だんだん楽屋口の守衛さんに「お疲れ様です!」って同情されるようになってきて(笑)。

──12時間勤務ですね。

ときには、ですけどね(笑)。基本的には芸術監督の一番大きな仕事はレパートリー作りなんですよ。年間8本、8年間で64演目の企画をやらせていただいたんですけど、毎年どういうバランスでラインナップを組んでいくか、やはりそれが本当に大変でした。

──この特集の最後に宮田さんが手がけられた64演目の紹介をまとめましたが、改めてものすごい本数だと思いました。作品の内容はさまざまですが、64演目にどこか統一感を感じるのは、宮田さんが毎年のラインナップにテーマを掲げられており、さらに数作品をまとめてシリーズとして見せるなど、工夫をされていたからだと思います。

思い返すと、芸術監督をお引き受けした当時は、と言っても10年前なんですが、今より演劇界が混沌としていて、なんとも言えない閉塞感が強かったし、それぞれが勝手にてんでばらばらなことをやっている印象がありました。そんな中でどういう方針を立てたらいいのか、本当に悩みました。だから芸術監督をお引き受けするときに、思いつめて、広辞苑で「演劇」を引いてみたくらい(笑)。そうして改めて考えたときに、日本の演劇は特殊な生成・発達の仕方をしていて、明治以前は能狂言や歌舞伎、シェイクスピアが大活躍していた時代には残念ながら日本は鎖国してて(笑)、明治になってようやく海外からの輸入で近代劇が始まって……という過程を経ているのだから、ここを踏まえていくことがやりたいなと思ったんです。監督就任時によくお話していたのは、「今、演劇の枝があちこち枝分かれしているけれど、その小さく枝分かれした部分から少し戻って、幹から大きく枝分かれしたその部分を探りたい」ということ。そのために、「JAPAN MEETS…─現代劇の系譜をひもとく─」シリーズを立ち上げました。日本がどういう近代劇に出会い、そこからどういうものを吸収していったのか。それを探りたいと思って。でも1年くらいで終わるかと思ったんですけど終わらなくて……結局8年かけて12本取り組むことができました。

宮田慶子

──宮田さんご自身も同シリーズの中で、「わが町」「るつぼ」「ピグマリオン」「三文オペラ」「海の夫人」「君が人生の時」の演出を手がけられました。

そうですね、どれもとても面白かった。あと、ラインナップを考えるうえで意識したのは、演劇ってイデオロギーや芸術的な何かの価値観を追求したものばかりじゃなくて、多様性が魅力だということを、ぜひ知っていただきたいということ。さらに人種や国籍を超えて、尊厳とか愛情、知性など、人間の奥深さが感じられる作品を選びたいと思いました。歴史や社会の中で、人はどう“生き繋いできたか”が演劇で伝えられればと思うし、それをお客様とも共有していきたいと思いました。そういったことを指針に作品を選んで、それらが「JAPAN MEETS」や「【美×劇】─滅びゆくものに託した美意識─」、「With ─つながる演劇─」というシリーズになりました。

──個別に見ると接点のない作品が、シリーズとしてまとめられることで別の意味合いを持ち始める。観客にとっても、それは新鮮な目線だったのではないかと思います。どうしても好きな作家や演出家、俳優を追いかけることになりがちですが、それとは違う視点で作品に出会うことができたので。

そう言っていただけると報われた気がします(笑)。確かに演劇はあまりに公演がいろいろあって、どこから観たらいいのかわからないというお客様もいらっしゃいますし、“今ではなかなか上演されない”という演目もぜひやりたいと思って。「怒りをこめてふり返れ」「君が人生の時」「るつぼ」など、あんなに名作なのに意外とやられていなかったりするんですよね。「ピグマリオン」も「原作はこれだったのか!」って知っていただくと「マイ・フェア・レディ」を観るのがまた面白いと思いますし。

しっかりした演出家さえいれば

──また、2017年に行われた鄭義信3部作連続上演や、若手演出家を起用した「Try・Angle-三人の演出家の視点-」、「かさなる視点」シリーズも話題を呼びました。

宮田慶子

鄭さんの作品は新国立劇場の財産なので、3部作連続上演ができたのはよかったですね。また2013年の「Try・Angle」では森新太郎さん、小川絵梨子さん、上村聡史さん、昨年の「かさなる視点」シリーズでは谷賢一さんと小川さん、上村さんという演出家3人を取り上げることができたのは、本当によかったです。

──皆さん今や大活躍の演出家ですが、13年の時点では「新国立劇場で演出するなんてすごい!」と大抜擢だった印象があります。

自分が演出家のせいか、とにかくしっかりした演出家さえいれば、掘るべき戯曲は古典から現代までいくらでもあると思っていて。自分も若いときはそうでしたが、演出家にとっても、大きな現場を担うことで自分がどれほどのことができるのかってことを突き付けられるし、単なる瞬発力やアイデアだけでは太刀打ちできないことを、やっぱり試されるんですよね。スタッフに自分の意図を伝えていくためには論理性とプレゼン力みたいなものが問われますし、そのためには自分も思いつきじゃなくて、自分の引き出しをちゃんと作らなければいけない、とか。ちょっとだけ先輩風を吹かさせてもらって、彼らにもそれを経験してもらえたらな、と(笑)。

新国立劇場 2017 / 2018シーズン
開場20周年記念公演「消えていくなら朝」
消えていくなら朝 | 新国立劇場 演劇
2018年7月12日(木)~29日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場
  • :蓬莱竜太
  • 演出:宮田慶子
  • 出演:鈴木浩介、山中崇、高野志穂、吉野実紗、梅沢昌代、高橋長英
宮田慶子(ミヤタケイコ)
1980年、劇団青年座 文芸部に入団。83年青年座スタジオ公演「ひといきといき」の作・演出でデビュー。翻訳劇、近代古典、ストレートプレイ、ミュージカル、商業演劇、小劇場と多方面にわたる作品を手がける一方、演劇教育や日本各地での演劇振興・交流に積極的に取り組んでいる。主な受賞歴に、第29回紀伊國屋演劇賞個人賞、第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、芸術選奨文部大臣新人賞、第43回毎日芸術賞千田是也賞、第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞など。2010年から18年8月まで新国立劇場 演劇部門の芸術監督を務める。16年4月より新国立劇場演劇研修所所長。また公益社団法人日本劇団協議会常務理事、日本演出者協会副理事長も務める。